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41 タフガイ突入

 格闘戦艦レッドベヘマスは反乱軍戦艦の複数のトラクタービームによって行動不能に陥っていた。


「ボス、トラクタービームによる拘束でさあ」


 バーテンダーだった男――ゼンガ中尉が振り返った。


「はあ? んなもん切れ」


 格闘戦艦レッドベヘマスの艦長にしてアシッドアーマー隊の隊長である巨漢の大男、ガガーランドが面倒くさそうに太い腕を振った。


「OG」


 ゼンガ中尉が陽気にコンソール上のボタンを押した。

 次の瞬間、格闘戦艦レッドベヘマスを拘束していた反乱軍の無数のトラクタービームが切断され、拘束していた反乱軍の戦艦が反作用で逆ベクトルに吹っ飛び、包囲陣形が乱れた。


「トラクタービーム排除完了」


 ゼンガ中尉が白い歯を見せた。

 格闘戦艦レッドベヘマスはその名の通り格闘戦艦なのだ。

 このような近接戦はレッドベヘマスの最も得意とする戦いだった。


「エンジン全開。再突撃開始」


 ガガーランド隊長が大声で命じた。


「OG」


 格闘戦艦レッドベヘマスの巨大推進器が咆哮し、トラクタービームの残滓を吹き飛ばし、付近に漂っていた反乱軍の戦艦の防御スクリーンを真っ赤に熱した。

 格闘戦艦レッドベヘマスがゆっくりと進み始めた。

 その強固な外装に覆われた流線型のボディは太古の海洋生物、一角海竜に酷似していた。

 王者の風格で反乱軍の中を威風堂々と突き進む。


「止まれ、止まりなさい、進軍は許可されていない」


 反乱軍の意向を無視して単騎単独で突き進む。

 王者たる格闘戦艦レッドベヘマスは誰の指示にも従わない。

 誰にも媚びない、へつらわない。ただその己の独断と偏見で突き進むのみだ。


 そもそも格闘戦艦レッドベヘマスに乗り込んだ者達が軍規や命令に従うはずがない。

 彼らは荒くれ者、乱暴者、王国中からかき集められた墨付きの悪の最強のタフガイ達なのだ。

 その知名度はワルキュリアエッダ隊と同等か、それ以上。

 そんな有名人であり、英雄である彼らの進軍を止めることを出来る者などはいない。


 勇気ある反乱軍の複数の戦艦が陣形を維持しながら格闘戦艦レッドベヘマスの未来軌道に割り込んだ。

 それは数十秒後に交差する未来交差軌道。

 格闘戦艦レッドベヘマスがこのまま進めばトラクタービームによって拘束されるはずであった。


「ちっ。未来予測演算ですぜ。未来で包囲されましたやぜ」


 ゼンガ中尉が舌打ちする。


「黙っては行かせてくれないか? 仕方ねえ、攪乱させろ」


 ガガーランド隊長の楽しそうな声が艦橋に轟いた。


「OG。総員、空間波関連の機器の使用を禁ずる。繰り返す……」


 ゼンガ中尉が艦内放送で呼びかける。


「全通信機器切断済み」

「事前航路演算済み」

「大規模ネットワークから離脱完了。スタンドアローンモードへ移行。臨時複製完全手動モードマニューバOG」

「防御演算備蓄量充分」

「対アンビエントジャミングフィールド展開完了」

「疑似一から疑似三までのダミー航路設定。未来予測演算ジャマ―散布」


 他の熊のように大きなオペレーター達が狭いオペレーター席から状況報告する。


「おしやれ」

「司令部、こちら格闘戦艦レッドベヘマス。トラクタービームの拘束により通信機に異常が発生した模様。連携軌道に支障ありと判断。このままでは最悪、衝突の可能性もあり得ます。従って当艦はアクティブリンクオペレーションフィールドより離脱、繰り返すこちらは……」


 ゼンガ中尉が楽しそうに司令部に報告する。


「何をふざけたことを、空間波は正常だぞ、直ちに持ち場に戻れ、貴様らは包囲済みだ。たった一艦で何ができる? ここは軍隊だぞ。貴官らは艦隊の一員であるぞ」


 反乱軍の司令部が声を張り上げた。


「ああ、何言ってるか全然意味が分かりません。通信不能です。当艦はアクティブオペレーションフィールドより離脱開始。カウントダウン省略。オフライン。当艦に与えられた自由裁量によって作戦を単独で続行する」

