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46 王国四天将

 灰色の空の下。どこまでも続く褐色の大地で数十万の軍勢が睨み合っていた。


 一方は角や牙の生えた奇怪な魔物の大軍。

 もう一方は白銀の鎧を身に着けた光り輝く王国軍。

 その両軍を分かつように七色に煌めく絶対防壁があった。

 魔王軍数万の術者によって展開された複合魔法障壁だ。

 ここは魔王軍の要塞の一つだ。

 この要塞が存在する限り人類に安息の日は訪れない。


「首尾は?」


 ペガサスに騎乗した小柄な女性の大きな目にその七色の煌めきが揺らいだ。


「はっ。対抗大規模対抗術式の復旧が完了いたしました」


 大柄な騎士の一人がペガサスの横で傅き報告する。


「ふむ、間におうたか」


 小柄の女性が大柄な騎士を見向きもせずそう言った。


「はっ。再編成した即興術式ですので威力は当初の七割程ですが」

「ふむ、まさかこちらの後方術者との連絡を絶つために世界断絶魔法を使用するとは魔王軍も相当焦っているようだな」


 小柄の女性の目を閉じた。


「我らに恐れをなしたということでしょう。我が重騎兵騎士団……三万、既に突撃準備完了しております」


 巨大な戦斧を掲げた老齢の戦士……マボスが前に出た。

 重騎兵騎士団――それは王国最強の騎士達だけのエリート部隊。

 重甲冑を纏った重騎兵騎士達が剣を鳴らす。

 彼らの勇気と士気で台地が揺れた。


「我ら聖導飛行遊撃隊……三万。いつでも飛べますわ。さあ天罰の時です」


 続いて天使の羽を生やした美しい女性――アルテミスドが口元をぬぐった。

 聖道飛行遊撃隊――それは天界から派遣された天使達。

 光り輝く白い羽を羽ばたかせると、周囲が祝福の光に包まれた。

 神は人類に与している確たる証明であった。


「我ら魔法堕天軍……三万。攻撃詠唱準備はできておる。早く暴れたいのじゃ」


 悪魔のような角を生やした女性――ニアディが杖を構えた。

 魔法堕天軍――それは天界から疑似追放された天使達の精鋭達だ。

 地獄から参戦している凶悪部隊。驚くべきことに地獄さえ人類に力を貸しているのだ。

 バトルローブを身にまとった魔道士達が杖を掲げると、悪意に満ちた膨大な魔力が渦巻き空間が歪んだ。


「防御は任せろ。我ら地下重装歩兵団……三万。一歩も引かぬ」


 最後にトライデントを構えた巨漢の騎士――デイダルが腕を回した。

 地下重装歩兵団――それはエンシェントドワーフのみで構成された物理最強の精鋭達。

 純血種ドワーフの戦士達が戦斧を構えた。獰猛な風圧が大気を揺らした。


「「「「我ら四天将軍。ここにあり」」」


 彼らこそが王国四天将。

 彼らが率いるその軍勢は恐れ知らずの十二万。


「「「「おおおおおお」」」」


 歓声が、雄叫びが怒号となって大地を、空気を、兵士達の心を震わせる。


「我、王国最高司令官であるサラ・ラングリヤの名において宣言する……要塞への攻撃を開始せよ」


 サラが全軍に攻撃開始を命じた。


「破邪呪文開放。魔法障壁を破壊せよ」


 副司令官の号令と同時に背後から、眩い光が魔方陣を構築し、魔王軍の魔法障壁に命中し、中和し、ガラスの破片のように粉砕した。


「第一弾成功、続いて身体強化魔法詠唱開始」

「防御付与魔法詠唱開始」

「攻撃付与魔法詠唱開始」

「加速付与魔法詠唱開始」

「知覚上昇魔法詠唱開始」


 王国軍の兵士達が眩い光に包まれた。

 支援魔法に強化され、人の能力を凌駕した彼らはまさに一騎当千。


「重騎兵騎士団。進軍せよ」


 マボスが号令と供に我先と走り出した。


「「「「うおおおおおお」」」」


 追従する怒号で台地が揺れる。


「天罰の時間よ」


 アルテミスドが歌う。

 天使軍が羽ばたき、空を純白に染め上げる。


「童も負けてられぬぞ。地獄の業火で焼き尽くせ」


 ニアディが悪魔の杖を振った。

 堕天使軍の黒い翼が空を漆黒に染まる。


「敵の突撃に備えよ」


 地下重装歩兵団長デイダルが叫んだ。

 巨大な戦斧が地面にクロス状に交差され、強固な防御陣となる。


「敵魔王軍、進撃開始」

「ひるむな、突撃」

「「「うおおおおお」」」


 遂に数十万の大軍同士が激突した。

 剣が、斧が、槍が、弓矢が怒号と悲鳴に交じり飛び交う。

 王国軍の剣が魔王軍の兵士を切り倒す、その向こうから魔王軍の兵士が槍を突き出し王国軍の兵士を串刺しにすると、怒りの咆哮を上げた王国軍の戦士が魔法軍の兵士を斧で分断した。

