きんぴら
3
ここは道すがら食堂。
何の変哲もない、どこにでもある定食屋だ。
今日は昼の客は少なく、午後ニ時になってすぐに休憩のため店を閉めたのだが、
何故だか女優という社員が続々とと店を訪れてきた。
「社長、フライドチキン定食を…
…あの…
ダブルで…」
「それ、食べ過ぎだろ…
太らない体質だったら別に構わないが…」
かなり恥ずかしそうにして注文をした真樹は、笑顔を木下に見せた。
「私、かなりの大食漢なんです…
でも、大食いタレントにだけはなりたくなくて…
知られたくもなくて…
でもここでなら美味しいもの、お腹一杯食べても恥ずかしくないし…
私、料理下手だから…」
「だったら問題ないな。
ほかには?」
木下は真樹に笑みを向けた。
「…えっ?
じゃあ、フライドチキンはシングルでローストンカツとミックスフライを…
ああ、それと、和風メガトンハンバーグをダブルで…」
「いいぞ、待ってろ」
木下は驚く事なく真樹に笑みを浮かべ、
真樹はさも幸せそうな笑みを浮かべた。
「我慢、してたんだね…
いつも少ししか食べてなかったから、
それで痩せてるのかって思ってたんだよおー…」
美波は真樹を覗き込んで、少し安心した笑みを浮かべた。
女優はほかには雛が来店している。
雛と美波は今日はオフのようで、店を閉めてからすぐにやってきていたのだ。
「エンジンかかっちゃうと止められなくなちゃうから。
でも食べないわけにもいかないでしょ?
だから外での食事が苦痛だったの…
でも、この事務所のおかげで私、
きっと今まで以上に頑張れると思うのっ!」
真樹は注文してからは人が変わったように素晴らしい笑みを浮かべている。
そして、いつもよりも確実に饒舌だ。
「でも、病気じゃなくてよかったよぉー…」
美波はホッとした顔を真樹に向けたが、木下は渋い顔を見せた。
「おいおい…
大食漢は病気の一種だぞ。
脳のな」
「…はい、調べました…
満腹中枢が鈍いから満腹感が得られ難いって…
それに食べ過ぎることで病気にもなりやすいって…
特に刺激物と塩分は適度な摂取量を遥かに越えちゃいますから…」
「そういうことだ。
だが、これはどうしようもないことに近いからな。
しかしここの料理は、通常のものの半分の塩分含有量しかないはずだ。
いつもよりも安心して食っていいぞ」
「…そんな…
やっぱり美味しい料理は多少塩を利かせることで美味しくなっているのに、
そんなことって…」
「何事もバランス良く、だな。
オレは極力塩は使わない。
醤油を使う料理ははっきり言って必要ない。
塩分含有量がかなり高いからな。
だから塩を買っても、ほとんど減らないな…
だがないと困ることがあるから置いているだけだ。
特に中華は、塩が全てを決める場合が多いからな。
今日だけと思いながら、
調整しながら塩を使うと信じられないうまさに変貌するんだ。
だがその時点ですでに塩分は摂り過ぎになっている。
だから塩分の低い調味料でごまかすんだ。
そうやって、安全な食を考えている最中なんだよ」
「…やっぱり、私にとって美味しいものって毒なんですね…」
木下は意気消沈している真樹に笑みを向けた。
木下は次々と真樹の目の前に大皿を並べていった。
真樹は目の色を変えて大皿を空にして行く。
飯の消費量も半端ないので、木下は真樹に合わせて
すでに飯が入ったどんぶりを用意している。
まるでご飯のわんこそばのようだ。
「…あら?
昨日と違います、きんぴら…
更に美味しいっ!」
「そう、それよ!
私も気付いたけど、塩、入れちゃったの?」
雛が木下を見て喰いついてきた。
「今日は懐かしい味のきんぴらにしただけだ。
逆にある調味料を抜いて作った。
これがオレが一番美味いと感じるきんぴらなんだよ。
だが人の好みによって好き嫌いが出るものなんだ。
だからあえて、オレはこれを使っていた。
バランスが良くなるから誰もがおいしいと思うはずなんだ。
今日のきんぴらははっきり言って商売向きではないな。
今日までは暇だろうから、みんなに試してみたんだよ。
だが、意外と好評のようだな…」
「これを抜いたって、何を?
そんなに調味料使ってないんでしょ?」
雛は、『じらさず早く言え!』といった口調だった。
「今日は出汁を入れなかった。
醤油、みりん、砂糖だけの、超シンプルなきんぴららしいものになっているはずだ。
最後に少量の水あめを加えることで、照りが出て甘くも感じられるからな。
それもうまさの秘訣なんだよ。
当然見ての通り鷹の爪も使っている。
これを入れないとただの煮物料理だからな。
だがオレの場合、きんぴらはほぼ炒めものだ。
だからこそ、食感がいいはずだ」
「はい。
にんじんとコンニャクのコラボレーションが嬉しく思ってしまいます。
…あら?
