37 鑑定されたドッキー艦長
「収納」
ドッキー艦長は崩壊する要塞の天蓋構造物を全てアイテムボックスに収納した。
破壊された演算器が、フラクタル構造体の柱が、天井構造体が轟音と共に消えた。
広大な下層フロアには塵一つ、埃一つ残っていない。
だが収納されていないものがあった。
炎の巫女ヘーネスだ。
ドッキー艦長のアイテムボックスには魂があるものは収納できない。
深紅の髪を流しながら落下するヘーネスだけが取り残された。
「ヘーネス!」
「体内重力器官無反応。頭部損傷確認。意識断絶ですのよ」
「低重力とはいえ、この高さから落下すれば……」
「艦長早く」
イリアスとリーマイ副官が叫んだ。
「分かっている」
ドッキー艦長は加速し、落下中のヘーネスに追いつくとその手を取った。
「もう大丈夫だ」
ドッキー艦長が上を向いて報告した。
「え?」
目を覚ましたヘーネスがドッキー艦長の手を強く握りしめる。
「大丈夫かい?」
ドッキー艦長は敵意がないことを示すように優しく笑いかけた。
「……ええ……でも」
ヘーネスがドッキー艦長を見上げる。
その目に感謝も感激も、笑みもない。
あるのは勝利を確信した目だけだ。
「……天井が崩落するのは鑑定結果で知っていた」
「え?」
ヘーネスの狙い。それはドッキー艦長の正体を知ること。
反乱軍に単独で侵入した光速を超える謎の存在、魔族特異体の正体を知ること。
その為には直接、その身体に触れる必要があった。
今、ヘーネスはドッキー艦長に手を握られている。
つまり直接鑑定が可能な状態であった。
「……僕を直接鑑定する気かい?」
ドッキー艦長はヘーネスの意図に気付いた。
そしてそれだけではない。
ヘーネスの鑑定能力の真骨頂。
それは触れた者の心を読めるというヘーネスにだけ発言した鑑定上位能力。
「艦長。船に関する秘匿関連のことは思い浮かべないでください」
「え? どういうこと?」
「ヘーネスは触れた者の心が読めるのよ」
リーマイ副官が警告する。
「リーマイ副官、何故そのことを知っているのですか? ヘーネスの読心能力は知られていないはず」
ヘーネスの友人であるイリアスはヘーネスの秘密を知っていた。
「人の心が読める?」
ドッキー艦長はヘーネスを不思議そうに見つめた。
「くっ、なぜそれを」
ヘーネスにはドッキー艦長達の会話は聞こえない。
自分の秘匿能力を一瞬で見破ったと思ったヘーネスは驚愕する。
「鑑定」
「それだけはいけない」
ドッキー艦長が手を放そうとするが――。
「もう遅い」
その瞬間、ドッキー艦長の思考が、その全ての情報がヘーネスに流れ込んだ。
ああ、休みたい。
早く女王陛下をお救いしてゆっくり休みたい。
いや、永遠に休みたい。千年分は働いたはずだ。
とにかく休みたい。もう働かないぞ。
なんで僕ばかり働かなくてはいけないんだ。
働く神様が僕を祝福しているのか?
もしかして? 僕には休めない加護でもあるのだろうか?
