08 ボトムオーガ
ダーレンゲート戦略級要塞の中を高速で飛行する魔物がいた。
それを見た魔物達があまりの驚きで口を開けた。
その高速で飛行する魔物はなんと底辺ボトムオーガだったのだ。
魔力がない低級魔物のボトムオーガが飛べるはずがない。
しかし誰もその異常を報告しようとはしない。
要塞内は非常事態なのだ。
そんな時にボトムオーガが飛んでいます――なんてバカげた報告を上げても叱責されるだけだ。
「あのー艦長。ボトムオーガは飛びませんよ」
ドッキー艦長の耳元でサララが忠告する。
「え? ああ、そうだった。今の僕はしがないボトムオーガだった」
ボトムオーガの姿をしたドッキー艦長は重力操作を止め、走り出した。
それでもその速度はボトムオーガの走る速度ではない。
空間演算体がドッキー艦長の身体をアシストしているのだ。
空間演算体は映像だが、現実に実在している。
サララもそうであるように物理的に干渉できるのだ。
触れる立体映像――触れるということは、周囲の物理法則に、環境に作用するということだ。
空間演算体はその姿を変えるのと同時にドッキー艦長の身体能力をアシストしていた。
「あのー艦長? ボトムオーガはそんなに速く走れませんよ?」
サララがまたも忠告する。
「間に合わないから」
ドッキー艦長扮するボトムオーガは要塞内を信じられない速度で走り抜ける。
そして最初の破壊ポイントに近付いたドッキー艦長は走りながら融合爆弾を取り出すと、立ち止まることなく設置した。
融合爆弾はすぐに次元ステルス化し周囲に溶け込んだ。
ドッキー艦長はアイテムボックスから取り出す時に、わざわざその手に取り出す必要はない。
取り出す場所が、見えてさえいれば、そこに直接取り出せるのだ。
こうしてボトムオーガが走った後には融合爆弾が残されていった。
「艦長、次はその上です」
「はいはいはい」
数十個目の融合爆弾を設置した時――。
「艦長。隠れてください。エリートリザードマンです。艦長の偽装が看破される可能性があります」
リーマイ副官の緊張した声が耳元で響いた。
ドッキー艦長は素早く近くの柱の陰に身を潜めた。
投射コアが周囲の空間を認識してその姿を次元ステルス化していく。
エリートリザードマンはエリートとあるように、油断ならない魔物だ。
ドッキー艦長の空間演算体を見破る個体が存在するかもしれないのだ。
バーナール級三番艦サンダーゲートに侵入してきたエリートリザードマンをサンマルキャノンで簡単に消し去ったが、本来ならばエリートリザードマンは強敵なのだ。
しばらくするとエリートリザードマンが通り過ぎていった。
「……もういいですよ」
リーマイ副官の声を聞いたボトムオーガに扮したドッキー艦長が走り出した。
ボトムオーガが無重力シャフト内を垂直に上昇する。
体内重力推進器を持たずに単独で無重力シャフトを飛ぶボトムオーガはいない。
その異常に気付いた魔物がいたとしても、その姿はない。
既に異常なボトムオーガは通り過ぎた後だ。
「はあ。何で艦長が肉体労働して、部下が艦橋にいるんだよ。逆でしょ」
「聞こえてますよ」
「ふん。この案件が終わったら絶対休んでやるからな。覚悟しておけよ」
「はいはい、覚悟しておきますから」
リーマイ副官が紅茶を手に手を振った。
「くっ。どうせ紅茶でも楽しんでいるのだろう」
ボトムオーガが歯を食いしばる。
「あら? 艦長って鑑定能力持ちでしたの?」
リーマイ副官が笑った。
「そうだよ、僕が何でも見通せるんだ」
「では私いらないですよね? 私の鑑定必要ありませんよね」
「冗談だよ。頼りにしてますよリーマイ副官」
ボトムオーガが細い手を揉んだ。
「気持ち悪いから本気で止めてください」