「ふざけるな。単独行動は許されない。直ちに所定の艦隊座標に……」


 反乱軍の司令部が停止命令を繰り返す中――。


「ええいうるさい。切れ」


 ガガーランド隊長が悪い笑みを浮かべた。


「OG。テンポラリーアンビエントジャミングスタート」


 ゼンガ中尉も同様に悪い笑みを浮かべた。


 その瞬間、格闘戦艦レッドベヘマスの後方から何かが発せられた。

 それは見えない波。空間波だ。それが光速を超えゼロ距離秒で宙域を満たした。

 同時にレッドベヘマス艦橋の観測機器が消灯した。

 艦橋内が血のような非常照明の赤に切り替わり、タフガイ達の白い歯を怪しく染め上げた。


「自立航行、独立マイウェイモードで再起動完了。AI断絶。コントロールアイハブ。三重手動操作モードへ完全移行。艦内全チェックバック問題なし」

「テンポラリーアンビエントジャミング展開中。宙域のカオス状態化を確認、向こう一時間は通信不可能ですぜ」


 ゼンガ中尉が赤い歯を見せた。


 テンポラリーアンビエントジャミング――それは空間波を乱し瞬間通信を無効化する臨時攪乱兵器である。

 それは巨大で重く、エネルギー消費も激しい為、通常の戦艦には搭載されていない希少兵器だ。

 なぜ搭載されていないのか? それはデメリットが大きすぎるからだ。

 空間波が乱れれば、敵味方問わず、瞬間通信網が使用できなくなる諸刃の剣なのだ。

 反乱軍間の通信が断絶し、情報も指令も命令も文句も届かない。

 テンポラリーアンビエントジャミングによって反乱軍艦隊が大混乱に陥ったのは言うまでもない。

 こうなっては誰もレッドベヘマスを止められない。

 いやそれどころではなかった。艦隊運用に支障をきたし始めていた。

 テンポラリーと名がつくだけあってその効果は短い。

 通信不能の時間は、宙域の環境にもよるが約一時間。

 だが一時間もあればタフガイ達はジョッキを傾けているだろう。


「野郎共、突っ込むぞ」


 ガガーランド隊長が笑った。


「「「OG」」」

「目標座標はビッグメンター表層陥没区画」

「派手にやれ」

「OG」


 ビッグメンター要塞の一部が何層にもわたって陥没し、積層された装甲が岩のように断層を見せていた。

 ビッグメンター表層陥没区画。言わずもがなドッキー艦長とヘーネスの戦いの宴が行われた場所だ。

 格闘戦艦レッドベヘマスは減速距離を考慮せず、そこに向かって無謀な加速を開始した。


「ビッグメンター要塞からビーコンなし。ウェルカムメッセージなし。お出迎えなしでさ」

「歓迎なしとは寂しいねえ」


 ガガーランド隊長が口笛を鳴らした。


「敵の迎撃なし、未来航路上に障害物なし、敵対行動なし、ノーズアタック開始。間もなくインパクト」

「総員、衝撃に備え、所定の拘束具で身体を固定せよ」


 ゼンガ中尉の声と同時に赤い非常灯にオレンジ色の警告灯が並んだ。

 ノーズアタックの知らせだ。


「インパクト」


 巨体のオペレーターが緊張した声と同時に格闘戦艦レッドベヘマスの深紅の中和ノーズがビッグメンター要塞に激突した。

 破片が、衝撃波が、ガスが、リング状に幾重にも広がる。

 格闘戦艦レッドベヘマスは止まらない。

 要塞表層の強固なフラクタル構造物を押し潰しながら突き進む。

 格闘戦艦レッドベヘマスの先端が要塞に深く突き刺さった。


「ノーズアタック完了」


 これがこの艦の唯一の攻撃手段ノーズアタックだ。