もう、満腹感が…
いつもよりもかなり早いわ…」
「なるほど…
真樹の治療法はきんぴらにあり、だな。
この量でも控えめだったんだろ?
飯はそこそこ喰ったが…」
「はい、半分ほどかと…
私、病気かしら…」
真樹は本気で心配しているようだ。
「租借回数が増えたからだ。
きんぴらだけは丸飲みしていなかったようだからな。
オレのきんぴらはよく噛まないとうまさを感じない料理だ。
そうやって意識して租借回数を増やせば、
真樹に取っていいことに繋がると思うぞ」
「笹がきじゃないのも、その理由なのね…」
雛が真剣な顔で木下に聞いてきた。
「そう。
笹がきにすると確実に食感が落ちる。
よってこの切方は、
お年寄りには向かないきんぴらとも言えるな。
だが、極力薄くしてあるから、多分問題ないだろうとは思っている。
そして、一定の薄さにはしないことだ。
そして薄くし過ぎると、ごぼうの食感が落ちる。
ピーラーで薄切りにしてから千切りすにすると、全く違ったものに変貌した。
はっきりいって美味しくない。
厚みは一ミリ以下で0.5ミリまでのものを満遍なく切り分けしている。
こういうものも料理をする上での愛情と言っていいものかもしれないな」
「そうなんだ…
切るだけでもすごく面倒だと思うもの…
でもいつもたくさん作ってるじゃない。
凄く時間、かかってるんじゃないの?」
「オレだけが食うのならオレが包丁を振るうが、
商売用としてはかなり厳しいから、
細田に言ってカットマシンを作ってもらった。
オレが切るものと寸分違わず同じものができたからな。
その時に試しに切ったもの全部喰っちまった。
きんぴらだけで、ご飯何膳でも食えてしまいそうだったぞ」
「そうよね…
きっと凄く時間かかっちゃうもの…
食感もおいしさの秘密だったのね…」
「冷えて美味い料理だからな。
きんぴらはその時点でハンデを負っている。
香りは喰ってからでないと感じないからな。
暖かいものでもいいんだが、オレは冷えている方が好きだ。
やはり暖かいものだと食感が落ちていると思うんだ。
きっとそういう理由だと思うぞ」
何も話さない前田と皇は頷いているだけだ。
ふたりも今日のきんぴらに疑問があったのだろうと木下は思った。
「いつもと味が違うから考え込んでしまった。
…賄い定食、くれ」
「オレもだっ!
食わせてくれ!」
皇と前田の言葉に、木下は笑みを浮かべすぐさま賄い定食を出した。
「普通、メインと付けあわせが逆だが、オレに取ってやはり最高級の定食だっ!」
前田は笑いながらきんぴらを頬張り、いい音をさせている。
「オレには毎回この味付けで頼む。
一食二万出してもいいぞ」
「一輝…
無茶なこと言うなよ…
一番面倒なことを…
だが、少しだけ造り分けするか、社員分だけ…」
「でも、料理って出汁やほかのものを入れておいしくなるもんじゃないの?」
雛が必死になって飯を貪っている皇を見ながら、眉を下げて言った。
「それは鍋物、煮物の場合に限るとオレは思っているんだ。
オレの和食の基本は、醤油、砂糖、みりんだけだ。
この組み合わせと調合で、懐かしい味に変貌する。
シンプルな味付けの方が美味い場合が多いんだ。
だがこれってかなり難しいんだよな…
その時に使う食材の味が違うと調合を変える必要もあるからな。
だが出汁を入れるとほぼ問題なく食える。
今日のごぼうもにんじんも、いつも使っているものの残りだから、
調合は楽だった。
だが明日作るものは少し考えないとな。
ごぼうがあまりうまくない。
出汁を使うことがほぼ確定だが、
社員用に美味いところだけ取り分けはするけどな。
これは全てオレのこだわりだが、
想いも篭っていると思ってもらうとオレとしては満足だな」
皇と前田、そして真樹は頷きながらきんぴらを頬張っている。
… … … … …
女優陣が店を出た後、午後五時までわずかな時間なのだが、三人揃って地下訓練場に足を運んだ。
今は澄美が木下に黙って発注した螺旋階段を下っているところだ。
「オレのリモコンも勝手にバージョンアップしていたとは…
まさか、女子トイレ入り口の床が抜けるとは思いも寄らなかったな。
入り口の壁にトイレの使用状況のモニターもあったし…」
「澄美ちゃん、手抜かりないな。
スパイもできるんじゃないのか?」
皇が軽く笑みを浮かべながら言った。
「ところで武器はどうなっているんだ?