 その王国軍の兵士の目に矢が刺さり倒れると、その屍を乗り越え、背後の王国軍の兵士が魔王軍に向かってなだれ込んで行く。

 だが魔王軍がそれを挟み込む。

 その魔王軍を王国軍が挟み込む。

 前線は完全に混乱し、混沌し、阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り替わる。

 その最初の会合で数千の兵士が死んだ。

 だが損害は微々たるものだ。


「ひるむな。行け行け行け」


 重騎兵騎士団長のマボスが叫んだ。

 魔王軍を薙ぎ払い突撃するその姿はまさに王国最強。


「おおおおお」


 一糸乱れぬ重騎兵隊の進軍により魔王軍の陣形に穴が開いた。

 そこへ魔王軍の援軍、漆黒の竜騎士部隊が飛来する。

 空から急降下する竜騎兵の登場によって重騎兵隊の進軍が止まる。

 だが飛行できる兵士は王国軍にも存在する。

 天使達の部隊――聖道飛行遊撃隊だ。


「天の思し召しです」


 聖導飛行遊撃隊長のアルテミスドが静かにそう命じた。

 聖道飛行遊撃隊から光の矢――天使魔法メキドストライクが放たれた。

 空を我が物顔で飛んでいた竜騎兵が閃光に包まれ次々と落下していく。

 そこへ重騎兵隊が追い打ちをかける。

 飛べない竜騎兵は格好の的だった。

 だが魔王軍はそんなことでは怯まない。揺るがない。

 魔王軍の新たな援軍、悪魔の羽を持ったガーゴイル部隊が現れた。


「撃て撃て撃て」


 王国軍の矢が空に放たれる。

 しかし石像から生まれたガーゴイルの肌は固い。王国軍の攻撃は跳ね返されるだけだ。

 ガーゴイル軍はお返しとばかりに空から王国軍に向けて矢を放った。


「我らの背後に下がれ」


 地下重装歩兵団長デイダルが叫んだ。

 地下重装歩兵団の盾が雨霰のようなガーゴイルの矢を弾いた。


「地獄の讃美歌第三十八章。血の池地獄のセレナーデ」


 魔法堕天軍長ニアディが不敵に笑うと大地が割れ深紅の液体が噴出する。

 血だ。大量の血が噴出し、大地に真っ黒の池を作る。

 そしてその中から巨大な地獄の亡者の手が無数に出現した。

 亡者の手は亡者の手を掴み、空に向かって伸びていく。

 そして遂に宙を飛ぶガーゴイルの足を掴むと、一気に引き寄せる。

 バランスを崩したガーゴイルが地面に落下する。

 しかし元石像のガーゴイルに落下のダメージはない。

 亡者の手は止まらない。そのまま血の池に引きずり込む。

 そう、元石像のガーゴイルは重いのだ。

 血の池に引きずられたガーゴイル軍は二度と這い上がることはなかった。

 地上にいるその他の魔王軍の兵士達もその余波からは逃れられない。

 子供のように泣き叫び血の中で溺れ死んだ。


「突き進め」


 地下重装歩兵団が防御陣形を解くと、王国軍が進軍を開始した。


「流石は四天将だ」

「凄いぞ」

「いけえええ」


 王国軍の士気が跳ね上がる。

 だがしかし――。


「うわあああ」


 王国軍の進軍が止まった。


「何事か?」


 将校の一人が怒声を上げた。


「指令。巨大魔物の召喚です。しかも三体同時に」

「なんだと? まさか血の召喚? 死者の魂を捧げたのか?」


 王国軍に動揺が走る。

 血の召喚。まさにその名のごとく、死者の魂と引き換えに魔界の魔物を召喚する禁断魔法だ。

 魔王軍の中に巨大なシルエットが浮かび上がる。

 召喚魔方陣から現れたのは巨大な魔物――スキュラクラーケンだった。

 スキュラクラーケンは魔界深部に生息する巨大魔物。こんなところに存在していい存在ではない。


「スキュラクラーケンだと?」

「うっわわああああ」

「無理だ」

「逃げろ」

「持ち場を離れるな」

「退却退却」


「ええい、スキュラクラーケンじゃと?」


 重騎兵騎士団長マボスが苦虫を噛み潰したような顔をした。

 スキュラクラーケンの巨大な触手が大地を撫でた。

 重騎兵騎士団長マボスはそのまま肉片となって台地に消えた。

 何度も何度も触手が大地を撫でる。

 それだけで重騎士団が壊滅した。

 なんと王国最強の部隊は一瞬で壊滅した。

 栄光の王国騎士団が剣を振るうことも槍を突き刺すこともできずに死んだ。


「重騎兵騎士団長マボス様が。退避せよ。毒ガスを浴びるな」


