49 シルフアルケニー対人兵装を見よ
――ビッグメンター要塞。陥没区画。
ネクロマンサー神殿跡地。
「全機、全砲門安全装置解除。ジェネレーター供給エネルギー制限、弾薬制限を共に解除、全弾ぶちまけろ」
ダッグ副官の野太い怒号と共にクラッシュタイタン四型の複合金属の四肢が火花を散らしながらスライドし、その中から凶悪な姿の漆黒の砲門が現れた。
「全弾? え? いいんですか?」
「構わねえ。俺はあったまきてんだ」
「お言葉ですがここは味方の演算要塞内であるが?」
「隊長がいないのに全弾照射ってマジすか?」
ガガーランド隊長は不在。ヘーネスの強制退艦命令により、アシッドアーマー隊は全員が退艦し、要塞内を彷徨っていた。有線、無線通信断絶な上に要塞内は崩落し青写真が意味をなさない。
ガガーランド隊長はその彷徨う部下達の元に向かっていた。
「俺の命令は?」
ダッグ副官がいつもより更に低い声で唸る。
ダッグ副官はガガーランド隊長の腰巾着でもイエスマンでもない。
男の中の男。アシッドアーマー隊の副官の地位にいる男なのだ。
普通の人間であるはずがない。凡人であるはずがない。
アシッドアーマー隊ナンバーツーの男が弱いはずがない。
ダッグ副官はガガーランド隊長を支え、前に出ることはない。
だが一旦前線に出れば、遠慮することも自重することもない。
「「「絶対です」」」
野太い男達が声を揃えた。
「よろしい。アクティブリンクスタート。トリガーを俺に回せ」
「「「OG」」」
四機の複合金属の巨人、クラッシュタイタン四型が腰を低く落とした。
そしてその巨体のあらゆる箇所から何十本もの砲身を剥き出しにした。
その鈍い光を放つ砲身は王立工房ダッガン製のエネルギー大砲。
重物質弾丸をエネルギー被膜で纏ったハイブリッド大砲だ。
その仕組みは携帯式重アサルト機銃バランガと同様だが、その口径が、そのエネルギー量が、その弾丸の質量が段違いだった。
クラッシュタイタン四型の驚異的なジェネレーターが生み出すエネルギー砲弾はドラゴンの分厚い皮膚をぶち抜く威力を持っている。
その威力が今ここに発揮されようとしていた。
更にアシッドアーマー隊のクラッシュタイタン四型はただの量産型のクラッシュタイタンではない。
アシッドアーマー隊専用機なのだ。
職人により選別された最高級素材を使用し、極限にまでチューンされたジェネレーターや反重力推進器は一般機の三倍の機体性能を誇っていた。
従ってその砲弾の威力も三倍以上の威力を有していた。
そんな凶悪な大砲を屋内で、しかも味方の要塞内で使用してよいものではない。
アクティブリンクにより全ての機体の砲門がダッグ副官のブレインリンクに直結され、その無数の砲身が意思を持つように小刻みに動き、照準を微調整する。
「目標、敵要塞、未来予測省略、発砲の反動に備えよ。機体の固定を忘れるなよ」
クラッシュタイタン四型のジェネーターが唸りを上げ、大砲にエネルギーを集約すると同時に踵の機体固定アイゼンが床に融解固定、更に各関節にある反重力推進器が機体を重力固定した。
「要塞内の換気機構に強制排気命令をオーダー」
ダッグ副官がビッグメンター要塞のシステムに強制換気を命じた。
数秒後、要塞内の巨大な送風機が唸りを上げ、真空宇宙の絶対零度にさらされた冷却パイプが、接続され壁や床に霜が降り始めた。
「野郎共、弾込めろ」
「「「OG」」」
クラッシュタイタン四型の巨大ジェネレーターから生み出された膨大なエネルギーが極太の供給バイパス内を荒れ狂い、発射機構内を圧する。
そして質量弾丸に膨大なエネルギーが注入圧縮され、凝固され、凶悪な弾丸を凶悪なエネルギー被膜が覆い、発射命令を待つだけとなった。
「最終砲身固定照準」
「「「OG」」」
四機のクラッシュタイタン四型の砲身が空間固定された。
それらが狙うのは一点のみ。
