07 ダーレンゲート潜入
漆黒の闇が純白に裏返る。
ダーレンゲート要塞のピラミッド構造体からアインシュタインスルーによって光速限界を突破した無限の反転エネルギーが放たれ、超弩級戦艦サンダーゲートを一瞬で飲み込んだ。
それは要塞級魔物シャドウパンデモニウムの生体ビームなど比較にならない程の場違いで強力で壊滅的なエネルギーの奔流であった。
超弩級戦艦サンダーゲートの鉄壁の防御スクリーンがナノセコンドも持ちこたえることもなく一瞬で飛散した。
そして超弩級戦艦サンダーゲートの美しい船体が真っ二つに折れた後、バラバラに分解してその光の中にシミのように消えた。
「ボカーン」
サララの楽しそうな声が弾んだ。
「いやはや、真っ二つになって撃沈するなんて芸が細かい。流石サララだ」
ドッキー艦長が手を叩いた。
「えへへー。もっと褒めて褒めて」
「よく笑って見ていられますね二人とも」
リーマイ副官が複雑な表情でスクリーンを眺めていた。
「だってあれ、ただの映像だし」
ドッキー艦長がリーマイ副官を見る。
「それはそうですが自分の船が沈む姿なんて、たとえ映像だとしても見たくありません」
そう撃沈されたのはただの空間演算体だった。
サララがレンダリングした偽物だ。
小型艦に複数の投射コアを乗せ、超弩級戦艦サンダーゲートに偽装したのだ。
本物の超弩級戦艦サンダーゲートはドッキー艦長のアイテムボックスの中だ。
「でもまあ作戦は成功だね。こうしてダーレンゲートに潜り込めたんだから」
なんとドッキー艦長達は既にダーレンゲートの内部にいた。
戦艦級魔物に偽装した揚陸艦で敵の正面から堂々とドック入りを果たしたのだ。
流石に戦艦級魔物が出す魔力までは偽装出来なかったが、今この宙域では魔力を発さない戦艦級魔物がいてもおかしくはない状況だった。
ドックにはドッキー艦長達の攻撃により、半壊、損壊した戦艦級魔物で溢れていたからだ。
「でもバレませんかね?」
「バレないことを祈ろう」
サララの心配そうな声にドッキー艦長は笑顔で応えた。
「さてさて、では作戦概要をおさらいしますね」
リーマイ副官が眼鏡型情報端末を優雅に直した。
「ダーレンゲートは知っての通り古代王国が整備したワームホールネクサスゲートです。天然のワームホールに強制的にエネルギーを供給し維持しています。まずこのエネルギー供給を止め、ワームホールを閉鎖し、魔王領からの援軍を阻止することが第一目標です」
リーマイ副官の美しい声に反応するように艦橋にダーレンゲートの四角錐の映像が浮かび、その頂点にワームホールネクサスゲートの表示が点滅した。
ワームホールはピラミッドの頂点の先にあるのだ。
「続いての目標はピラミッド構造体下部に増設された魔王軍の戦略級要塞の無効化、もしくは完全破壊です。サララちゃんの未来予測演算では融合爆弾で内部から破壊するのが効率的です」
リーマイ副官の解説でピラミッドの下部が点滅している。
そう、これが魔王軍が増築した戦略級要塞だった。
偽の超弩級戦艦サンダーゲートを破壊した極太生体ビームもそこから発射された。
何百にも重複されて防御スクリーン。
迎撃用生体ビーム。要塞級魔物シャドウパンデモニウムが配備されている。
並大抵の宇宙艦隊で攻め落とせるような代物ではない。
外部から攻略するには多大な犠牲と戦力を要するだろう。
だがドッキー艦長たちは既に内部にいるのだ。
「期限は明朝……我が軍の主力艦隊が攻撃を始める前までです……以上、質問がなければ作戦を開始します」
「大丈夫だ」
「準備満タン」
ドッキー艦長とサララが頷いた。
「では艦長出撃ですよ。頑張ってくださいね」
「え?」
