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44 中央演算室の攻防

 時は少しだけ遡る。


「サララ君。これは一体どういうことだい?」


 ドッキー艦長が溶けた床の上に腕を組んだ。

 高熱と高圧と衝撃で溶け落ちた、固まったビッグメンター要塞のフラクタル構造体だ


「てへっ。間違えちゃったですのよ。中央演算室のコアスペース前まで穴が開く予定だったのですのよ……ですのよ? おかしいのですのよ? 主砲の威力が弱かったのか?」


 サララが不思議そうな顔で首を傾げた。


「ああ、サララの演算が間違ってたんじゃないと思うよ」


 ドッキー艦長は上から降ってくる古いコインや宝石を見上げながらそう言った。


「これは? 古代王朝時代の聖導金貨? なんでそんな貴重な遺品がここにあるのですのよ? ここは演算器しかないビッグメンター要塞ですのよ。回収、回収するのですのよ」


 古代王国時代マニアのサララのテンションが一気に上がる。

 ドッキー艦長は降り注ぐ古代の遺物をアイテムボックスに収納しながらこう言った。


「どうやら貴族がこのビッグメンター要塞内に秘密の宝物殿を作ったんだろうね。設計データにない宝物殿が主砲の威力を弱めたのだろう。サララの演算は間違っていなかってことだね」


 ドッキー艦長が一枚の聖導金貨を指で弾いた。


「……ということは回収してない宝物殿の中身は?」

「……主砲の攻撃で溶けちゃったかな? でも残っている物は回収したよ」

「……ああ、なんてこと。人類の遺産。勇者様の忘れ形見の古代王国時代の遺産を破壊するなど言語道断。現在の非力な人類は滅びても構いませんが、英雄の時代の歴史的貴重な遺物は残さなければなりませんですのよ、それを自らの手で殺めるとは古代マニア失格ですのよ」