そんなドッキー艦長の休みへの飽くなき思いがヘーネスに伝わった。
「はえ?」
ヘーネスはその鑑定結果に戦意を喪失しフラフラと床に降り、その場にへたり込んだ。
「この人、何考えているのよ」
ヘーネスがドッキー艦長を見上げた。
「え? 何って? 休みのことかな」
ドッキー艦長は頭をかいた。
「ヘーネス、大丈夫?」
イリアスが遠距離瞬間通信でヘーネスに語り掛けた。
「あれ? イリアス? 生きていたの?」
その声にヘーネスが顔を上げた。
「さっきからそう言っているんだけど、それよりも艦長を鑑定して汚染されてない?」
イリアスのその質問に眉をしかめるドッキー艦長。
「ええ……この人の頭の中は休みのことで一杯だった」
ヘーネスが力なくそう答えた。
「はっ?」
「なっ?」
ウナとレガードが叫んだ。
「艦長は連戦でお疲れなのでしょう」
エストスが優しい目をした。
「ふざけないで! 何が休みたいですか」
イリアスがシルフアルケミーの中で叫んだ。
「ふざけてないぞ。僕はずっと働き詰めなんだぞ」
ドッキー艦長が口を尖らせた。
「この王国の存亡の危機に何を考えているのですか? 一番に女王陛下のことを考えるべきでしょうに」
「二番目に考えているよ」
ドッキー艦長はイリアスに抗議した。
「この人には常識とか、普通とか、通常とか、手加減とか自重とかの言葉は通用しないのですのよ」
サララが何度もお手上げした。
「確かに艦長は常識には囚われないお方だ。一度剣を交えた我々はよく分かっている」
エストスが頷いた。
「……」
「うん」
「確かに、死ぬかと思った」
「つか、鑑定結果が休みたいだけって、それっておかしいよね」
「炎の巫女様の鑑定を弾いたのかな?」
ワルキューレエッダ隊員達が好き勝手なことを言い出した。
「はいはい。私も休みたい。休みたい」
ソフィアが挙手をして。
「私なんて永遠に寝てられるもんね。もう朝とか夜とか関係ないから。起こされなければ十年は寝ていられる自信はある。あっ。起こしてくれる人なんていなかった。それにほら年取ると眠れないって言うじゃない? でも長く寝ていられるってことは、私ってまだまだ若いってことだよね?」
ソフィアは誰に話すわけでもなく嬉しそうに手を振った。
「そりゃワルキューレエッダ隊には若さではちょっとだけ及ばないけど、私もまだまだ捨てたもんじゃないわ。ネクロマンサーっていう能力のせいで暗いとかダークサイドとか言われて、挙句の果てには根暗マンサーなんて馬鹿にされ、私なんて部屋の片隅で消えてなくなっちゃえばいい無価値な存在なのよ。でもそんな私の真の、隠された魅力を見抜いたドッキー艦長は顔は今一だけど良い判断力を兼ね備えているわね。そこだけは褒めてあげる。あー怠惰な上官で良かった。これが熱血系気合い系脳筋艦長だったら、死ぬまで働かされシワシワになっちゃうところだった」
ソフィアがすっきりした顔で喋り終わった。
「あれ? この喋り方は? もしかしてソフィア?」
ヘーネスが落ちていた杖を拾いながら首を傾げた。
「ええ、艦長に攫われたの」
「え?」
「誤解を招くようなこと言うなよ。また堅賢者の杖で攻撃されちゃうだろ」
「てへっ。冗談よ。ヘーネス。私は反乱軍を抜けたの」
ソフィアが拳骨を作り自分の頭を軽く叩いた。
「え? 抜けた?」
「炎の巫女様。我々ワルキュリアエッダ隊はドッキー艦長の指揮下にある」
エストスが真剣な口調でそう言った。
「え?」
「一緒に来ない? 炎の巫女様」
「ヘーネス。私達と一緒に戦いましょう」
イリアスがヘーネスを誘う。
「……でも」
ヘーネスが顔を背けた。
「でも? このまま反乱軍にいたら、扱き使われて、監禁されるだけよ」
イリアスの声がハンガーデッキに響き渡る。
「それはどこに行っても同じことよ」
ヘーネスが諦めたようにそうつぶやいた。
