09 ワームホール消滅
スキュラクラーケンの巨大な拳がドッキー艦長に迫る。
その直前、ドッキー艦長はアイテムボックスから巨大な金属製のスピアを取り出した。
それがスキュラクラーケンの拳を貫いた。
「グアアアアアァ」
「うわぁ。痛そう」
ドッキー艦長は痛そうに拳をさすった。
スキュラクラーケンは血走った目でドッキー艦長を睨む。
だがそこにドッキー艦長の姿はない。
スキュラクラーケンが驚いて周囲を見渡し、顔を上げると、そこには巨大な砲身の上に立つ小さなボトムオーガがいた。
ボトムオーガに扮したドッキー艦長の黄色い牙が光る。
「キューマルキャノン発射」
ドッキー艦長のブレインリンクによってキューマルキャノンが火を噴いた。
サンマルキャノンの砲口の三倍の巨大エネルギービーム砲――キューマルキャノンが発射された。
宇宙空間専用の遠距離砲が室内でその極悪なエネルギーを開放したらどうなるか?
数マイクロ秒で室内が白熱したプラズマに満たされ飽和し、部屋の温度は一気に数千度に上昇した。
空気とか大気とかそんなものとっくに失われている。
ドッキー艦長はアイテムボックスから継続して自分の呼吸大気を供給している。
そうドッキー艦長にはアイテムボックスがある。
降りかかる余剰エネルギーをアイテムボックスに収納し事なきを得る。
だが相手はどうだ? 主砲砲撃を至近距離で直撃したのだ。
通常なら無事であるはずがなかった。
恒星表面の温度に晒されているようなものなのだ。
「!」
ドッキー艦長が部屋の余剰プラズマをアイテムボックスに格納する。
なんとスキュラクラーケンは健在だった。
「耐えた?」
ドッキー艦長の耳元でサララが驚愕した。
「防御スクリーン?」
リーマイ副官が鑑定結果を報告した。
リーマイ副官とサララはドッキー艦長の胸元の投射コアを通して現場の状況を把握している。
そしてリーマイ副官はその状況を知覚して鑑定を実行している。
遠隔鑑定の負荷は大きい、だがリーマイ副官には鑑定をし続けることしか出来ないのだ。
スキュラクラーケンは咆哮し憤怒し、スピアが溶け穴の開いた拳を振るう。
「キューマルキャノン継続発射」
ドッキー艦長はキューマルキャノンを再び発射した。
拳を振り上げたままのスキュラクラーケンの上半身に命中した。
その発射は終わらない。継続している。撃ち続けているのだ。
仰け反るスキュラクラーケン。
部屋の温度は数万度に達し、プラズマが暴走する。
「オオオオオ」
スキュラクラーケンが苦痛の咆哮を上げた。
ドッキー艦長が溢れたプラズマをアイテムボックスに収納する。
この攻撃をもってしてもスキュラクラーケンは健在だった。
「艦長。あの触手が防御スクリーンを発生させています」
リーマイ副官が鑑定結果を伝える。
「やっぱりそうか。では一度に同時に喰らったらどうなるかな?」
ドッキー艦長はアイテムボックスからキューマルキャノンを大量に出現させた。
「キューマルキャノン……三十二基同時発射」
三百六十度ぐるりと整列したキューマルキャノンが中心点のスキュラクラーケンに向かって轟音と白熱の多重演奏を奏でた。
これまでの三十二倍の攻撃が放たれた。
室内でこんな無謀なことをすれば部屋が崩壊する。
だがここは破壊不可能な時間凝固素材で造られた古代遺跡だ。
キューマルキャノンの攻撃でも傷一つ付かない。
古代王国の技術は現代より優れている証明であった。
この時間凝固素材を戦艦に張り巡らせば無敵の戦艦となろう。
だが残念ながらこの時間凝固素材の製法は失われて等しい。
ワームホールネクサスゲートを維持する技術も同様だ。
「信じられません。依然健在」
リーマイ副官の報告通り、触手で覆われたスキュラクラーケンがいた。
「あの触手をどうにかしないと」
サララが叫んだ。
「下級副砲ベーゼスなら」
「は? 何考えているんですか? 室内でベーゼスなんてダメです。そもそもベーゼスは単体では攻撃できません。サンダーゲートからエネルギーを近接転移して供給しています」
「そうだっけ? ではサンダーゲートがあれば?」
「え?」
ドッキー艦長は超弩級戦艦サンダーゲートをアイテムボックスから取り出した。
ピラミッド構造体の隣に全長六百メートルを超えるジグザグ型の美しい超弩級戦艦が出現した。
「データリンク。サンダーゲートの全演算ユニット開放。完全体サララ登場。これで勝てます。未来予測が可能です」
