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39 ダーレンゲートの遺物

「ソフィアも黙ってれば美人なんだけどねえ」


 ヘーネスがソフィアの背中を見つめながらティーカップを置いた。


「顔だけならばワルキュリアエッダ隊に入れたかも?」

「いや、壊れたシルフアルケミーを操れるから入れるかもしれないぞ。生意気に」


 ウナとレガードもティーカップを置いた。


 ここはビッグメンター要塞内のとあるフロア。

 ドッキー艦長が床に開けた大穴も崩落した天井は今はもうない。

 そこは黒色の金属壁に覆われた神殿のような場所に様変わりしていた。

 ドッキー艦長が残していった無人戦闘機の残骸をソフィアが操り、壁に、天井に再構成し建造し彼女たちの最終防衛ライン拠点となっていた。


 その禍々しい神殿のような内部に、これまたこの場にふさわしくない一角があった。

 白いテーブルクロスにティーセット。そして食料を供給するオートシェブ。

 前線に相応しくない平和な光景であった。

 ウナとレガードとヘーネスはこのテーブルでお茶を嗜んでした。


 祭壇のような高台の上の棺の前で独り無言でたたずむソフィア。

 その憂いた表情は、いつもの眠そうな、気怠そうな目ではない。

 まるで神官のように神々しい姿だった。

 そして美しかった。

 ソフィアは自分のことをいつも卑下しているが、エストスやヘーネスの言う通り、その美しさは決してワルキュリアエッダ隊員に劣るものではない。

 ネクロマンサーという才能がなければ、彼女は別の、光り輝く道を歩んでいたかもしれない。


「ソフィア? どう?」


 ヘーネスがその背に声をかける。


「……」


 だがソフィアは答えない。


「ソフィア、早く開けろ。中身がエリートスケルトンだろうとエリートスライムだろうと、少しは何かの役に立つだろう」


 ワルキュリアエッダ隊の隊長エストスがシルフアルケミーから飛び降りた。


「隊長、なんだか機嫌が悪い」

「……ドッキー艦長がソフィアのことを可愛い部下だと言ったことが効いているようだな」


 ウナとレガードが目配せした。


「そんなことはない。お前たちも対人装備兵装をしっかり予習しておけよ」


 エストスがテーブルに着いた。

 ウナがお茶を入れ直し、エストスの前に置いた。


「ちょっとぉ。あんたらうるさい。美人の外野うるさい。私は今、集中しているのだからあんまり急かさないでくれる? ネクロマンサーって簡単に死体を操れるって思ってるかもしれないけど、対象が死んでいるか、壊れていれば簡単に操れるんだからね」

「ちょっと何言っているか分かりませんよ、ソフィア」


 ヘーネスが怪訝な顔でソフィアの背を見つめる。


「見れば分るでしょうが、これでも私、動揺してんのよ。焦ってんのよ。この中にはエリート魔族が眠っているのかもしれないのよ? 魔族よ。しかもエリートよ。そもそも魔族って実際に見たことある? ないでしょ? 魔族の実在すら疑う者もいるのよ。それほどレアキャラなのよ。それにもしも中身がウナの予想通り、凶悪な魔王だったらどうするの? 私が操るどころか逆に操られて、奴隷にされちゃうかもしれないのよ。貞操の危機かもしれないでしょ? あんたらみたいに呑気にお茶する気分じゃないのよ」