 サララがドッキー艦長の胸を何度も叩いた。


「そんなこと言われてもねえ」

「人類という存在はどこまでも愚劣で利己的で愚かな生物なんでしょうか……」

「回収した古代王朝の遺産はサララにあげるから今は進もう」


 ドッキー艦長がサララに笑いかけた。


「約束ですのよ」

「ああ、約束だ」

「では艦長、さっさと床に穴開けるのですのよ」


 サララが機嫌を直しドッキー艦長に向き直った。


「まかせて」


 ドッキー艦長がアイテムボックスからサンマルキャノンを取り出した。

 直角に立ったその砲口は既に床に向けられている。

 この時代の主砲は浮遊砲台だ。固定具もアンカーも必要ない。

 砲台自身に発射に関する全ての機能を備えているからだ。

 従って主砲の発射に必要なのは発射命令だけだった。


「サララ、演算」

「ちょっと待つのですのよ。サンマルキャノンの出力演算しますのよ……はい。出力調整。予想ではコアスペースの端に出るのですのよ」


 サララが慌てて演算する。


「では発射」


 サンマルキャノンが火を噴いた。

 膨大なエネルギービームが演算要塞内の溶けた回廊の中で放たれ、溶けた床に巨大な穴を開け、その余波が余剰エネルギーの奔流が回廊内には満たされ――ない。

 バックファイヤーから衝撃波やら、プラズマやら熱や塵は全てドッキー艦長のアイテムボックスに収納されたからだ。


 そこに残ったのは巨大な穴だけだった。


「艦長は艦長にしておくのは惜しい逸材ですのよ。いっそのこと突撃部隊に転職されてはいかがですのよ?」


 サララが床の大穴を見てそうつぶやいた。


「それは遠慮しておくよ。僕は身体を動かして働くのが一番嫌いだからね」

「二番目に嫌いなのはなんですのよ?」

「労働だね」

「三番目は?」

「勤労だね」

「……四番目は聞かないのですのよ」

「そう? 就労だね」


 ドッキー艦長がそう言いながら穴に飛び込んだ。


「あ、ちょっと待つのですのよ。まだ観測システムもろもろを妨害してないのですのよ。見つかっちゃいますのよ」


 サララも慌てて飛び込む。

 忘れてならないことだがドッキー艦長とサララは侵入者なのだ。

 ここは反乱軍の支配するビッグメンター要塞最深部。


「ここまできたらもうコソコソしても意味がないよ」


 ドッキー艦長は体内重力発生器で下降しながらそう言った。


「ですが、そのままの姿で見つかったら、これまでの変装が無駄になりますのよ」


 サララのその言葉にドッキー艦長が眉を上げた。


「そうだった。僕はしがない非力なボトムオーガだったんだ」


 ドッキー艦長はボトムオーガに変装し反乱軍の艦隊の中を単独で潜入したのだ。

 そこでワルキュリアエッダ隊と戦い、炎の巫女と戦い、瓦礫の女王と戦い、仲間としたのだ。

 たった一人で潜入したドッキー艦長はもはや一人ではない。

 仲間がいた。どんな手段で仲間にしたにしろ、ドッキー艦長の戦力は大幅に増強されていた。

 それがドッキー艦長の魅力なのか? アイテムボックスの魅力なのかは分からない。


「ええ、でもボトムオーガは光速で飛びませんし、防御スクリーンを展開しませんが?」


 サララの指摘するように下級魔族のボトムオーガは光速で飛べないし、防御スクリーンも備えていない。