サララが演算ユニットとリンクして本来の演算速度を取り戻した。
「サララ。下級副砲ベーゼスを使用する」
「オンビット」
ドッキー艦長はキューマルキャノンを格納し、下級副砲ベーゼスをアイテムボックスから取り出そうとするも――。
「……」
「どうしました?」
「ダメだ。下級副砲ベーゼスが大きすぎて部屋に入りきらない」
「……バカですか」
サララが呆れている。
「艦長。魔原子崩壊を確認。高魔力反応」
リーマイ副官の叫びと同時にスキュラクラーケンの蒼白の上半身が魔力を受け真っ赤に光り輝き始めた。
「魔力砲……生体ビーム? 退避を」
リーマイ副官が叫んだ。
スキュラクラーケンの背中の魔力排出パイプが余剰魔力を噴出する。
そして大きな口を縦に百八十度開いてドッキー艦長に向けて魔原子を開放した攻撃ビームを放った。
融合爆弾と同等の破壊力を秘めた魔原子開放エネルギーがドッキー艦長に光の速度で降り注いだ。
部屋の温度は恒星温度に達した。
だが反重力器官を内包するドッキー艦長は既にそこにはいない。
飛んでいた。
スキュラクラーケンは首を巡らせ、ドッキー艦長を追う。
真っ白な生体レーザーが部屋を縦に横に斜めに一閃し破壊の平面を形成する。
白で塗り潰された部屋の中でドッキー艦長は生体レーザーをギリギリで避ける。
リーマイ副官の鑑定結果と完全体となったサララの未来予測がナノセコンドで更新され、予測経路が表示され、ドッキー艦長はその予測に沿って回避行動をとる。
「くっ」
だがついにその生体レーザーがドッキー艦長を捉えた。
生体ビームの中に入った物体はそのエネルギーによって骨も残さず焼き尽くされ消えてなくなるだけだ。
しかし、消えたのはドッキー艦長ではなく生体ビームのほうだった。
「収納」
スキュラクラーケンの渾身の一撃――戦艦級魔物の主砲クラスの攻撃が消えた。
何が起きたのか理解できないスキュラクラーケンに隙が生まれた。
ドッキー艦長はアイテムボックスから一振りの剣を取り出した。
そう剣だ。人類が惑星上で魔王軍と戦っていた時の主力兵器だ。
それがこの宇宙航行時代に一体何の役に立つというのだ。
ドッキー艦長は今まで一度もそんな古風な武器を取り出したことがなかった。
飛び道具しか出さないのがドッキー艦長の攻撃だった。
だが今その法則が崩れた。
ドッキー艦長が手に持つのは古風な剣だった。
「魔物退治は昔から剣って決まっててね。サララ偽装を解くよ」
「え? 投射コアからのアシストが切れます。いいんですか」
空間演算体は空間に物理的に作用する立体映像だ。
今まで、ドッキー艦長はその恩恵を受けていた。
この場でそれを解除するなんて自殺行為に等しい。
「ああ」
ドッキー艦長がボトムオーガの偽装を解き、本来の姿を取り戻した。
その瞬間その姿が消えた。
「え?」
サララがドッキー艦長を見失った。
スキュラクラーケンの腕が、触手が、魔力排出パイプに閃光が走る。
最後にスキュラクラーケンの首に一筋の美しい閃光がアーチを描いた。
「え?」
「は?」
リーマイ副官の間接鑑定が信じられない結果を返した。
ドッキー艦長がその剣を振り切った姿で再び現れた。
スキュラクラーケンに背を向けた姿で現れたのだ。
スキュラクラーケンは沈黙したままだ。
一歩も動かない。いや動いた。いやそうではない――その巨体がずれた。
スキュラクラーケンの首が斜めにずり落ちた。
分断された腕が、千切りにされた触手が、根元から斬り落とされた魔力排出パイプが床に落下した。
その凶悪な巨体が力を失って床に激突し轟音を鳴らした。
「え? スキュラクラーケンを一撃?」
リーマイ副官が驚愕した。
「キューマルキャノンの砲撃に耐えたスキュラクラーケンを一撃?」
サララの演算が混乱する。
「……何ですか今の動き? 見えなかった」
「鑑定が追い付いていない?」
「まさかその剣は、その鈍い輝きは時間凝固素材ですか?」
あまり驚かないAIのサララが驚いていた。
「それだけは言えない」
ドッキー艦長は剣を収納した。
同時にスキュラクラーケンの死体までもがドッキー艦長のアイテムボックスに収納された。
「この魔物は貴重なサンプルになるだろう。アポロン工廠のみんなも喜ぶよ」
「ちょっと待ってください。今の何ですか?」
「……艦長。何か我々に隠していることはないですか?」
「……」
「その剣のこととか? その人間離れした強さとか?」
リーマイ副官が怒り気味で尋ねる。
