45 ネクロマンサー神殿の攻防
――ビッグメンター要塞内ネクロマンサー神殿。
突如、神殿の壁を構成する無人戦闘機が吹き飛んだ。
そしてその隙間から屈強な男達が乱入してきた。
王国最強格闘部隊アシッドアーマー隊のタフガイ達だ。
「突撃、行け行け行けゴーゴーゴー」
ダッグ副官の野太い声がネクロマンサー要塞内に響き渡る。
「あれ?」
「静かであるな?」
「おい、ボスはどこだ?」
「誰もいねえぞ?」
「まさかボスが一人でやっちまったか?」
「それは大いにあり得るのであるな」
「俺らの分まで残しておいてくださいよおお」
「むむ、あれは?」
ダッグ副官の太い指の先にはクラッシュタイタンが倒れ、そこから抜け出して力尽きたハードアーマーがあった。
「まさか? あのハードアーマーは?」
ダッグ副官が声を上げた。
「ボスのように見えるが見間違いか?」
「その頭に一発ぶち込んでやろうか?」
「冗談じゃねえぞ。おい、嘘だろ」
「敵味方識別信号確認。なんてこった。ありゃあ。隊長です」
「ハハハ、嘘だろ? ボスがやられるなんて」
「ハートビートなし。死亡確認」
「今行くのである」
「「「ボス」」」
アシッドアーマー隊員達が背中のロケットを咆哮させ、横たわるハードアーマーの元に駆け寄る。
「あれ?」
「ん? これは空のハードアーマー?」
「ボスはどこに?」
「脱皮したのか?」
「これは?」
小さな破片がグリム上等兵の目の前に落下した。
「ぬぬ、罠である」
ゲロンド伍長が天井を見上げたと同時に巨大な無人戦闘機の残骸が落下してきた。
ネクロマンサー神殿を構成していた無人戦闘機がある一点に目掛けて崩れ落ちた。
そこはアシッドアーマー隊達の居る場所。
まるで意思を持ったかのような不自然な人工的な崩れ方だった。
「崩れるぞ」
「ぎゃああああ」
「くっそ。罠か?」
「お前のせいだぞ」
「お前だろ」
無人戦闘機の膨大な残骸の崩落が止み、タフガイ達の声も消えた。
それを遠くから見つめる二つの影があった。
「あらら狙い通りであっけないわねえ」
「でも防御拠点を一つ無駄にしたわ」
炎の巫女ヘーネスと瓦礫の女王ソフィアが崩壊したネクロマンサー神殿の上で浮かんでいた。
「まだあるからいいでしょ」
ヘーネスが振り返った先にはもう一つネクロマンサー神殿があった。
ドッキー艦長が置いていった無人戦闘機の瓦礫は神殿が二つ出来るほど潤沢にあったのだ。
ドッキー艦長が開けた穴と、大魔王プリラベルが避難しているのは奥の神殿だ。
「こいつらには勿体ない高価な墓ね」
そしてもう一つの神殿はアシッドアーマー隊の墓標となった。
「ソフィア、戦闘準備」
ヘーネスが美しい眉をしかめた。
「え?」
その時、崩壊した神殿が揺れた。
「まさか?」
ソフィアの声と同時に崩壊した瓦礫が爆発した。
即座にゾンビ化した無人戦闘機が二人の前に降り立ち、その破片の雨を防ぐ。
飛び散ったのは瓦礫だけではない。
巨大なフルプレートに身を包んだ屈強の男達。
推進器が床を焼き、空気を焼き、漂う無人戦闘機の残骸を殴りつける。
「同じ手をそう何度もくうかよ」
そう屈強なタフガイの中のタフガイ、ガガーランド隊長が現れた。
「もう少しで潰れるところだったぜ」
グリム上等兵が瓦礫を振り払い現れた。
「実際潰れてただろ」
サダマ上等兵がその横に立つ。