「イチャラブ禁止ですよ。艦長。無駄口叩いてる暇があったらさっさと働く」
サララが怒鳴った。
「はいはいはい」
ボトムオーガに扮したドッキー艦長は巨大な要塞内をせっせと走り回り、飛び回り、小言を言いながらも融合爆弾を設置していった。
何度かリーマイ副官の警告を受け、隠れて魔物をやり過ごす。
ジェネレーターやエネルギー貯蔵庫の前には念入りに融合爆弾を設置していった。
「さっきから疑問に感じてたのですが、艦長は一体どれだけ融合爆弾を持ってるんですか?」
サララが呆れて問いただす。
「それだけは言えない」
そう言いながらドッキー艦長は新たな融合爆弾を取り出すと、次の目標に向かって走り出した。
「おや?」
ドッキー艦長が不意に立ち止まった。
一匹のボトムオーガがエリートリザードマンに囲まれていたのだ。
ボトムオーガに扮したドッキー艦長は複雑な思いで自分の手と、虐げられているボトムオーガを見比べた。
「ダメですよ。艦長。あれは敵ですよ」
サララの冷酷な忠告が耳元で鳴った。
だがドッキー艦長の姿は今、ボトムオーガなのだ。
「艦長。いけません」
リーマイ副官がドッキー艦長を止める。
ドッキー艦長扮するボトムオーガがエリートリザードマンの背後に近付く。
それに気付いたのか、虐げられていたボトムオーガが、こっちに来るなとドッキー艦長に目で合図をする。
だがドッキー艦長はそれを無視して、一番大きなエリートリザードマンの尻尾を掴むと、無造作に持ち上げた。
非力なボトムオーガが屈強なエリートリザードマンを片手で持ち上げたのだ。
他のエリートリザードマン達が唖然と見守る中、二メートルを超える巨大なエリートリザードマンが床に叩きつけられた。
その衝撃で床に亀裂が放射状に入った。
何が起こったのか咄嗟に理解できないエリートリザードマン達。
ボトムオーガに扮したドッキー艦長はそのままエリートリザードマンの背中を踏みつけた。
骨が折れたような音が静寂な空間に響いた。
「「え?」」
ドッキー艦長の耳元でリーマイ副官とサララの驚愕が漏れた。
「艦長。一体何をしてるんですか? 隠密行動中ですよ。エリートリザードマンを持ち上げるボトムオーガがどこにいるんですか?」
ドッキー艦長扮するボトムオーガの耳元でリーマイ副官が叫ぶ。
「でも僕の同胞がやられているんだ。見過ごせないよ」
ボトムオーガに扮したドッキー艦長はそう牙を光らせた。
踏まれたエリートリザードマンはピクリとも動かない。
正気を取り戻した他のエリートリザードマン達が何かを叫ぶ前に、ドッキー艦長扮するボトムオーガが殴りつけ、蹴り倒し、首をへし折り、エリートリザードマンの屍を築いていった。
一瞬だった。
最弱のボトムオーガが屈強なエリートリザードマンを一瞬で屠ったのだ。
「え? 強い?」
「艦長って何者?」
ドッキー艦長の耳元で二人は驚愕している。
虐げられていたボトムオーガも巨大な眼を見開いている。
なんとドッキー艦長はアイテムボックスがなくても充分強かったのだ。
普段のふざけた態度とは大違いの奮闘だった。
「艦長クラスは格闘技に精通しているけど……今の白兵戦はなんなの?」
艦長クラスの者は全ての戦闘技能をマスターする必要がある。
ドッキー艦長はこれでもれっきとした艦長なのだ。
それにしても異常な強さだった。
まるで戦艦殴り込み部隊の一員のようであった。
一瞬のうちにエリートリザードマン達を倒したのだ。
「艦長、あなたは一体何者なんですか?」
「それだけは言えない」
エリートリザードマンに囲まれていたボトムオーガが放心している。
ドッキー艦長は何も言わずにその場を立ち去った。
残されたボトムオーガは去って行くその異常なボトムオーガの背をいつまでも見つめていた。
「艦長ダメだって言いましたよね?」