ビッグメンター要塞内に突如現れた無人戦闘機の残骸で構築された謎の構造体、ネクロマンサー神殿だ。
それはソフィアが無人戦闘機の瓦礫を操り臨時に作り上げた禍々しい外観の城だ。
ネクロマンサーは壊れたものなら、死体以外でも操れるのだ。
「全弾ぶちこめええ」
「「「OG」」」
「させぬ」
凶悪な巨砲が炸裂しようとしたその瞬間、そこに白い影が舞い降りた。
それはネクロマンサー神殿を守るようにその射線上に立ち塞がった。
その姿はただ、ただ息を飲むほどに美しかった。
スラリとした長身を覆う白銀の鎧は太古の高貴な騎士団のようであり、その剣は霜を纏い空気中の塵と対消滅しフェアリーダストを撒き散らしていた。
「何だと?」
「死ぬ気か?」
あれはシルフアルケミー対人兵装。
そうワルキュリアエッダ隊隊長のエストスだった。
戦闘機の対人兵装は空中地雷でも、大砲でもニードルでもない人型をしていた。
鎧であった。
しかもその鎧はただの鎧ではない。
不思議なことにその鎧には継ぎ目が見当たらない。
要塞内の発光する壁や天井を妖しく反射する滑らかな形状。
そう、それは流体フルイド装甲だ。
古代戦闘機シルフアルケミーの外装と同様の素材。
複合金属よりも強固で薄く、液体のように移動する失われたロストテクノロジー素材であった。
「あいつ死ぬ気か」
「退くのである」
「構わねえ死にたい奴は前に出ろだ」
「ワルキュリアエッダ隊を殺したら王国中の妄信ナードから恨まれるぞ」
「副官、どうするのであるか?」
「撃て」
ダッグ副官の怒号を砲撃音が打ち消した。
何万発ものエネルギー砲弾が亜光速で放たれた。
轟音が、衝撃波が、空気を切り裂く弾丸が、要塞内の空気を圧縮し、プラズマが後追いし、要塞を震撼させた。
クラッシュタイタンのジェネーターが唸りを上げ、関節に仕組まれた反重力装置が反発し、発射のノックバックを相殺し、衝撃を吸収する。
床と融合した踵のアイゼンが割れ、新たなアイゼンを床に打ち付ける。
砲身冷却ジェルが一瞬で気化し、白煙が巻き上がる。
ダッグ副官の思考に従い複数の砲門から放たれた驚異の砲弾がエストスを蹂躙する。
防弾の雨霰、いや砲弾の集団が集まった巨獣。
そう簡単に回避できるものではない。
更にアクティブリンクされた砲撃は互いに絶対に衝突しない時差砲撃である。
標的に効率的に着弾するように発射のタイミングが微妙にずらされている。
それでも砲弾同士で激突、跳弾し、標的から外れる。
だが別の砲弾が砲弾に激突して元の射線に押し戻す。
それが何千回も繰り返され、標的を蹂躙。
それはエネルギー砲弾の嵐。
毎秒何発とか? 破壊エネルギー総量の計測は無意味だ。
ただ、圧巻――その一言に尽きる。
クラッシュタイタンは魔族の巨人と戦う為に開発されたものだ。
決して人間同士の争いに使用していいものではない。
しかも屋内で使用していいものではない。
この事実を銀河人権委員会がこれを知ったら卒倒するだろう。
爆音の花が、銃弾の雨が、プラズマ放電が、エストスを蹂躙する。
鳴り止まない。終わらない何万発ものエネルギー砲弾が一点に集約し、跳弾日補正から漏れた砲弾が周囲の壁や天井に無数の穴を穿つ。
エネルギー砲弾に薬莢は存在しない。
その代わりに発射機構内の複合金属の内壁を削った残骸がフェアリーダストのように舞い上がった。
爆球が迸り、衝撃波の花が開く。空気が震え、対流し竜巻が巻き起こる。
余剰プラズマがのたうち回り、床や天井に焦げ跡を作る。
「質量弾丸終わり、続いて発射シーケンス第二段階、マイクロミサイル掃射」
そしてこれで終わりでなかった。
クラッシュタイタン四型の分厚い装甲が開いた。
その中から魚の卵のようにびっしり詰まった流線型のミサイルが噴煙の軌跡を残しながら飛び出した。
マイクロミサイルは互いの軌道を避けて魚群のように突き進む。
