05 主砲発射
「艦長、次のを出してください」
サララが声をあげた。
「えっ? もうないの? さっき取り出したばっかりだけど?」
ドッキー艦長が額の汗を拭った。
「これだけ無茶な行動をとっていればエネルギーキューブなんて底を尽きますよ。まだ生き延びていることが奇跡です。文句を言う暇があったらさっさとエネルギーキューブを出してください。艦長にはそれしか取り柄がないんですからね」
迎撃に反撃に回避にと目まぐるしく超弩級戦艦サンダーゲートを操舵するサララに言葉を選んでいる余裕はない。
ドッキー艦長は宙を見上げ溜め息をしてから、アイテムボックスからエネルギーキューブを取り出した。
「はい、おまち」
エネルギーキューブ――それはこの超弩級戦艦サンダーゲートの奇跡の源。
防御スクリーンも下級副砲ベーゼスも、演算器も観測器も全てこのエネルギーキューブが賄っているのである。
取り出されたばかりのエネルギーキューブが重力レールに乗せられ、超弩級戦艦サンダーゲートの巨大ジェネレーターへ運ばれ、どん欲な口に飲み込まれていく。
「次は下級副砲ベーゼスの砲身と、追加装甲素材、それに焼き切れた演算ユニットも追加でお願い」
サララがドッキー艦長にさらに要求する。
「あのーサララちゃん。なんだがリーマイ副官に似てきてない? 人使いとか、僕を艦長と思わないその態度とか?」
ドッキー艦長がサララの要望の物資を取り出しながら嘆いた。
巨大な下級副砲ベーゼスの砲身が出現し、コンテナアームが掴み、重力レールに乗せ、メンテナンス中の下級副砲ベーゼスの元に運ばれていく。
同じように新たな装甲版が運ばれ、超弩級戦艦サンダーゲートの追加装甲が補強される。
焼き切れた超弩級戦艦サンダーゲートの演算ユニットが交換される。
「口が悪いのは元からです」
「艦長? 私のどこか人使いが荒いのでしょうか?」
「それだけは言えない」
ドッキー艦長が追加のエネルギーキューブを取り出した。
エネルギーキューブは文字通りエネルギーの塊だ。
高純度の反応物質を固体化したものだが極めて安定している為、この時代の主たるエネルギー源となっていた。
ただし、高圧圧縮されている為、見た目よりもかなり重い。
それゆえエネルギーキューブを多く積めば、船が重くなる。
船が重くなると大きなエンジン出力を要する。
エンジン出力を増加させる為には、エンジンを追加する必要がある。
そうなると船は益々重くなり、より多くのエネルギーキューブを積載する必要がある。
主砲や、融合爆弾、実弾系の飛翔兵器なども積載する必要がある。
そして乗務員の水や食料、生活必需品が、補給物資が詰めない。
演算器も、観測器もある。予備物資や、装甲版など船には航行に必要な予備物資を大量に積み込む必要がある。
宇宙空間は過酷な世界なのだ。
人類が生きていける世界ではない。
三次元世界に生きる人類の課題は宇宙航行時代でも変わることはない。
常に重量と容量との戦いなのだ。
だが物理法則を無視した神のスキル――アイテムボックスがあればどうなるか?
御覧の通りだ。
わざわざ重いエネルギーキューブを船に積載しなくてもいいのだ。
ここは超弩級戦艦サンダーゲートの中央にある巨大なターミナル空間、カーニバルプレイス。なんともふざけた名称だが、アイテムボックススキル自体がふざけているのだ。
貴重な船内空間をこんなに贅沢に使用した設備は他の艦には存在しない。
だがここは超弩級戦艦サンダーゲート艦内で最も重要で、絶対必要な秘匿エリアなのだ。
そう、ここはドッキー艦長のアイテムボックスから物資を取り出し搬送する為の専用の場所――ドッキー艦長の仕事場だった。
艦内にはここを中心に重力レールが縦横無尽に引かれており、ドッキー艦長がアイテムボックスから取り出した物資が艦内の至る所に瞬時に、効率的に運ばれていく。
ここでエネルギーキューブを取り出すこともあれば、生活必需品や、修理物資、武器や弾薬など、多種多様にわたる。
「艦長、アイテムボックス内のエネルギーキューブの在庫が底をつきそうですか?」
サララが心配そうに尋ねた。
ドッキー艦長はエネルギーキューブをもう何百個と取り出しているからだ。
「まだまだあるよ」
ドッキー艦長が笑った。
