真実の姿
8
「…エッちゃん…
やっぱり、エッちゃんだぁー!!」
「あら、やっぱりそうだったのね」
雛と麻里子が安藤麗子に飛びついた。
「あーんっ!
絶対にまた会えるってと思ってたもーんっ!!」
雛が子供のように麗子にしがみ付いた。
「親子共々社長に拾っていただいたの。
…今回の撮りはこれでおしまいよ。
話し足りないのなら、また後日、ね」
雛も麻里子も麗子に向かっていい笑顔で頷いた。
木下が呆れた顔で三人を見ている。
「…ははは…
出て行っただけで止まったな。
さすがだな…
もっとも、もう30時間過ぎたからな。
お前たちよりも、スタッフの身が危険だ」
半数以上のスタッフは意識が朦朧としているようだ。
ホストは純也から美波にバトンタッチしたあと、真樹が勤めていた。
「そんなに…
20時間が最長だったのに…
記録更新だわっ!」
雛は上機嫌で、麻里子と麗子を伴って地下に降りて行こうとした。
木下は素早く雛に向け踵を返した。
「雛はまだ仕事だ。
面接の合否判定をしてくれ。
…知っての通り採用の場合、
少々面倒なことになるかもしれないからな。
話題性はあるが、雛の経歴に傷が付く恐れもある」
「ううん、いいの。
彼女、合格だから」
雛は笑顔で言って、三人と共に地下に続く階段に
スキップを踏むようにして歩いて行った。
「…ふん…
何か持っているのか、三枝望…」
皇がマジメ腐った顔で呟いた
「そうかもな。
もう決めていたみたいだからな。
雛と何か共通点があるんだろう。
きっとオカルト系だろうが…
それを三枝望に聞くかあー…」
呆れ顔の木下は皇と澄美を伴って、18階にある会議室に足を運んだ。
三枝望はもうすでに来ていて面接者用の椅子に座っていた。
木下たちを確認するとすぐさま立ち上がり深く礼をした。
そして雛がいないことに気付き、小さくため息を付いた。
「雛は少々わがままでな。
言いたい事を言って、
仲のいい友達ふたりと今頃食事でもしているはずだ。
…雛が三枝望は合格だと言ったのだが、
何か心当たりあるか?」
木下の少し横暴と取れる言葉に望は驚いた表情のまま涙を零した。
木下の言葉がはっきりと聞こえなかった様なので、
木下はもう一度問いかけた。
すると望は右手で胸を押さえた。
「まさかと思いました。
雛様は、私が仕えるお方だとやっと確信できました。
私の別名は神義と申します。
皇巫女様に仕える者のひとりでございます」
雛の本名を知っていることで、
木下と皇は疑うことは何もなかった。
「木下様は神仁。
巫女様のご主人となられるお方。
そちらの皇一輝様は神衛。
巫女様を守るお方です。
そしてそちらの木下澄美様は神知。
巫女様の知恵袋でございます」
皇が木下に目配せすると、木下は笑顔で頷いた。
「ふたつ聞きたい。
巫女の武器は誰だ」
「はい、前田慶造様でございます。
巌剛というふたつ目の名をお持ちのようです。
彼は神剛。
…巌剛家は、代々巫女様をお守りしていた家系。
木下澄美様は、その末裔でございます。
巌剛真奈美様は神風。
巫女様の道を示す方でございます。
神影は、巫女様を影の中から守るお方。
現在は人ではありませんが、
巫女様が人に変えられるはずでございます」
「なるほどな。
だがなぜ、婆さんにはその守り刀たちが現れなかったんだ?
…やはり、名か?」
「はい。
皇巫女と名付けられた者のみが、
この世界の安寧を祈ることができるのです。
私神義は、巫女様がいらっしゃることを知り、全てを知りました。
ですがこのようなこと戯言と思われることは必至です。
ですので、私が見えたことを全てお話しております。
…皆様方が集まられていることは偶然ではないのです。
残るは神雷ですが、まだ覚醒しておりません。
候補はひとりだけおられるようです」
「イギリス人だがグランという者がいる。
こいつか?」
「きっと、そうだと思います。
神雷は全てを守る盾。
無駄死にをさせないように、
見張っておいた方がよろしいかと…」
「もう二度ほど死んだからな。
きっと、馬鹿な真似はもうしないぞ」
「あら?
二度も…
はい、一度は…
もう一度はわかり兼ねますが…」
「雛を口説いて、手酷い目にあった。
本人が、雛が敵ならば死んでいたと言ったからな」
皇が含み笑いと共に望に言った。
「…何たる無礼な…
神雷、許すまじっ!!」
望みの叫び声に木下は笑みを零した。
「悪いが許してやってくれ。
もう雛に手は出さないはずだ。
…オレがやっていることは雛のやるべきこと、だったんだな」
「はい。
木下様のように優れたお方こそが、
巫女様のご亭主となられるのです。
…神知は冷静になりなさい。
あなたはそうやって時折混乱を招くようなことを起こすのです。
心覚え、あるでしょ?」
澄美は少し眉を動かしただけで平然としている。
「ええ、二度ほど…
だけど私が仕えるのはお父様だけよっ!!」
「結局は巫女様に仕えることと同じです。
諦めなさい。
そして畏れ多いことです。
神知は私が代行しても構いません。
能力、吸い取らせて頂きますが、よろしいでしょうか?
そうすれば、私が女王と呼ばれることになります。
いかがかしら?」
木下は困った顔で望と澄美を見ている。
「もうよせ。
ここで仲間割れをするな…」
澄美の顔色にいつもの自信がまるでないと木下は思った。
「もう意地を張るなと言う事だ。
…クイーンはキングと婚姻しろ」
「いきなり婿にするな…
澄美ちゃんに迷惑だ」
皇が言うと、澄美は満更でもないような顔をした。
「守りと知恵の融合、さらに雛様をお守りできると思います」
「最後にオレからひとつ聞きたい。
雛の嫌いな色が何故わかったんだ?