爆炎を突っ切り、その空中を泳ぎ、爆炎の、爆球の中心に向かって突っ込んだ。
爆球に燃料を注入するように爆破反応に加担する。
破壊の境界面が膨れ上がる。
衝撃波がガスと噴煙を吹き飛ばす。
塵が燃え上がり、要塞内の壁を真っ赤に加熱させる。
「マイクロミサイル終わり、続いて発射シーケンス最終段階、空中魚雷発射」
そしてまだ終わらない。
クラッシュタイタン四型の大腿部から巨大な流線型の空中魚雷が反重力推進器を軋ませながら飛び立った。
漂ったガスに穴を開け、巻き込み、軌跡を作った。
空中魚雷、それは圧縮反応物質をたっぷりと詰め込んだ鈍重な兵器だ。
これまでの照射はこのためにあった。
あれ程までの圧倒的な怒濤の攻撃はただの露払いでしかなかった。
もはや暴君を止められる存在はいない。
八本の暴君、空中魚雷がエストスに命中した。
閃光が、続いて球形衝撃波が、続いて限定簡易防御スクリーンが覆い、爆風を外部に漏らさない。目標を押しつけるように爆縮する。
爆風は発生しない。暴君の破壊エネルギーは全て簡易防御スクリーンに阻まれ、行き場を失い、中心に落ち込んだ。
物質の限界を超えた圧縮により、閃光が球体に閉じ込められ、漆黒の球体を形成した。
疑似特異点。人工ブラックホールである。
だがブラックホールを形成するほどのエネルギーはない。
ほんの数マイクロ秒だけ維持された特異点が消えた。
そしてその周囲で爆発が巻き起こり、要塞を揺るがした。
「全シーケンス完了。全弾斉射済み」
ダッグ副官が叫んだ。
蜻蛉の中に佇む四機のクラッシュタイタン四型の砲身からは溶けた砲身が冷却ジェルに交じり、巨獣の涎のように滴り落ちる。
アイゼンロックが解除され、要塞の床と一体化していたクラッシュタイタンが拘束を解かれたように一歩、二歩下がる。
ここが演算要塞ビッグメンターでなければ爆炎と有毒ガスとプラズマにより柱は溶け、天井は崩落していただろう。
ビッグメンター要塞は演算装置を冷却する為、絶対零度の真空宇宙から強制冷却する構造になっていた。
それでも冷却が間に合わないのか巨大な換気装置が唸りを上げ汚染された空気を宇宙に放出した。
放電と排煙により灰色に霞んでいた要塞内が透明度を取り戻し始めた。
「さすがにこれはヤバくねえっスか?」
「影も形もなく消し飛んだか?」
「待つのである」
「おいおい、あれはなんだ?」
「なんだと?」
揺らぐ爆炎の中心にそれはいた。
太古の騎士団のような古めかしいフルプレートの白銀の鎧。
その表面は個体であって液体。
シルフアルケミーの装甲と同様の流体フルイド装甲。
その美しい姿はまさにワルキュリア。まさにバルキリー。
それはワルキュリアエッダ隊、隊長エストス・ラーンその人であった。
「目標健在である」
「んな馬鹿な」
「おいおいおい」
「無傷だと?」
その白き鎧はこの世の終わりのような異常な攻撃を耐えたのかまるで無傷。
だがしかしどう考えても、クラッシュタイタン四型の連続無制限射撃に生身の人間が耐えられるはずはない。
人工ブラックホールにさらされたのに無傷。
それはあり得ないを通り越して喜劇であった。
「あれはまさか?」
「防御スクリーン?」
そうエストスの周囲には虹色に輝く光の幕があった。
それはまるで天使長の後光のように、不浄な輩を断罪するような神聖な光であった。
「あれは間違いなく防御スクリーンであるな?」
「そんなバカな」
「防御スクリーンで耐えたのか?」
「信じられねえ、俺達の全力掃射に耐えうる防御スクリーンは戦艦級だけだぞ」
「それよりなんでただの人間が防御スクリーンなんて張ってるんだよ」
そう、それは異常な光景であった。
チューンされたクラッシュタイタン四型の全力掃射に耐えたのだ。
それは四機のクラッシュタイタン四型の総ジェネーター出力を上回るということだ。
そのジェネーターはどこにある?