 そんなものを備えているのはオーバーロードか魔王だけだろう。


「そうだっけ?」


 すっとぼけるドッキー艦長の身体に演算キューブが覆う。

 そして演算キューブが消えるとその中からボトムオーガが現れた。

 反乱軍の艦隊の中を光速で駆け抜けたあのボトムオーガだ。

 ワルキュリアエッダ隊の古代戦闘機シルフアルケミーを翻弄したあのボトムオーガだ。


「ずっとその姿でいたらいかがですのよ。私の空間演算体は遺伝カメラも誤魔化せますから」

「そうだね考えておくよ。では準備はいいかい?」

「オンビット」


 下降するドッキー艦長とその肩に乗るサララは光が溢れる巨大な空間に出た。


 中央演算室コアスペース――そこは巨大な空間だった。

 演算要塞ビッグメンター要塞の最下層に存在する大広間。

 分厚い複合金属で覆われた侵入不可能な巨大空間。

 その内壁は無数のサークル模様に覆われていた。

 これは断絶された有線ケーブルの断面だ。

 瞬間通信があるこの時代にも有線ケーブルは存在した。

 だがそれは断絶され、断面だけが露呈していた。

 そう、ここはビッグメンター要塞最深部。最重要施設。

 たった一つの入り口は厳重に警護され、誰一人として塵一つ、AI一つとして通り抜けられはしない。


 だがらこそドッキー艦長はビッグメンター要塞を貫くように主砲を放ったのだ。

 要塞内を貫通させ新たな道を作ったのだ。


「あれが中央演算室ですのよ」


 サララが見上げた空間には巨大な球体が浮いていた。

 巨大な球体、中央演算室はこのビッグメンター演算要塞の最重要施設。

 いや主星域の最重要施設。主星域の演算制空権は全てこの中央演算室が担っていたのだ。

 そしてこの中央演算室はあらゆる事態に対処するために、安全に安全を重ねたセキュリティの権化。

 そしてそれ自体が独立したエコシステムを形成する一隻の船だった。

 エネルギーキューブこそ必要だが、ジェネレーターや空調、推進器を兼ね備えた演算船であった。

 ビッグメンター要塞内でも宙に浮いた中央演算室。

 有線ケーブルが断絶され、外部からアクセスすることは不可能だった。


 だからこそドッキー艦長はここまでやってきたのだ。

 中央演算室に直接接触するために。


「反乱軍も入り口以外からの侵入は想定外のはずですのよ」


 だがその言葉に反応するようにコアスペースの壁が六角形状に剥離し始めた。


「だからといって防御システムが存在しない訳もないか」


 剥離した六角形の物体から手足のような機構が現れた。

 無人戦闘機だ。

 それらは次々と壁から剥離し、ドッキー艦長扮するボトムオーガ向かってその刃を向けた。


「ええ、最終防御システムですのよ。この古臭いセキュリティーシステム。嫌いではないのですのよ」


 その無人戦闘機達が持つのは銃ではない。

 なんと剣だ。斧だ。盾だ。

 中央演算室空があるこのコアスペースは火気厳禁、電磁波厳禁なのだ。

 それゆれ、無人戦闘機の攻撃手段は前時代的な剣と盾に限定されていた。

 攻撃ビームと防御スクリーン全盛のこの時代。剣と盾でどう戦うのか?

 一万年前からのセオリー、物量だ。圧倒的な物量で侵入者を殲滅するだけだ。

 だが侵入してきた者は誰だ?