今のところ特に必要はないとは思うが…」
前田が少し気合を入れた言葉を木下に投げかけた。
「一応、細田が造ったものがあります。
ライフルとハンドガンの二種類だけですが。
どちらもおもちゃなのですが、半端ないです…」
前田は笑顔で頷いた。
「あの装甲服に合ったものなんだろうな。
かなり楽しみだっ!」
前田は更に気合が入ったのだが、その表情は子供そのものだった。
木下は地下に埋め込んである隠し金庫から、重そうなライフルを出して前田に渡した。
「ふん…
重量は本物と同等だぞ。
と言うことは、木下の旦那が言った通り、
かなり強烈なものを撃ち出してくれそうだな…」
「ええ、かなり来ますよ。
火薬の方が可愛く思えるかもしれません。
何故ここまでする必要があるのかオレにはよくわかりませんでしたが、
今の前田さんを見てようやく気付きました。
細田は使い手の気持ちを考えて造ったようですね」
「そういうことだ。
こんなにありがたいことはない…」
前田は危険物ロッカーの中からライフルの弾を取り出して驚いている。
「…おいおい、弾に螺旋が切ってあるぞ…
とんでもないものが出そうだな…」
「打ち出しはプロパンガスです。
ブローバックしますので、連射も可能です。
どんな圧力をかけたのか知りませんが、
普通の銃の方が反動を感じません。
一度、ブラックホークを撃ったことがありますが、
それに似た反動があります」
「ほう…
拳銃の中でも大砲の44口径か…
だとしたらこのライフルは、気合を入れて撃たないとな」
前田は真剣そのものでライフルの銃口を天井に向けたまま射撃ブースに入った。
一番遠い的で100メートルほどしかないので、
前田としては物足りないだろうと木下は思ったのだが、
その前田からひしひしと緊張感が伝わってくる。
『ドォ―――ンッ!!』
密閉された訓練場なのでかなりの轟音となった発射音は、
イヤーマフの奥までその脅威を轟かせた。
「旦那、サイレンサー。
…あ、どうも…」
前田に笑みはない。
この表情が前田の本来の顔だと、木下は感じ取った。
前田は手馴れた手付きでサイレンサーを取り付け、
すぐさま構え、『ドシュッ!』という
少し腹に響くような音を放ったライフルに笑みを向けた。
「本物よりも数段素晴らしい。
火薬にはやはりばらつきがあるのかもな。
ガスの方が正確だと感じたな」
門外漢の木下には全くわからないので、笑みを浮かべるだけに留めた。
そして皇はもうすでに踊るように曲芸撃ちのようなことを始めている。
多くの的を左右から出現させ、二挺の拳銃で全てを正確に射抜いている。
当然皇も、いつもの顔ではない。
木下が皇の真剣な顔を見たのは、今回で二度目だ。
皇との初対面の時、今と同じ顔をしていた
よって今の木下は、皇を茶化すようなことは言わない。
だが、言わざるを得ない状況に陥った。
「雛のヤツ、また忍び込んできたぞ。
何を考えてるんだ…
いや、よく見ると富山真奈美の方だ。
演技でこんなシチュエイションがあるのかな…
…またきんぴら食ってやがる…
だが、皿に盛り付けてるな。
礼儀正しいこそ泥だ…」
『きんぴら食って…』という木下の言葉に、前田と皇がモニターを確認し始めた。
「…撃ち殺してくる…
オレのきんぴらを…」
皇が悔しそうな表情を見せた。
「お前のでもないぞ…
さて、シャドウが出てきたな…
回答は一目瞭然だな」
昨夜の雛の言葉に、シャドウは少し考えてから返事をすると言った。
その答えを今雛に伝えようとしているはずだ。
『前田さんと皇さんに撃ち殺されちゃうよ。
きっと今頃見てるから』
シャドウの言葉に雛は激しく咳き込んだ。
鷹の爪でも器官に引っ掛けたのかもしれない。
全く以って、女優にあるまじき行為だ。
『そうなの?』
『うん、昨日の件も、記録に残ってるよ。
…三人とも知ってるけど、何も言わないんだね。
感心がないってわけじゃないんだろうけど、
ボクは少し淋しいな…』
『それは違うわ。
きっと三人とも、シャドウが自分で決めることを望んでいるの。
もしこの件で話しかけて、シャドウの心が揺れること望んでないと思うの。
シャドウの好きにしていいんだと私は感じたわ』
シャドウは雛に笑みを向けた。
『今はまだこのままでいるよ。
でも、もし振られたら、人間にして欲しいな…
多分その時、そう言うとボクは思うんだ』
『そうね。
それが一番いいと思うの。
わかっていると思うけど、
人間になったら今のように仕事ができなくなるのよ。
それだけは覚えておいてね』
シャドウは無言で頷いた。
「何事もなかったようにきんぴら、喰い始めたな…
まあ、あの程度の量なら問題ないが…
…しかし雛、あんなにきんぴら好きだったのか?」
「洋食よりも和食派だからな。
きんぴらは好物だと思うぞ。
それに付け合せの肉じゃがも大好物だ。
どちらもハーフにしてやると、さらに喜ぶんじゃないのか?」
皇が自分のことのように少し喜びながら言った。
「わかった。
聞いてから盛り付けよう。
というよりも、雛は何も言わないな。