「一体どれほど溜め込んでいるのですか?」
「それだけは言えない」
ドッキー艦長が真面目な口調でそう答えた。
「……まあいいです。それよりそろそろ目標地点に到達します。星々の中心ですよ」
「そうか。二人ともよく耐えたね。ではリーマイ副官。やっちゃって」
ドッキー艦長が天井を見上げながら艦橋にいるリーマイ副官に命じた。
「オンビット。よくも可愛いサンダーゲートに攻撃しまくってくれましたね」
超弩級戦艦サンダーゲートは耐えに耐えた。
ダークフォレスト回廊の大空洞、ここを抜ければダーレンゲートは目と鼻の先だった。
驚くべきことに超弩級戦艦サンダーゲートは単艦でダークフォレスト回廊内を最短で直進し、魔族領奥深くまで侵入を果たしたのだ。
その代償はドッキー艦長の保有するエネルギーキューブだけだ。
ドッキー艦長のアイテムボックスが無ければ不可能な芸当だった。
そしてそれを最大運用できる設備を兼ね備えた超弩級戦艦サンダーゲート。
宙域鑑定により敵の情報をリアルタイムで得るリーマイ副官。
そして、そして、二人の非現実的なスキルにも動じないタフなAIサララ。
全てがあっての快挙であった。
ここまで深く魔王領に入り込んだ人類の戦艦は皆無。
ダークフォレスト回廊の壁を突き破り、布陣した魔王軍の艦隊を潜り抜け、最深部に到達した人類の戦艦の存在に魔王軍側は完全に裏をかかれ、大混乱に陥っていた。
そもそも極秘裏に手に入れた情報では、ダーレンゲート奪還作戦は二日後だったはずだ。
その前に一体誰が単艦で突入してくるなんて思うだろうか?
ダークフォレスト回廊に沿って進まない、エネルギー効率を無視した行動を誰が予想できただろうか?
魔王軍側はダーレンゲートを守護する主力艦隊をここ、ダークフォレスト回廊に集結させて人類を待ち構えていたのだ。
裏をかいたつもりが、完全に裏をかかれた。
しかも侵入してきたのはただの戦艦ではなかった。
異常な戦艦だった。
その戦艦は止まらない。撃ち止まない。沈まない。
理解不能の存在だった。
その名を超弩級戦艦サンダーゲート。
魔王軍はこの戦艦を知らない。
人類の中でも知る者は稀だ。
極秘裏に建造されたこのキロ級戦艦を魔王軍が知るはずがない。
「目標地点到達」
超弩級戦艦サンダーゲートは包囲する戦艦級魔物の中心付近の目標地点に到達した。
ここが目的地点、天の星々の中心だった。
つまり敵の中心だった。
何故、敵の中心に到達したのか?
圧倒的に不利なはずだ。
だがドッキー艦長もリーマイ副官にも絶望の表情はない。
「リーマイ副官、主砲発射」
ドッキー艦長が笑った。
「宙域鑑定済み。敵の座標に変化なし。艦長より発射権限拝領済み。目標、天の星全て。最大秘匿古代兵器主砲ルシファープレイス発射」
リーマイ副官の綺麗な声が響いた。
「オンビット。事前処理により発射手順全て省略。最大秘匿古代兵器主砲ルシファープレイス発射」
超弩級戦艦サンダーゲートのあった場所に新たな恒星が生まれた。
いや恒星よりも激しい超新星が誕生した。
超弩級戦艦サンダーゲートの船体からアインシュタインスルーにより光速限界を突破した純粋物理限界突破究極破壊エネルギーが全方位に放たれた。
光さえ凌駕する破壊のエネルギーは切れ目なく、絶え目なく、スフィア状に広がっていった。目で追える速度ではない。光速を突破したその速度は計測できるものでもない。
そして回避できるものでもない。
破壊の膜に触れた魔王軍の戦艦級魔物が瞬時に消滅した。
防御スクリーンが発光する間もなく、消え伏せた。
一瞬たりとも抵抗すらできない。
触れた瞬間に消えるのだ。
なんという威力、なんという無慈悲で冷酷な所業。
これこそが超弩級戦艦サンダーゲートの主砲、最大秘匿古代兵器――ルシファープレイスだった。
最大秘匿古代兵器ルシファープレイスにはベーゼスのような砲身も本体もない。
その主砲の存在はどこにも観測できない。
浮遊砲台でも、超弩級戦艦サンダーゲートから突き出しているわけでもない。
どこになかった。
それもそのはず、この最大秘匿古代兵器ルシファープレイスは超弩級戦艦サンダーゲートそのものだったからだ。
超弩級戦艦サンダーゲートの三段に折れた形状はこの為だったのだ。