お前もカンニングか?」
望は驚き、椅子に座ったまま身を引いた。
「…はい…
申し訳ございません…
自信満々のお子様がおられましたので、少々能力を…
ですが、そのほかはちゃんと答えられましたっ!!」
望はいきり立って椅子から立ち上がり、木下を威嚇した。
「わかったわかった…
お前こそムキになるな…
…オレの歩む道は間違っていないようだな。
特に何も変えなくてもいいんだよな?」
「はい。
どうか王の思いのままに…」
「言っておくぞ。
オレは王ではない。
雛の騎士だ」
「まあ!
羨ましい…
とっても素敵ですっ!
…どうかご存分におチカラをお振るいくださいませ」
望は木下に向かって深々と頭を下げた。
「ここからは世間話だ。
なぜ忌み嫌われる職を選んだんだ?
お前にとって、かなりの苦痛だったと思うんだがな…
…苦痛か…
それが義の修行か…」
「はい、お察し頂き、ありがとうございます。
…誰もが考えられないことをかなりやらされました…
おかげで子のできない身体になってしまいました…」
望は少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「いや、大丈夫だぞ。
そういった医療施設を持っているからな。
手術したければいつでも言ってくれ。
日本では法律に引っかかるからな。
そういったものは国外に造ってあるんだよ」
望は泣き崩れ、「是非とも二号に!」と叫んだが、木下は丁重に断った。
… … … … …
木下たちが三枝望を連れて道すがら食堂に戻ると、
雛と麻里子はカウンターに突っ伏して眠っていた。
木下の後ろにいる望は雛から目を逸らさない。
そして新たな涙を流し始めた。
木下と皇がふたりを三階にある仮眠室に運び寝かせた。
ふたりはすぐに食堂に戻り、木下は望に挨拶をしているシャドウに言った。
「ほかの影に全てを引き継げ。
そのあと、雛に人間にしてもらえ。
そしてお前が守るのはオレではなく雛だ。
いいな、シャドウ」
「えーっ?!
ボクはいいんだけど、木下を誰が守るの?」
「また新しい影を造ってもらうし、いつもそばには一輝がいるからな。
一輝には影二号がいるから、特に不便はない。
だがお前が一番優秀だからな。
できれば二号か三号を完璧にしてもらいたいな」
「だったら四号でいいと思うんだけど。
ボクと入れ替わりだ!」
「なんだ、もういるのか?
全く気付かなかったな…」
「ボクよりも優秀かもねっ!
きっと、ご主人の雛さんのチカラだと思うんだっ!」
望が信じられないものを見るようにしてシャドウを見ている。
「ところでお前、人間らしい名前がいるんじゃないのか?
…真樹につけてもらうか?」
「…うん…
そうしようかな…
苗字は木下がいいっ!」
「そうだな、そうしてやろう。
戸籍はオレの子としておくか…
結婚もしていないのに、子がふたりもできた…」
「そう言えば澄美様がお父様と…」
望が先ほどの会話の中での違和感があったことを今思い出したようだ。
「木下姓が欲しかったようだから、オレの養女にした」
望が呆れたような顔で澄美を見ている。
「欲が深いのも、考えものかと存じます…」
望は少し軽蔑するような目を澄美に見せた。
澄美は知らん振りを決め込む様で、望と目を合わせない。
「そう言ってやるな…
…さて、何か食べたいものを言ってくれ。
できるものであれば造るからな!」
「…はあ、ありがとうございます。
できましたら、
賄い定食を頂きたく。
巫女…
あ、いえ、雛様がかなり好んでおられるようですから」
「気遣いありがとう。
できれば、雛と呼んでやってくれ。
本名はあまり口にしない方がいいと思っているんだ。
まずは老化が早まってしまうかもしれないということ。
そして知られることで、災いが起きるのではと思っているんだ。
用心に越したことはないと思っているからな」
「そのことについては私の記憶の中にはございません。
雛様が何も仰らないと言うことは、
口にしてはいけない言葉なのかもしれません」
「なるほどな。
オレ達は雛を察してやらなければならない。
こういうことでいいんだな?
賄い定食、お待ちっ!」
木下は望の目の前に賄い定食を出した。
「はい、雛様を思う気持ちをまずは養う必要がございます。
…ああ、美味しそうです…
このような暖かいお食事は始めてかもしれません…」
誰がどう見ても冷えているのだが、
温度ではなく想いが込められているという意味だろうと
木下は望の言葉を理解した。
「では、さらに暖かくなる汁ものだ」
木下は豚汁が入った椀をカウンターの上に置いた。
「ボス、豚汁定食だ!」
巌剛が勢い勇んで言った。
「勝手にメニューを作るな…
だがいいぞ。
これだと、飯だけでも食が進むからな!」
木下はすぐに巌剛に豚汁と飯、
そして中皿に盛ったきんぴらをカウンターの上に置いた。
「そういえば汁物は始めてだな。
みそか…」
皇が呟くように言った。
「そう、その通り。
普通のものは出したくなかったんだが、
高級味噌を身銭を切って使っていたんだ」
望と巌剛は豚汁の汁を少し味見をして、驚きの表情を見せた。
「味噌には違いないが、なんだこれは…」
「ほんと、凄く…
深いと言うしかございませんわ!」
巌剛と望には大好評だった。
「新たに仕込んだ味噌がそろそろ出来上がりだったんでな。
今日、試しに作ったらかなりうまくなっていた。
…そして望はそろそろ演技をやめて、
普通に話しをしてもいいぞ」
望はバツが悪そうな顔を見せた。
だががその顔はすぐに笑顔になった。
「はい!
そうするねっ!
でも、これでいいの?」
木下も皇も望みの声に驚きの表情を見せた。
「…お前、その声の方が作りものじゃないのか…
凄い、アニメ声だな…」
「うん!
これを隠したいから必死になって、演劇のお勉強もしたの!
そしてやっと、チャンスが訪れたの!」
「こう言ってはなんだが、試験をする前からお前のことは知っていたんだぞ。
有望な女優という括りで検索したら、お前がヒットした。
遅かれ早かれ、ここにいたことは紛れのないことだったと思うぞ」
望は木下を軽蔑した目で見た。
「…やらしっ!」
「何とでも言え…
だが、それほど無謀なことはされていなかったように見えたのだが、
裏があるのか?」
「うん!