出されたものを素直に食っているだけだ。
婆ちゃんの教育か?」
「そうだ。
自分で作ってもいないのに、造っている者に失礼だとは思わないのか、
などと思っているはずだぞ。
お前から聞いてやって欲しいな」
「そうか、そうしよう。
前田さんは肉じゃがのダブルでいいんですよね?」
「…トリプルだ…」
前田は短く答えて、すぐにブースに入った。
「前田さん、かなりいい男に変貌したな。
もうここは戦場のようだ」
「そのようだな。
オレは挑発したつもりだが、全く乗ってこない。
今はかなり集中しているようだぞ。
…オレが見るところによれば、
あの反動を抑えるのにかなりてこずっているようだ。
…オレもライフル、撃っておくか。
オレでは抑え切れないだろうけどな…」
木下は皇にサイレンサーを渡した。
皇は真顔で受け取り、ブースに入った。
… … … … …
「皇ぃー…
お前、なぜたった一発で修正できた…
おかしいだろうがぁー…」
前田は皇を睨みつけ、コメカミを引き攣らせている。
「反動を計算に入れて狙っただけだ。
非力なオレでは抑え切れないからな。
それにやはり、火薬よりも正確だ。
あの銃の方が扱いやすいな。
しばらくは持ち出すことはないだろうがな」
前田は考え込むような姿勢になり無口になってしまった。
木下が笑みを以って皇を見ている。
「鬼を怒らせてしまったな。
…だが、百発百中ではなくなったな」
「そう。
オレは神ではない。
だがもうあのライフルも百発百中だ。
弾丸スピードが異常に速いから、風の影響も受け難いだろうな」
「弾が銃身内に当たらない設計だそうだ。
だから邪魔するものが何もなく、スムーズに発射できるそうだ。
次は風を起して撃ってみるか?」
「そうだな、確認しておいた方がいいだろうな」
「だがバックファイヤーならぬバックウインドが半端ないな」
「いきなり超高速で発射するからな。
あの空気抜きも必要なことだろうな。
その空気抜きもかなり正確に造ってある。
よって反動も何発撃っても同じ方向に同じチカラがかかっている。
火薬だと、時折軽いことがあったりするからな。
やはり弾自体が爆発するよりも銃が押し出した方が正確に飛ぶんだろうな。
そしてあのライフルは大砲並だ。
戦車の装甲でもきっと撃ち抜けるぞ」
「それは第三段階に入ってからだから数年後だろうが、
今からシミュレーションしておいてもバチは当らないだろうな…
おっと、新入社員のご帰還だ。
ここで飯を食って帰るのがステータスになるようだな」
木下の言葉に皇が笑みを以って入り口を見た。
「ただいま戻りましたっ!
そして頂きますっ!」
妙に元気な純也がすぐさま前田に寄り添ったが、
その雰囲気を察して話しかけることは控えたようだ。
そして、純也は木下にも皇にも何も聞かない。
無音の時間が流れたが、それを打ち破ったのは前田だった。
「木下の旦那、モバイルモニター貸してくれ。
シャドウ、ついさっきの映像出してくれ」
木下は前田の注文通り、モニターを手渡した。
シャドウも準備ができたようだ。
「…子供に泣きつきたい気分だったようだな…」
木下は小声で言った。
「…いいじゃないか、微笑ましくて…」
皇も気を利かせた様で、小声で木下に答えた。
「…だが純也、ここにいても大丈夫だろうか…
一般の客が来る時間だが…」
「大丈夫だろ?
あの兵が隣にいるんだ。
どんなにミーハーでもあの山は越えられないと思うぞ。
…ところで雛はどこに行ったんだ?」
「まだ二階だと思うぞ。
シャドウ…」
シャドウは顔だけを影から出した。
「テレビ見てるよ。
そろそろ、10分間のテレビジャック、始まるから」
木下は目を見開いた。
「澄美は相変わらずせっかちだな…
だが、何事も先手を打っておけば問題も起こり難いと思うけどな」
木下はテレビをつけ、少しボリウムを絞った。
『ニュースの途中ですが、SKセキュリティー提供による政見放送が始まります。
どうかご清聴くださいますようよろしくお願い致します』
「政見放送?
澄美のやつ、何をやったんだ…」
木下も皇も前田も純也も少し呆れた顔でテレビに視線を送っている。
『野党第一党世界の騎士党党首、木下澄美っ!! でございます。
この度、わが世界の騎士党はほとんどの野党、
無所属、そして与党の一部を抱え込み、
実質、この国の第一党となりました。
よって、解散総選挙を行ないたいところでなのですが、
そんな無駄なお金も時間も使いたくはありません。
大臣ごっこは、今のまま続けて頂きましょう。
…さて今回はSKセキュリティーアクター部株式会社所属の俳優たちが
巻き込まれた事件について訴えを起こすために
この貴重な10分間を使わせて頂きます。
どうか、ご清聴くださいますよう、
そして、皆様の常識的観点から判断を委ねたいと思っおる所存でございます…』
「もうこの国の女帝だな。
いい娘を持ったなっ!」
皇は木下を見て大笑いを始めた。
「まあな…
行くところまで行ったということでいいんじゃないのか?
