40 大魔王プリラベルト
ビッグメンター要塞内陥没区画下層。ネクロマンサー神殿内部。
そこは騒然としていた。
なんとドッキー艦長が残していった棺の中にエリート魔物でも怪物でもなく、あろうことか可愛い幼女がいた。
その幼女は目を覚まし、自らを大魔王プリラベルと名乗った。
「え?」
「は?」
「なんだと」
「ひゃー」
「うそでしょ」
「マジで」
「ヘーネス鑑定」
「嫌ですが」
「艦長。どういうことですか?」
「……」
「男性が無言になるときは罪を認めた時だと聞いてますよ」
「まさか、艦長は幼女誘拐犯?」
瞬間共同通信に乙女達の阿鼻叫喚が飛び交う。
「なんじゃ騒々しい。あーよー寝たの」
それを横目に幼女が子猫の様に可愛い欠伸をした。
白い肌、大きな瞳に小さな口、長い金色の髪をなびかせた可憐な美少女。
それが大魔王と名乗ったのだ。驚かないほうがおかしい。
一万五千年前の棺から、幼女が生きて現れたのだ。
「どういうこと? 寝てたって? この子は生きてるってこと?」
「艦長? 生きている者ってアイテムボックスに入れたんですか?」
「いや、魂がある者、生きている者は収納できないはずだ」
ドッキー艦長が言葉を失った。
「じゃあ? この子は死んでいるの?」
ウナが首を傾げた。
「いやいや、余は生きておるぞ、正確には生き返ったといったところか。即死魔法からの蘇生魔法じゃな。大魔王復活の儀に立ち会えたことを光栄に思うがよい。カーハッハッハッ」
棺の上の幼女が腰に手を当てて笑った。
だがしかし、その可愛い挙動はどこからどう見ても大魔王には見えない。
「はあああああぁ?」
「え? いまなんて?」
「蘇生魔法?」
「聞き間違いかしら?」
「魔王って言った?」
「大魔王って言った?」
「何言っちゃってるの? 蘇生魔法? そんな便利な魔法がある訳ないでしょうが、あったらオアシスバルーンや蘇生専門チームなんて廃業よ。それにどこからどう見ても可愛い幼女にしか見えないのに大魔王? はっ? こんなに可愛い大魔王がいたら、みんな喜んで魔王様の傘下に下るでしょ? 大魔王様踏んでください、蹴ってください、ぶってくださいって、いい? 大魔王なんていうものはね、冷酷非道の極悪非道の凶悪な悪の中の悪なのよ。人類の滅亡を願う悪者なのよ。こんな可愛いフリフリの服着た大魔王なんているはずがないじゃないの。伝説では極大魔法で大陸を一撃で消し飛ばす規格外のパワーを持った人類の敵、憎しみの象徴なのよ。それより何でさっきからネクロマンサーである私の支配を受けないの? あり得ないでしょ。早く私の言うこと聞きなさい。お座り、頭なでなでさせなさい。ほっぺをプニプニさせなさい」
ソフィアが一気にまくしたてる。
「……うーん、そう言われてものう。余が可愛いのは自他ともに認めるがのう。人類なんて放っておうても自滅するし、弱いし、部下なんて序列争いをする面倒な存在だし、我は一人が好きなのじゃ、誰かの面倒を見るのはもうこりごりなのじゃあ、あわよくば誰か大魔王を面倒見てくれんかの? そもそも残念ながら余はその恐ろしい恐怖の大魔王なんじゃ。ネクロマンサーごときが、どうにかできるものではないぞ?」
大魔王プリラベルが可愛いし仕草で指を振った。
「え? ごとき? やっぱ私なんてネクロマンサーごときなんだ。うん、薄々気付いてたよ。暗くて嫉妬深く心が薄汚いネクロマンサーだってことは知ってた。友達いないし。私の友達は死体だけなの。でも死体なんてこの時代にはない。直ぐに再生機に入れられるから、ああ、良いこと思いついた。私が死んでネクロマンサーの私が私を操ればいいんだ。そうだ。死のう……ネクロマンサーごときの私は死んで消えちゃえばいいんだ」