裏の裏の、そのまた裏まであるよっ!」
木下はもうこの質問はよそうと思ったようだ。
だが、巌剛が苦虫と潰したような顔を見せた。
「その裏だが、戦地にいるぞ。
娼婦としてな。
東洋系の女その他もろもろが街に近い作戦本部にこぞって暮らしている。
当然全員、薬漬けになっていて、
自分自身を完全に見失っていると感じたな…」
「でもね、ここ数年、急にその裏が大人しくなったみたいなの。
そしたら、大きな暴力団が潰れたって…
きっと関係してるのよね?」
「きっとあるな。
最後は人身売買か…
だが、もうそれは起こらない。
クイーンが見張っているからな。
ところで望の本名を教えてくれ。
資料には記載がなかった」
「僧正院義美といいます!」
望こと義美はメモ用紙に名前を書いて、カウンターの上に置いた。
「…なるほど…
名前からして義の人そのものだな…
由緒正しい家柄と言っていいのか?」
「…そうだった…
はずなのですが…
みんな、修行の末…」
暗い話をアニメ声でされると
あまり悲しく思わないんだなと木下は思ったようだ。
「何とかして報いてやりたいのだが…」
「いいえ、これが僧正院の名を持つ者の宿命だと思っています!
お気遣い、ありがとう!」
「まずはお前のこの事務所での仕事だが、本名で声優をやれ。
そのあとに好きな名前で女優デビューだ。
…とオレは考えているのだがな。
異論、あるか?」
「いいえっ、ありませんっ!
ありがとう、社長っ!!
お代わり下さいっ!!」
かなり元気なアニメ声のいかがわしい系女優だった義美は
今までの苦労を感じさせない満面の笑みで、木下にどんぶり鉢を差し出した。
… … … … …
「おはようございますっ!!」
朝一番にこの道すがら食堂に現れたのは安藤サヤカだった。
一番と言っても女優の中でということで、
社員一同はほとんどが席について朝食、
もしくはかなり遅い夕食をむさぼっている。
サヤカは誰にでも愛想良く挨拶をして、最後の最後に木下に挨拶をして、
少し呟くように何か言ってから満面の笑みで席に付いた。
敏感な木下がサヤカのこの行動に気付かないはずはなく、
シャドウに言ってサヤカが何を言ったのか聞き出した。
「サヤカ、言いたい事があればはっきりと言えっ!
女優たる者が口篭ってどうするかっ!
その態度が中途半端な演技として出てしまうぞっ!」
サヤカはすぐさま立ち上がり、真剣な顔を木下に見せた。
「はいっ!
ごめんなさい、お父さんっ!!」
サヤカは満面の笑みで言ってから、子供らしく大泣きを始めた。
困った顔をした母の麗子が、木下に頭を下げた。
「オレはサヤカの父親として何をすればいいのか教えてくれないか?」
木下は優しい声と笑顔でサヤカに言った。
サヤカはすぐに涙を拭き、
一枚のプリントをワンピースのポケットから出した。
「ほう、父兄参観か。
これは父として行かなければならないな。
…来年早々か…
澄美…」
澄美は素早く立ち上がった。
「はい、全くもって問題ありません。
私は母として参りましょうっ!!」
「いや、母はいるから別にいいぞ。
ついて来たければ来てもいいが
学校側が警備の問題で大騒ぎになるぞ。
オレは面が割れていないから、
比較的自由だ」
澄美は少々居場所を失くした様にして、
残念そうな顔を木下に見せ席に付いた。
木下はサヤカに顔を向けた。
「ただしひとつ条件がある。
カッコいいお父さんと逞しいお父さんと
外国人のお父さんも付いてくることになるが、それでいいか?」
皇たちは少し驚いたが妙な顔はせず真っ直ぐにサヤカを見た。
「はいっ!
とっても嬉しいです!
お父さんっ!
よろしくお願いしますっ!!」
サヤカは4人の今できたばかりの父親たちに丁寧に頭を下げた。
サヤカはハイテンションで食事を済ませ、
やっと起き出してきた雛と麻里子と共にレッスンに行った。
「社長、お気遣い、本当にありがとうございます」
麗子は木下に丁寧に頭を下げた。
「いいんです。
この程度のことがサヤカのためになるのなら、引き受けて当然です。
ですがこの先、サヤカが忙しくなりそうなので、
あまり父親をやってやれないかもしれないと思っているのです」
澄美による宣伝の効果もあり、サヤカは大注目され、
バラエティー番組やドラマゲストなど、
十数本の仕事の依頼が来ている。
それに加えて、SKTVの番組でも数本のレギュラー出演が決まっている。
「いいえ、このお店に来れば、お父さんは必ずいますから。
それだけで、あの子にとって心の支えになると思っているのです。
あんなに元気なサヤカを見たのは始めてです。
…あの子の本当の父親は、東都テレビの重役の席に座っています。
きっと、サヤカのことを我が子だとは知らないはずです。
妊娠に気付いた時、私は女優から退きました。
あの子のためだけに生きようと決心したのです」
「この業界では良くある話ですね。
そっちの方は放って置きましょう。
だがそれを知った時、どんな顔をするのか見ものです」
木下は意地悪く笑い、麗子もそれに倣った。
… … … … …
雛とのレッスンが相当に堪えたサヤカは、巌剛お父さんの膝の上にいる。
どうやらかなり居心地がいい様で、昼食を食べてすぐに眠った。
「巌剛、最大の試練だな。
我が子を守りながら戦わなくてはならないぞ」
「そうだな。
オレの最大のピンチであり、
最高に嬉しいことでもあるな」
木下の言葉を巌剛は真摯に受け止め、
巌剛らしからぬ笑みを眠っているサヤカに向けている。
「しかし雛は誰にでも全力だな…
少しくらいは手加減してやれ…」
「それはできないわ。
やる気を見せているんだもの。
それは優しさでもなんでもないわ!」
雛は胸をはって言い放った。
「だが、お前の親友も寝たぞ。
ベテラン女優なのに…」
さすがに昨日までの疲れが出たのか、
麻里子は皇にもたれかかってすやすやと眠りに落ちている。
「いいのいいの!