真奈、ひっくり返っているだろうな…
木下澄美の発言のところ、チカラ入ってたなー…」
皇が胸を押さえ、素早くスマートフォンを取り出した。
「…ん?
どうしてオレに真奈美ちゃんから電話がかかってくるんだ…」
「出てやってくれ。
オレは信用されていないようだから…」
皇はすぐに電話に出て、事の次第の全てを真奈美に説明した。
「凄い剣幕で叱られたぞ。
だが、すぐに納得したな。
明日、こっちに越して来るそうだ」
皇の言葉に、木下はテレビを見たまま頷いた。
『…このように悪辣なるパパラッチどもに天誅を与えるため、
刑事事件として訴えを起こしました。
俳優たちはそのような者たちの飯の種ではありません。
この先、SKセキュリティーアクター部は、
今回訴えたテレビ局などとの断絶を測る準備がございます。
そして新たなテレビ局、SKTVを設立致しました。
番組内容と致しましては、フルに俳優たちに働いてもらうよう、
ゴールデンタイムには全てドラマを当てる用意がございます。
どうか、俳優たちの成長をSKTVでお楽しみくださいますよう、
よろしくお願い致します。
これにて、木下澄美っ!! による、
世界の騎士党政見放送並びに
SKセキュリティーアクター部からの訴えを終了させて頂きます。
大変お騒がせ致しました。
そしてご清聴、ありがとうございました。
今後ともSKセキュリティーグループをどうかよろしくお願い致します』
純也がテレビに向かって、満面の笑みで大拍手を送っている。
「木下澄美、いろんな意味でチカラ強いな…
だが、オレの夢を澄美が叶えてくれそうだ…
いや、もう叶ったのかもしれないな…」
皇が怪訝そうな目を木下に向けた。
「全ての諍いの根を断つ事が夢じゃないのか?」
「それもある。
もうひとつはオレの苗字だ。
木の下で、家族みんなで幸せになれたらいいなと思っていたんだよ。
澄美は名実ともにすでにこの国の女帝だ。
反感もあるだろうが、多くの好感も得たと思う。
多く人々が澄美という木の下に集まりつつあるとオレは思っているんだよ」
「なるほどな。
…お前の本当の名前、まだわからないのか?」
皇の質問に、木下は戸惑いを見せた。
「…実はな…
言えなかったんだよ。
だが、言うべき時が来たようだ」
木下が決意した瞬間、皇の左手にある細工された壁と、店の入り口が同時に開いた。
二階から雛となんと澄美が降りてきたのだ。
そして来店したのは近くの工事現場の作業員三人だ。
その作業員は驚愕の顔を澄美に見せ、大急ぎで店から出て行った。
「…まずいな…
澄美のせいで、ここ、会員制にする必要ができちまった…
いずれはそうなるとは思っていたんだがな…」
「それは願ったり叶ったりっ!
社員食堂ということでよろしかとっ!」
澄美の言葉に木下は頭を掻きながら、細田に連絡を入れた。
「シャドウ、臨時休業だ」
シャドウはすぐさま入り口を硬く閉ざした。
暖簾もあるのだが、自動で巻き付き、収納されるようになっている。
「二階から中継していたのか。
今知ったぞ…
防音凄いんだな…
お前、叫んでいたはずなのに、
下にいて全くわからなかった」
「色々と雛にお願いしていました。
スタッフは雛ひとりです。
もうSKTVの中継車は引き上げました。
裏に止めたので騒ぎにはならないと思っていましだが、
とんだ偶然でしたわ…」
「…言いたい事言っていいか…」
木下は少しだけ澄美を睨み、澄美は困った顔を木下に見せ、すぐに頭を下げた。
「お前がこんな単純なミスをするはずがない。
ここを俳優たちの憩いの場にしたいのならそう言えばいいだろ…」
澄美は客が来るのを待ち、入店と同時に二階から店に降りてきたのだ。
その証拠は、澄美が客を睨み倒していたからだ。
「…わかりやすくてごめんなさい…」
澄美が頭を下げ、前田がさも愉快そうに大笑いをした。
「それに、SKセキュリティー本社その他で目を付けた社員たちも
ここを職場にしてやりたいから。
事務所はここの二階と地下施設の会長の執務室。
如何でございますか?」
「…いいぞ。
商売ではなくなったが、逆に客が増えそうだな…」
「現在のところ、俳優を合わせて30名程度です。
わが社の厳選された、稼ぎ頭ばかりでございます」
トイレから細田が現れ、道すがら食堂最終形態を取るように木下が命じた。
皇が驚いた顔を木下に見せた。
「…ここにも仕掛けがあるのか…」
「なんだ、気付いてなかったのか…
壁、異様に厚みがあるだろ。
二階建てが三階建てになる。
一階が受付で、ボディーチェックを行なうことになるからな。
…秘書二号を受付に立たせろ」