「ですからさっさと融合爆弾を設置しに行ってきてください」
リーマイ副官の眼鏡型情報端末が光った。
「自慢のアイテムボックスを見てみたいですねえ」
サララが笑みを浮かべた。
「……あのう?」
ドッキー艦長が恐る恐る挙手をした。
「なんでしょうか?」
「二手に分かれたり、みんなで手分けしないのかな?」
「えっ?」
「えっ?」
リーマイ副官とサララが大きな目を見開いた。
「え? 手分けしたり、協力しないの?」
ドッキー艦長の目が狭まった。
「既に我々はしっかり手分けしてますが? 私が鑑定、サララがデータ整理、艦長が現場」
リーマイ副官が顎を動かした。
「艦長は現場」
サララがドッキー艦長を指さした。
「……現場って言い方は酷いよう。上官へのパワハラだ。差別だ。そもそもこれって艦長の仕事じゃないよね?」
「えっ? 艦長の仕事ですが?」
「えっ? 艦長にぴったりの仕事ですが?」
リーマイ副官とサララが目を合わせた。
「えっ? 何処の世界に現場に乗り込む艦長がいるんだよ」
「ここにいますが?」
「昔から艦長が特攻するのが物語では欠かせぬ重要な見せ場ですよ。過去のビジョン映像でも艦長が単身乗り込んで、肉弾戦したり、大作戦してますしね」
「……ビジョンの物語の艦長と一緒にしないでくれよ。それに僕一人の負担が大きすぎでしょ」
「……恐れながら申し上げますが、この単独奪還作戦は艦長が御自分から御提案されたことですよね?」
リーマイ副官の眼鏡型情報端末が怪しく反射した。
「……くっ。それはそうだけど」
ドッキー艦長は半歩後ろによろめいた。
「か弱い私と電子存在であるサララちゃん、艦長。この三人の中で誰が戦闘に適していると?」
「僕かな」
ドッキー艦長は溜め息をついた。
「とにかくゲートと要塞を明日までに何とかしないと、何も知らないお気楽な主力艦隊がノコノコやって来て、この要塞の極太ビームによって一瞬で消滅です」
リーマイ副官が眼鏡型情報端末を掛けなおしてドッキー艦長を見る。
「……それはそうなんだけど……少しぐらい手伝ってくれてもよくない?」
「艦隊が壊滅すると我が軍は人員不足に陥り、艦長の休みがなくなりますよ。それでもいいのですか?」
リーマイ副官が悪そうな笑みを浮かべた。
「くっ。休めなくなるのは避けたいな」
ドッキー艦長はその言葉に弱かった。
「さてさて、サララちゃん。艦長の偽装をお願い」
「オンビット。ついでにリーマイ副官も偽装しておきましょう。ここは魔王軍の基地の中ですからね。何があるか分かりませんからね」
サララが悪そうな笑顔でリーマイ副官を見る。
「いやいや、私はいいから」
リーマイ副官がそっぽを向いた。
「そんなこと仰らずに、偽装した後のリーマイ副官の美しさを保証しますから」
「美しさは関係ないでしょ?」
「ありますよ。艦長、投射コア頂戴」
サララがドッキー艦長に手を出した。
「人使いが荒くないかな?」
ドッキー艦長はアイテムボックスから小さな球体を二つ取り出した。
空間演算体を投射するための装置、投射コアだ。
「では艦長。上着を脱いでください。空間演算体のレンダリングを始めますから」
「何で脱ぐの?」
「え? そりゃあ質量を偽装できないからですよ」
「これアイロン掛けといてくれない?」
ドッキー艦長がリーマイ副官を見る。
「死んでも嫌ですが」
「冗談なんだけど」
投射コアが浮き上がり、ドッキー艦長とリーマイ副官の胸元で停止する。
「イチャラブしていると内蔵まで偽装しますよ?」
演算が開始され二人は光り輝くボクセル状の構成物に覆われた。
ボクセルが消滅すると、そこには魔物が立っていた。
「完璧のペキです」