麻里、最近サボってたんじゃないのかしら…
…でもやっぱりお父さんって必要なのね…
私にはお爺ちゃんがお父さん代わりだったから、
淋しくなかったけど…」
雛の言葉に木下は笑顔で頷いた。
「オレの場合は兄弟が大勢いたからな。
淋しいなんて思ったことはなかった。
園の職員の先生たちが、父であり母であったからな。
だがやはり、自分だけの父母が欲しい子は里子に行ったよな…
…だが今は里子に行く子はひとりもいない。
源太兄を父と慕っているからな。
それに、あまりよくはないのだが、子供たちも貴重な労働力だからな…
3才からは実家の農家の社員のようなものだ。
だがみんな、マジメに働いているみたいだぞ」
「いつもみんな一緒にいるんだもの。
遊んでもらってるのと変わんないんだと思うわよ」
「そういうシステムを考えたのはオレだけどな。
だが、無理やりそれに従わされているんじゃないのかって
思うことがあるんだ…」
「本気で嫌なら拒絶するわよ。
子供って、そういうものじゃないの?
今日のサヤカみたいに…」
「そうか…
そうだよな…」
木下の杞憂は少し晴れた様で、雛に笑みを見せた。
「これからデートよ。
源ちゃんもつきあってねっ!」
雛はサヤカを見て、優しい笑みを浮かべた。
… … … … …
「昼からのレッスンは、お父さんとお母さんの子供の役よ。
あとで厳しく審査結果を言い渡すから、覚悟しておきなさい」
「はいっ、先生っ!
よろしくお願いしますっ!!」
などと雛は言っているが、サヤカよりもこの動物園ではしゃいでいる。
雛との外でのデートは皆無だったのだが、今日は強い味方が大勢いる。
入園者は越前雛がいると思って近付くのだが10メートル先で留まってしまうのだ。
「オレたち、邪魔だったんじゃないのか?」
巌剛とグランが巌剛の言葉とは逆に
自分自身がここにいることがおかしいと感じながら言っている。
「男ふたり、淋しく動物を見て回ってくれ」
言った皇の隣には右腕を取って満面の笑みを湛えている麻里子がいる。
入園客は巌剛が怖い様で、誰も近付いて来ないようだ。
雛とは違い、サヤカは完全に役に入り込んでいる。
父親と母親の設定は雛から指示がなかったので自分で決めたようだ。
木下に対しては娘らしく、
雛に対しては眉を八の字にしてまるで自分の妹のように扱っている。
木下は愉快この上なく、雛とサヤカを見比べている。
見た目は雛でしかないのだが、行動はどう見ても幼児の巫女なのだ。
木下は微笑ましく思いながら、右手を取ったサヤカに笑みを零した。
「…あれ?
お父さん…」
サヤカは演じながらも、不思議そうな顔である人物を指差した。
「…ふん…
柿木と真奈、デート…
ではなさそうだな…
妙に真剣だ」
小動物が檻の中で暴れ狂っている。
だがそれは一瞬で、すぐさま何事もなかったように平静を保ち始めた。
「今の、かなりの殺気を感じたな。
真奈美さんから出てたな」
木下のすぐ後ろで巌剛が唸るように言った。
「次は柿木だが…
気合を込めただけだな。
動物の慌て方が違う。
身の危険は感じるが、警戒レベルと言ったところかな?」
皇が解説をして巌剛が頷いている。
「さあ、サヤカ。
ここで追加の演技よ。
ふたりが何をしているのか、演じながら聞いてきなさい。
…先生は、いつも見ていますよ」
「はい、先生。
行って参ります」
サヤカは雛に軽くお辞儀をして、柿木たちにゆっくりと近付いている。
先生と呼ばれている雛は、全くサヤカを見ることなく、
動物たちを興味深く見ているだけだ。
だが何かの能力を使って、サヤカを見ているのだろうと木下は感じたようだ。
サヤカは途中までは動物を見て回る子供を演じていたが、
柿木たちを今見つけたという演技をして、ふたりに近づいた。
「充実している子は違うわね。
動きに切れがあるわ」
雛の代わりに、皇に抱きつき始めた麻里子が解説した。
木下も麻里子の言葉に賛同した。
まるでドラマのワンシーンを見ているような錯覚を覚えている。
柿木たちは少し照れくさそうにしてサヤカと話しを始めた。
サヤカは立っているだけなのだが、話すたびに少しずつ立ちポーズを変えている。
そして話すたび、ジェスチャーにもその思いを乗せている。
声を聞き取れなくても、
何を話しているのか聞こえてくるような錯覚を木下は覚えた。
サヤカは丁寧にふたりに礼を言って、
少し離れて隠れている木下たちの下に戻った。
いつの間にか雛はサヤカを出迎えるため仁王立ちしていた。
「はい、よく出来ましたね。
今の演技、95点ですっ!
失点5点分の理由を言って下さい」
「ちょっと雛、厳し過ぎるわよ。
私だってその失点は逃れられないわよ…」
雛と麻里子の会話に、木下には何のことだか全くわからない。
「麻里は黙ってて。
さあ、サヤカ、答えなさいっ!」
「はい。
檻の中にいた白ふくろうの位置です。
カメラ割りを考えると、檻の中に何もいないように見えていたと思いました。
おふたりが何をされていたのか知っていたのに、
それをやって頂いたら、白ふくろうが動いてくれたと感じました」
「はいっ!
100点!