ソフィアが崩れ落ちた。
「ちょっとソフィア?」
ヘーネスが心配半分呆れ半分の表情でソフィアに駆け寄る。
「それに余は生きているからの。ネクロマンシングなんて無理じゃ。残念じゃったなあ。カーッハッハッ。まあでも余が死んだら余の身体を好きにしてもいいぞ。だが蘇生魔法があるから死なぬがなあ。カーハッハッ」
茫然とするソフィアの上に自称大魔王の幼女の高笑いが響く。
「……この子、迷子かな?」
ウナが首を傾げた。
「サララ。遺伝子カメラでこの子の身元を照合、人類及び魔族データベースとも照合しろ」
レガードが叫んだ。
「……」
だがサララは答えない。
「あれ? サララは?」
「そういえば、さっきからサララの声がしないが?」
「一万五千年前の棺から幼女が現れたのに無関心っておかしいわね。あれだけ古代王朝マニアのサララが静かなんて異常」
「サララは今、中央演算室への防壁の防壁に攻撃的ダイブ中だよ。苦戦しているのか分体を維持する余裕がないらしい」
ドッキー艦長が答えた。
「艦長。それよりこの子誰ですか?」
イリアスがドッキー艦長に問いただす。
「艦長は幼女が好みなんですか?」
エストスが便乗して小さな声で問いただす。
「艦長、これは一体どういうことなのかしら? 誘拐?」
ヘーネスがゴミを見るような目を浮かべた。
「艦長?」
「艦長?」
「ボサボサ答えろ」
「どこからさらった?」
「酷い。最低」
「艦長の隠し子?」
「責任取りなさいよ」
皆がドッキー艦長に詰め寄る。
「そ、そんなこと知らない」
ドッキー艦長が気まずそうに答えた。
「あ、サララからSOSだ。ちょっと助けに行ってくる。後は頼んだよ。あれ? 回線の調子が悪いなあ、ノイズが酷いなあ。あれ? 聞こえないなあ?」
「わざとらしい、暗号再生された瞬間通信にはノイズなんて入りませんよ」
「あれ? 切れるかも、あとはよろしく」
ドッキー艦長が瞬間共同回線から抜けた。
「あっ、逃げた」
「ボサボサが逃げたぞ」
「逃げたということは後ろめたい証拠だ」
「艦長は幼女誘拐犯」
「それでも艦長かー責任取れ」
「なんか私、反乱軍抜けたのちょっと後悔」
「隊長、あの人、本当に大丈夫なんですか?」
荒れるワルキュリアエッダ隊員達。
「……多分」
エストスが小さな声で答えた。
「お姉様。あの艦長、本当に大丈夫なの?」
ヘーネスがリーマイ副官に問いかける。
「……多分」
リーマイ副官も小さな声で答えた。
「騒々しいのう。さっきから誰と話しておる? 遠隔会話でもしておるのか? だが通話魔法は感じられないが? ところで、ここはどこじゃ? 身体も軽いし、空気も悪いし、悪魔神殿のような不気味な場所だし、何より腹が減ったぞ?」
大魔王プリラベルがキョロキョロと辺りを見回した。
「ここは敵の要塞内だ。侵入した我々はここに拠点を作って防衛している」
エストスが状況を説明した。
「ふむ。全然分からん。それにしてもこれは変わった材質じゃのう? ほほう。これは魔道銀ではないようじゃが? 余の知らぬ金属かや?」
大魔王プリラベルが無人戦闘機の集合壁に触れた。
「……なんとこれはゴーレムの残骸か? いや、微細に編み込まれておる。まさかネクロマンサーの所為か? お主、先ほどはネクロマンサーごときと馬鹿にしたが、意外にやるではないか。誉めて遣わすぞよ」
大魔王プリラベルが一瞬でソフィアの仕業を見抜き称賛する。
「そうね」