ドッキー艦長の耳元でリーマイ副官の冷たい声が響いた。
「いやあ、ただのストレス発散だから気にしないで」
「今の場所に融合爆弾設置していないのですが?」
「……忘れてた」
「……わざと置き忘れたんですよね? あのボトムオーガは敵ですよ。情けは厳禁」
「……そうだね。爆破に巻き込まれなければいいけど」
ドッキー艦長は無駄な戦闘を避けつつ、融合爆弾を設置しながら、あの謎の秘匿領域へ辿り着いた。
「ここだよな? マップの位置が不明瞭だが扉はここにしかない」
「おそらくその辺りでしょう。鑑定が阻害されています」
「一度調べてみてください」
リーマイ副官の詳細鑑定を阻害する何かがここにあるのだ。
ドッキー艦長はアイテムボックスから解析装置を取り出すと生体セキュリティにかざした。サララが遠隔で生体セキュリティを解析し突破する。
隠し扉が開き、ドッキー艦長は部屋に入った。
「これはまあ、よく集めたねえ」
そこは魔王軍の宝物庫だった。
人類側から奪ったものだろうか、用途不明の宝が山のように積まれていた。
「ただの宝物庫のようだ? リーマイ副官の鑑定を阻害するようなものはとくに……何だあれ?」
ドッキー艦長の目に留まったのは箱だ。
真っ白な棺のような箱だ。
「これってまさか? サララ解析できるか?」
「お任せあれ。手を触れてください解析します」
投射コアを通じて小型艦のサララの演算ユニットがうなりを上げた。
「解析不可能。え? 時間凝固物質。付着分子の年代測定……一万年前」
サララが報告した。
ドッキー艦長が箱から手を離す。
「私が鑑定してみるわ」
リーマイ副官がそのサララのデータを間接鑑定した。
「リーマイ副官、何か分かったか?」
「すいません。鑑定不可能。阻害されています」
リーマイ副官が鑑定失敗を報告する。
「おそらく古代王国に関連する何かだと思われます。何としても持ち帰ってください。時間凝固素材なんて古代ピラミッド構造体と同じものですよ。死んでも持ち帰ってください」
ワームホールネクサスゲートを制御しているこのピラミッド構造体は一万年前の古代王国の遺産だ。
それは現在では失われた製法――破壊不可能な時間凝固素材で造られているのだ。
それと同様の素材だということは、この白い箱は古代王国に関わりがある重要な遺物だということだ。
サララが興奮するのも無理はない。
「まあ、言われなくとも全部持っていくつもりだ。収納」
宝物庫にあった全ての宝が一瞬で消えた。
全てドッキー艦長のアイテムボックスに収容されたのだ。
「ああ、泥棒の気分だ。まあ安全な場所に退避させたと前向きに考えておこう」
ドッキー艦長は空になった宝物庫に融合爆弾を設置すると何事もなかったように宝物庫を後にして走り出した。
さらにいくつかの無重力シャフトを上昇し、魔王軍の生体認証を突破して遂に目標のコントロールルームに辿り着いた。
「警備がいない。罠か?」
ドッキー艦長扮するボトムオーガが周囲を伺う。
「宙域鑑定では魔物の反応は内部に一体だけです」
リーマイ副官が鑑定結果を報告した。
ドッキー艦長はアイテムボックスから解析装置を取り出すと、扉のセキュリティにかざした。
「ロック解除」
サララが一瞬で生体暗号を解析して遠隔からロックを解除した。
「艦長、やりすぎないでくださいよ」
リーマイ副官が釘を刺した。
「ああ、分かっている」
そう言いながらドッキー艦長扮するボトムオーガはコントロールルームに入った。
そこは巨大な空間だった。
ここはピラミッド構造体の頭頂部――一万年前の遺跡の中枢。
「あちゃー、あれが何だか見えるかい?」
ドッキー艦長はサララとリーマイ副官に問いかける。
「え?」
「まさか?」
二人は驚きの声を上げた。