 そうアイテムボックスを持つドッキー艦長だ。

 魔王を完膚なきまでに叩き潰したあのドッキー艦長だ。


「さあ艦長、お仕事ですのよ。やっておしまいなさいですのよ」


 サララが無人戦闘機警護隊に指を向けた。


「あれって無人戦闘機だよね?」

「ええ、もちろん無人戦闘機ですが? はっ? まさか?」

「何度も言うけど僕は肉体労働って嫌いなんだよね」


 突然、無人戦闘機が消失した。

 コアスペースに蜂のように編隊飛行していた無人戦闘機が消失した。

 霧のように発生した無数の最終防衛機構である無人戦闘機群が消失した。


「あちゃーですのよ」


 言わずもがな、無人戦闘機はドッキー艦長のアイテムボックスに収納されたのだ。

 ドッキー艦長のアイテムボックスには魂を持ち、生きているものは収納できない。

 だが無人戦闘機はその限りではない。無人戦闘機には魂がないのだ。

 今回ばかりは相手が悪かった。

 侵入者には常識が通用しないのだ。

 一瞬で静寂に包まれたコアスペース、


「血沸き肉躍るバトルシーンを一瞬で終わらせるなんてなんて人なんですか?」


 サララの声が響いた。


「今は相手をしている時間がない。さあ今度はサララの出番だよ」


 ドッキー艦長がアイテムボックスから立方体状の演算器を取り出した。

 それも一つ二つの騒ぎではない。大量の演算器だ。

 続いて大量のジェネレーターが出現した。

 コアスペースの端に巨大な演算とジェネレーターの山が出現した。

 それは十、百の単位ではない。

 数千、数万もの演算器の山だった。


「何度見ても艦長のアイテムボックスは非現実過ぎて現実感がないのですのよ」


 サララはドッキー艦長の非常識に慣れているはずだ。

 だが慣れていても驚かざるを得ない。

 演算器は高価で、個人が持てるような代物ではないのだ。

 軍が、国が、大企業しか持てない天文学的数字の金額を要する。

 それをドッキー艦長は、いとも簡単に取り出したのだ。


「そうかい? いい加減慣れてくれよ」


 演算器の塊であるビッグメンター要塞内で新たに演算器を取り出す行為は一見、無駄なように見えるがそうではない。

 演算器で構築された巨大なビッグメンター要塞内にサララの使用できる演算器は皆無。

 ここは反乱軍の要塞内なのだ。

 勿論、ビッグメンター要塞内の演算器をハッキングして制御することは可能だ。

 だがそれには膨大な時間が必要とする。

 だったら最初から新品の演算器を使用したほうが手っ取り早い。

 ドッキー艦長のアイテムボックスの前では通常の手段やセオリーは必要としない。

 イレギュラー、非常識の権化なのだ。


「これくらいでいいかな?」

「はあ。でもこの演算器ちゃんと使えるんですか?」


 サララが疑惑の目を演算器の山に向けた。


「え? 疑っているのかい?」

「ええ。だって艦長のアイテムボックスに長く入っていたんですのよ?」

「……そうだね」

「艦長のサボり癖が移ってしまっているかもしれませんですのよ?」


 サララが肩をすくめた。


「…………そうだね」


 ドッキー艦長も肩をすくめた。

 ドッキー艦長はいつも働くのが嫌いと連呼している。

 それなのに率先して前線にいるという事実は彼の思想とはかけ離れている。


「……あら、演算器のハートビートを確認。これ使えそうですのよ」

「使えなのは取り出さないよ……ということでサララ、後は頼んだよ、少し寝る」

「オンビット。でもお休みの前にあれらを取り除いてください」


 このコアスペースに通じるたった一つの通路が開いた。

 そこから無人戦闘機がわらわらと現れた。

 黒い霧のような無人戦闘機の群れだ。


「オンビット。さっさと済ませて主星域の演算制空権を取り戻そう」


 その瞬間、霧が消えた。

 無人戦闘機の群れが消失した。


「お、オンビット……ですのよ」


 次々とアイテムボックスに収納されていく無人戦闘機を見たサララが小さな声で答えた。

 AIであるサララは論理の塊だ。

 ドッキー艦長の非現実な、実証不可能なアイテムボックスを見て、よくサララの精神は瓦解しないものだ。

 それはサララが古代エレメンタルAIだからだ。

 これが通常のAIであったら自我崩壊を起こしているだろう。

 言動からは理解し辛いが、サララもまた優れて逸材だったのだ。


「演算器起動するよ」


 ドッキー艦長のその言葉を合図にジェネレーターが唸りを上げ、演算器にエネルギーを供給し始めた。


「各種起動チェック省略。各演算器の空間演算素子確認、全ハートビート確認済み。演算予備動作確認。ピーク性能確認。空間演算器形成開始」


 空間演算器が、疑似演算回路を内部形成し、瞬間通信で結ばれる。


「演算器の連結を確認。演算戦用演算展開領域確保」


 一つ一つの演算器の演算能力は知れている。

 だがその全てが連結され一つなったらどうなるか?

 コアスペースの端に山積みされた演算器が一つの演算器となったらどうなるか?