だがソフィアは落ち込んだままだ。
「まさか、直接鑑定?」
ヘーネスが大きな目を見開いた。
「余の知らない分子構造か。余が知っている人間に作れるものではない。随分と長い間眠っていたようじゃ。おいそこの鑑定師、今何年じゃ?」
「えっと、大魔王様の生きた時代から約一万五千年ほど経過しております」
鑑定師と見抜かれたヘーネスが動揺を隠しきれずに答える。
「なんと、たったそれだけか?」
大魔王プリラベルが大きな目で瞬きした。
「え? たったそれだけ? 一万五千年ですよ」
ヘーネスが驚いた。
「一万五千年か、それではまだ、みんな生きているだろうなあ。嫌だなあ。まあ、いいか。知古の気配は感じられるようだしの。飯時になったら起こしてくれ。余はもう少し寝るのじゃ」
「え?」
「は?」
ウナとレガードが首を傾げた。
「最近寝不足で眠いのじゃ、腹も減ったし」
「あのー大魔王って本当?」
レガードが質問する。
「うむ。何を今さら。この余の膨大な溢れんばかりの魔力を見れば一目瞭然だろう」
大魔王プリラベルが胸を張った。
膨大な魔力が噴出するが、美女達は首を傾げたままだ。
「魔力?」
「魔力って何?」
「魔力って魔族のこと?」
「ひょっとしてお主ら、魔力も見えぬのか? 精進が足りぬのう」
現在の人類は魔力を持たない。
従って魔力も感じることも見ることもできない。
それができるのはドッキー艦長と上位魔族のみだ。
「炎の巫女様。あの子の鑑定結果は?」
エストスがヘーネスを見る。
「え? それがさっきから、視認鑑定できないのです」
「ふはっ。無理無理、無理じゃ。余に鑑定は効かぬ」
その会話を聞いていた大魔王プリラベルが手を振った。
「そんなまさか? 鑑定を弾くのは上位存在のみ……?」
「だから先ほどから余は大魔王じゃと言っておろうが。カーハッハッ、おっと」
大魔王プリラベルが棺から落ちそうになって、バタバタと手を振り回しバランスを維持した。
「えー本当に大魔王様?」
ウナが疑問の表情で顔を傾げた。
「ふむ。信じておらぬか。まあ、確かにこの可愛らしい姿では信じがたいのも頷ける、では見せてやろう。その目を開けて注目せよ。刮目せよ。久方ぶりであるゆえ、威力は弱いが、これが唯一無二の余の極大魔法じゃ」
大魔王プリラベルが可愛い右手を掲げた。
「極大魔法?」
「誰か止めろ。要塞内で極大魔法なんて実行されたら、ここは崩壊するぞ……本当だったらの話だが?」
エストスが叫んだ。
「え? 伝説の極大魔法? 山をも吹き飛ばす極大魔法? 現在の融合爆弾並みの威力ですよ……本当だったら」
「うそでしょ?」
「まさかあ」
「こんな小さな子供が? 何かのビジョンでも見た後かもよ」
大魔王プリラベルの小さな指先から魔原子が崩壊し、膨大な魔力が……。
「あれ?」
――膨大な魔力が溢れなかった。
フロアに悲痛な沈黙が漂う。
自称大魔王の幼女が首をかしげたまま。
「あのー極大魔法はどうなったの?」
ウナが首を傾げた。
「おかしいのう。魔力が集まらなんだ。そういえば、この辺りは魔力が薄いのう。どうなっておる? なぜ魔法が発動せぬ?」
大魔王プリラベルも首を傾げた。
「さあ」
「調子が悪かったとか?」
「お腹がすいて元気がなかったとか?」
「呪文が間違ってたとか?」
彼女達は微笑ましい笑顔で答えた。
女児の妄想に合わせるように。
「調子が悪い時もあるだろう。まあ極大魔法はまた今度見せてください。それより腹が減っておりませんか?」
エストスがオートシェフからパンと紅茶を取り出し、大魔王プリラベルに差し出した。