よく出来ました。
この演技はもうクリアですね。
今の気持ちを忘れないように。
きっと同じ様なシチュエーションはこの先ありますから。
日常でも、このようにしてレッスンをすることはできます。
では、私たちの子供に戻りなさい」
サヤカは雛に軽くお辞儀をして、子供の演技に戻った。
「今の回答、何人のベテラン俳優たちが答えられるのかしら…
今の映像、欲しいくらいだわ」
「あるよ。
観る?」
皇から影二号が顔だけ出し、麻里子を驚かせたが、小さなモニターを出し、
映像の再生を始めた。
「…こ、この映像、頂けないかしら。
先輩イジメがとても楽しくできそうだから」
麻里子はかなり意地悪な発言を平然と言った。
「うん、いいよ。
帰ってからシャドウにもらってねっ!」
木下は辺りを見渡すと、小さく蠢く影があった。
どうやら宙に浮いているようだが、その姿を隠しているようだ。
小さなジャイロを飛ばしてシャドウが監視をしているようだ。
ジャイロに無線機も積んでいる様で、
影二号から映像をもらったに違いないと木下は思ったようだ。
一行は小休止することにして、動物園を一望できる展望カフェに移動した。
だがここでもサヤカの演技は続いている。
そういうサヤカを雛は認めたのか、演技をやめるように言った。
「ここからは普段の自分に戻りなさい。
そうしないと、自分自身を見失うことになり兼ねないのです。
そうなってしまった俳優たちは消えていくのですよ。
…少し難しいかもしれないけど、その理由を言ってみてください」
麻里子はひと言言いたいようだったか、その口を閉ざした。
きっと、女優とはいえ
まだ子供のサヤカには答えられないだろうと思ったからだ。
「はい。
オーバージェスチャーになってしまうと思いました。
きっと舞台でなら通用すると思いますけど、
ドラマや映画ではわざとらしい演技だという
レッテルを貼られるように思いました」
「そうね、正解です。
その役をみつめる自分自身が必要なのです。
役に入り込み過ぎると、確認する自分がいなくなってしまって、
何をしてもオーバーアクションになりがちになるのです。
…わざとらしい演技は確かに舞台では映えますが、
そういった俳優が使われることはないのです。
エキストラさえもできません。
エキストラは自然体でないとできない役なのですから」
「はい、先生っ!
ありがとうございましたっ!」
役者とは心理的思考が半端ないなと木下は感じたようだ。
木下は褒美代わりに、サヤカの頭を撫でると、
サヤカは満面の笑みで木下を見た。
雛はサヤカをはさんで座っていたので、
木下の隣に移動して頭を差し出した。
「お前、子供よりも子供だな…
だが、少しだけ演技に対する心構えを知ったと感じた。
それに今日もまた別人だったな。
いつもは雛の演技しか見ていなかったが、
今日その真髄を少しだけ知ったように思ったぞ」
木下は雛の頭を優しく撫でた。
「先生の役、かなり勉強になるわ。
頭で考えていることを言葉で表現する事の難しさを思い知ったわ。
でも、これからも続けていくわ。
サヤカは私の弟子一号です!」
「はい!
ありがとうございます!
これから、もっともっと勉強しますっ!」
「そうね…
でも、みんなは本当のお勉強を見に行けるのね。
とっても羨ましいわ…」
雛が少し淋しそうに言った。
「ここは我慢してくれ。
…方法はあるんだろうが、使わないのか?」
木下の言葉に雛は満面の笑みで応え、
その言葉通りにすることに決めたようだ。
「言っておくが、お前、来年早々映画の撮りがあるだろ?」
雛はそれを思い出し、かなり落ち込んだ。
「さすがに映画は穴を開けるわけにはいかないわ…
とっても残念…
…ドラマの撮影も、もう終わり…
淋しくなるわ…」
「高視聴率を維持しているようだな。
そして今日までまだ真相が暴かれていない。
あと二ヶ月、バレなくて済むかな…」
「酒癖の悪いスタッフやここだけの話し星人から漏れそうね。
それはそれでいいんじゃない。
役者のせいじゃないし…」
サヤカが不思議そうな顔で雛を見ている。
「そうだったわ、サヤカには言ってなかったわね。
…私、富山真奈美もやってるの」
「エ―――ッ!! …ウッ!」
サヤカは驚きの声を上げたがすぐに両手のひらでその口を押さえた。
「私、大ファンですっ!
一体どんな人なんだろうって思ってて、
お目にかかるのを楽しみにしていたんですっ!
…学校で言い触らしそう…
でも、知らないっていうことを演技します!」
「そうね、そうしてね。
…富山真奈美、続けられないかしら…
ファンレター、凄いのよね…
似た様な子、どこかにいないかしら…」
「少しメイクでごまかせば、僧正院義美が使えるぞ。
かなりのベビーフェイスだし、
声は自由自在だからな」
「年、いくつだったっけ…」
「23だ。
学園ドラマではありがちな年齢だろ?
…始めは僧正院義美で声優としてデビューさせようと思っていたんだ。
だが少し変装させて富山真奈美でもいいかなと思っただけだ。
きっと義美はその真実も知っていると思うぞ。
だが予定通り、富山真奈美は雛だったと公表して、
そのあとすぐに義美を雛の隣に立たせる。
みんな混乱して、かなり面白そうだけどなっ!」
「源ちゃん、楽しんでるわね…
でもそれでいいわ。
義美も私の弟子にしましょう。
教えること、あまりなさそうだけど…
…でも、欠点があるのよねぇー…」
木下にはその欠点がわからなかった。
だが雛の様子から致命的ではないと感じ取り、少しホッとしたようだ。
… … … … …
「社長、ひとつだけお断りさせて頂こうかと…」
木下たちは夕飯前に道すがら食堂に帰り着いた。
下ごしらえはシャドウが終わらせていた。
そして、木下の帰りを安藤麗子が待ち構えていたのだ。
「…私、今のところ女優復帰は考えておりません。
できましたら、マネージャーのお仕事一本に絞らせて頂きたいのです。
私はそれほど器用ではありません。
ふたつの道を極めることは少々困難だと思いまして…」
「はい、わかりました。
マネージャーの道を極めたあと、期待していますよ」
木下が麗子に言ったあと、麗子は息を飲み、深く頭を下げた。
雛は早速義美に纏わり付くようにしてこの場で演技指導を行っている。
そして、雛は何度も同じことを言っている。
「わかっていてもできないのね。
気持ちはわかるんだけどね。
…癖は全てが悪なの。
意識して修正してね」
「はい、雛様。
本当に、ありがとうございましたっ!」
「私に変わって富山真奈美を演じてもらいますから。
遅くて2ヵ月後のデビューです。
早ければ明日にでもデビューしてもらいます。
そのつもりで、全て修正してくださいね」
「はいっ!