サララが浮遊カメラの映像を鏡代わりにスクリーンに表示させた。
「……」
「……」
「お二人ともお似合いですよ」
サララの声が沈黙した艦橋に響く。
「……いやいや、リーマイ副官は美人魔物で僕はなに?」
牙を剥き出しにした痩せ型のオーガが手を振った。
「投射コアは心を写し出す鏡のようなものですからね」
サララがドッキー艦長を睨んだ。
「心が汚いとその姿も汚くなるのかしら? ホホホ」
スタイル抜群のリードサキュバスが優雅に笑った。
リードサキュバスとは美しき高位魔族。
その美しさに男共は何度餌食になっただろうか。
だがこのリーマイ副官のリードサキュバスの美しさは度が過ぎていた。
元々美しいリーマイ副官の特徴を色濃く残したこのリードサキュバスは魔物の域を超え、圧倒的な魅力を放っていた。
「はあ。なんで私まで」
眼鏡型情報端末を掛けたリードサキュバスが嘆いた。
「フフフ。どうですか? 私のデザインは? この一片の隙も無い完璧な設計は?」
サララが勝ち誇る。
「悪くはないわね」
リーマイ副官はそう言いながらも、浮遊カメラで自分の姿を四方から嬉しそうに眺めている。
「あのーサララ様? これはちょっと納得できませんが?」
ドッキー艦長はサララに文字通り牙を剥いた。
「お似合いですよ艦長」
リードサキュバスが怪しく笑った。
「なんで僕がボトムオーガなんだよ」
ドッキー艦長の姿は醜いボトムオーガだった。
ボトムオーガとはその名の通り底辺オーガのことだ。
魔物の中ではゴブリンと並ぶ最弱種族。
この宇宙航海時代に何の進化も遂げなかった悲運な魔物。
それがボトムオーガ。
宇宙空間に対応することも、反重力器官を得ることもなく、一万年前とその姿は変わらない最弱の魔物だった。
「なんだあのボトムオーガは? ボトムオーガの動きじゃないぞ……そうやって相手を油断させるために決まってるじゃないですか。艦長には物理法則ガン無視のアイテムボックスがあるんですよ。戦闘になったらサンマルキャノンをぶっ放せば、どんな姿であろうが関係ないですよね」
サララがふざけながら真面目に答えた。
「まあ確かに一理あるが、それにしてもこの見た目はないだろ」
「働きたくない理由を並べないでください。ほらほら時間がありませんよ。休みが減りますよ」
リーマイ副官扮するリードサキュバスが手を叩いた。
「……はあ。分かったよ。やればいいんだろ」
ドッキー艦長は大きな溜め息をつき、決意を込めた顔を上げた。
「では作戦開始するからその前にリーマイ副官、降りて詳細鑑定をよろしく」
「え? 降りるんですか?」
リードサキュバスが口を曲げた。
「詳細鑑定は直接手を触れないと出来ないんじゃ?」
ボトムオーガが嬉しそうに手を振った。
「まあそうですけど?」
「じゃあ、要塞に触れて鑑定してくれよ。それぐらいはいいだろう?」
「え? 嫌ですけど?」
リードサキュバスがそっぽを向いた。
「まあまあ、リーマイ副官もせっかく魔物に変装しているのですから、その効果を試してみましょうよ」
サララがリーマイ副官を宥める。
「はあ……オンビットオンビット」
「リーマイ副官。返事は一回」
ドッキー艦長が笑った。
「オンビット」
「よろしい」
半壊した戦艦級魔物から二匹の魔物が飛び降りた。
二匹の魔物は床に激突することなく優雅にゆっくりと着地した。
このドッグ内は一G環境下だがドッキー艦長とリーマイ副官は反重力器官を内蔵している。
忘れてはならない。この時代の人間は宙を舞うことができるのだ。
「周囲に敵影なし」
サララが小さな声で伝える。
「ではリーマイ副官、頼んだよ」
「オンビット」