木下は澄美を見たが、澄美は申し訳なさそうにして木下を見返した。
「国会、銀行に手を取られてしまい、秘書四号までは出払っております。
申し訳ございません。
ですが、秘書五号六号と防犯部から三名、
ここを専属として働いてもらうことに決めております」
「わかった。
防犯部は柿木もいるんだろうな。
いずれはオレたちの仲間になってもらうからな。
今から鍛えておいた方がいいと思っている」
「はい。
詳しく本人にも伝えております。
以前よりもさらに磨きがかかり、姿形は前田様と同等かと…」
「いいだろう。
中身はこれからオレたちが作っていく。
…少し揺れるからな。
座っていた方がいいぞ」
しばらくすると店が大きく揺れたあと安定したのか、
ゆっくりと動き始め、すぐに停止した。
「変形完了だ。
細田とシャドウは細部までチェック。
澄美はオレと共に一階に行くぞ」
カウンターが大きく開き、地下訓練場とは別の場所に階段が現れた。
木下と澄美はゆっくりと階段を降りて行った。
「…源ちゃん、かっこいい…」
雛が階段に消えて行った木下を視線だけで送り出し言った。
「…木下の旦那、軍人のようだな…
だが、オレとは違う…」
前田が呟くように言った。
「何か伝えることがあったようだ。
夕食の時にでも聞いてやろうか、
あいつの真の正体…
…言いたくはないが、今の雛では源次郎の嫁にはなれないな。
次元が違い過ぎる。
お前はさらに女優として、霊媒師として腕を磨く必要があると思うぞ。
今の源次郎に憧れている程度では、
友としてお前を嫁に出すことが恥ずかしく思えるからな」
雛は皇の言葉を聞いて顔色を変え、いきなりトランス状態に陥った。
落ち着いたあと、かなり驚いた顔をみんなに晒した。
「…見てきたわ。
澄美さんが急いだ理由もわかったわ。
…全ては源ちゃんのために…」
皇は驚いた表情を見せたが、苦笑いに変えた。
前田は笑みを湛えている。
「…ほう、雛さん、本領発揮のようだな。
…アメリカの大統領選挙に木下の旦那に似たヤツが出るみたいだからな。
どういう繋がりかはわからんが、関係ありだとオレは睨んでいる」
皇はスマートフォンで検索して、その顔を見た。
みんなは皇の背後に回り、少々驚いた声を上げた。
「クラーク・ゲンキ・ミストガン。
父親は大富豪のショー・ミストガン。
母親はハリウッド女優の鷹取紗里奈。
…写真から察して、どうやら兄弟のようだな。
クラークは35才。
源次郎の兄ちゃんか…
だが、この国は澄美ちゃんのものだし、一歩先に出たな。
しかし、何故木下なんだ…
そして源次郎…
その経緯も面白そうだな…
…そう言えば、澄美ちゃんが頭取に就任した銀行、
いつもにこにこ元気銀行だったな。
澄美ちゃん、二勝目だな。
元頭取はアメリカ人だと聞いていた。
クラークが頭取だったんだろう。
もっともその切欠を作ったのは、オレと源次郎だがな」
「はい、そのようです。
クラーク・ミストガンは大統領選挙のために、銀行を手放しています。
木下社長が動くと悟られてしまうから…」
純也がモバイル端末で調べて呟くように言った。
「いや、敵に塩を送ったんだと思うぞ。
当然、源次郎と澄美ちゃんの関係はわかっていたはずだ。
だが、澄美ちゃんも馬鹿ではないからな。
ほかにも思惑があるんじゃないのか?」
皇の言葉にみんなは深く頷いた。
… … … … …
一階だったここ道すがら食堂は二階になり、かなり奇抜な模様替えをした。
店内は何故か倍の広さになっている。
その店内に、真樹と麻里子が姿を見せた。
真樹は何故だか泣き顔だった。
理由を聞くと、店がなくなっていて大ショックだったということだ。
この道すがら食堂は、真樹にはなくてはならない定食屋なのだ。
「女王様…
凄く嬉しそう…
…私たち、レポーターに囲まれてしまったんだけど、
SPの方たちに助けていただいたのですよ。
全然気付きませんでした」
麻里子の落ち着き払った声に、みんなは少し笑みを浮かべた。
「そう、澄美さんは女王様だな。
女王様に二言はない。
全力で俳優陣を守っているんだ。
これからはさらに過ごしやすい人生になると思うな」
前田の言葉に、麻里子が食いつき、今度は前田をターゲットにしたようだ。
… … … … …
「少々広くなったが、これが最終形態の道すがら食堂だ。
実は始めは本当に思いつきで飯屋をやるつもりだったんだ。
だが途中から気が変わって、急遽このような形になるように造っていたんだよ。
だが予想としては一年くらいは営業できると思っていたんだが、
たったひと月の通常営業だったな。
…だが、澄美の思惑通り、ここは社員食堂となった。