「それだけは言えない」
ドッキー艦長は相変わらずだった。
「は? バカですか? この艦長ふざけてますよね。ふざけてなければスキュラクラーケンなんて倒せませんよ。剣で斬ったふりして、本当は何かアイテムボックスから出したんですよね? そうですよね? 生身で災害級魔物と戦える人間なんていませんよ。人外だった古の勇者ぐらいですよ。」
サララが激怒した。
「なんで怒ってるの? 僕は働いてるんだよ。働いても文句言われ、働かなくても文句言われ、だったら働かないほうがましだよ。もうしばらくは働かないからね」
ドッキー艦長が拗ねた。
「でもまだワームホールが開いたままです。直ちに閉鎖してください」
リーマイ副官の声がドッキー艦長の心に追い打ちをかける。
「はいはいはいはい」
「返事は一回。部屋の奥に制御室があるはずですが?」
ここはこの宇宙で最も重要な場所の一つだった。
ワームホールが通行できなくなると、国が一つ傾くと言われている。
この魔族領と直結するこのワームホールは危険だ。
即刻閉鎖しなければ人類に勝ち目はない。
「操作は私が行います。投射コアをお借りしますね」
ドッキー艦長の胸元から投射コアが離れ、光り輝くボクセルが出現し、サララの空間演算体ボディが現れた。
超弩級戦艦サンダーゲートの演算ユニットを使用可能となったので演算リソースに余裕ができたのだ。
サララが古代遺跡の制御装置を操作し、ワームホールを閉じた。
「閉鎖完了です。お疲れ様でした。艦長には聞きたいことが山ほどあります」
サララがドッキー艦長を見てそう言った。
ピラミッド構造物の隣に超弩級戦艦サンダーゲートが出現したことで魔王軍は混乱の極致にいた。
運悪く進路上にいた戦艦級魔物がその強固な防御スクリーンに激突し跳ね返された。
だがどの戦艦級魔物も発砲しない。司令部が壊滅し命令系統は混乱し、無敵の戦略級要塞はもうないのだ。
魔王軍側の戦意は完全に消失していた。
次々とワープリングを使用して単独で撤退していく。
「最大秘匿古代兵器主砲ルシファープレイスで掃射しますか?」
リーマイ副官が艦長に聞く。
「いや、あのボトムオーガがいるかもしれない。このまま逃がしてやろう」
ワームホールネクサスゲートが閉鎖された今、魔王軍が魔王領まで帰れる保証はない。
単独ワープアウトを使用して帰還する為のエネルギーが足りない。
ここから魔王領は遠過ぎるのだ。
逆に言えば、このダーレンゲートが人類圏に近過ぎたのだ。
ワームホールネクサスゲートが閉鎖した今、双方の会戦は避けられた。
「ああ、休みたい。サララ迎えを寄越して」
「オンビット。小型艦で拾います」
「もう自力で飛びたくない。今回は凄く働いた……おや?」
コントロールルームのエアロックに入ったドッキー艦長が部屋の隅を見て立ち止まる。
「どうされましたか?」
リーマイ副官が心配そうに尋ねた。
「ボトムオーガがいる」
「え? 空間演算体の偽装は解きましたよね?」
「違う、さっき思わず助けたあの小さなボトムオーガだよ」
小さなボトムオーガが警戒したのか、どこからともなく銃を取り出した。
「待て待て、僕だよ。サララ偽装して」
ドッキー艦長の姿がボトムオーガに偽装される。
「!」
それを見て安心したのか嬉しそうに駆け寄るボトムオーガ。
粗末な鎧がカチャカチャと音をたてた。
喜んでいるようだ。
そして大きな瞳で艦長を見る。
「艦長。ダメですからね」
リーマイ副官が先に拒否する。
「何がダメなんだよ。まだ何も言ってないだろ」
「どうせ連れて帰るとか言うのでしょう」
「その手があったか」
ドッキー艦長は手を叩いた。
「はあ?」
「このまま魔王軍にいても不遇な扱いを受けるだけだろう。僕と一緒に来るかい?」
「……」
「僕はドッキー・アーガン」
ドッキー艦長は魔族に自己紹介した。
底辺魔族はその声を聞いて目を見開いた。
「心配しなくても食べたりしないよ。ここは危ない一緒に逃げよう」
ドッキー艦長はボトムオーガに手を広げた。
ボトムオーガはその手を取った。
「艦長。本気ですか?」
サララが驚く。
「まあ、捕虜という扱いで何とかしましょう」
リーマイ副官はドッキー艦長の性格を知っているのか、それ以上何も言わずに前向きなことを言うだけだった。
「ありがとう」
こうしてドッキー艦長達はたった三人で魔王軍からダーレンゲートを奪還した。
この信じられない偉業を誰が信じるのだろうか?
