5 家に帰ろう
おはようございます。今日も一日頑張ってください。お休みなさい
光っていた紙は、徐々に光を弱め光が止むと、役目を終えたとばかりに、一瞬にして燃え尽きた。そしてエアナと自分の間に、何かで繋がっているように感じられる。
「アンリの奴に感謝だな。使うことはないと思ってたんだが・・・よし、気分はどうだクロ」
「キュ?」
(気分も何も、何が起きたかわからないんだけど・・・あれ?)
不思議な感覚だった。言っている言葉は分からないのに、言いたい事が分かる。例えるなら海外の映画で、英語を聞きながら日本語訳の字幕が出てる感じだ。この変な気持ちにもやもやしてると、エアナに鷲掴みされ、目線の高さまで上げられる。
「ンキュ?」
(おお、何か?)
「繋がってはいるようだな、初めて従属の儀というものは初めてだから、これでよいのか実は自分でも分からないんだ。詳しい奴が家に帰ったらいるから、また後で紹介しよう」
「ンキュ。ンキュキュー」
(うん。ありがとう・・・ふうあ~、一時はどうなるかと思ったが、これで助かるぞー!)
絶望の淵に立っていた気分だったが、彼女に拾われ、助かるのだと思うと心が喜びで満たされた。従属の儀の事は一切頭に入っていなかった。
「よし、一度帰ろう、見た所成長型ダンジョンという訳ではなさそうだ。魔物達の生態系がおかしい以外は、普通のダンジョンのようだ。とりあえず一度帰って様子を見るか」
「ンキュ、キュフゥ!?」
(おお、っておお!?浮いた!浮いたぞ!)
エアナが言い終わった後、突然体が地面から離れた。その現象に驚いていたクロだが鷲掴みにして持っていたのを胸に寄せて、ムニュッと柔らかい感触に包まれる。片腕で固定されながら胸で支えられている形だ。
「キュオォ~~~~・・・」
(おお、柔らかい。役得じゃないか・・・)
「なんだ、空を飛ぶだけでそんなに嬉しいか?」
(違うだけどまあいいや)
自分とエアナの間には何かしらの繋がりがある。それのお陰で彼女の言いたいことは分かるし、自分が今どんな気持ちであるかも相手に伝わる。ただしかし心の考えまでは伝わらないようで、何やら勘違いしてるようだ。
「まだ9階層しか進んでないから、急げばそんなにかからないが、折角だ。ゆっくり行こう」
「ンキュ」
(というより自分には拒否権はないんだね)
自分はエアナに逆らえないのだ。強制力といったものが働き、従わなければと強く思ってしまうのだ。何よりこの素晴らしい居心地を早く終わらせるなんてとんでもないとも考えている。
「このダンジョンは、自分の家からそう遠くない所に出てきていてな。、さらにここで、おかしなエネルギーの集まりを感じたんでな。こうしてきたわけなんだ。ただ起きて早々ということで着替える暇がなかったんだが」
「キュ、キュ~・・・」
(へ、へぇそうなんだ・・・)
「見た所、魔物の生態系が入り乱れている他は、そこまでおかしなダンジョンという訳でもなく、ダンジョンの攻略難易度も私が知る限りそこまで高くはない。まあこんなダンジョンが一つあってもいいと思うが、どうして私の家の近くに出すんだ。迷惑極まりない・・・」
上でエアナがぶつぶつと言ってるがその事は別にどうだってよかった。今ある惨状に比べれば。
「しかし、本当に様々な魔物がいるな。そのお陰か、自然界のように自然で、但しダンジョンの中故に不自然に争いが起きている。縄張りが重なってそこで殺し合いが繰り広げられてるとは、実に興味深い。来た時はな、目に映る全ての魔物を殲滅しながら進んでいたからこの光景を見ることはなかったんだ」
(こ、これでもまだ力が有り余ってるのか・・・下手な出会い方していれば、俺死んでたんじゃないか?)