「今日は瓦礫の下敷きになるのが多いのであるな」
ゲロンド伍長が笑った。
「点呼!」
ダッグ副官が大声を上げた。
「全員無事であります」
「あれ? ボスじゃね?」
「ボス、死んだんじゃ?」
「そんな簡単に死ぬか。おめえらを待ってただけだ。おせーぞ」
「「「すんません」」」
「クラッシュタイタンはどうした?」
「外に置いてきやしたって、あれここ外じゃん」
サダマ上等兵が崩壊したネクロマンサー神殿の横に鎮座するクラッシュタイタンを見ながら口笛を吹いた。
「そこにありますが?」
「まあいい。ゼンガ。俺のクラッシュタイタンをよこせ」
ガガーランド隊長が強襲揚陸艦ジンジャーボックスにいるゼンガに命じた。
「隊長ご無事で。予備機を射出します。暫しお待ちを」
ゼンガ中尉の明るい声が響いた。
「ボス、あれが瓦礫の女王ですか?」
「ああ」
「思ったより美人で殺しがいがありますね」
「その隣は……まさか炎の巫女?」
「ああ」
ガガーランド隊長が苦虫を噛み潰したような表情で睨んだ。
「ゼンガあれは本物か?」
「遺伝子カメラの映像から瓦礫の女王と炎の巫女本人と確認しましたよ」
「生身で現れるとは油断したのか? 空間投射コアの在庫切れか? いずれにせよやることは一つだ」
ガガーランド隊長が笑った。
「ボス。炎の巫女と瓦礫の女王はS級スキルホルダーですよ。絶対に殺さないようにしてくださいよ。あれでも人類の至宝なんですから」
ゼンガ中尉がガガーランド隊長に釘をさす。
「そんなことより、あんたら瓦礫の上で粋がっているけど、その瓦礫全部、無人戦闘機なのよ。分かってる? つまりあんたらは私の配下の上に立っているってことよ。絶体絶命の大ピンチってことを忘れてないかしら? いくら無敵の格闘部隊っていっても、これ全部相手にできるつもりかしらねえ? それとも人類の至宝である美しい私達を手に掛けるつもりかしら? 腹立つからもう一度聞くけど、なんで瓦礫の下敷きになったのに無傷なのよ。神殿一つ無駄にしたじゃないの。あんたら本当に人間? おかしいでしょ。まったく瓦礫の下で大人しくしていればいいものを」
ソフィアが眉を顰め、細い腕を組んでタフガイ達を睨みつけた。
同時に瓦礫が浮かび上がり、壊れた砲身を彼らに向ける。
壊れた無人戦闘機の金属アームがタフガイ達を笑う。
「またゾンビ機か。もう食い飽きた頃合いだぜ。ゼンガ主砲発射」
ガガーランド隊長がゼンガ中尉に命じた瞬間。
閃光が迸り、純粋破壊エネルギーがビッグメンター要塞内を直進し、あらゆる障害物を飲み込み、荒れ狂い、ソフィアとヘーネスの頭上を通り過ぎ、ゾンビ化した無人戦闘機が一瞬で蒸発した。
「ソフィア。敵艦の攻撃ビームよ」
「そうみたいね。要塞内で攻撃ビームってバカなの?」
「要塞内で主砲を撃つなんて、うちの艦長だけだと思ってたんだけど」
ヘーネスが肩をすくめた。
「ヘーネス。今、うちの艦長って言った? 認めたの?」
ソフィアがヘーネスの腰を突っついた。
「認めてませんあんな不審者」
ヘーネスが頬を膨らませてそっぽを向いた。
「そういうことにしておくわ」
ソフィアは嬉しそうに頷く。
「第二射がくるわ」
ヘーネスが警告した途端、ゾンビ化した無人戦闘機の防御スクリーンを激しく発光し、二人をそのエネルギー攻撃から守った。
だがしかし強襲揚陸艦ジンジャーボックスの主砲は柔じゃない。