そして、ゲストだ。
お向かいの高山ベーカリーのご家族だ」
名前を呼ばれた高山がすぐさま立ち上がりみんなに頭を下げている。
その妻は、女優たちに囲まれてかなり上ずった声を上げている。
その子供たちは純也の顔に見惚れている。
ひとりは女の子、ひとりは男の子なのだが、
純也は子供向けのアクションヒーローもので主演をしていたことがある。
純也は女の子にも男の子にも憧れを抱かれる俳優なのだ。
「お前たちの大好きな揚げ物は、
高山さんの手から造り出されていると言っても過言ではない。
パン粉は高山さんの店でできる食パンの耳をミキサーで砕いて作っている。
物々交換ではないが、高山さんたちご家族は
いつでも来店してもらってもいいことにしていたからな。
よく覚えておいてくれ」
まずは皇と前田が、かなり丁寧に高山に礼を言っている。
トンカツのうまさはその衣にもあるのだ。
高山一家はローストンカツ定食を美味そうにして頬張ったあと早々に、
子供たちを引きずって家に帰っていた。
「…まあ、居心地悪いよな…
申し訳ないことになってしまったな…」
木下は頭を掻いた。
「源次郎、クラーク・ゲンキ・ミストガンはお前の兄か?」
皇の言葉に木下は全く動揺することなくみんなを見回した。
澄美は瞳を閉じて、下を向いた。
「その事実はオレと澄美しか知らなかったことだ。
真奈美には言っていない。
…オレは捨て子だ。
そして名はなかった。
実はオレとは全く関係ないのだが、
もうひとり、オレの隣に赤ん坊が捨てられていた。
名前は木下源太。
源太はオレの兄として、
オレは木下源次郎という名をもらって共にあの家で育ったんだ。
兄源太は今は、施設の園長をしている。
ちなみに市長にも九年前に就任した。
国会にも来る予定だったのだが、
澄美に任せることにしたようで取りやめたということだ。
…オレが15になった時、親と名乗る外国人と日本人がやってきて、
真相を教えてくれた。
ミストガン家は代々子を捨て、優秀な者を後継とするそうだ。
オレはすでに農業を始めていたが、
まだ二年目だったので稼ぎはほとんどなかった。
クラークと言う名の兄は15の年には
もうすでに20もの会社社長になっていたそうだ。
よってクラークがミストガン家を継ぐことになった。
それだけ語って帰って行った。
まあ、オレとしても愛情も何も感じなかったのだが、
母である女優の鷹取紗里奈がオレを抱き締めたまま放さなくなった。
オレとしては演技ではないだろうと思ったが、
父であるショーは、妙な演技はやめろと言って鷹取紗里奈を蹴り飛ばした。
母を不憫だと思ったが、父は憎むべき対象になったな。
そのショーは五年前に暗殺され、クラークがあとを継いだ。
…犯人はまだ捕まっていない。
犯人はクラークのはずだ」
木下の最後の言葉に、社員たちの呼吸が止まった。
「そのあとに調べたのだが、ショーの父、オレたちの爺さんも暗殺されている。
因果応報とはこのことを言っているようだな。
だからオレは子はいらない。
オレもあいつの血が流れているようだからな。
オレもクラークも、眼がショーと全く同じだ。
オレもアイツのような冷酷なことをしてしまうかもしれない。
それがイヤなんだよ…」
前田が木下を睨み付けた。
「言いたくはないのだが、お前が殺してはいないだろうな?
エリア38に行ったのは何年前だ?」
「三年前です。
確かにショーを憎んだが、そんなことをして何になるとも思い、
その事実を知った時クラークを不憫に思いましたよ。
それに、殺す程に憎んでもいなかった。
その罪は、きっとオレに罰を与える。
クラークの思いは手に取るほどよくわかる。
殺した原因は、全ては母のためだと感じました。
オレがもし近くにいたら、オレはクラークと同じことをしていただろう。
…母紗里奈はほぼ確実にショーに虐待されていたと思う。
思い余って紗里奈がショーを殺したとも思っていましたが、
仕事でアメリカ大陸の端にいました。
どう考えても無理だと思う。
この話しをクラークにした時、
悪魔のような笑みを浮かべましたよ」
前田は木下に少し頭を下げた。
「…疑って済まなかったな。
戦場での殺人と、この表の世界での殺人は質が違うからな。
オレの保身のために聞いておきたかっただけだ」
「いいえ、その通りだと思います。
オレは30名ほど死に至らしめています。
それは合法的な方法で、です。
ですが私怨はありません。
家族とわが身を守るためですので」
前田は大きく頷いた。
俳優たちは恐ろしいものを見るような眼で木下と前田を見ている。
「あはは、嫌われてしまったかな?