どれほどの褒章を与えられるだろうか?
だがドッキー艦長は富や名誉に興味がない。
興味があるのは休暇だけだ。
旗艦艦隊がダーレンゲート要塞と戦えば壊滅的な被害を受け、多くの兵が失われる。
そうなるとドッキー艦長は休めない。
たったそれだけの理由で彼はダーレンゲート要塞を奪還したのだ。
この快挙は自分の欲のために過ぎないのだ。
だがしかしドッキー艦長は決して怠惰ではない。
利己的であっても結果として大勢の民を救ったのだ。
その理由が何であれドッキー艦長を責めることなど誰ができようか?
「お迎えに上がりましたよ。お疲れ様でした」
小型艦がコントロールルームのエアロックに接舷し、リーマイ副官がリードサキュバスの姿のままで現れた。
ボトムオーガが怯えドッキー艦長の背後に隠れた。
「ああ、魔族なのに魔族に怯えるなんて可哀そうに。サララ偽装を解いて」
リーマイ副官の偽装が解かれ、本来の美しい姿に戻った。
ボトムオーガは不思議そうにドッキー艦長の背後から顔を出して固まっている。
「大丈夫よ。ほら。こっちにおいでお腹空いてない? あれ魔族って何食べるのかしら?」
リーマイ副官が眼鏡型情報端末で検索を開始した。
「もう当分働かないからね」
「はいはい。でも短い休息にならなければいいですね。明日にはダーレンゲートに総攻撃をかけようと旗艦艦隊がやってきますよ」
サララが大きな溜息をついた。
「あの自己顕示欲の塊のレゾル総司令のことだ。ダーレンゲートを奪還したと聞けば、このまま魔王領を攻めるのである……とか言い出しかねないね」
ドッキー艦長がレゾル総司令の真似をして尊大に言った。
「え? そんなの無茶です。死に行くようなものです」
サララが大きな声で反論する。
「そうだねえ。ダーレンゲートを取り戻しても戦いは終わらないか」
ドッキー艦長はボトムオーガが携帯食料を頬張る姿を見ながら嘆いた。
「それは艦長の責任ではありませんよ。無駄な戦闘を止めただけで、今回はよしとしましょう。消耗戦は国力を失うだけで意味がありませんから」
リーマイ副官がボトムオーガに水を差しだす。
「ワームホールネクサスゲートは閉鎖しただけでここにある」
ドッキー艦長が虚空を見上げながらそう呟いた。
「ええ、ワームホールネクサスゲートは動かせませんからね。触れたら向こう側に移動しちゃいますし」
リーマイ副官の憂いを聞いたドッキー艦長は宙を見上げて手をパンと合わせた。
「……そうか。いいこと思いついたよ。リーマイ副官、この子を頼んだ。ちょっと寄るところができた」
ドッキー艦長は船外服を直接取り出し、エアロックから宇宙空間に飛び出した。
「え? 艦長? どちらへ?」
ドッキー艦長は体内反重力器官で宇宙を飛び、ピラミッド頭頂部の先に到達すると――。
「争いの元は無くせばいい。収納」
目の前に存在する見えない点――ワームホールをアイテムボックスに収納した。
「え?」
「はあああ」
「こいつも持っていこう。収納」
ワームホールを維持していた古代遺跡――ピラミッド構造体も消滅した。
この日。宇宙創成より存在していたワームホールネクサスゲート――ダーレンゲートが完全に消滅した。
人類と魔王軍が何千年も取った取られたを繰り返していた紛争の根幹が消失した。
魔王領と直結し人類圏に深く入り込んだ魔王軍の飛び地は消えた。
――超弩級戦艦サンダーゲート艦橋。
「艦長入ります」
サララの声と共にドッキー艦長が艦橋に入室する。
リーマイ副官が艦長席から立ち、ドッキー艦長に席を渡した。
「もう当分しばらくは絶対に働かないぞ」
ドッキー艦長が艦長席でふんぞり返った。
「頭が痛い。頭ないけど頭痛がするってこういうことですか?」