 ビッグメンター要塞に侵入できる演算備蓄を手に入れることとなるのだ。

 一体誰が想定できよう、アイテムボックス経由で演算器を持ち込む存在を。


「相変わらず艦長の取り出す演算器って信じられないくらいの高性能ですのよ。一体どこから手に入れたのやらですのよ?」


 サララが目を細めた。ドッキー艦長の取り出した演算器は普通ではなかった。

 既存の演算器よりも高速だった。性能が段違いだった。


「……」


 ドッキー艦長はそれだけは言えないとは言わずに無言で肩をすくめた。


「まあいいですのよ。全演算器、空間瞬間波、同期完了」


 別のサララが真面目な顔でそう言った。


「侵入基幹プログラム流入開始。続いてサンダーゲートの本体とのアクティブリンク」

「サンダーゲートとの瞬間通信確立。差分データ同期。分身体による並列思考誤差修正」

「暗号通信妨害なし。空間波用アクティブノイズワームホール形成」

「重複ネットワークによる一次元回廊接点開始」

「オンビット。データ回廊樹立。瞬間通信成功」


 さらに別のサララがそう言い、別のサララがチェックする。

 演算器の増加と共にサララの分身体を演算する余力が出来たのだ。


「では頼んだよサララ。少し休みたい」


 ドッキー艦長が演算器の一つに寄り掛かった。


「任せてくださいですのよ。艦長の加齢臭漂う耳元で耐え忍んだかいがありました」

「加齢臭が出るような年じゃないけど?」

「続いて艦長がばら撒いた小型演算機との同調開始ですのよ」


 ドッキー艦長の反論を黙殺するサララ。


「広範囲ネットワークによる位置座標偽装開始」

「オンビット。小型演算機からの予行練習発信成功」

「大規模架空演算界形成。侵入経路の完全ランダム化により、予想不可能となります」

「全侵攻準備完了」

「それにしても大量にばら撒いたのですのよ」

「できるだけ沢山ばら撒けって言ったの誰だっけ??」

「そりゃあ、突入地点は多いに越したことはありませんからね」


 そうドッキー艦長が反乱軍の中をボトムオーガとなって光速で単独飛行していた理由――それは宙域中に小型演算器をばら撒くためだった。

 その小型演算器、一つ一つがビッグメンター要塞への侵入地点となるのだ。


「汎用ダンデス防衛網突破。固有グリア連結解凍」

「貴族暗号コードによりバロンバックドアショートカット迂回完了」

「妨害演算確認。敵の演算防御隊を確認」

「アクティブノイズワームホール形成維持。通信良好」

「電子演算用未来演算開始」

「複数の私によるネットワーク波状攻撃を見るのですのよ」

「では行ってくるのですのよ」

「行ってくるのですのよ」

「行ってきますですのよ」


 複数のサララが同時に宇宙に散らばった小型演算器を経由して、ビッグメンター要塞、中央演算室に向かって侵入を開始した。

 しかもその中継は完全に量子ランダムだ。

 例え侵入地点を敵に捕捉されても宇宙空間にある小さな小型演算器を追跡することは不可能に近い。

 また侵入拠点の小型機が発見され破壊されても問題ない。

 代わりの侵入経路は無数にあるのだ。

 ドッキー艦長がばら撒いた小型演算器の数は膨大だ。

 それらを全て破壊される前に中央演算室の制圧は完了しているだろう。

 しかもサララは一体だけではない。

 無数のサララが同時に中央演算室に侵入を開始した。

 そう、ドッキー艦長達は馬鹿ではない。反乱軍の王立宇宙軍の戦力をシステムを知り尽くしているからこその今作戦。

 その成功率は極めて高い。




「ふう、これで少しは休めるなかな」


 ドッキー艦長は演算器の一つに寄り掛かり、ゆっくりと目を閉じた。

 激戦に次ぐ激戦。

 単独で反乱軍の艦隊に潜入したドッキー艦長は疲労困憊状態だった。

 だがそれをおくびにも出さないドッキー艦長はタフだった。

 一体どれ程の物をアイテムボックスから取り出したのだろう。

 どれ程の物をアイテムボックスに収納したのだろうか?

 泣き言を言いながらもドッキー艦長は前に進むのだ。

 働きたくない者が単身、敵の中枢に乗り込むだろうか?