だが、これがオレの想いだ。
…きっとオレにも罰が下るだろう。
だがその前に、
この世の中の全ての諍いを止めることをオレの生甲斐としたんだよ。
…オレは飢えに苦しむ子供たちを大勢見てきた。
だがその子達は生きているだけで病に犯され誰もが死を迎えるしかないんだ。
オレはそういった子供たちをひとりでも救いたいと思って、
まずはこの国のオレの想う悪をのさばらせないようにすることに決めたんだ。
そして次は世界に目を向ける。
それが終われば、戦争を起している全ての武器を粉砕する。
そうすれば、しばらくは闘えないからな。
当然、今も子供たちを救おうと全社を上げてバックアップはしているが、
12になった子供たちは戦地に向かうんだ…
こんな理不尽な話しはないだろ…」
木下の話しがお開きの言葉となったようで、
ひとりまたひとりと道すがら食堂から去って行った。
雛がトランス状態に陥りすぐに戻って来た。
「…源ちゃんは私怨で人は殺していないわ。
源ちゃんの実父のショーを殺したのは紗里奈よ。
移動方法はわからないんだけど、
紗里奈自身が左手でショーの腹を何度も刺しているの。
死因は大量出血に伴うショック死。
源ちゃん、間違ってる?」
「紗梨菜の利き手は右手だ。
それを欺く行為だな。
…雛の言ったことに間違いはない。
そして距離が離れ過ぎている。
さすがにそこまでは雛にもわからないか…
だが、方法はあるのかもな。
戦闘機でも使えば、あっという間に移動できそうだからな。
さすがにそれは今思いついてしまった。
確認だけしておこうかな…」
木下は電話をかけ始め、ほんの一分ほどで電話を切った。
雛は木下に真剣な目を向けた。
「紗里奈のヒット作に、エアフォースプリンセスがあるわ。
彼女自身が戦闘機を操縦したってことになっているけど真偽は判らないわ」
「したんだろうな。
紗里奈は何事も経験だと思ってやっていたと思うぞ。
そういった向上心の高い女優は、
悪どい事を考える第一人者かもしれないな…」
「木下、雛と子供を作れ。
これは、お前自身の成長のためだ。
今のままでは逃げていることと何ら変わりないんだぞ」
皇は木下を戒めるように言った。
木下は何も答えられなかったが、その通りだとも感じたようだ。
「…ああ、源ちゃんと…
やっと…」
前田が背中を丸めて笑い始めた。
純也が父を肘で突いている。
「…おい、お前らまさか…
まさか、手も繋いでいないなんて言うなよ…」
「悪いな一輝。
全く何もまだしていない。
気持ちだけは恋人なんだけどな。
雛はふたりきりになると演技を始めるから、オレが拒否していたんだ。
オレは巫女を抱き締めたいんだよ」
雛はワナワナと振るえ始めた。
そしてすぐにそれは収まった。
「…いいんだけどね…
巫女はね、まだ、5才なの…」
雛である巫女は幼女になっていた。
皇は一瞬目を見張り、大声で笑い出し、
脱げてしまった服で巫女を包み抱き上げた。
「なるほどな、それは無理だな。
だが源次郎はそういう趣味があるかもしれないぞ」
木下が目を大きく見開いて皇を見た。
「…うん…
だったらね、ガマンするの…」
「そういう趣味は断じてないっ!
…巫女の成長を止めることが、若さを保つ秘伝なんだな。
すぐに雛に戻れ。
老化したくなければな」
木下の厳しい言葉に巫女は付けるものをつけてから雛に戻った。
そして、雛は木下を上目使いで見た。
木下は目を瞑り笑顔で首を振った。
「婆さんは、雛よりも遅く成長を止めたんだな。
だが雛は早かったからさらに若さを保てる。
そういうことでいいのか?」
雛は軽く頷いた。
「オレがお前の今の年を追い越したら、一緒に年を取ってくれないか?」
皇が雛の背中を優しく押した。
雛は木下に抱き付いた。
木下は一瞬だけ抱き締めて雛を放した。
そして、澄美に顔を向けた。
「オレは自分の言った言葉を破ってしまう。
オレは一輝の言葉を信じたくなった。
そして、オレは、オレの子をきっと可愛がるだろう」
「はい、お父様の思うがままに。
…継母イジメ、楽しみですわ…」
澄美は雛に悪魔のような顔を見せた。
雛は、一瞬気まずい顔をしたが、『やれやれ』といった苦笑いに変えた。
「そうだったな。
雛はいきなり一子の母となってしまうということだな!」
皇と前田は大声で笑った。
雛はかなり困った顔を見せた。
「真奈にも説明してくださいよ。
お父様のご無事をお祈りしております…」
「…潰されないように、これから鍛えるかな…
あと数時間しかないけど…」
純也は木下と雛を心から祝福していた。
「だがしばらくは今のまま、雛にはがんばってもらった方がいいと思うからな。
子供はもう少し先だ。
できれば、オレの願いが叶ってからの方が嬉しいが、
何年先になるのか見当もつかないからな。
雛の演技が行き詰った時にでも考えることにしようか…」
「…結婚式の後ならいつでも…」
雛は恥ずかしそうにして上目使いで木下を見ている。
「約束はできないからな。
またオレの想いの方が勝るかもしれない」
雛は木下の意地悪な言葉に頬を膨らませた。