「お、気が利くのう。お主を余の料理長に命ずる。んまい」
大魔王プリラベルがパンをかじりながらそう言った。
「はは。ありがたき幸せ。ですが私は既に艦長に仕える身ですのでご遠慮いたします」
エストスが目を閉じて、うっとりとした表情を浮かべた。
「そうか、お主のその嬉しそうな表情、良い主のようじゃな」
「はい」
エストスが嬉しそうに答えた。
「え?」
ヘーネスが怪訝な表情を浮かべる。
「良い主?」
イリアスがシルフアルケニーのコクピットで眉をしかめた。
「胡散臭いけどね」
「ボサボサだけどね」
ウナとレガードが目配せした。
「とても美味で旨いのである。これ気に入ったぞ。紅茶の鮮度がいまいちじゃが? ところで、お主達の戦っている相手は魔族か人間か?」
「普段は魔族。今は人間です」
エストスが複雑な表情を浮かべた。
「まだ人間同士で争っておるのか? いつになっても変わらぬのう? お主ら自滅するぞ? 覇権争いは何も生まぬ。絶対的強者には絶対に勝てぬのだからな」
大魔王プリラベルが周囲を新しいパンをかじりながら見回した。
「それにしても戦場とは思えんな。それよりもなんじゃお主ら? 武器は持っておらぬのか? 剣も無しでどうやって戦うのだ? そうじゃ、ここで会ったのも何かの縁じゃ。余の剣を貸してやろうぞ」
その瞬間、大魔王プリラベルの周囲に大量の剣が現れた。
その中には稲妻や炎を纏う剣まで存在した。
そして現れたのは剣ばかりではない。巨大な斧にスピア、弓矢、膨大な武器が宙に出現した。
「え?」
「はい?」
「「「ええええええ」」」
驚くエストス達。
「カーッハッハッハ、驚いたかや? これは余のコレクションじゃ。余に挑んだ愚か者の武器じゃ。中には伝説の武器まであるぞ? 勇者も何人か退治したしのう? 勇者の剣はどれじゃったか? 光っている奴かのう」
大魔王プリラベルが指をさした。
「これって? アイテムボックス?」
「それとは違うのじゃ、収納魔法じゃ、まだまだ入っておるぞ?」
大魔王プリラベルが自慢げに言った。
「「「「ええええええー」」」」
皆の驚きの叫びが瞬間共同通信に響いた。
「収納魔法って、も、もしかしてアイテムボックスってこと?」
「そうじゃ、レア中のレア魔法じゃ。アイテムボックスと同様の効果。しかもその収納容量は余の魔力に依存する。余の魔力は膨大だ。ということは……分かるな?」
自慢げに頷く大魔王プリラベル。
「アイテムボックスかぁ」
「うーん」
だが皆の顔は浮かない。
「遠慮は要らぬ好きなのを持っていくがよい、もう持ち主は死んでおるからの」
「えっと、それよりも」
「あちゃーこれってさ」
ウナとレガードがお互いの顔を伺う。
ヘーネスが天井を見上げた。
ソフィアはまだ放心したままだ。
エストスが宙に浮いている大量の剣を見つめたまま何かを考えている。
神殿内が沈黙に包まれた。
それは驚きによるものではない。
彼女達はドッキー艦長のアイテムボックスの威力の凄まじさを嫌というほど痛感しているのだ。
その恐ろしさを身を持って知っている。
今でこそ彼女達はドッキー艦長の配下だ。
だが、ほんの少し前までは敵として戦っていたのだ。
アイテムボックスを持つ理不尽な存在との理不尽な戦いを。
彼女達は自分達が何と戦っていたのかを思い出していた。
そんなアイテムボックスと同等の能力を持つ収納魔法を見せられたのだ。
冷静でいられるはずがない。
「あのー大魔王様? 大変素晴らしい魔法を拝見させて頂きありがとうございます。そこで一つお願いなのですが、そのレア魔法の使用は、今後は控えたほうがよろしいかと」