「これは大変だよ?」
古代から永劫に続く空間の中央にそれはいた。
全高二十メートルを超える巨大な魔物。
青白い巨大な人型の上半身には四本の腕が垂れ下がり、下半身には鱗に包まれた触手が蛸のように巻かれていた。
何本もの魔力排出パイプが背中から突き出している。
「「スキュラクラーケン」」
リーマイ副官とサララの二人の驚愕がドッキー艦長の緊張感を煽る。
コントロールルームの門番は巨大なスキュラクラーケンだった。
スキュラとクラーケンをキマイラした災害級の魔物だ。
魔王領奥地でしか見ることができない最強クラスの伝説の魔物だ。
「なんとまあ」
これがワームホールネクサスゲートのコントロールルームを守護者だった。
その漆黒の複眼がドッキー艦長を捉え大きな牙が並んだ口を開けて吠えた。
「グオオオオオオオ」
コントロールルームが真っ赤に塗り潰され、けたたましい警報が鳴り響いた。
「見破られた?」
「要塞全体に非常警報。バレました」
サララが楽しそうな声で返す。
「ではもうそろそろいいかな?」
ボトムオーガが笑った。
「いつでもどうぞ」
リーマイ副官が答えた。
「二人とも小型艦に避難してるな?」
「はい。避難しております。防御スクリーン全開です」
「では遠慮なく……爆破」
ドッキー艦長が要塞内に仕掛けた融合爆弾がブレインリンクを通して発せられた命令を忠実に実行する。
魔原子が融合崩壊する。
最適な場所に最適なタイミング融合爆弾が同時に、あるいは時差で爆発し、魔原子融合反応が致死量のエネルギーを振りまいた。
魔物が魔原子融合の融合魔力を浴びれば即死だ。
魔原子核が崩壊し膨大なエネルギーとなって解き放たれ壁を、柱を溶かし、死の光が
球状に増大していく。
そして周囲の物質を飲み込み、融合崩壊が融合崩壊を引き起こし指数関数的に増大した破壊の権化が要塞を蹂躙した。
複合コンポジットフラクタル構造の柱が折れた。
壁が消えた。床が陥没した。天井が崩壊した。
偽超弩級戦艦サンダーゲートを破壊した極太生体ビーム兵器は次弾を放つことなく、爆球に飲み込まれ、根元から爆発した。
要塞の強力なジェネレーターが爆発し、エネルギー貯蔵庫に引火しさらに爆破の威力が上がる。
爆破の連鎖が爆発を呼び、要塞の主要な柱を切り裂き、限界を超え遂にピラミッド構造体が真っ二つに割れた。
自重を失った巨大構造物が飛散する。
「大丈夫か?」
ドッキー艦長が二人を心配する。
「「オンビット」」
二人の返事がドッキー艦長を安心させる。
魔王軍がダーレンゲートに建造した戦略級要塞が崩壊した。
崩壊する要塞から、何隻もの戦艦級魔物が飛び立ちワームホールに突入する。
それを追うように飛び散った要塞の破片がワームホールに突入し、星々を揺らし、さざ波を広げた。
百五十年陥落することなかった無敵の魔王軍の要塞が崩壊した。
たった一人のアイテムボックス持ちの人間によって――。
だがドッキー艦長がいるこのコントロールルームは古代王国時代の遺跡は健在。
ここは古代王国の遺跡は時間凝固素材で造られており破壊不可能であった。
爆破の余波がコントロールルームの床を激しく揺さぶるが、反重力器官を持つドッキー艦長の身体は一ミリも動かない。
「鑑定結果、要塞の分離を確認。戦略価値なし、脅威なし。遺跡であるピラミッド構造体の頭頂部は健在。作戦成功。後はワームホールを封鎖すれば休めますよ」
ドッキー艦長の耳元でリーマイ副官が報告した。
「その前にあれをなんとかしないと休めないね」
スキュラクラーケンは怒りの咆哮をあげて、小さなボトムオーガに向けて巨大な腕を振り下ろした。
お読みいただきありがとうございました。
大まかなストーリーに変更ありません。
誤字脱字、読みやすいように修正しました。