無人戦闘機達の防御スクリーンは激しく点滅し、徐々に薄くなる。
強襲揚陸艦ジンジャーボックスの強力な主砲に耐えられるような無人戦闘機はここにはない。
ここは狭い要塞内だ。
この中で運用できるのはサイズの小さな小型無人戦闘機に限られる。
その小型無人戦闘機に主砲を止める防御スクリーンはない。
即ち、彼女達の命は風前の灯だった。
「ソフィア。間もなく防御スクリーン消失するわ」
「艦長がもっと強い無人戦闘機の瓦礫を置いていかなかったのが悪いのよ」
だが二人に悲壮感はない。
ヘーネスの言葉通り、無人戦闘機群の防御スクリーンが消失した。
同時に無人戦闘機の瓦礫が、空気が一瞬で消失し、余剰エネルギーが乱放電し、稲妻となって至る所に手を伸ばす。
瓦礫が舞い。塵が、プラズマが、嵐を呼んだ。
その嵐に紛れて二人は飛んだ。
瓦礫の隙間を、プラズマの奔流の隙間を縫って紙一重で飛び抜ける。
ヘーネスが、この空間を鑑定し、逃走ルートを見極めているのだ。
「上手く逃げたようだが逃がさないんだな」
だがソフィアとヘーネスの回避先にはタフガイ達が待ち構えていた。
タフガイ達も一流なのだ。彼らから逃げ果せた者はいない。
「降参しろ」
「へっへっへ」
「ボスも意地が悪いですよ」
「手間かけさせやがって、大人しく捕まれ」
「よくもまあ俺達をコケにしてくれたなあ?」
「腕の一本二本ぐらい、ぶったぎっても再生できるだろう」
「泣いて詫びな」
タフガイ達が笑った。
「ソフィア。時間を稼ぐ。少しだけ待ってて」
ヘーネスが杖を握りしめる。
眩しい魔原子崩壊のプラズマが迸る。
「なんじゃそりゃ?」
驚くガガーランド隊長の目の前で炎が炸裂した。
「ギャアア」
超高温プラズマがアシッドアーマー隊のタフガイ達を飲み込んだ。
爆球が迸り、狭い要塞内に小さな恒星が瞬いた。
強襲揚陸艦ジンジャーボックスの主砲に匹敵するエネルギーが吹き荒れ、あらゆる物を一瞬で蒸発させ、膨張した空気が嵐を呼んだ。
「あちちち」
「なんだ今のは?」
「魔法攻撃のようであるな」
「点呼」
「全員無事っす」
魔原子の純粋破壊エネルギーを背にタフガイ達が浮かび上がる。
なんと無傷。堅賢者の炎の杖の魔原子攻撃を受けても無傷。
タフガイという言葉は彼らの為にあるようなものだ。
「な? 効いていない? ……あれは対魔法コーティング?」
ヘーネスが視認鑑定した。
「さすがは炎の巫女。ご名答」
対魔法コーティング――それは魔力を持たない人類が魔族の魔法に対抗するために生み出したカウンター技術。
魔力阻害防御機構。
だがそれは希少金属を大量に要するため、王立宇宙軍の全員に配備されているわけではない。
だがアシッドアーマー隊には配備されていた。
彼らは泣く子も黙る、魔族も恐れ戦く王国最強の男達なのだ。
最強の彼らが魔法コーティング装備を持っていてもおかしくはない。
いや、むしろ持っていないとおかしい。彼らの敵は恐ろしい魔族なのだ。
「さて次はこっちの番だ」
ガガーランド隊長が消えた。
「え?」
「速すぎて鑑定では見えないか?」
ヘーネスの肩にガガーランドのナイフが突き刺さっていた。
「いっ」
ヘーネスが美しい顔を苦痛に歪める。
「降伏しろ。炎の巫女を殺すわけにはいかない」
ガガーランド隊長が無慈悲に、無表情でヘーネスにナイフを押し込む。
細いヘーネスの肩から真っ赤な血が噴き出した。