リーマイ副官が大魔王プリラベルに聞こえるように音声出力で遠慮がちに言う。
「お主誰じゃ? 遠隔会話に参加していた者か? まあいい。なぜじゃ? 世にも珍しいレア魔法じゃからか? この時代には過ぎた代物かえ?」
大魔王プリラベルが不思議そうな顔をした。
「ええ、それもあります。この時代、収納魔法を行使出来るものは極めて異例、極めて貴重で珍しいのですが……」
リーマイ副官が言葉を選びながら説明する。
「なんじゃ珍しいってことは……余の他にも存在するということかえ?」
大魔王プリラベルが大きな目を輝かせた。
「ええ」
「会わせろ、その収納魔法の使い手に、余と容量勝負するのじゃ」
「え?」
「会わないほうが……その収納魔法が艦長に見つかったら大変なことになります」
リーマイ副官の声に力がこもった。
「大変とは?」
「絶対こき使われます。だから絶対に艦長には収納魔法を見せないでください、あの人、アイテムボックス持ちの人材を探してますから、喉から手が出るほど欲してましたから」
リーマイ副官の声にますます力が入る。
「艦の長? たかが船の長が余をこき使うだとじゃと? 笑わせるでない。余は大魔王なるぞ、逆に余がこき使ってやるわい。ここに連れてまいれ」
大魔王プリラベルが腕を振った。膨大な魔力が舞う。
だがそれに驚く者はここにはいない。
「艦長は今この要塞の地下深くにある部屋に向かっています」
「艦長が前線に? おもしろい。自ら率先して前線に赴くなど大した者じゃ。ますます会ってみたいぞ」
「その艦長が私の主なのです」
エストスが自慢げに言う。
「ほほう。それはまた艦長にしておくのは惜しい逸材じゃのう。余の配下としようではないか」
大魔王プリラベルが笑った。
「はあ、なるべく穏便に話し合いでお願いします。この時代、大魔王様の規格外の力で暴れられたら、国が、星が吹き飛びますからね」
リーマイ副官がそう言った。
「お主、なかなか話が分かるではないか。余の副官に命ずる。ん? なにか来るぞ」
幼女が天を見上げた。
「え?」
その時、フロアが揺れた。
「なっ?」
ヘーネスが床に触れて直接鑑定する。
その目が驚愕に見開かれた。
「これは通信障害? テンポラリーアンビエントジャミング! 強力な空間断絶攻撃です」
ヘーネスが叫ぶ。
「なんだと? 艦長との連絡は?」
エストスが立ち上がった。
「ダメです。瞬間共同通信不通。艦長ともサンダーゲートともワルキュリアエッダ隊とも不通、我々は完全に孤立しました」
ヘーネスが真っ青な顔でそう報告する。
「強力なアンビエントジャミングだと、そんなことしたら反乱軍も通信不能となるぞ」
エストスが天井を見上げた。
「あんび邪魔? まあ、いざとなったら余の力でなんとかなるじゃろうて、案ずるな。これでも大魔王じゃからな。カーハッハッハッ」
自称大魔王の幼女が能天気に事態も理解できずに小さな拳を突き上げた。
「アンビエントジャミング? 敵が侵入してくるか? 敵の位置を教えてくれ炎の巫女様」
「直接鑑定。戦艦の突撃攻撃を確認。侵入箇所。頭上」
「ウナ、レガード」
エストスがシルフアルケミーに向かって飛んだ。
「なぬ」
それを見た大魔王プリラベルの動きが止まる。
「なんと飛行魔法? まさか魔力隠蔽に無詠唱? 料理長は魔道士じゃったか?」
続いてウナとレガードもシルフアルケミーに飛び乗った。
「なんと、お前達も飛行魔法? どうなっておる? なんじゃそれは?」
一万五千年前の大魔王が驚くのも無理はない。