リードサキュバスの姿をしたリーマイ副官が床に手をついた。
「ブレインリンク。詳細鑑定」
詳細鑑定。それは触れたものをより詳細に鑑定する鑑定。
リーマイ副官は要塞を直接鑑定したのだ。
それ即ち、より詳細な情報がリーマイ副官の頭に流れ込んだ。
この要塞は巨大。その情報も膨大。
敵の配置から武器庫などの膨大な魔王軍の詳細データがリーマイ副官の投射コアを通じでサララに送られ、解析、最適化されドッキー艦長の視界のマップに反映された。
「最終目標はワームホールのコントロールルーム。場所は古代遺跡のピラミッド頭頂です」
サララの演算によりマップに最適経路が表示された。
「そこに至るルートに融合爆弾を仕掛ける最適ポイントもマークしてありますから、通りすがりに融合爆弾を設置してください、ナビゲートします」
「リーマイ副官、ありがとう。それよりも融合爆弾の設置場所が多くないか? これ全部僕一人でやるの?」
ドッキー艦長の眉間の皺が深く刻まれた。
「誰が艦長の代わりが出来るのですか?」
「……それは」
ドッキー艦長はリーマイ副官に言い返せない。
「艦長のご自分の負担を減らしたかったらアイテムボックス持ちの誰かを連れてきてください」
「……へいへいへい」
「返事は一回。重要なのはこのジェネレーターに演算室、エネルギー貯蔵庫……あれ? なんだろうこの反応は? サララちゃん。ここ何かあるけど?」
リーマイ副官はリードサキュバスの姿で立ち上がり宙を見つめた。
「さあ、何でしょうか? 何らかの秘匿領域のようですね」
「まあ、魔王軍の要塞だからお宝ぐらいはあるだろ」
「でも艦長。私の詳細鑑定を阻害するものって?」
リーマイ副官が腕組みをすると増強された胸元が圧迫された。
「行けば分かるさ。ということで行きたくないけど行ってくるよ。サララ。リーマイ副官を頼んだ」
ボトムオーガが牙を剥き出した。
「「オンビット」」
「あ、艦長。今の艦長はボトムオーガですから、怪しい動きは控えてくださいよ」
リードサキュバスがドッキー艦長に指さした。
「え?」
ドッキー艦長扮するボトムオーガの動きが止まった。
「艦長、ボトムオーガは飛べませんよ」
「ああ、そうだっけか?」
進化しなかったボトムオーガは飛ぶことができない。
「速くも走れませんよ」
リーマイ副官がそう言った頃にはドッキー艦長扮するボトムオーガは既に駆け出していた。
「はあ。大丈夫かしら」
「大丈夫だ。問題ないよ」
ドッキー艦長の声がリーマイ副官の耳元で響いた。
「お気をつけて艦長」
リードサキュバスが手を振って見送った。
ドッグにいる魔族がリードサキュバスを遠巻きに眺めて鼻の下を伸ばした。
「リーマイ副官。魔族もリーマイ副官に虜になってますよ」
リーマイ副官の胸元の投射コアからサララの嬉しそうな声が流れた。
「そうね。男にモテるのは慣れてるけど魔物にモテるのは初めてだわ」
リーマイ副官は溜め息をついて飛んだ。
偽装した戦艦級魔物の巨大な口のようなハッチが開閉し、美しいリードサキュバスを文字通り飲み込んだ。
「さあ、これで少し休めるわね。お茶にしない?」
リードサキュバスがカップにお茶を注ぎながらそう言った。
「でもあの艦長ですよ? 休めますか?」
サララが怪訝な顔でカップを手にした。
「うっ」
リードサキュバスの手が止まった。
「聞こえているんだけど?」
ドッキー艦長の声がリーマイ副官の耳元で流れた。
「艦長。自重。遠慮。程々に。ですよ」
「聞こえないなあ」
リーマイ副官扮するリードサキュバスが頭を抱えた。
お読みいただきありがとうございました。
大まかなストーリーに変更ありません。
誤字脱字、読みやすいように修正しました。