 聖導飛行遊撃隊のアルテミスドの忠告むなしく、スキュラクラーケンの毒ガスによって天使兵達が落ちていく。

 そこへ無数の触手が襲い掛かり、天使兵達が、聖導飛行遊撃隊アルテミスドが天に召された。

 一瞬で王国四天将の半分が死んだ。


「魔界の魔物に地獄の力は効かぬ。引け引けええ」


 魔法堕天軍団長のニアディが叫ぶ。

 地獄の亡者達はスキュラクラーケンに怯え地獄へ帰還してしまった。

 茫然とする魔法堕天使軍に触手が襲い掛かる。

 魔法堕天軍団長のニアディは叩き潰され地獄へ強制帰還させられた。


「これ以上通すな」


 四天将最後の一人、地下重装歩兵団長デイダルが叫ぶ。

 だがしかしスキュラクラーケンの巨体にあっさり踏みつぶされ、蹂躙された。

 スキュラクラーケンの出現で戦況が一変した。

 四天将が死んだのだ。

 王国兵の士気も同時に死んだ。


「司令。このままでは……」

「退却は許されない」


 最高司令官サラ・ラングリヤが冷酷に言い放つ。


「しかし、司令、敵はスキュラクラーケンですよ。四天将はもう……」

「我々に退却という選択はないのだ。ゴレームを出せ」

「え? ここで?」

「いつ使うのだ? このままでは前線が崩れるぞ」

「はっ。全ゴレームを呼べ」

「はっ」

「ゴレーム一番から三番機まで召喚します」


 王国軍の中に巨大な魔方陣が出現した。

 その光り輝く文様の中から巨大な人型の鎧が現れた。


「あれはゴレーム」

「おおお、ここで投入だと?」

「早過ぎないか?」

「だがスキュラクラーケンに対抗できるのはゴレームだけだ」


 王国軍に期待と不安の声が上がる。

 それをよそにゴレームは大地にその巨大な足を踏み込ませた。

 ゴレーム。それは巨大な斧を持ち鉄の鎧で身を包んだ動く石像だ。


「ゴレームいけええ」

「逃げろ。踏みつぶされるぞ」

「進路を開けろ」


 ゴレームが走り出す。台地が揺れ王国軍兵士が割れた。

 その間を鉄の巨人が走り抜ける。

 台地が抉られ、谷が現れ、山が現れた。

 運の悪い王国軍の兵士はその土砂に巻き込まれ絶命した。


「グオオオオオオ」


 スキュラクラーケンがその巨大な触手を振り上げ、迫りくる鉄の巨人に向けた。

 鉄の巨人はスキュラクラーケンの触手を回避する。

 そしてその巨大な斧で両断。

 分断されたスキュラクラーケンの巨大な触手が大地を抉り、転がった。

 魔王軍の兵士達が無残にも圧死した。


「いけるぞ」

「いけえええ」

「おおおお」


 王国軍の士気が一気に上昇する。

 だがしかし、スキュラクラーケンの触手は無数にあった。

 その巨体を支えるのは巨大な数十本の触手だ。

 それが大気を裂き、鉄の巨人に突き刺さる。

 一瞬だった。

 一瞬で鉄の巨人ゴレームは内部の魔方陣を崩され動きが止まった。

 スキュラクラーケンの触手が水平に薙ぎ払われ、鉄の巨人を上半身と下半身に両断した。


「なんだと?」

「ゴレームが」

「そんな馬鹿な」


 王国軍の兵士が固唾を飲んで見守る中、三体の鉄の巨人が倒れた。

 ただの石となり、ただの鉄の鎧となって台地を転がり、死の旋律を奏でた。


「指令。退却を進言します」

「ならぬ」


 サラ・ラングリヤは叫ぶ。


「ここで死ねと?」

「そうだ。あの要塞を落とさなければ我々に未来はない」

「魔王軍の要塞からさらに増援。重歩兵約数万」

「司令」

「くっ。ここまでか」


 サラ・ラングリヤの目には死んでいく王国軍の兵士達が写っていた。

 涙で揺れた兵士達が――。

 絶望が戦場を支配する。

 絶叫が戦場を覆う。

 阿鼻叫喚が、血が、肉片が宙を舞う。

 信じられないことに人類最強の軍勢が散っていく

 あがらえない。魔王軍はそれほど強力で情け容赦なく、圧倒的強者だった。


 人類が挑める相手ではない。

 サラ・ラングリヤは成すすべもなく、ただ見届けることしかできなかった。

 死んでいく同胞達を見つめることしかできなかった。


「手伝おうか? サララ?」

お読みいただきありがとうございました。

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