「くっ、降参も降伏もしない」
ヘーネスは細い手でガガーランドのナイフを振り払う。
ヘーネスの指が切れ、血の跡を残しながら体内反重力器官で飛び、距離を取る。
「降伏しろ」
ガガーランド隊長は同じセリフを吐いた。
「乙女を刺しておいて降参しろと? お断りします」
ヘーネスが体内反重力器官で傷を圧迫し、止血する。
「ほほう。覚悟だけはあるようだ。ではグリム、代わりに瓦礫の女王を撃て」
「え?」
「OG」
「え? なんで私? はっ? ちょっと待って」
ソフィアが慌てて、無人戦闘機の瓦礫を纏うと同時にグリム上等兵の携帯式重アサルト機銃バランガが火を噴いた。
無人戦闘機が弾け飛ぶ、防御スクリーンが点滅する。
バランガの攻撃が止んだ後に残ったのは破壊されても立ち上がる無人戦闘機。
「ちっ。ゾンビ化された無人戦闘機かよ」
「そうよ。私はネクロマンサーだからね」
遠く離れた場所で無人戦闘機をドレスのように纏ったソフィアが笑った。
同時にゾンビ化されたクラッシュタイタンが古の近衛兵のように盾を構え、反物質ソードを突き出した。
「ソフィア、ダメ逃げて」
ヘーネスが叫んだ。
「ふん、こんな奴らには負けないわ。安心して」
「ダメ、ゾンビ用EMPよ」
ヘーネスが小さな声で叫んだ。
「え?」
驚くソフィアの眼前でゾンビ化していたクラッシュタイタンが浄化の光に包まれた。
ゾンビ化が解除され、ただの壊れた無人戦闘機に戻る。
ソフィアを覆っていたバトルドレスがボロボロと落下し、ソフィアの白い肌が要塞の赤い警告灯に照らされた。
「遊びは終わりだネクロマンサー」
サダマ上等兵が笑いながらトリガーを引いた。
半携帯式バランガの銃弾はソフィアの体内重力器官で防げるものではない。
銃弾とソフィアの間に別の無人戦闘機が割り込むが、全てを防ぎきれるわけではない。
ソフィアは銃弾を浴び、吹き飛んだ。
「がああ」
「よくもおおおおおおお」
ヘーネスが激高し堅賢者の杖を再び振るう。
噴出した膨大な魔原子がプラズマを呼び、周囲を灼熱地獄に塗り替える。
高温が要塞内を包み、無人戦闘機の瓦礫が塵となる。
だがその中からタフガイ達が飛び出した。
「貴様と俺達では修羅場と戦闘経験値が違い過ぎる。遊びはここまでだ」
ガガーランド隊長は王国最強の格闘部隊の隊長だ。
動きが、練度が、技が、殺した数が違う。
その体内重力器官の出力が違う。
しかもタフガイ達には背中に背負った古式ロケットエンジンがあった。
体内重力器官の速度とは一線を画す圧倒的な加速力。
ヘーネスは炎の巫女――近接格闘部隊員ではない。
「そうね」
だがヘーネスはアシッドアーマー隊の銃弾を回避した。
ヘーネスは何だ? ただの鑑定能力者だ。
鑑定能力者に鑑定能力者の戦いがある。
彼女は拳や銃で戦うのではない。
その生まれ持ったスキルで戦うのだ。
アシッドアーマー隊の放った重爆雷の閃光がヘーネスの美しい横顔に影を落とした。
「くっそ。避けるとは卑怯だぞ」
サダマ上等兵が舌打ちする。
ヘーネスは周囲を鑑定し、回避ルートを鑑定する。
それは長年の戦闘経験に担保された勘を凌駕する。
アシッドアーマー隊の格闘戦闘スキルに匹敵する。
「我らのアクティブリンク攻撃を回避するのであるか?」
ゲロンド伍長が笑った。
「鑑定鑑定鑑定」