 ソフィアが振り返って両手を広げた。

 その顔はいつもの表情に戻っていた。

 エリート魔族というプレッシャーに彼女は押し潰されそうになっていたのだ。

 主星域に魔族はいない。

 魔族の死体など、主砲の攻撃の前には一片も残らない。

 魔族の死体など簡単に手に入らないのだ。

 手に入ったとしても軍の研究施設に送られ、ソフィアの元にまで回ってくることはない。

 ソフィアの夢にまで見た魔族の死体がそこにあったのだ。

 死体を渇望するという願望はネクロマンサーである彼女にしか分からない。

 そんなソフィアの悩みもエストスの言葉で吹っ切れたようであった。


「……あれこれ考えても何も進まない。開けてみなくては分からぬだろう」


 ティーカップを揺らすエストス。


「隊長もそろそろ機嫌直してほしいよね。艦長からシルフアルケミー零番機貰っているんだから」


 ウナが首を傾げた。


「何を言っている? あれは一時的にお借りているだけだ」

「借りているのに、あっさりシルフアルケミーを乗り換えているのは誰ですか?」


 レガードが流し目でシルフアルケミー零番機とエストスの機体を交互に見る。

 ドッキー艦長の愛機、シルフアルケミー零番機。

 存在しないはずの伝説のオリジナルシルフアルケミー。

 エストスはそんな伝説の機体をドッキー艦長から託されていた。


「そ、そんなことはない、オリジナルとの違いを調べているだけだ」


 エストスが、目を逸らした。


「そこ、うるさい。ちょっとスタイル良くて可愛いからって調子に乗んな。みんな注目。ええ、コホン。開けるぞ。開けちゃうよ。いい? 今から棺を開けるぞ。一万五千年前の棺を開けるぞ。ネクロマンサー界のプリンセスの私が開けるぞ」

「早くしろ」

「どうぞ」

「早くしてくんない?」

「つか、なんでお茶飲んでるのよ。こっちはコクピットなのに」

「オートシェフまで取り出して、非常識です」


 宇宙空間を飛行中のワルキュリアエッダ隊員達が愚痴を言い始めた。

 なんとドッキー艦長がアイテムボックスから取り出した補給物資の中に、午後のお茶セットやら、オートシェフまであったのだ。

 少しは休めというドッキー艦長の気遣いなのか、偶然なのかはドッキー艦長にしか分からない。


「ヘーネス、私がエリート魔族の支配に失敗したときは、その杖で私ごと焼き払え」

「嫌です後味悪い」

「あっそう? じゃあ開けるよ」


 ソフィアが棺に向き直った。


「罠はありません。棺は鑑定済みです。中身は分かりませんが……」


 ヘーネスが悪い笑顔を浮かべた。


「そういうこと言わないで、迷うじゃないの」


 ソフィアが壊れた無人戦闘機の一機を操り、金属のアームで棺の蓋を掴んだ。


「今から一万五千年の封印を解く」


 ソフィアの声で無人戦闘機が棺の蓋を押した。

 そこに眠るのは一体どんな魔族なのだろうか?

 一万五千年前の前の棺が朽ち果てないのは、この棺が時間凝固物質で作られているからだ。

 時間凝固物質は現在の科学では製造不可能。解明すらされていないのだ。

 一万五千年前にそんな技術があったこと事体が信じ難いことであった。

 その謎が今暴かれようとしていた。

 炎の巫女ヘーネス、シルフアルケミー隊のエストス、ウナ、レガードが息をひそめて見守る。


「ちょっと、ソフィア。観測機の前に立たないで、見えないじゃない」

「私達も見せて」

「スケルトン? スライム?」


 同時に遠方のワルキュリアエッダ隊員達も観測機で視聴していた。

 棺の蓋が擦れる金属音がフロアに響き渡る。

 やがて重たい棺の蓋がフロアに落下し、大きな音を立てた。


「……」


 ソフィアはその様子をぼんやりと見つめるだけで、微動だにしない。


「ソフィア、大丈夫?」


 ヘーネスがソフィアの背に声をかけた。


「……大丈夫なはず。私はまだまだイケてる。マジでガチでゲキカワの可愛いネクロマンサーだから大丈夫。まだまだオッサンにはモテルはず。だからやれる。私ならできる。頑張れ可愛い私。ネクロマンサーになっちゃったけど私ならできるもん。キャハ」