 格闘戦艦レッドベヘマスの主兵装はこれだけだ。

 ノーズアタックで敵の防御スクリーンを突き破り、身を挺して突き進む近接兵器のみ。

 格闘戦艦レッドベヘマスの流線形のこの形状は、ノーズアタックで突撃する為のものだ。

 防御スクリーンがあろうがなかろうと格闘戦艦レッドベヘマスの進軍突撃を防ぐことはできない。


 誰もが自分の目を疑った。

 友軍が、友軍の要塞に堂々と突撃したのだ。

 これではどちらが敵なのか分からない。

 だがこれでいい。今は時間が惜しい。悠長にハンガーデッキに着陸している余裕はないのだ。

 それにテンポラリーアンビエントジャミング下のこの状況下では、事実が伝わるころには彼らは二敗目のジョッキを傾けているだろう。


「ノーズアタック成功。続いて船体固定シーケンス」


 ゼンガ中尉が淡々と状況を読み上げる。

 格闘戦艦レッドベヘマスの深紅のノーズから巨大な金属アームが現れ、要塞を掴んだ。

 同時に物理アンカーと牽引ビームが放たれ、格闘戦艦レッドベヘマスの船体をビッグメンター要塞に強制固定した。


「船体固定シーケンス完了。続いてブロッサムトゥース開花シーケンス」


 そして格闘戦艦レッドベヘマスのノーズが四方に別れ、花のように大きく開いた。

 要塞の構造物を踏み潰しながら、裂きながら、破壊しながら展開する。

 いや、それは花というよりは牙だ。逆向きに生え揃った巨大な毒牙がビッグメンター要塞内部に逆さ噛みつき、食らいついた。


「ブロッサムトゥース開花宣言。続いてコンポジットラブシーケンス開始」


 先端ノーズが白熱し数万度に達した先端ノーズがビッグメンター要塞の壁や柱を溶かし融合した。


「コンポジットラブシーケンス完了。着床完了。続いてフラワーパウダーシーケンス」


 鼻のように咲いた先端ノーズの中央から花粉のような粒子が放たれた。

 それは極小観測機だった。

 大量の極小観測機がビッグメンター要塞内に散らばり、その情報を格闘戦艦レッドベヘマスへ送信する。

 テンポラリーアンビエントジャミング下では空間波による瞬間通信は使用できない為、極小観測機から電波通信によって発信されていた。

 光の速度以下に制限される電波通信の情報量は瞬間空間波に比べると圧倒的に少ない。

 だがそれでも要塞内の惨劇を伝えるには充分であった。


「なんだぁ。ここってビッグメンター要塞だろ? 滅茶苦茶じゃないか?」


 グリム上等兵がモニターに釘付けとなる。


「バカ見えないだろ。退けよ」


 サダマ上等兵がグリム上等兵の肩を掴んだ。


「俺が見てんだろ? お前は俺の後に見ろや」

「あんだど? やんのか?」


 グリム上等兵がサダマ上等兵を睨む。


「これは楽しみであるな」


 物静かなゲロンド伍長が腕を組んで笑った。


「おいおいあれを見ろ。基幹構造体が溶けてやがるぞ?」


 グリム上等兵の目が輝いた。


「おいおいおい、何があったんだ? ここで?」

「暴れるのはいいが、俺達の分まで残しとけよな」

「これは噂のオーバーロードの仕業であるか?」


 完膚なきまでに破壊されたビッグメンター要塞内部を見て、タフガイ達は目を輝かせた。

 これをやった者達がいるのだ。この破壊の主が、彼らの相手なのだ。喜ばないはずがない。

 彼らは生まれながらの戦闘種族――ハードドワーフの末裔なのだ。


「おや?」

「おい、映像が切れたぞ」

「お前が見るから切れたんだ」

「どういう意味だこら?