最大秘匿古代兵器ルシファープレイスの仕組みを理解する必要はない。
ただ、それが人類側の最大火力だと覚えておけばいい。
どんな原理で発射するのかは秘匿されている。
誰にも分からない。教えない。理解できない。
それが最大秘匿兵器の所以。
この人類側の最強兵器――ルシファープレイスの攻撃は一直線に進むビームではない。
球状に進むのだ。
周囲に味方がいたら消失していただろう。
敵味方問わず、周囲の存在を拒絶するこの最大秘匿古代兵器ルシファープレイスは文字通り、悪魔の砲。
無情で同情も遠慮もしない圧倒的冷酷なオールレンジ攻撃――スーパーデストロイヤーだった。
はたから見ればそれはまさしく超新星爆発だった。
球状に膨れ上がる破壊の境界面。
線では避けられたかもしれないが、面では不可能だった。
しかもこの破壊の境界面はアインシュタインスルーにより光速を超えている。
通常航法でも、ワープリングによるワープ航法を予め準備していたとしても間に合わない。
そして残念ながら全ての敵の座標はリーマイ副官の宙域鑑定により割れている。
つまりどう考えても魔王軍側が逃げることなど不可能なのだ。
ただただ、蹂躙を待つだけだ。
超弩級戦艦サンダーゲートを取り囲んでいた星の数ほどいた戦艦級魔物の防御スクリーンが瞬時に消滅した。
そして無防備の赤い内臓のような本体はルシファープレイスの破壊エネルギーにより跡形もなく蒸発した。
塵一つ、ガス一つ、光さえ、残さず、悲鳴も断末魔も上げずに消滅した。
サンダーゲートの周囲を覆う、星の光のような戦艦級魔物の光が全て一瞬で消えた。
天の光は全て消失し、元の暗黒宙域に戻った。
ダークフォレスト回廊という名称の通り、ガスが漂う暗黒宙域に戻った。
破壊球面はどこまでも進む、威力が落ちるのは宇宙の破壊者となるだろう。
運が悪い船はその破壊球面によって消滅するだろう。
だがそれでは兵器として使えない。
破壊球面は永遠に進み続けるわけではない。
目標の敵艦隊を破壊する威力に抑えられており、最大秘匿古代兵器ルシファープレイスの破壊球面は間もなく消失するだろう。
「宙域鑑定。目標完全に消滅。想定撃破、間もなく破壊境界線消失」
リーマイ副官の満足気な声が広い艦橋に響いた。
「ドッキー艦長。最大秘匿古代兵器ルシファープレイスに問題なし。これですっからかんです。エネルギーキューブの補給をお願いします」
サララが満足そうに報告した。
「へいへい。エネルギーキューブお待たせ」
ドッキー艦長がアイテムボックスからエネルギーキューブを取り出した。
最大秘匿古代兵器ルシファープレイスは一度の照射でエネルギーキューブを数十個も消費するほどの異次元コストの兵器だった。
そう、そのコストも魔王級だった。
ドッキー艦長が先程から気軽に取り出しているこのエネルギーキューブこれ一つで惑星住民の一年のエネルギー需要を賄えるほどのエネルギー量を持ち合わせている。
それをたった一度の攻撃で数十個も消費するのだ。
つまり惑星十年分のエネルギーをたった一度の攻撃で消費するのだ。
なんとも恐ろしい兵器だった。
しかもこのルシファープレイスは砲身を冷却する必要がない。
砲身すらないのだ。
この超弩級戦艦サンダーゲート自体が砲身である。
船が健在する限り、エネルギーキューブがある限り、何度でも発射できるのだ。
だがこんなに大量のエネルギーキューブを消費し、そのコストに見合う価値はあるのだろうか?
ある。
戦艦級魔物三十万隻を一度の攻撃で消滅させた功績は充分以上の価値があった。
むしろ格安だった。
これだけの戦艦級魔物を討伐する為に、どれほどの犠牲が伴うのだろうか?
そう考えれば最大秘匿兵器という立場が理解できよう。
超弩級戦艦サンダーゲートとアイテムボックスを持つドッキー艦長、そして宙域鑑定を持つリーマイ副官に、タフな高性能AIのサララの戦力は人類史上最強戦力。
そしてこの最大秘匿古代兵器ルシファープレイスだ。
超弩級戦艦サンダーゲートの攻撃力は王国の科学技術を上回っていた。
この超弩級戦艦サンダーゲートが量産されれば?
それは無理な話だった。
アイテムボックス持ちの艦長が他にいるか?
リーマイ副官のように鑑定スキル持ちが何人必要か?
精神崩壊しないタフなAIがどれほど存在するか?