どこにもない。
あるのはエストスのスタイルの良い鎧姿だけだ。
「隊長無事?」
「隊長、御無事ですか?」
「ああ、防御スクリーンのおかげでなんとかな。だが肝を冷やしたぞ、この対人兵装は驚くべき性能だ。さすが艦長が用意したものだけはある」
エストスが自らの手を見ながら、体をひねり、足を見ながらそう呟いた。
「あいつら生意気に全力掃射してきたな」
レガードが口を尖らせた。
「うん。殺しにきたね。ブラックホール爆弾使ったよ」
ウナが首を傾げた。
「それより二人の容態はどうだ?」
「ソフィアは重症、ヘーネスは軽症」
二人はオアシスバルーン内にて再生中であった。
オアシスバルーン。それは負傷兵を自己再生する自動医療装置だ。
宇宙に放り出された兵士を探し出し、収納しその命を繋ぐ。
「そうか。それで大魔王様は?」
「大魔王様は眠ってるよ」
「は?」
ウナの言葉に冷静沈着のエストスが声を上げた。
「こんな状況下なのに棺桶の中から鼾が聞こえる」
レガードが呆れたようにそう続けた。
「そ、そうか。とにかく後衛は任せたぞ。艦長からここを死守するように命じられているのだ。何人たりとも通さない」
「「お、OB」」
エストスが改めて敵に向き直る。
「対人兵装の防御スクリーンはクラッシュタイタン四型の攻撃には耐えうるか、さて攻撃はどうかな?」
エストスが防御スクリーンを解くとエネルギーの迸りが飛び散った。
そして長い腕を優雅に伸ばし、剣を振り下ろしたと同時に世界が爆発した。
「え?」
「は?」
「あんだと?」
要塞内が白色化した。
クラッシュタイタン四型の防御スクリーンが激しく抵抗する。
「なんだ?」
「攻撃ビームであるな」
「んなことは分かってんだよ。どっから撃ったんだ?」
「このままでは突破されるぞ?」
「てめえら防御スクリーンを重複しろおおおお」
エストスの剣先から迸った攻撃ビームがクラッシュタイタン四型を薙ぎ払う。
剣は斬るものだ。
決して攻撃ビームを放つものではない。
決して薙ぎ払うものではない。
「耐えろおおお」
「おおお」
「出力を上げろ、エンジンが焼き切れても構わねえ」
「ぬおおお」
クラッシュタイタン四型のジェネレーターが悲鳴を上げ、防御スクリーンが激しく抵抗し消滅する寸前、攻撃ビームの本流が止まった。
クラッシュタイタン四型を中心に放射状に分かれた攻撃ビームが要塞内を切り裂いた。
壁を貫き、床を、天井を切り裂き、背後の演算装置を何百と消滅させる。
そして溶かし、消し去り破壊の融解後を残しながら宇宙空間に消え去った。
そして周辺に待機していた反乱軍の戦艦の防御スクリーンに命中し、消えた。
この攻撃で主星域の演算制空権の演算バッファが数パーセント失われ、直ちに別の演算器が肩代わりして事無きを得た。
謎の攻撃にアシッドアーマー隊は耐えた。なんとか耐えたのだ。
だがクラッシュタイタンの堅固な装甲は焼け落ち、関節ごと融解していた。
「なんだよ、あれは?」
「主砲のようであるな?」
百戦錬磨のアシッドアーマー隊員が驚愕していた。
ありとあらゆる兵装に精通する彼らが驚いたのだ。
即ち、それは彼らでも知らない兵装ということだ。
シルフアルケニー対人兵装はこの数百年存在していなかったのだ。
彼ら知らなくても無理もない。
「どこの世界に攻撃ビームを出せる人間がいるんだよ」
「お前は出せないのか?」
「出せるかよ。俺を何だと思ってんだ?」
そう。人が攻撃ビームを放ったのだ。
しかもその威力はクラッシュタイタン四型の防御スクリーンを凌駕していた。
攻撃ビームを防ぐにはそれと同等のエネルギー出力を要する。
驚かないほうがおかしい。
一体エストスのどこに防御スクリーンや攻撃ビームを担保するジェネレーターがあるというのだろうか?
「どこかに小型艦でも隠れているのか?」
「いや、次元ステルス状態の艦影なし」
「じゃあ、剣から放ったのかよ」
「あれ、欲しいな。お前の頭をぶん殴ってみてえ」
「それはこっちのセリフだ」
「とにかく九死に一生であったのである」
「ああ、もう数秒掃射が続いていたら消し飛んでたぞ」
「意図的に止めたのである」
「あんだと? 寸止めしやがったか」
「ありゃあ、俺達で試験運用しているぞ」
「はあ?」
「良い度胸してんじゃねーかよ?」
「全機抜刀許可」
「OG」
クラッシュタイタン四型が立ち上がり、溶けかかった装甲をパージした。
そして巨大な反物質ソードを抜いた。
その剣は白い靄を纏っていた。
空気中の塵や粉塵が対消滅の光をまき散らす。
「斬り捨てろ」
「「「OG」」」
お読みいただきありがとうございました。