 突然、極小観測機からの映像が途絶えたのだ。

 グリム上等兵がモニターを叩くと、その衝撃で床に落下し粉々になった。


「壊すなよ。弁償しろよ」

「もろすぎだろ」

「極小観測機全滅。敵の攻撃と思われます」


 艦橋のオペレーターが背を丸めながら報告する。


「敵だと? 俺達の要塞だぞ」


 グリム上等兵が太い眉をしかめた。


「おいおいまさか? ビビってんのかよ?」


 サダマ上等兵が笑った。


「ビビってんのは、てめーだろー。安全な倉庫でうずくまってろ」

「あんだと?」


 サダマ上等兵がグリム上等兵に掴みかかる。


「おいおい暴れるならあそこでやってくれねえか? これ以上船を壊すな」


 ゼンガ中尉がモニターに侵入経路を表示させた。


「よし、出撃だ」


 ガガーランド隊長が顎を振った。


「「「OG」」」


「あのー艦長? もしかして艦長も出撃なさるおつもりですか?」


 ダッグ副官が尋ねる。


「ったりめーだ。こんなおもしろいこと他の誰かにまかせられっかよ」


 ガガーランド隊長が大きな歯を見せた。


「誰が船を指揮するんですかい?」

「副官のお前だろう」

「いつもそうじゃないですか? たまには俺も行きますぜ」


 ダッグ副官が白い歯を見せた。


「ああ? じゃあ誰が船を見るんだ?」


 ガガーランド隊長がダッグ副官を見る。


「艦長です」

「副官だろ」


 ガガーランド隊長とダッグ副官が同時に言う。


「しゃーないゼンガ船は任せた」

「というわけでゼンガ任せたぞ」


 ガガーランド隊長とダッグ副官が同時に手を振った。


「え? そりゃないですよ? また留守番ですか? それ相応の給料貰ってないんですが?」


 ゼンガ中尉が苦笑いした。


「どうせ後方支援とか言って後から来るんだろ?」

「ああ、その手がありましたか」


 ダッグ副官の言葉にゼンガ中尉が指を鳴らした。




 ――数分後。

 格闘戦艦レッドベヘマスの艦内の重力レール内を高速で飛翔する物体があった。

 それはアシッドアーマー隊のタフガイを満載した輸送ゴンドラ――通称プリズンロッカーだ。

 囚人のようなタフガイ達を地獄へ送り届ける鋼鉄の檻だ。


「また極小観測機が撃墜されました。お気をつけください」


 ゼンガ中尉の声がプリズンロッカー内に響き渡る轟音の合間から流れる。


「喜べ。まだここには敵はいるってことだ」

「「「OG」」」

「間もなく射出」


 プリズンロッカー内が警告灯で真っ赤に染まった。

 それは野獣が野獣を嚙み殺したかのような鮮血のような色だ。


「ボス、極小観測機からのデータ統合によると戦闘により要塞構造に変化あり。既存のブルーシートとかなり食い違っております」


 ゼンガ中尉の真面目な声が響いた。


「敵はオーバーロードだもんな?」

「震えてるぞ? ビビったのか?」

「は? ちげーし、ただの武者震いだし」


 グリム上等兵とサダマ上等兵が睨みあう。


「要塞内が魔界化している可能性は?」


 ダッグ副官が太い眉を上げた。


「それはありません。魔原子反応はなし」


 ゼンガ中尉が真面目な口調で報告する。


「まあ、どっちでもいい俺達が見てくるわ」


 グリム上等兵がサムズアップした。


「そんな小さな目で何が見えるんだ? 俺のケツか?」

「なんでお前のケツなんか見なきゃならねーんだ」

「そりゃあ、俺の後ろをついてくるからだろ?」

「あんだと? 要塞内に降りなくしてやんぞ?」

「ボス。射出ルート状に障害物です。侵入経路を変更しますか?」

「構わねえ。そのまま突っ込め」


 ゼンガ中尉の警告を軽く無視するガガーランド隊長。


「OG。揺れます」

「おい、野郎共、ミンチになりたい奴以外は身体重力拘束」

「「「「OG」」」」


 アシッドアーマー隊員達はその巨体を己の体内重力器官で固定した。

 その瞬間、プリズンロッカーがレッドベヘマスのノーズの先から射出され水平に、いや垂直に自由落下速度をはるかに凌駕する速度で落下した。

 慣性無効化には限度がある。強力なGが彼らを襲う。

 だが、このプリズンロッカーにいる者達は最強の男達。

 こんな加速では欠伸しか出ない。

 プリズンロッカーは蜘蛛の糸のような有線連絡回線を引き延ばしながら要塞内を突き進む。

 これは強力な炭素繊維で編まれた有線回線だ。

 テンポラリーアンビエントジャミング下では瞬間通信は使用できない。

 この有線が彼らの命綱だった。


「要塞内天気予報。間もなく鋼鉄の雨が降るでしょう」


 ゼンガ中尉の予報が下された。


「傘の準備は?」

「そんなもんいらねえ。舌を出せば自殺出来るぞ」


 ダッグ副官が舌を出した。

 プリズンロッカーが障害物に激突し、進路を逸れた。

 その衝撃で崩壊が崩壊を呼び、天井の破片や柱だった残骸がプリズンロッカーの天井や床、壁を激しく叩く。

 火花をまき散らしながら要塞内を突き進むプリズンロッカー。

 プリズンロッカーの姿勢制御マニューバが作動し、急制動をかけるが止まらない。