そして最も重要なのはこの最大秘匿古代兵器ルシファープレイスだ。
最大秘匿古代兵器ルシファープレイスその原理は不明で極秘。
その存在が公にされることはない。
複製、量産不可能なのだ。
人類側の最強攻撃兵器は最強の船に搭載されている。
まさに単艦の最強艦隊だった。
超弩級戦艦サンダーゲートにとって陣形だとか作戦だとか、そんな些細なものは意味がない。
緻密な作戦を要した陣形や、艦隊戦など必要がない。
作戦や陣形などは拮抗する者同士の戦いには有効だが、このような一方的な戦力を有する戦艦には不要。
だがそれでいいのだ。
それこそがこの超弩級戦艦サンダーゲートの存在意義なのだ。
一万年も続く戦争を終わらせる為にはセオリーや伝統などに構っている場合ではないのだ。
髪から与えられたギフト、ドッキー艦長やリーマイ副官のスキルを最大限に利用するのみだ。
人類と魔族の戦力は拮抗していた。
人類は科学を、魔族は個体進化を。
両陣営の戦いが一万年も継続している理由がこれだ。
人類側はこの事態を打開する為に新しい戦力が必要であった。
それがこの超弩級戦艦サンダーゲートであった。
だが滑稽なことに人類は一万年前に捨てた神のギフトにすがろうとしていた。
「ああ休みたい。ああ、疲れた。やっぱり作戦中止して帰ろうかな?」
ドッキー艦長の不埒な言動に艦橋が沈黙した。
「そうですねえ。無事に帰れたらの話ですが?」
リーマイ副官の眼鏡型情報端末が光を放った。
「え?」
ドッキー艦長は口を開けた。
「大規模空間干渉。極大質量のワープリング演算解です。妨害演算不可能。想定規模全長、百二十キロオーバー」
サララが緊張した声を上げる。
「もしかして休めない?」
「永久に休むことになるかもしれませんね」
リーマイ副官が肩をすくめた。
「あれは要塞級魔物……シャドウパンデモニウムだと思われます」
サララの報告と同時に艦橋のスクリーンに巨大な球体が現れた。
それは巨大。
圧倒的に巨大。
それは人工物? 生物? いや惑星だった。
その表面は赤黒く歪な形状。
そしてびっしりと毛のようなものが生えていた。
「鑑定で理解していたつもりだったけど、これほどとは」
リーマイ副官が口に手を当てた。
驚くことなかれ、その毛のようなものが全て戦艦級魔物。
そう、このシャドウパンデモニウムは戦艦級魔物の母体だ。
文字通りのマザーシップだった。
要塞級魔物シャドウパンデモニウム。
それは魔王軍最高戦力の一つ。小惑星規模の戦略拠点防衛魔物だった。
内蔵された生体ジェネレーターの高出力に担保された圧倒的な防御スクリーンに数万本の生体主砲。
そして戦艦級魔物を毛のように次から次へと生み出す悪魔の複製存在である。
現在の魔王といったところだろう。
これが一万年前に存在したら人類は三秒も持たずに蒸発していただろう。
これがダーレンゲートを守護する魔王軍の主力艦隊の中枢だった。
巨大な船体をワープさせるには大量のエネルギーを消費する。
だがワームホールネクサスゲートがあれば話は別だ。
触れれば超長距離移動可能なワームホールネクサスゲートがあれば話は別だ。
エネルギーを消費せずに本国からここまで一瞬で移動可能なのだ。
ワームホールネクサスゲートを支配しているということはこういうことだ。
ワームホールネクサスを使用すればこうして要塞級を本国から前線に簡単に送ることができるのだ。
物量が違った。
人類側の艦隊がここまで来るのにどれほどのエネルギーが必要だろうか?
果たして殴り込み艦隊は現実的だったのか?
人類がこのダーレンゲート要塞を奪回できない理由がこれだ。
ワームホールネクサスゲートが敵の手にあることで人類側は勝てる見込みのない戦いを強いられていたのだ。
ここまで快進撃をしてきた超弩級戦艦サンダーゲートだが、今回ばかりは相手が悪い。
相手は百二十キロを超える惑星なのだ。
いくらエネルギーキューブの在庫があっても、最大秘匿古代兵器ルシファープレイスの強力な主砲があったとしても要塞級の強固な防御スクリーンは簡単には打ち破れないだろう。
超弩級戦艦サンダーゲートがシャドウパンデモニウムに勝てる確率はゼロ。
質量差はあり過ぎるのだ。象と蟻、いや、恒星と砂粒ぐらいの差があった。
だが超弩級戦艦サンダーゲートの艦橋には悲壮感はない。
「では参りますか」
ドッキー艦長が艦長席で肘をつきながら命じた。
「「オンビット」」
超弩級戦艦サンダーゲートは要塞級魔物シャドウパンデモニウムに向かって進撃を開始した。