当時の人類には反重力器官が内包されていなかったからだ。
飛行できるものは極一部の上級魔術師のみ。
人類は魔法を失ったが身体的に進化しているのだ。
宇宙に飛び出した類はその環境に適応するために遺伝子を改変した。
この時代の人類は全てデザインチャイルド。
倫理や感情論よりも生き延びることが重要だったのだ。
無重力空間でも生きていける身体を手に入れた。
だがその代償に魔力を失った。スキルを失った。
神からの贈り物をかなぐり捨てたのだ。
「ソフィア、いつまで呆けている。敵だぞ」
エストスが叫んだ。
だがソフィアは座り込んだままだ。
「まあ、ソフィアはおばちゃんの年増の婆さんだから無理よ」
ヘーネスが肩をすくめた。
「! なんだと、いまなんつった? 私はまだまだイケてるガチのマジでヤバイ可愛いネクロマンサー界の姫だぞ、それをオバハンだとう? ヘーネス、言っていいことと、言ってはならぬことがあるぞ。自分で言うのはただの自虐自慢だが他人から言われると看過できるものではない。取り消せえぃい。私はまだまだイケてるぞ? この若そうな白く不健康そうなピチピチな肌を見ろ。触りたいだろう? カサカサしてるって思ってない? うんmそれは私も少しだけ思った。イケてるって思ってたけどあんた達のピチピチお肌見たらもう絶望しかない。この圧倒的な差。越えられない壁。これが加齢というものかあ!」
ヘーネスがソフィアを見てエストスを見た。
「あ、ワルキュリアエッダと見比べちゃだめよ。彼女達は異常。美の女神に選ばれし者達よ。私達とは生物学的に別の存在よ」
ソフィアがじたばたと手を振った。
「いや、ヘーネスも充分美人だけど? これも自虐自慢? 鑑定スキル持ってて美少女ってだけで生意気だぞ」
レガードが不満の表情を浮かべた。
「ソフィア。くだらないことを言ってないでさっさと戦闘準備をしろ」
エストスが叫んだ。
「ソフィアは美人よ。黙ってればね」
ヘーネスがソフィアを宥める。
「分かっているわ。黙ってればいいのにっていつも言われる。ちょっとだけ自暴自棄で自信消失していただけ。念願のエリート魔族を支配して、私をいじめた奴に仕返しするはずだったのに。くっそう。でも大丈夫だ。エリート魔族の死体なんてなくとも私は戦える。私はイケてる。ネクロマンサー界の乙女。若い子にだけは負けない。誰がオバハンだぁあああ、婆さんじゃああああああああ」
ソフィアが空中に飛び上がり、神殿の壁に手を突いた。
「なんとネクロマンサーも飛行魔法を? どうなっておる? お主達」
「我が下部達よ。我が願いを受け起動せよ。戦闘モードじゃあ」
ソフィアが大魔王の口調を真似て叫んだ。
このネクロマンサー神殿の壁は壁であって壁ではない。
この壁を構成するものは無人戦闘機の残骸。
その残骸が壁から剥離し、分解し、再結合する。
「ヘーネス、私はちょっと年増だが、まだオバハンではないぞ。まだ心は若いぞ。ということで敵の情報をくれ」
立ち直ったソフィアがヘーネスに言う。
それを聞いたヘーネスが眼鏡型情報端末を取り出した。
リーマイ副官と同様のものだ。
「そうね。まだまだ可愛いわよソフィア。私が男性だったら求婚してるかもね」
「え? 本当?」
「冗談よ。直接鑑定。敵は格闘戦艦。中和ノーズを突き刺して要塞内に侵入」
ヘーネスが床に触れて要塞を直接鑑定する。
「ここを作戦本部にする、ソフィア何とかしろ」
エストスが指示を出す。
「なんとかって? 命令雑じゃない? 使えるものがあればいいけど」
ソフィアが瓦礫の山を見る。