 何度もバウンドし、回転し、バーニアで要塞内部を転がり、周囲の構造物を破壊しながら、進み、停止した。


「プリズンロッカー鉄道は運航停止、途中下車。目標地点から大幅にずれました」


 プリズンロッカー内にゼンガ中尉の声が響いた。


「ああ? 聞こええねえぞ」

「耳が」

「少し揺れただけであるな」


 少しどころではない。生きていることが驚きであり、無事なことが奇跡だった。

 それもそのはず、この男達は王国最強の格闘部隊なのだ。


「ボス。プリズンロッカーの突入の衝撃で大規模崩落の可能性があります」


 ゼンガ中尉が叫んだ。


「どこに逃げんだ?」

「このプリズンロッカー内のほうが安全だが、てめーは降りろ」

「なんだと? お前が下りて潰れろ」


 グリム上等兵とサダマ上等兵が顔を突き合わせていると大音量が、衝撃が響き渡った。

 もみくちゃに揺れ、転がるプリズンロッカー。

 だが幸いにも崩落はプリズンロッカーの背後で起こった。

 轟音と衝撃が再びプリズンロッカーを揺るがす。

 その崩壊によって命綱である有線が断絶した。


「有線断絶。レッドベヘマスとの通信断絶である」


 ゲロンド伍長が首を振った。


「まあ、そのうち見つけにくるだろう。さて野郎共仕事だ」


 ガガーランド隊長が叫んだ。


「「「OG」」」


 頑丈なプリズンロッカーの分厚いハッチが吹き飛んだ。

 そこからはアシッドアーマーの太い足が飛び出していた。

 そう蹴ったのだ。タフガイの一人が内部からハッチを蹴り開けたのだ。


「野郎共、何をしている。さっさとイケイケいけえええ」


 ダッグ副官が怒鳴る。


 同時に金属の巨人達が飛び出した。

 それは軋み、擦れ、重低音を奏でる。

 それは何重もの分厚い金属の複合重甲冑。

 それを固定する武骨な金属ボルト。

 その全身を覆う姿は古代王国のロイヤルガードの重甲冑を彷彿させる。

 巨大な宇宙斧を構え、戦艦の装甲と同様の防御スクリーン内蔵型の盾を持ったその姿は人ではない。まさに鬼神で巨人。人類最強のタフガイ重騎士だ。

 その武骨で重く太い重金属の円柱がフロアに激突した。

 足が床に触れただけでフロアを揺るがした。

 揺れるということは重さがあった。

 重さがあるということは自重が相殺されていないということだ。

 そう驚いたことに、このアシッドアーマー隊のハードアーマーにはグラビティキャンセラーが搭載されていない。

 グラビティキャンセラーによって反重力作用で自重を消えれば、敵に与える運動エネルギーも減少する。

 つまり攻撃が軽くなるのだ。バトルジャンキーのタフガイ達にとってはそんなことは絶対に許されない。看過できることではない。

 ではどうするか? 簡単なことだ。

 グラビティキャンセラーを使用しなければいいのだ。

 自重を相殺などという甘えは許されない。

 身に纏う甲冑が重ければ、身体を鍛えればいいのだ。

 彼らは頑固で無敵のタフガイの中のタフガイなのだ。


 そして重い甲冑を背負った彼らは愚鈍ではない。

 その背には巨大な漏斗状の推進器があった。

 それは小型船の推進器だった。大気圏を離脱するかのような噴射と爆炎が噴出した。

 彼らはビッグメンター要塞を溶かしながら突き進む。


「飛べ飛べ、遅れるな、敵はオーバーロード級魔族。全力で行け」


 ダック副官が怒鳴る。


「OG」

「OG」

「OG」


 野太い男達が唸る。

 アシッドアーマー隊の了解はオンビットではない。

 OG――オールガイだ。

 タフガイ達は何者かによって破壊された要塞内を見て舌なめずりし、行く手を阻む柱を粉砕し、壁を破壊しながら道なき道を突き進む。


「我がセンサーに動体反応である」


 ゲロンド伍長が声を上げた。


「突撃防御陣形」

「「「OG」」」


 縦列したタフガイ達の向こう側に無数の光があった。


「なんじゃありゃ? 無人機か?」


 グリム上等兵が目を細めた。


「無人戦闘機であるな。だが」


 壊れていた。その無機質のボディは破壊され、溶けた樹脂が凝固し、ケーブルが垂れ下がっていた。


「壊れている?」

「だが動いているぞ?」


 そう、それは壊れた無人戦闘機の軍団だった。


「敵味方識別信号では友軍であるな」

「だが明らかに攻撃する気満々だぜ?」


 そうしている間にも無人戦闘機は壁や天井から次々と現れる。


「くっそ、敵の真ん中かよ」

「罠のようであるな?」

「ありゃ、何機いる?」

「約三百で数えるのを止めたのである」


 ゲロンド伍長が楽しそうに笑った。


「MVPはいただいた」


 グリム上等兵も笑った。


「お前が一機倒している間に俺は十機倒しているはずだ」


 サダマ上等兵も笑った。


「んだと?」

「パーソナルカメラでキル記録しているからな、嘘つくなよ」

「来るぞ。全員迎撃用意」

「「「OG」」」


 ガガーランド隊長の命でタフガイ達が背中の銃を構えた。

 それは果たして銃と呼べるのだろうか?