目の前には炭化した狼の形をした魔物、見えない刃で切り裂かれていった肌が黒色版のゴブリンみたいな奴、蝙蝠みたいな魔物が天井で氷漬けにされている。それを何事もないかのように空を飛ぶスピードを一切変えずに片手間でやっているのだ。襲い掛かってきた魔物もいたが、それはエアナに一切触れることなくその命を散らしている。それならパジャマで来た事にも頷ける。格が違いすぎるのだ。
「生まれたばかりで魔術を見るのは初めてか?クロにも魔力があればこういうのは使えるぞ。後は自分の得意な属性を知ることだな。私は全属性を満遍なくって感じだから得意も不得意もないんだ。ただ特化したものがない分、器用貧乏とは言われる」
(ここまでやって・・・特化した奴はさらにこれ以上の事が出来るのか。なんて世界だよ)
今あるこの世界は、完全に自分のいた世界とは異なる世界というのが分かった。だがそこに在る常識は自分の中の常識をたやすく塗り潰し、目の前にある情報を、ただ受け入れるしかなかった。
「ほら、もうちょっとで出口だ。外に出ればテレポーションが使えるから、それまでの辛抱だ・・・む?」
進むこと数十分、目の前から少しだけ灯りが見え始めた。するとエアナが出入り口辺りを見て眉をを寄せた。自分も出入り口付近を見てみると、十数匹の様々な魔物達が、洞窟から出ようとしていた。だが出入り口で、何かの障壁のような物が道をふさいでいて出れなくなっていた。先頭の魔物達は、どうにか出ようと障壁へ向かって攻撃しているようだった。
「なんだ?結界がまだ維持されてるのに外へ出ようとしているのか・・・そんなことをする魔物なんて初めてだぞ」
「キュウ?」
「ああ、分からないか。普段魔物はダンジョンから外には出れない。あの結界が、ダンジョンが生まれた際に、掛けられるようになったからだ。またそれはおいおい話すが、ともかく今あの魔物達が起こしてる行動は、異常なんだ」
(へぇ、そんなもんなんだな。この世界の仕組みはどうなってるのか分からないけど、まるでゲームのダンジョンのようだな。で、そこにバグが発生して、こんな風に変になったとか)
エアナの話だと、このダンジョンはどこか可笑しいらしいから、こういう事もあるんだと納得してると、ふいに上から笑ってるのが見えた。
「ふっくく。我ながらその魔物相手に何を言ってるんだか、にしてもクロは不思議だな。ここまで私の話を理解するのが速いとは思わなかった。魔物を従属したら躾けるのに大変だとは聞いていたんだがな。この調子だとあまり手はかかりそうにないな」
「キュオキュオキュキュゥ。キュウキュウ」
(僕悪い魔物じゃないよ。プルプル。っていっても意味は伝わらないよな)
「やはり、主の保有魔力量によって変わるのか?しかしその説はないと結論付けられたから違うはずだが。後は、クロの種族ゆえか。見た事もない魔物であるし。そっちが有力だな。まあ取敢えずは、この魔物達はすべて消しておくか」
言い終わるや否や、自分を持っている手とは逆の手を前に出した、すると手の平から野球ボールの大きさの火球が出て、それがどんどんと大きくなっていく。エアナの身長を超えた辺りでその膨張が止まり、そして次の瞬間、凄まじい速度で前に打ち出され、かたまっていた魔物達が全て一瞬で吹き飛ばされた。結果を見ずに進んでいたエアナはそのまま洞窟の外へと出た。目の前には森であろうか、たくさんの木々が生い茂ってあった。そして、久しぶりに浴びる陽の光と、風であった。
(はぁ、外に出れた~。生きててよかった~!)
「よし、それじゃさっさと帰るか、朝ご飯を食いそこなっっていたから、着いたらすぐ昼ご飯にしよう。クロもそれでいいだろう?」
「ンキュ!」
(そういえば、飯とかってこの世界どんなのがあるんだろうな。美味しいものが沢山あればいいんだけど)
「それじゃちょっと待ってくれ、今から魔方陣を書くから、そこにいてくれ」
至福の時が過ぎ去り、洞窟入り口の手前で降ろされる。やや残念だが、いや物凄く残念だが、諦めてエアナを待つことにする。少し離れた場所へ移った彼女は、手を地面に向けた、向けた先から地面が削れた。そして描くように手を動かすと、地面の削っていた何かしらの力も手と連動して動いていった。
(ほえ~、魔術何でもありやん)
目の前に起こる超常の力、魔術、自分もそれが使えたらいいなと、秘かに思うのであった。何故なら、今魔術を行使しているエアナの姿を見て、美しいと思ったから。
「書けたぞクロ、おいで」
「キュゥ」
書き終わってこっちを振り向くエアナに触手をうまく使って描いていた場所を踏まずに魔方陣の中心にいる彼女の下へと行く。
「帰ったら色々と教える事は沢山あるぞ。楽しみにな」
「キュ~」
(うん。一体どんな事を教えてくれるか楽しみだ)
エアナが手をもう一度地面に向けた。すると魔方陣が淡く光り、一瞬光が強くなったかと思うと、次の瞬間には、彼女もクロもその場に居らず、ただ魔方陣だけが残っていた。
(もう一度あの感触を味わいたい。具体的には胸のとこでぎゅってして欲しい、ぎゅって)「どうした?」