 ソフィアは深呼吸し、歩き出した。

 そして棺の中を覗き込んだ。


「キャ」


 そのままの姿勢で固まるソフィア。


「中身は? 魔王だった? スケルトンだった?」


 ウナが興味深そうに首を傾げた。


「……」


 しかしソフィアの返事はない。


「ねえ、中身は?」

「なんだったの?」

「ええい、空っぽだったのか?」

「魔王だった?」


 焦らしを切らしたエストス達がテーブルを離れ、棺を覗き込んだ。

 浮遊観測機も棺の中を映し出した。


「は?」

「うわ」

「あちゃあ」

「これって? もしかして?」


 ヘーネスの眉に深い皺が刻まれる。


「「「「幼女?」」」」


 四人が同時にそう叫んだ。

 そう、ドッキー艦長が置いていった一万五千年前の棺の中に眠っていたのは幼女だった。


「スケルトンにしては肉付きがいいわね」


 ソフィアが無表情でそう言った。


「ソフィア、この子スケルトンじゃありませんよ。これ人間です。しかも可愛い女の子ですよ。なんで人間の幼女が棺に?」

「この可愛い子が魔族? いや、きっと魔王なのかも?」


 ウナが首を傾げた。


「魔王にしては可愛いな」


 レガードが笑った。


「確かに可愛い。艦長は可愛い幼女が好きなのか?」


 エストスが膝をついた。


「そうかもね」

「……だな」


 ウナとレガードが悪い笑顔を浮かべた。


「ちょっと、どうなってるんですか。あの人、何で幼女の死体を持ち歩いてるんですか? 百歩譲ってこの子が魔族だとしてもおかしいですよね? 幼女の死体を肌身離さず持ち歩いているなんて尋常じゃありません」


 ヘーネスが頭を抱えた。

 それを聞いていたエストスも頭を抱えた。


「ところでヘーネス。ちょっと、この子に触って鑑定してくれない?」

「嫌ですが? 絶対悲劇のヒロイン確定じゃないですか、こんな小さな女の子が亡くなった過去編なんて見たくも知りたくありません」


 ヘーネスがソフィアの頼みを断る。


「そこを何とか。気の小さな純情で根暗な孤独な乙女な私を助けると思って、直接鑑定で鑑定してくれ。あ、いっそのこと腕輪取って、この子の心読んでくれ」


 ソフィアがヘーネスに抱き着く。


「ちょっと、さっきまでの威勢はどこにいったのですか? それでもネクロマンサー界の姫ですか? プリンセスですか? アイドルですか?」


 ヘーネスがソフィアを引き離そうともがく。


「はあ? 誰が姫だ? どっからどう見ても私なんて姫な訳なかろうに、私なんか口うるさい年増のお局様だろうに? それに私はアイドルなんて思ったことないぞ。第一顔が悪い。第二に性格が悪い。第三に根暗のネクロマンサー。そして第四に話が長い。こんなピーキーな性能の私が万人受けするはずがないだろう。レアで希少なマイノリティ街道驀進中の孤独なロンリー淑女なんだぞ。だから可哀そうな私を同情して、この女の子を鑑定して」