 明らかに巨大で歪の砲身。洗練されたデザイン性よりも機能重視の武骨なシルエット。

 それにかなり大きい。人が持ち運べる大きさではない。

 これは携帯用の武器ではない。

 では何だ? これは小型戦闘機の機銃だ。

 なんと彼らは小型戦闘機から機銃を引っこ抜いて背負っているのだ。

 屈強なタフガイにしかできない芸当。

 これは半携帯式重アサルト機銃――通称バランガだ。


「撃て撃て撃て」

「ヒャッホオオ」

「しねしねしね」

「生きている感じがするのである」


 半携帯式重アサルト機銃バランガから何万発のエネルギー弾が放たれた。

 それは質量弾とエネルギー弾の性質を併せ持つ凶悪な弾丸。

 それが無人戦闘機に命中し、穴を開け、躍らせる。

 辺り一面が発射時のプラズマとガスによって白く濁る。

 耳を劈く轟音がタフガイ達の奇声に合いの手を入れる。


「撃ち方止め」


 灰色に塗り潰された視界が要塞内の空調によって薄れていく。


「やったか?」

「いやいや、やったのは俺だ」

「は? マジで何言ってんの? 俺だろ」

「お前は俺が撃った後に撃ったんだ?」

「黙れ」


 灰色の霧の中から何かが現れた。


「なっ」

「ちっ外したか?」

「しっかり狙えよバカ者」

「あれ? おっかしいなあ? 確かに当てたはずだ?」

「おい、それよりよく見ろ」

「ふむ。あれは防御スクリーンであるな?」

「あのサイズの無人戦闘機が防御スクリーンだと?」

「どうなってやがる?」

「なーに、銃が効かなきゃ斬るだけだ。全員抜刀」


 ガガーランド隊長が半携帯式重アサルト機銃バランガを背中に戻し、代わりに巨大な宇宙斧を構えた。


「さあ。お楽しみの時間だ」


 宇宙斧の刃が微細振動を始め、高周波を奏でた。


「「「オールガイ」」」


 アシッドアーマー隊が各々武器を構えた。

 大剣。微細振動宇宙斧、高周波ブロードソード、インパクト巨大スピアなど、銀河中の近接兵器が並んだ。


「来ますぜ」

「俺が十九機、お前が一機な」

「逆だろ」

「お前ら手を動かしやがれ」


 ガガーランド隊長が巨大な斧を振りぬいた。

 微細振動の刃が無人戦闘機の防御スクリーンを位相中和し引き裂いた。

 綺麗な両断面で真っ二つに分断された無人戦闘機が舞う。


「ん?」


 分断された無人戦闘機の隙間から別の無人戦闘機が飛び出した。


「ふん」


 ガガーランド隊長が咄嗟に盾を構えると同時に無人戦闘機がエネルギービームを放った。

 盾を中心にして四方八方に散らばる光のラインが壁を、天井を、サダマ上等兵の横を通り過ぎる。


「ふん。効かぬなあ」

「あぶねえじゃねえすかボス」

「俺の後ろに立つんじゃねえ」


 ガガーランド隊長が隊長らしからぬ言葉を叫んだ。


「ボス!」


 ダッグ副官が叫ぶと同時に両断されたはずの無人戦闘機が起き上がり、ガガーランド隊長を挟み込もうとする。

 だがそこにはガガーランド隊長の姿はない。

 巨大推進器を咆哮させながら飛び上がったガガーランド隊長はそのまま無人戦闘機に向けて半携帯式重アサルト機銃バランガを掃射した。

 木っ端微塵に吹き飛ぶ無人戦闘機の残骸。


「ん?」


 だが手ごたえがない。

 横から現れた別の無人戦闘機が、ガガーランド隊長に向けて砲口を向けた。


「ボス」


 サダマ上等兵が、無人戦闘機を殴りつける。

 グリム上等兵が蹴りつける。

 ダッグ副官が宇宙斧を振るう。

 ガガーランド隊長を襲おうとしていた無人戦闘機が背後の無人戦闘機を巻き込みながら吹き飛んだ。


「助かったぜ」

「ボスまだです」


 だが無人戦闘機は何事もなかったかのように起き上がった。


「なぜ、動いている?」


 無人戦闘機は半身を失いながらも起き上がり、エネルギービームを放った。

 アシッドアーマー隊員が盾を構える。

 いくつものエネルギービームが盾によって拡散され四方に流れる。


「野郎ども突撃」