命に代えましてもっ!!」
かなり大げさな言葉ではあるが、義美に取って本気の言葉だと木下は思った。
麻里子が満面の笑みで
シャドウから記憶媒体とポータブルプレーヤーを受け取っている。
「麻里子さんは大人しい方だと思っていましたが、
それなりに女優なんですね」
木下は眉を下げて言った。
「はい、もちろんです。
私、上司イジメが大好きなのです。
人当たりのいい方には何も申しません。
…ですが、演技のえの字も知らないベテランが
踏ん反り返っていることが許せないだけなのです。
現場の雰囲気も悪くなりますから。
マズくなったら、雛の影に隠れますし…」
―― それはダメだろ… ―― と木下は思ったが、
雛は満更でもなさそうな顔をして麻里子を見ている。
「だけど、頭を下げ回るのは誰なのかしら?
それ、私たちの役目なんですけど…」
麗子が麻里子の顔を覗きこんだ。
麻里子は笑顔でその視線を外した。
麗子はもうすでに大物マネージャー振りを発揮しているなと、
木下はひとりほくそ笑んだ。
そして麗子は、麻里子からプレーヤーと記憶媒体を貸してもらって、
我が子の演技を見ている。
「演技は申し分ないわ。
十分に可愛らしさを演出しているわね…
あら?
戻ってきちゃったの?
だったら不合格ね…
残念だわ…」
サヤカは母の言葉に落ち込んだが、木下はサヤカの頭を撫でた。
「私よりも厳しく言わないでっ!
ちゃんと合格にしたわよっ!」
「あら、そうなの?」
映像の続きを見て、麗子は納得したようだ。
「雛は甘いけど、まあ、こんなもんでいいでしょう。
もう10才なんだから、さらにがんばって欲しいものね」
厳し過ぎるなと木下は思ったのだが、どうやらこれは麗子の演技のようで、
雛と麻里子は麗子への視線を外して肩を揺らしている。
「先生がいいって言ってくれたもんっ!
私は先生の言ってくれたことだけ信じるのっ!!」
「あら、そうなの。
この実の母の言うことは無視するのね。
…いいでしょう。
あなたとは親子の縁を切りましょう!
いいですね?」
今までは中途半端なサヤカの気持ちが見え隠れしていたが、
サヤカも役に入り込むことにしたようだ。
「私の通帳ちょうだいっ!
これからは、先生と一緒に暮らしますっ!」
「雛、こんなこと言ってるけどいいの?」
雛もふたりに乗って演技をするようだ。
純也と真樹はオロオロしながら状況を見ている。
だが祐馬と美波は笑みを浮かべて三人を見ていた。
「ええ、いいの。
サヤカは…
ううん…
悦子は私が立派に育て上げますからっ!
あとで返せと言っても返しませんからっ!
その気持ちがおありなのでしょうか、マネージャー様ぁ?」
氷付いたような緊迫感の中、一呼吸置いた後、
麗子は大声で笑い始め、雛もそしてサヤカも笑みを浮かべた。
「純也と真樹はまだまだだな。
オレも途中から気付いた。
これは演技だ、とな。
雛は…
いや、麗子さんはこれが知りたかったのですか?」
「はい、社長。
恐れ入りました。
ふたりはさらに演技の真髄を知る必要がありますわ。
でも一番意外だったのは美波ちゃん。
よく演技だって気付いたわね」
美波は名指して呼ばれ、少し困ったようにして視線を泳がせた。
「…い、いえ、そのぉー…
演技の方ではなくて…
麻里子さんと、祐馬さんの様子から察して…」
「はいっ!
美波ちゃん合格ですっ!
今の演技で、演技かどうかはしばらく観察しないとわかるはずもありません。
祐馬さんは観察の途中で、麻里は演技だと確信していました。
演技を見ないで周りを見る事も、
役者にとって大切なことだと思っています。
特に他人の評価はかなり勉強になります。
自分がいいと思っても、人によれば確信を持って認めない人がいます。
その人にインタビューすることで、さらに自分を磨き上げられるのです。
…私は今の、この環境を望んでいたのですっ!!」
雛は立ち上がり両腕を大きく広げ、顔を天井に向けている。
かなり演技っぽく心の内を話し、サヤカから万雷の拍手をもらっている。
そのサヤカに釣られて、みんなも雛に拍手を送った。
… … … … …
「…お父さん、実は…
お願いがあるの…」
サヤカは少し演技を絡めて木下を上目使いで覗き込むようにして見ている。
両手は後ろにあるので、
何かを持っているんだなと、木下には察しが付いた。
「どんな願いかな?
仕事絡みであるのなら何でも叶えてやろうっ!」
木下も調子に乗って、かなり演技っぽく調子に乗ってサヤカに言った。
サヤカはコロコロと笑い始めた。
「お父さんも演技上手だよぉー
今のはかなり意識して芝居風に言ってくれたんだけど、
いつものお父さん、俳優さんみたいだもん…」
「…オレにはな、秘密があるんだ。
…そう、オレには思い出せないけれども忘れられない秘密が、な…」
皇が腹を抱えて笑い出した。
サヤカは木下の台詞に混乱したようだ。
「漫画の台詞をそのまんまパクるんじゃない…」
皇は笑いをこらえながら木下を睨み付けた。
「だがその通りだろ?」
皇は少し考え、「そう言えばそうだな…」と言って納得してしまった。
木下は捨て子だがそのことについてはまだ赤ん坊だったので覚えてはいない。
だが、捨て子だという事実を忘れることはないという意味で言った様だ。
「…サヤカ、ごめんな。
かなり脱線した。
後ろに隠しているもの、なんだ?」
サヤカは笑顔で、かなり古びた台本を木下に差し出した。
「…エッちゃんシリーズ…
おい、これって…
このエッちゃんって、麗子さんのことかっ?!」
木下は全く知らなかった様で驚きの声を上げた。
そして真奈美がすぐさま麗子に駆け寄り握手を求めている。
その後ろで澄美が色紙を持って立っている。
「…澄美、いつの間に…
…オレの妹たちに付き合って毎週欠かさず見ていたんだよ。
まさか本人だとは思いもよらなかったな…」
「なんだ、今気付くとは社長らしくないな…
オレもお前と同じ口で、雛に付き合って見ていたからな。
会った時にすぐに気付いたぞ。
そもそもすでに顔見知りだったんだけどな」
きっと、雛の伝で面識があったのだろうと木下は容易に思い至った。
「…お前、かなり意地が悪いな…
オレも意地悪してやる。
お前のきんぴらからごぼうだけを抜いて配膳してやる…」
皇は木下の言葉を無視するがごとく、すぐさまそっぽを向いた。
木下は台本に眼を移し、表紙の続きを読んだ。
「…魔法使いエッちゃん?