その無人戦闘機の瓦礫の中から破損したモニター計器類が浮き上がり、臨時の指令室が構築された。
「ヘーネス、これで使えるかしら?」
「ブレインリンク。あら使えるわ、どういう原理?」
「さあ?」
ソフィアが不思議そうに首を傾げた。
鑑定情報がヘーネスの眼鏡型情報を通じて、ソフィアの臨時機材を通してモニターに、全員に配信される。
アンビエントジャミング下で瞬間通信が断絶した状態での鑑定情報は絶対的に優位だった。
空中に投影されたのはビッグメンター要塞の立体マップ。
その表面に突き刺さる小骨のようなものがあった。
それが敵だ。
「なんと? 魔法映写?」
大魔王プリラベルが食いるように見つめる。
「あの特徴的な形は? まさか? ノーズアタックのみに特化した特殊戦艦」
エストスの緊張した声が響いた。
「そう格闘戦艦レッドベヘマスです」
ヘーネスがその名を告げた。
「え? 脳筋軍団?」
ウナが首を傾げた。
「うわあ生意気に」
レガードが拳を握った。
「ウナ、レガード。大規模攻撃は控えよ。ここは屋内だ。対人装備兵装のみ許可する。準備せよ」
エストスが厳しい表情を浮かべながら命じた。
「「OB」」
シルフアルケミー対人装備兵装。
それはドッキー艦長の置き土産。
失われたシルフアルケミーの対人兵装オプション。
シルフアルケミーの装備は悠久の時を経て、そのほとんどが失われていた。
だがドッキー艦長のアイテムボックスにその失われた対人兵装があった。
そしてここには鑑定能力者のヘーネスがいた。
ヘーネスの鑑定により失われた古代兵装の使用方法が判明した。
シルフアルケミーが向きを変え、天井に向けてウェポンラックを展開した。
「なんじゃそれは? まさか船? 妖精でも住み着いておるのか?」
大魔王プリラベルがシルフアルケミーを茫然と眺める。
「そう妖精さんがいるよ」
ウナが嬉しそうに首をふった。
「ヘーネス、状況は?」
エストスが聞く。
「何かを射出。突撃ゴンドラのようです。侵入した敵は少数。全員ヘビーフルアーマー装備。これはガガーランド隊長です」
ヘーネスが叫んだ。
「あの脳筋自ら来るとは」
ウナが首を横に振った。
「うわあ生意気に」
レガードが拳を振り回した。
「近接最強格闘部隊アシッドアーマー隊。相手にとって不足はない。こちらにはオリジナルシルフアルケミーがあるしな」
エストスがほほ笑んだ。
「フフ。隊長の機嫌が直ったね」
「ああ」
ウナとレガードも笑った。
「無人戦闘機、再支配下完了」
無人戦闘機の巨人が大魔王プリラベルを守護するように立つ。
そして幾つもの砲身を、何本もの金属のアームを広げ、構えた。
「隊長。私も出来るだけ鑑定でサポートはします。ですがサララがいないので未来予測はできません。ご容赦を」
ヘーネスが立ち上がる。
「炎の巫女様、期待しているぞ」
「巫女様は大魔王様を守ってね」
「対人装備兵装。使いこなして見せる……つもり」
シルフアルケミーの中からエストス達の声が響いた。
「オンビット」
ヘーネスが堅賢者の杖を構え直した。
魔原子が崩壊し、膨大な魔力を噴出した。
魔法障壁が彼女達を覆う。
「なんじゃ、その杖は、なんじゃその膨大な魔力は? 一体お主達何者じゃ、勇者か? 勇者の仲間か? どうなっておる? 誰が答えよ」
大魔王プリラベルが大きな目を見開いた。
「「「「それだけは言えない」」」」
エストス、ヘーネス、ウナ、レガード、ソフィアが同時に答えた。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字修正いたしました。