ヘーネスは鑑定を駆使し、その激しい攻撃を何度も何回も回避する。
だがそれはギリギリだった。
アシッドアーマー隊のアクティブリンク攻撃は隙がない。
この銃弾の中を、エネルギービームの中を掻い潜るヘーネスはよくやっていた。
「ここまで避けるとは」
「だがこれ以上反抗すると瓦礫の女王を撃つぞ」
ガガーランド隊長の銃口が倒れたままの血まみれのソフィアを狙う。
「なんて卑怯な」
ヘーネスが倒れたソフィアを見て叫んだ。
「それが戦闘だ」
ガガーランド隊長が無情に笑った。
「そう。それが戦闘ね」
ヘーネスの顔には笑みがあった。
「なんだと? いいのか? 瓦礫の女王を本当に殺すぞ?」
ガガーランド隊長は眉を顰めた。
「まあいい、死ね」
「隊長待ってください。ゼンガがなんか言ってますぜ」
「なんだ?」
「隊長。退艦命令とはどういうことですか?」
ゼンガ中尉の叫び声が響いた。
ガガーランド隊長の銃口が下がる。
「退艦命令? なんのことだ?」
「え? 隊長が命じたのではないのですか? レッドベヘマスから退艦命令が出て、我々は今、全員脱出している最中ですよ?」
「何を言っている? 俺はそんな命令出していないぞ」
「え?」
「じゃあ誰が?」
「まさかああああああ?」
ガガーランド隊長に初めて焦りの表情が浮かんだ。
格闘戦艦レッドベヘマス。
「退艦せよ。退艦命令だ」
「なんで退艦だっぺか? 作戦行動中だっぺよ?」
「さあ、艦長の考えることは分からんがや」
「まさか艦長達がピンチとか?」
「そん時はオイらで助けに行くズラ。ゼンガめ、一人で抜け駆けしやがってぺよ」
「とにかく退艦したあとの命令は出ていない、急いで艦長のもとに行くぞ」
「武器は全部持って行け、プリズンロッカーに放り込め」
「クラッシュタイタンも予備機もパーツも全部下ろせ」
「「「「おおおおお」」」」
けたたましいサイレンとレッドアラートの中、野太い声がこだまする。
「行け行け行け」
「ちんたら歩くな。走れ、飛べ」
「艦長達が手こずるってどんな相手だろうな?」
「もしかして噂の魔王だっぺよ?」
「そりゃあいい」
対巨人用搭乗型人型決戦兵器クラッシュタイタン四型を格納したコンテナが、補給コンテナが、弾薬が、小型無人戦闘機、あらゆる物資が雨霰のように降り注ぐ。
「よし、物資投下完了」
「よし、進軍開始だ」
「「「OG」」」
王国最強のアシッドアーマー隊全隊員がガガーランド隊長の元へ進軍を開始した。
ネクロマンサー要塞。
「まさか、俺を鑑定して艦長コードを盗んで退艦命令を発したのか?」
ガガーランド隊長がヘーネスを睨んだ。
「それだけは言えない」
ヘーネスは無表情でそう言った。
「お前は何をしたのか理解していないようだな?」
「そうかしら?」
「援軍を呼んだようなものだぞ?」
「そうかしら?」
その瞬間、要塞全体が揺れた。
「な?」
「艦長。なんで俺を撃つんですか?」
格闘戦艦レッドベヘマスのノーズにある突撃砲が火を噴いたのだ。
それはビッグメンター要塞内を溶かし、破壊しながら、強襲揚陸艦ジンジャーボックスに命中した。
「ちょっとぉ、賭けで負けたことをまだ根に持ってるんですか?」
ゼンガの悲痛な叫びが響いた。
「俺じゃねえぞ。貴様かぁ炎の巫女おおおおおお!」
ガガーランド隊長に刺されたとき、ヘーネスは例の腕輪をしていなかった。
ヘーネスの秘匿された能力は何だ?