 ソフィアがヘーネスの瞳を覗き込んだ。


「自分のことは、程よく理解しているのね。でも鑑定は嫌ですよ。こんな小さな子が死んじゃった原因なんて知りたくありません」


 ヘーネスはソフィアを突き放した。


「艦長は幼女好き」

「そうみたいですねえ」


 エストスの独り言にウナが無慈悲に賛同する。

 光の速度を超えて宇宙を驀進しているワルキュリアエッダ隊員の彼女達も困惑した。


「幼女持ち歩き艦長」

「死体持ち歩いている艦長ってどうよ?」

「ないわぁ」

「いくらなんでないわぁ」

「あのボサボサ補給部員、怪しいなあ」

「やっぱり若い子が好きなのかな」

「ちょっとキモいですね」

「だいぶキモいだろ。憲兵さんこいつです」

「いっそのこと反乱軍に、いや魔族に引き渡したほうがいいのでは?」

「でも艦長引き渡したら私達どうすれば?」

「大丈夫だ。リーマイ副官がいる」

「それもそうね」


 ワルキュリアエッダ隊員達が一斉に囁いた。


「……」

「聞こえてるだろう艦長。釈明を聞こう」


 イリアスの質問にドッキー艦長は答えない。

 瞬間共同回線はドッキー艦長も参加している。聞こえていないはずがない。

 だがドッキー艦長は一切答えない。

 沈黙を守っていた。


「黙っているということは後ろめたい証拠です」

「なんとか言えボサボサ」

「艦長は何故、幼女の死体を持ち歩いてるのですか?」


 リーマイ副官がドッキー艦長との単独秘匿回線で問い詰める。


「それだけは言えない」


 ドッキー艦長が小さな声で答えた。


「……な、ぜ、と聞いていますが?」


 リーマイ副官の声の温度が更に下がる。


「……これ、ダーレンゲートで拾ったやつだよ」

「そうだと思いました。ダーレンゲートの宝物殿で見つけた物ですよね?」


 リーマイ副官の眼鏡型情報端末が光る。


「ああ、多分、サララが大はしゃぎしていたものだ」

「私の鑑定では一万年前でしたが、ヘーネスの鑑定ですと、そこからさらに五千年古いみたいですが?」

「棺は補強されていたから。どちらも正しいのかもしれないね」

「まあ。ダーレンゲートで盗んだとは言えませんものね。皆には内緒にしておいてあげましょう」


 リーマイ副官が大きなため息をついた。


「いやいや盗んだって人聞き悪いよね? 要塞の崩壊から救ったんだぞ、まあいいや、通信切るよ」


 ドッキー艦長は回線を切った。


「ソフィア? どうするの? この子を支配下に置けそう? 出来なければ蓋を閉じなさい」


 リーマイ副官が上官らしく冷静に命じた。


「うーん。ちょっと待って、一応やってみるわ。これでも私、美人で可憐な病弱で気弱な美少女ネクロマンサーですから」


 ソフィアが目を閉じた。


「頑張れよ」

「少しでも戦力になればと期待したが」

「可愛い女の子ね」

「この子、ドッキー艦長の娘ではないよね?」

「あるかも」

「でも似てないよね。髪サラサラだし。あの艦長の娘だったら髪ボサボサでしょ?」

「あまり死者のことを詮索するな、あと艦長のことも詮索するな」


 エストスが皆を一喝した。


「ダメだった?」


 ウナが首を傾げた。


「あれれ、あれ」


 ソフィアも首を傾げた。


「支配出来ない。おかしい。死んでる者は私の命令に従うはずなのに」


 ソフィアが棺を覗き込んだその時――。


「そりゃそうじゃ。余は生きておるからの」


 棺の中の幼女が目を見開き喋った。


「「「「「えええええっ」」」」」


 唖然とするソフィア、エストス、ウナ、レガード、ヘーネス。


「「「「え?」」」」


 そして遠隔で視聴していたワルキュリアエッダ隊員。

 光速飛行中のシルフアルケミーが進路を大きく外れた。


「は?」


 超弩級戦艦サンダーゲートの艦橋のリーマイ副官の眼鏡型情報端末がずれる。


「うん?」


 超弩級戦艦サンダーゲートで補給中の魔王の娘メイムが大きな瞳を瞬いた。


「え? 生きてる? そんな馬鹿な」


 中央演算室付近で、アイテムボックスから演算器を取り出していたドッキー艦長が首を傾げた。


「……よっこらしょっと」


 皆が唖然と見つめる中、幼女はフラフラと起き上がり、棺の端に立ち腕を組んだ。


「我が名は大魔王プリラベルなり。カーッハッハッ」


 そして高笑いを始めた。


お読みいただきありがとうございました。

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