 ドッキー艦長にも休息が必要であった。

 今がその絶好のチャンス。


 だがしかし労働の神は休むことを許さない。


「艦長は何故、幼女の死体を持ち歩いてるのですか?」


 休息しようとしていたドッキー艦長の耳元にリーマイ副官の冷酷な声が届いた。


「それだけは言えない」


 ドッキー艦長がしどろもどろに答えた。


「……な、ぜ、と聞いていますが?」


 リーマイ副官の冷酷な声でドッキー艦長の眠気や疲労は次元の彼方に吹き飛んだ。


「……これ、ダーレンゲートで拾ったやつだよ」

「そうだと思いました。ダーレンゲートの宝物殿で見つけた物ですよね?」


 リーマイ副官の言う通り、その棺はダーレンゲートの宝物殿の中にあった物の一つだ。

 ドッキー艦長は宝物殿の全てをアイテムボックスに収納していたのだ。

 エリート魔族を必要としていたネクロマンサーであるソフィアに渡したのだ。

 まさか大魔王を名乗る幼女が眠っていたとはドッキー艦長ですら予想だにしなかった。


「ああ、多分、サララが大はしゃぎしていたものだ」


 サララは古代王朝マニアなのだ。


「私の鑑定では一万年前でしたが、ヘーネスの鑑定ですと、そこからさらに五千年古いみたいですが?」

「棺は補強されていたから。どちらも正しいのかもしれないね」

「まあ。ダーレンゲートで盗んだとは言えませんものね。皆には内緒にしておいてあげましょう」


 リーマイ副官が大きなため息をついた。


「いやいや盗んだって人聞き悪いよね? 要塞の崩壊から救ったんだぞ、まあいいや、通信切るよ」


 ドッキー艦長は一方的に通信を打ち切ると、演算器にもたれ掛かるように身を任せた。


「一万五千年前の棺から復活した大魔王プリラベル……魔王バッハベルトは何か知っているだろうか? 今度会った時に聞いてみよう。メイムの里帰りも兼ねて」


 ドッキー艦長は大きな欠伸をした。


「サララ。遺伝子カメラでこの子の身元を照合、魔族データベースとも照合しろ」


 レガードの声が瞬間共同通信から流れ、ドッキー艦長はゆっくり目を開いた。


「あれ? サララは?」

「そういえば、さっきからサララの声がしないが?」

「一万五千年前の棺から幼女が現れたのに無関心っておかしいわね。あれだけ古代王朝マニアのサララが静かなんて異常」


 ワルキュリアエッダ隊とソフィアの声が瞬間共同通信に流れる。


「サララは今、中央演算室への防壁の防壁に攻撃的ダイブ準備中だよ。苦戦しているのか分体を維持する余裕がないらしい」


 ドッキー艦長は皆の疑問に答えた。答えたら追及されることは分かっている。

 だがドッキー艦長は艦長なのだ。

 部下の声を無下にはできない。


「艦長。それよりこの子誰ですか?」


 古代戦闘機シルフアルケミーで宇宙空間を飛行中のイリアスの声だ。

 イリアスを筆頭にワルキュリアエッダ隊の残りは超弩級戦艦サンダーゲートに向かっている真っ最中だった。


「艦長は幼女が好みなんですか?」


 続いてエストスの小さな声だ。


「艦長、これは一体どういうことなのかしら? 誘拐?」

「艦長?」

「ボサボサ答えろ」

「どこからさらった?」

「酷い。最低」

「艦長の隠し子?」

「責任取りなさいよ」


 皆の追及の声がドッキー艦長の耳を叩く。


「そ、そんなこと知らない」


 ドッキー艦長が気まずそうに答えた。


「艦長! 大変ですのよ」


 突然サララの声が響いた。


「あ、サララからSOSだ。ちょっと助けに行ってくる。後は頼んだよ。あれ? 回線の調子が悪いなあ、ノイズが酷いなあ。あれ? 聞こえないなあ?」

「わざとらしい、暗号再生された瞬間通信にはノイズなんて入りませんよ」

「あれ? 切れるかも、あとはよろしく」


 ドッキー艦長が瞬間共同回線から、皆の追及から抜けた。


「どうしたんだい? 助かったよサララ」

「助かった? なんのことですのよ?」

「こっちの話だ」

「そんなことよりも理解しがたい現象に遭遇して、若干思考停止に陥ってしまったのですのよ」


 サララが首を傾げた。


「ど、どうしたんだい? 侵入は上手くいったのかい?」


 ドッキー艦長がサララを見る。


「それが侵入している最中に子機との瞬間通信が切れたのですのよ」

「え? 瞬間通信が切れた? そんな馬鹿な。ここは反乱軍の演算制空権内だよ?」