…んー…
覚えがないが…」
「このドラマ、打ち切りになったのです。
原作者の方からの猛烈な抗議で…
…これが最後のシリーズでしたのに…」
麗子がかなり淋しそうに木下に言った。
これは演技ではなさそうだと木下は思った。
「猛烈な抗議って、何を言われたのですか?」
「実は、主人公の相棒が小さな悪魔なのです。
当然特撮などない時代ですので、
アニメーションと実写を合成して作っていたのですが、
それが気に入らないと…
人形を動かし、話をさせろと。
ただし、操り人形は興ざめするから不可…
現在の特撮のようにリアルに動かせと…
…ストップモーションアニメーションを使えば可能だったのですが、
さすがに時間がかかり過ぎますので、
已む無く打ち切りとなってしまったのです…」
「…まあ、原作者の気持ちもわかるが、かなりわがままだな…
まるで、澄美みたいだが…
…おい、澄美、まさか…」
木下は台本のページをめくり、『スミとマナミ』という原作者名を見つけた。
「…これ…
澄美と真奈が作った話しなのか?」
木下が冷静に言うと、道すがら食堂内が騒然となった。
特に女優たちの開いた口が塞がらなくなったようだ。
「はい、当時五才の私と、当時二才の真奈とで一緒に作ったお話です。
エッちゃんシリーズの最後の最後なので
視聴者からどんなお話がいいか一般公募があったのです。
詳しく書き溜め本のようにして応募したところ採用されたのです。
…特に今紹介のあった使い魔ゴーゲルグは真奈のアイデアなのです。
その真奈が番組を見て泣き叫び拒絶致しましたので、
猛烈に抗議させていただいたのです。
…ませたガキで申し訳ございません…」
木下も皇も呆気に取られて声も出せないようだ。
だが木下は気を取り直し、サヤカを見た。
「原作者がここにいるし、
特撮系も全く以って問題ないからな。
…澄美、子供向けドラマは?」
「まだ決まっておりませんでした。
この作品を採用することに致しましょう!」
「オレの知らない澄美と真奈の作品か…
かなり期待できそうだな…」
澄美は笑顔で勝手口に移動した。
「知らない?
…そうか、まだ施設には…」
皇は違和感を思えたようだが思い直したようだ。
「そう、澄美が6才の時に施設に来たからな。
この話しを書いた一年後に出会ったんだよ。
第一印象は確かにませたガキだなという印象はあったな。
だからこそ、男友達のようになってしまったと思っていたんだよ。
…しかし、澄美は小さい頃から文才があったんだな、驚いたぞ…」
「お話は私が話したものをお姉ちゃんが書いたのっ!」
真奈美がいきなり木下に自己主張してきた。
「…だがお前、当時二才だろ。
オレには二才の記憶はないぞ…
高校当時からもう消えていたように思っているんだが…
それに普通、覚えていないと思うが…」
木下は皇を見て、皇はゆっくりと頷いて同意を得た。
「あるんだもん、仕方ないじゃない…
…でもお姉ちゃん、一生懸命書いてくれたし、
私がテレビを見て泣き叫んだって事も本当よ。
凄く困った顔してたわ。
すぐにテレビ局に連絡して、凄い剣幕で怒ったの。
そういうところって、今もあまり変わっていないわ…」
真奈美は優しい笑顔で木下を見ている。
木下も真奈美に微笑んだ。
「いいお姉ちゃんには違いなさそうだな。
これで、真奈の観たいドラマが見られそうだ。
…真奈と澄美も監修としてドラマに参加するか?」
木下の言葉に真奈美は横に首を振った。
「楽しみがなくなっちゃうじゃない。
それに主演がサヤカちゃんだったら何も言うことないと思うもん。
きっと当時のお母さんの演技もチェックしているのよね?」
「はいっ!
全部見ました!
…実は私…
本名で出たいなって思っているんですけど…」
サヤカは上目使いで木下を見た。
「オレに聞かず、先生に聞いた方がいいぞ」
木下が雛を見ると深く頷いていた。
サヤカは雛に深く頭を下げ、「ありがとうございますっ!」と
はじける笑みを浮かべて大声で礼を言った。
… … … … …
「問題の使い魔ゴーゲルグだが…
細田に伝えたのか?」
木下が澄美に聞いた。
「はい。
詳しいイメージは真奈が伝えています。
ほかの登場人物は普通に人間で問題ありません。
ですが、主人公の悦子の母親役なのですが…」
「あの三人の言い争いも、珍しいんだろうな…」
木下は呆れた顔で、雛たち仲良し三人組を見ている。
麗子は今はもう女優ではないのだが、
母親は出番が少ないので自分でもできると言い張り、
雛は当然のごとく私が特別出演として出ると言い、
麻里子はやんわりと母親役のイメージは私だと
主張して三人とも譲るつもりはないようだ。
麻里子の主張通り、台本を読むと大人しそうで控えめな女性のようなので、
麻里子の言うことはもっともなことなのだ。
実の母なのだが麗子は少々美人過ぎて目立ち過ぎる。
当然雛は若過ぎるのだ。
雛の場合は演技の際はそれを考慮して変身するのだろうが、
そうしなくても麻里子が順当だと木下は思っている。
「オーディションで決めるか?