「「「OG」」」


 ガガーランド隊長の雄叫びと共にタフガイ達が盾を構えたまま進撃する。

 だが無人戦闘機が逃げ出した。

 それをアシッドアーマー隊が追う。


「てめえら皆殺しだぜ」

「おら逃がすかよ」

「皆、待つのである。罠である」


 ゲロンド伍長が異変に気付いた時には時すでに遅し。

 後方、左右から別の無人戦闘機が現れた。


「誘われた?」

「お前が突っ走るからだろう」

「それはお前だろ」

「いつの間に? ジェネレーターの音も熱もなかったぞ」

「構わねえ、全機皆殺しだ」

「「「OG」」」


 アシッドアーマー隊が周囲の無人戦闘機に斬りかかる。

 半携帯式重アサルト機銃バランガをぶっ放す。

 巨大な槍で突き刺す。

 宇宙斧で叩き割る。

 スピアで串刺しにする。

 エネルギーソードで袈裟斬りにする。

 粉砕する。破壊する。切り刻む。

 だが無人戦闘機の数は一向に減らない。


「おいおいおい。何機いるんだ?」

「覚えてねえのか? 三百だ。俺が二百九十九機。お前が一機だ」

「そういうこっちゃねえ、なんか増えてねーか?」

「どうなってるんだよ」

「しかも壊れてんのになんで動けるんだ?」

「どてっ腹に大穴開いてんぞ」

「はあ? 馬鹿か、その小さな目でもう一度見てみろ」


 タフガイ達の目の前で破壊され粉砕された無人戦闘機が立ち上がる。

 そして再度アシッドアーマー隊を取り囲む。


「おいおいおい」


 何事にも動じないはずのタフガイ達の顔に不安がよぎる。


「壊れた無人戦闘機が動くだと?」


 ガガーランド隊長の太い眉が傾いた。


「これは厄介ですな」

「ああ、あれはゾンビだ」

「ゾンビ?」

「無人戦闘機なのにゾンビ?」

「まさか? 瓦礫の女王のゾンビ化スキル?」

「瓦礫の女王? ネクロマンサーのことか?」

「ああ、瓦礫の女王、ネクロマンサーは破壊されたものを支配下に置ける。それは死体でも残骸でも何でも構わない。あいつにとっちゃ壊れていれば関係ねえ。凶悪なスキルホルダーだ。油断するな」


 ガガーランド隊長が苦虫を嚙み潰したような顔で笑った。


「撃ち尽くせ」


 アシッドアーマー隊の半携帯式重アサルト機銃バランガが火を噴いた。

 無人戦闘機は粉砕され破壊され、木端微塵となる。

 だが無人戦闘機の進軍は止まらない。

 壊れていても動く。

 半分だけになっても飛ぶ。

 推進器もジェネレーターもない。

 物理法則を無視したその挙動――それはゾンビ以外何物でもない。


「ボス、どうすれば?」

「破壊してもきりがねえ」

「なんでエンジン壊れてんのに飛んでるんだよ」

「ありゃ、どういう原理だ」

「お前の頭とおんなじよ」

「どういう意味だ?」

「中身が空っぽってことだぜ」

「てめえ」


 取っ組み合いを始めるグリム上等兵とサダマ上等兵。

 ゲロンド伍長がそれを横目に無人戦闘機を宇宙斧で一閃。スピアで串刺しにし、半携帯式重アサルト機銃バランガを撃ち込んだ。

 半壊した無人戦闘機はジタバタとゾンビのように動く。


「このままではきりがねえ」

「ボス? どうしますか?」

「どうするもこうもねえ。動かなくなるまで殴るだけだ」


 ガガーランド隊長が笑った。


「「「「OG」」」」


 笑顔を浮かべた無敵のタフガイ達が、無人戦闘機のゾンビの群れに向かって走り出した。




 ビッグメンター要塞下層。ネクロマンサー神殿内。


「ソフィア? 大丈夫? 無理してない?」


 ヘーネスがソフィアの顔を伺う。


「大丈夫。これぐらいならの数ならば問題ないわ。ドラゴンゾンビに比べたら楽勝ですわ。オホホホ。だってほら、まだ若いんだもの私、見てこのスベツルお肌。ご覧の通り皺も少ないし、年齢よりは若いねってよく言われるのよ。でも誰も誘っては来ない。なんなのよ。口説いているのか、社交辞令かどっちよ。まあそんな見て目よりも内面の心はもっと若いからね。キャハ」