「テンポラリーアンビエントジャミングですのよ」


 サララが肩をすくめた。


「え? 一体誰がそんな馬鹿なことを?」

「さあ? 空間波用アクティブノイズワームホール消失ですのよ」

「サンダーゲートとも通信断絶。要塞表層の皆とも不通。瞬間共同通信が使用できませんですのよ」

「攻撃演算網完全消失ですのよ」


 複数のサララ達が頬を膨らませた。


「え?」


 ドッキー艦長が眉を上げた。


「つまり作戦失敗ですのよ」


 複数のサララが天を仰いだ。


「でもアンビエントジャミング下ということは反乱軍も瞬間通信が不能という訳だ。これはチャンスだよ。サララ」

「はあ? でも演算子機がなくては侵入経路に全演算力を消費され、壁を突破できませんですのよ? 演算器の数が違うのですのよ?」


 サララが演算器の山を見て肩をすくめた。


「だったら正面から堂々と侵入しよう。誰もそんな馬鹿なことをしてくるとは思うまい」

「え? その正面突破は誰がやるのですのよ?」

「電子戦ができるのはサララしかいないじゃないか?」

「え? 本気ですのよ」


 サララがドッキー艦長を睨んだ。


「本気ですのよ」


 ドッキー艦長がサララの口調を真似て笑顔で答えた。


「え? ここは演算特化要塞。これっぽっちの演算器では全く足らないのですのよ」


 演算器の山を見てそうぼやくサララ。


「え? もっと演算器があればいいんだよね?」

「え? そ、そうですのよ。せめて中央演算室と同レベルの演算能力があれば……」


 サララが中央演算室を指さした。


「そうかい? 確かこの辺にあったような……あったあった」


 不安げな表情を浮かべたサララの顔に巨大な影が落ちた。


「え? これはなんですのよ?」

「中央演算室だよ。こいつなら演算力は対等だろう」


 ドッキー艦長が取り出したのは宙に浮かぶ巨大な中央演算室と同じ形態、同じ規模の球体だった。

 そうドッキー艦長はなんと中央演算室をアイテムボックスから取り出したのだった。


「はい? なんで中央演算室がアイテムボックスに入ってるんですか?」


 サララが大きな口を開けたまま巨大な演算室を見上げた。


「えっと確か、海賊砦で奪ったものだっけか?」

「はあ? シルフアルケミーは辺境のジャンク屋って言ってましたのよ」

「ははは。そうだっけ?」

「少しは自重とか、遠慮してくださいですのよ」

「遠慮なんてしないよ。僕は全力で生きているんだからね」


 ドッキー艦長が自信満々に手を広げた。


「はあ。少しは周囲の迷惑も全力で考えて欲しいものですのよ」

「なんだか都合が良すぎて踊らされている自分がいるのですのよ」

「ここは私のハッキングの熱い戦いがあって、物語はヒートアップする見せ場ですのに」

「色々台無しですのよ」


 複数のサララ達が顔を見合わせて肩をすくめた。


「それで、ちょっと古いけど使える?」


 ドッキー艦長が不安そうな顔でサララにそう言った。


「古い? 全然使えますですのよ。しかもなんだか演算速度が速いような気がするのですが、気のせいでしょうか? あれ? 気のせいじゃない。なんなんですか? このデタラメな演算器は? 見た目は古いですが性能は最新演算器より上ですのよ?」


 複数のサララが大きな声でドッキー艦長に詰め寄った。


「さあ? 僕に聞かれても困る。持っていた海賊に聞いてくれよ」


 ドッキー艦長が一歩二歩下がりながらそう言った。


「あ、今度は架空の海賊を言い訳にするのですのよ?」


 サララ達が目を細めた。


「……とにかく使えそう……かな?」


 ドッキー艦長が宙に浮かぶ二つの中央演算室を見上げた。


「はあ。残念ながら正面突破の勝算がぐっと上昇しました」

「攻撃演算再構築開始」

「海賊から奪った中央演算室を制御下に置きました」


 そう言いながらサララはドッキー艦長が取り出した中央演算室を制御下に置いた。


「それは良かった。上の皆が心配だ。さっさと済ませよう」

「では行ってくるのですのよ」


 サララ達が小さな声でそう言い残し消えた。

 サララの支配するもう一つの中央演算室がビッグメンター要塞の中央演算室に物理的に接触し、有線ケーブルを触手のように発射し、中央演算室に再び侵入を開始した。


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