三人とも、懐かしいと思うんだがな。
今となってはオーディションなんて受けることはまずないからな。
…審査員は三人。
澄美と真奈に安藤悦子だ。
そして公開オーディションとして番組にする。
どうだ、一石三鳥だろ?」
三人は顔を見合わせたあとすぐにライバルを見る目に変わった。
「お母さんがふたりも増えちゃったわっ!」
サヤカが大喜びをしている姿に、木下は笑みを浮かべてサヤカを見ていた。
… … … … …
さっそくSKTVの第一スタジオに移動して、セッティングを行ない撮影を始めた。
SKTVはもうすでにいつでも本放送を始められる状態にある。
問題は目玉であるSKアクター部のドラマがまだクランクアップしていない。
当然クランクインさえしていないので、
映画などを流し、テスト放送として甘んじているだけなのだ。
アナウンサーも他局からの移籍、新規採用、中途採用、
タレントアナウンサーの採用と幅広い方法で厳選された二十名を採用した。
だがこのSKTVでは、番組のアシスタントとしてアナウンサーは起用しない。
アナウンサーにはニュース報道のみ担当してもらうことになっている。
そして現地への出向など、テレビ場面に映る者たちは、
全てアナウンサーに行わせる。
よって、テレビ番組でのアシスタントは、俳優やタレントが必ず担当することになる。
そうすることで、
一般人とタレントの区別をキッチリと分ける放送局として始動するのだ。
今回の番組のホスト役は純也が担当する。
たまたまオフで道すがら食堂にいたので、木下が要請した。
純也は当然のごとく快く引き受け、オーディションの相手役も勤めることになった。
「皆さんこんばんは、結城純也です。
今回、ボクにとって嬉しい企画がいきなり持ち上がりました。
なんと、SKアクター部が誇る女優三名が
オーディションを行う運びとなったのです。
そのドラマは、曰く付きです。
一世を風靡した名子役、安藤悦子の志半ばで終了してしまった最後の作品の
魔法使いエッちゃんのドラマ化を本放送局で放映することが決定したのです。
やはり一番喜んだのは、安藤悦子こと安藤麗子さんです。
現在はSKアクター部のマネージャーとして俳優を厳しく管理しています。
実はその安藤麗子さんもオーディションに参加する運びとなったのです。
そしてこのドラマの主演はなんと、
安藤麗子さんのご息女である安藤サヤカさんなのです!」
純也は右手を大きく上げ、サヤカを自分の隣に呼び寄せた。
サヤカは小走り気味に駆け出し、純也に笑顔で軽く会釈をして、
カメラに向かい深くお辞儀をした。
「みなさん、こんばんは。
安藤サヤカです。
私の憧れの大先輩たちが
私の演じる石流悦子の母親役に立候補してくださったのです。
その中に母がいる事も本当に驚きです!
そして、おひと方は私のお師匠様の越前雛様、
そしてもうおひと方は私の憧れの本当にお優しい上杉麻里子様です。
私のお母さんになってくださる方はどなたなのでしょうか?
私も本当に楽しみですっ!」
このあと、純也とサヤカ、
そして原作者のひとりの澄美で番組の宣伝などを行ない、
ついにサヤカが紹介した女優三名がカメラの前に登場した。
全員がテストを受ける学生のように緊張している表情を作っている。
そう、緊張感のある演技をしているのだ。
もうここからが審査対象で、
審査員である澄美と真奈美は真剣な表情で女優たちを観察している。
純也は第一話での主人公の悦子の絡みであるシチュエーションの説明をして、
まずは麻里子が演技をする運びとなった。
「一番、上杉麻里子です。
台本を読ませて頂き、
ああ、私がここにいるわとすぐに感じ取りました。
石流悦子の母である石流礼子は私なのです。
私の演技を見ていただければきっと皆様方にも分かっていただけると感じています。
どうか、よろしくお願い致します」
純也が悦子の気になる男の子役を演じ、短いシーンの演技を行った。
真奈美はもう麻里子に決めてしまったような顔で澄美に満面の笑みを向けている。
その澄美も真奈美に笑顔を向けて頷いている。
ホッとひと息付いた純也がマイクを手に持ち澄美に向いた。
「審査委員長の木下澄美さん。
上杉麻里子さんの演技、いかがご覧になられましたか?」
「はい、真奈美の反応が示すように、
もう麻里子さんに決まったも同然かと。
原作者のイメージ通りの存在感、そして演技、
本当に嬉しく思っております」
続いての安藤麗子の演技に、澄美も真奈美も息を飲んだ。
麻里子と違わぬ存在感に、ふたりは頭を抱えてしまったのだ。
「ああ、私…
前言撤回はしたくはありませんでしたが、
せざるを得なくなりました…
やはりサヤカさんの本当の母親ですわ。
とっても自然に拝見させて頂きました。
そしてブランクを感じさせない堂々とした演技。
感服致しました」
最後に越前雛が登場して、一同が驚愕の面持ちに変わった。
なんと雛は、38才の年相応の雛となって現れたのだ。
「三番、越前雛でございます。
サヤカの師匠として、この役は誰にも譲るわけには参りません。
どうか、よろしくお願い致します」
雛は短く挨拶を終え、早速サヤカに笑みを向けた。
「…ああ、お母さん…」
サヤカの満面の笑みに、
もうこの時点で、石流礼子役は越前雛に決まってしまったのだ。
越前雛は演技を終え、いつもの越前雛に姿を変えた。
「驚きました…
できればこちらのお三方全員に母親役をやって頂きたく感じました。
ですが皆様もお分かりのように、
サヤカさんが越前雛さんに決めてしまわれました。
審査委員長としても異存はございません。
よって、石流礼子役は、越前雛さんに決定いたしますっ!」
雛は感激の涙を見せ、サヤカを抱き締めた。
このまま純也が締め、撮影は終了した。
撮影監督の合図と共に、雛は演技を終了した。
まさに厳しいサヤカの師匠の顔になっていた。
サヤカだけでなくこの場にいる全員がかなり驚いたようだ。
「女優たるものが、テレビカメラの前で真実を見せるものですか。
サヤカ、さらに精進しなさい」
「はい先生っ!
本当にありがとうございましたっ!!」
「ウソおっしゃい!
今のが演技でしょ、雛!
ほんとに腹立たしいわっ!」
麻里子の言葉に雛は小さく舌を出した。
麗子も交えて三人は元の仲良し三人組に戻った。