 大量の汗を浮かべたソフィアが苦笑いを浮かべた。


「全然大丈夫じゃないような?」


 ヘーネスがソフィアを見て眉をしかめた。

 ソフィアは今、大量の無人戦闘機を遠隔操作している。

 ネクロマンサー専用の操作端末もないこの状況下で、ソフィアはヘーネスから送られる鑑定結果を頼りにしてアシッドアーマー隊と戦っていた。

 彼女のやせ我慢はさて置き、その戦闘能力は特筆に値する。


「私達のスキルって適材適所で相性が良いわね」


 ヘーネスが鑑定しながらそう言った。


「そうね。ちょっとだけ年の差はあるけどね。もっと早くチームを結成していれば良かったわね」

「それは無理でしょ。軍は私達スキルホルダーを分断していたからね」

「なぜ? 私達の共闘を阻止していたの? もしかして私が可愛すぎるから?」

「私達スキルホルダーが徒党を組めば彼らには抑えきれないからよ。彼らは普通の人なのよ。私達を恐れるのも無理はないわ」

「それってビジョンでやってた、ミュータントを恐れる人類みたいな感じ?」

「なにそれ知れない」

「でも徒党を組んでも、若くて可愛いヘーネスだけ人気が出て年増の私だけ消えていくデュオね。わかるー」

「何を言っているの?」

「つか、エストスまだ?」


 ソフィアが後方のシルフアルケニーを振り返る。


「すまないもう少し待ってくれ。対人兵装の準備に手間取っている。意外にきつい」


 エストスが答えた。


「きつい? どこがきついの? お胸? あらやだ。それ自慢? 嫌み? 嫌がらせ?」


 ソフィアが睨んだ。


「ソフィア、集中して」

「年寄を扱き使うんじゃないよ」

「さっきまで若いって言ってなかった?」

「あくまでも気持ちの問題であって、実際は別なのよ」

「ソフィア、あの弱そうな二人組を狙って」

「あーはいはい。お姉さん人気者で困っちゃう」


 鑑定能力者ヘーネスとネクロマンサーソフィアはドッキー艦長が残していった無人戦闘機の残骸を使役してアシッドアーマー隊の侵入を防いでいた。


「暇じゃのう。旨いのう」


 その後ろで大魔王プリラベルがお菓子をかじりながらそう言った。


「大魔王様はそこでふんぞり返ってて」


 ウナが笑った。


「隊長、この対人兵装って……きつい」


 レガードがぼやいた。


「文句を言うな。この対人兵装は艦長が私達に残していったものだ。有難く使わせてもらおうぞ。これを残した艦長のお考えがあってのことだ。」

「……これを」

「……艦長が?」

「ここにいないことがせめてもの救いだね」

「ああ、隊長だけだろ。喜んでるのは」


 一人浮かれるエストスの言葉にウナとレガードが怪訝な顔で返した。


「お前達、炎の巫女様から対人兵装の使用方法は聞いているだろう」

「……はあ」

「……はい」


 ウナとレガードは対人兵装をあまり気に入っていないようだ。


「準備を急げ。どの道これしか使えないのだから諦めろ。シルフアルケニーでは強力過ぎる」

「「……OB」」


 ウナとレガードが小さな声で返事をした。


「ソフィア、そろそろ敵が例の地点に差し掛かりそうよ」


 ヘーネスが床から顔を上げた。


「じゃあ、予定通り、私達の最後のアンコール曲を披露しようかしらね。テヘ」


 ソフィアが白い歯を見せて笑った。


「今よ」

「OB」


 ソフィアの操る無人戦闘機が要塞のある場所に向かってエネルギービームを放った。

 破壊の連鎖が巻き起こり、要塞の巨大な床を支える幾つものフラクタル構造体が折れた。

 支柱をなくし、巨大な床が抜けた。

 その下には無人戦闘機と奮闘するアシッドアーマー隊がいた。


「お見事」

「アンコールはもうなしで」


 王国最強の近接攻撃部隊タフガイの中のタフガイ達は自慢の戦闘能力を披露する間もなく瓦礫の下敷きとなった。


「あいつら死んだ? さっさと鑑定して」

「うん。それが変な声が聞こえるのよね」

「え? どういうこと?」


お読みいただきありがとうございました。

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