それは触れた人の心を鑑定できる能力だ。
ヘーネスは刺された時に、ガガーランド隊長に触れた。
その時、ガガーランド隊長の心を鑑定したのだ。
そして格闘戦艦レッドベヘマスの艦長権限アクセスコードを入手した。
「だとしたら?」
ヘーネスは青い顔でそう言った。
「もう遠慮はしねえ。生かしておくとは危険だ。てめえはここで死ね」
ヘーネスは鑑定能力で回避する。
だが間に合わない。
ガガーランド隊長の速度は鑑定結果を超える。
「くっ」
「しね」
ガガーランド隊長の剣がヘーネスの首に迫るその時――。
「!」
白き影が踊り出る。
銀色の閃光が漆黒の神殿内に煌めいた。
白き風がガガーランド隊長の剣を弾いた。
光り輝く白き存在がヘーネスを抱きかかえ、飛んだ。
負傷し動かないソフィアをもう一つの白い影が拾う。
白い暴風がアシッドアーマー隊達の剣を、宇宙斧を、槍を弾き飛ばす。
「え?」
「なんであるか?」
「おいおい」
「ボサっとしてんじゃねえ」
「なんだあれは?」
それは白き風、白き影。
そして美しい白銀の剣を構えていた。
アシッドアーマー隊の持つ重く、太く固い武器を、細い華奢な剣が飛ばしたのだ。
「くっ」
ガガーランド隊長がナイフを構え直し突進する。
だが白い影はガガーランド隊長のナイフを押し返した。
タフガイの中のタフガイ、アシッドアーマー隊の隊長ガガーランドが力負けしたのだ。
「誰だ? テメー」
ガガーランド隊長が大声を上げた。
「ワルキュリアエッダ隊隊長エストス・ラーン」
その白い影から美しい声が響いた。
その声は銀河中を虜にしてやまない美しき声。
凛とし力強く美しい声。
そうその声はワルキュリアエッダ隊の隊長エストス・ラーンだった。
「ワルキュリアエッダ隊だと?」
「そんな馬鹿な」
「ただの戦闘機乗りが俺の攻撃を防いだだと?」
「なんだその鎧は? お前らの鎧はあの古臭い鎧じゃないのか?」
ワルキュリアエッダ隊の戦闘服は古代の甲冑のようだったはずだ。
それがどうだ? 彼女が纏っているのは何だ?
それは甲冑であって甲冑ではない。
継ぎ目のない白銀の滑らかな装甲。
その表面に光り輝くその色は防御スクリーンの色。
美しい。ただただ、吐息が漏れる程美しい姿だった。
その姿は白き鎧を纏った戦いの女神ワルキューレそのものであった。
「エストス隊長?」
ヘーネスはその姿を見て一瞬だけ驚き、一瞬で理解した。
その姿は見慣れないものだったが知っている姿だった。
彼女自身がエストスにその使用方法を伝えたことを思い出した。
「炎の巫女様、遅くなってすまない。レガード、炎の巫女様の治療を。ウナはソフィアを治療しろ」
「「「OB」」
ウナとレガードと呼ばれた白き騎士がヘーネスとソフィアを小型オアシスバルーンで包み、簡易治療を開始した。
「ワルキュリアエッダだと? 戦闘機乗りが、何の真似だ? なんだその鎧は?」
ガガーランド隊長が眉をひそめた。
そうワルキュリアエッダ隊は戦闘機乗りなのだ。
華奢な身体で近接戦闘など出来るはずがないのだ。
ガガーランド隊長の攻撃を防ぐことなど出来るはずがないのだ。
王国最強の男の剣を受けることなど出来るはずがないのだ。
これは異常であった。あり得ない現象であった。
「ボス、下がってください」
起き上がったダッグ副官達が携帯式重アサルト機銃バランガでエストスに向けて一斉掃射する。
だがそのエネルギー砲弾は白き装甲に全て弾かれた。
「な?」
「ばかな」
「ぎゃあ」
それどころか、エストスの一閃で吹っ飛ぶアシッドアーマー隊のタフガイ達。
一振りだった。
王国最強の格闘部隊アシッドアーマー隊がたったの一振りで吹っ飛んだのだ。
「な? なんだそれは」
ガガーランド隊長に初めて焦りの表情が浮かぶ。
彼は王国宇宙軍の全ての兵装を熟知している。
その中にはこんな艶やかで美しい装備はなかった。
「なんだ、その鎧は? なんだ、その剣は? なんだ、そのパワーは?」
「それだけは言えぬな」
エストスが剣を構えた。
「アイドル風情がああ」
「なんだありゃあ?」
「さあ?」
「なんであるか?」
タフガイ達が茫然と眺める。
「……対人兵装」
+
ヘーネスが小さな声でそう言った。
「シルフアルケミー対人兵装……エレメンタルアーマチュアモード、試験運用中でな、試し斬りさせてもらおう」
流体金属に覆われたその白銀の鎧はシルフアルケニー対人兵装。
白き閃光が宙を舞った。
「全員騎乗」
ダッグ副官が叫んだ。
待機していたクラッシュタイタン四型が現れ、タフガイ達を無造作に掴むと巨体の胸に放り込んだ。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正しました。