サララが頭を抱えた。
「そうね。まさかワームホールネクサスゲートまで収納するなんて思いもしなかったわね」
リーマイ副官はひきつった笑顔を浮かべた。
その隣には小さなボトムオーガがいた。
キョロキョロと不思議そうに艦橋内を眺めている。
「そういえば君、名前あるの?」
ドッキー艦長がボトムオーガに優しく問いかける。
「……」
ボトムオーガは首を横に振る。
「名前いるよね? 勝手に僕がつけてもいいかな?」
ボトムオーガは嬉しそうに頷いた。
「あれ? おかしいな。観測データが延滞しているのかな? ワームホールネクサスゲートが開いている?」
サララが眉間に皺を寄せた。
「今、この子の名前を考えているんだから変なこと言わないでくれ。ダーレンゲートは僕のアイテムボックスに取り込んだはずだよ」
「しかし、この反応は間違いなくワームホールネクサスゲートです」
「どういうこと? ブレインリンク。宙域鑑定」
リーマイ副官が空間探針による宙域鑑定を実行した。鑑定結果がブレインリンクを通してサララに流れる。
超弩級戦艦サンダーゲートの艦橋にワームホールネクサスゲートの存在を示す空間湾曲データが表示された。
「なんでワームホールネクサスゲートが復活しているの?」
リーマイ副官がドッキー艦長を見る。
「違う。これはダーレンゲートのワームホールじゃない」
ドッキー艦長は首を横に振った。
「観測結果、演算結果から想定すると、あれは別のワームホールですねえ」
サララがそう告げた。
「別? 今までなかったはず。天然のワームホールが偶然開いた」
リーマイ副官の眼鏡型情報端末に計測データが映る。
「ワームホールネクサスゲートから何か来ます」
サララが叫んだ。
「緊急退避しろ」
ドッキー艦長が命じた。
超弩級戦艦サンダーゲートがカッティング航法で音もなく、振動も慣性もなく光速を超えて数万キロ後退した。
それだけ距離を離したのに関わらず、サンダーゲートの直前に巨大な何かが現れた。
防御スクリーンが巨大質量と衝突し、エネルギーキューブを消費する。
「ナニコレナニコレ。直径一万二千キロ」
サララがその計測データに混乱する。
「!」
ボトムオーガが震えた。
「え? うそ。大きすぎる? 惑星並み?」
リーマイ副官が声を失った。
「なんてことだ……これは惑星?」
そう、それは惑星だった。
惑星が暗黒領域に突如出現したのだ。
衝撃波も重力波も空間波もない。
ただ静かに現れたのだ。
その表面は漆黒の幾何学的な大地に白い雲が渦を成していた。
大気がある。
だがその前に防御スクリーンがオーロラのように七色に輝いていた。
通常の惑星は自立航行しない。
防御スクリーンもない。
即ちこれは惑星ではなく――。
「あれは魔王の旗艦――魔王星だよ」
ドッキー艦長が呟いた。
「伝説の魔王星? おとぎ話じゃないの?」
リーマイ副官が動揺する。
魔王軍最高戦力。要塞級魔物など比較にならない巨大な惑星サイズの戦艦――もはや戦艦とは呼べない。
要塞とも呼べない伝説の存在。
人工惑星、魔王星。
その信じられない大きさの人工物は魔王の旗艦。
魔王軍最高司令官であり魔族の王に相応しい圧倒的強大な居城。
魔王の戦艦――通称魔王星が出現したのだ。
艦橋が真の沈黙に包まれた。
「か、開放通信です」
サララの声が沈黙を破る。
突如、超弩級戦艦サンダーゲートの艦橋に美しく凶悪な声が轟いた。
「我は魔王バッハベルトなり、我が娘を返していただこう。勇者ドッキー・アーガンよ」
お読みいただきありがとうございました。
大まかなストーリーに変更ありません。
誤字脱字、読みやすいように修正しました。