「僕は違うぞ。監禁なんて無駄なことはしない。しっかり休暇は与える。だから僕も休んでいいかな?」
「艦長は少し黙っていてください」
「はい」
イリアスの一喝でドッキー艦長が静かになった。
「ヘーネス。その気持ちよく分かる。私達、能力者はどこに行っても同じ、壊れるまで利用されるだけ」
ソフィアが悲しそうな声で言った。
「私達がそんなこと絶対にさせない。ドッキー艦長は私が何とかするから安心して」
イリアスの声が広大なフロアに響いた。
「何とかって、出来る訳ないじゃない。分かっているでしょ? 私なんて仲間にしない方が幸せよ」
「そんなことはない」
「最初はみんなそう言うの。大丈夫よって、でも私を恐れ、やがて避け始め、疎遠になる。だから私は、今まで通り反乱軍で隔離されていたほうがいいのよ」
ヘーネスは悲しそうな瞳で破壊されたハンガーデッキの天井を見上げた。
涙を堪えるように――。
「ヘーネス」
「巫女様」
「艦長、なんか出して」
リーマイ副官がドッキー艦長に命じた。
「なんかってなんだよ……僕は歩く倉庫じゃないぞ」
「文句を言う倉庫ですのよ」
サララが冷ややかに言う。
「なんかって……巫女様のスキルが強すぎるのか……でもそれなら良い物があるよ」
ドッキー艦長がアイテムボックスから古い腕輪を取り出した。
「これは?」
「ばっちい腕輪ですのよ」
「艦長? それは一体?」」
ドッキー艦長が取り出した腕輪に釘付けとなる。
「鑑定してみるといいよ。僕が説明するよりも早いだろう」
「人を支配する従属の腕輪じゃないですよね?」
イリアスが怪訝そうな声を上げた。
「そんな便利なアイテムがあったらサララに使っている」
「え? 私を従属させて何をさせるつもりですか?」
「少し黙ってもらうかな」
「くっ。私が黙ったら、ただのつまらないAIになってしまうのですのよ。断固拒否するのですのよ」
「だから従属の腕輪じゃないってば」
ドッキー艦長は腕輪をヘーネスに差し出したまま頭をかいた。
「……鑑定だけ」
ヘーネスが恐る恐るドッキー艦長が取り出した腕輪に触れた。
「……え? 古代魔道王国の魔道具……試練の腕輪? 効力はスキル阻害」
「はっ?」
「なにそれですのよ?」
古代王国マニアのサララが涎をぬぐった。
「スキル阻害?」
イリアスが首を傾げた。
「これは個人のスキルを抑制するために作られた魔道具だよ、これで少しはヘーネスの鑑定の威力が抑えられるかもしれない。元々は訓練用の物だったはずだ」
ドッキー艦長が自慢げに説明する。
「古代魔道王国の遺産?」
「しかも魔道具って女王陛下のところか、ブレイブケイブに祭られているだけですのよ」
「艦長は何故、こんなものを持っているのですか?」
エストスが皆を代表して問いかける。
「それだけは言えない」
そう言いながらドッキー艦長はヘーネスに腕輪を渡した。
「君にあげるよ」
「……」
ヘーネスは無言で腕輪を身につけた。
直接鑑定により腕輪の安全性とその効果を確信しているのだ。
「ヘーネス、痛くない?」
その様子を見ていたイリアスが心配そうな声を上げた。
「……ええ」
ヘーネスが腕輪を嵌めた手首を、表、裏に回す。
「艦長のこと好きになったりしてない? 従属の腕輪じゃない?」
イリアスがさらに問いかける。
「では試してみようか、僕に触れてくれ。能力が阻害され心は読めないはずだ」
ドッキー艦長が手を出した。
「嫌ですが」
ヘーネスがドッキー艦長の手を払って顔を背けた。
「くっ、ソフィアちょっとこっちに来てヘーネスに触れてみてくれ」
ドッキー艦長がソフィアを呼んだ。
上層フロアにいたシルフアルケニーが降下し、エストス機からソフィアが降り立った。
「ヘーネス。久しぶり。私に触れちゃう? でも私に触れたらヘーネスの心が汚染されちゃうかもしれませんが? どうしましょう。私色に染まってしまったら? ヘーネスが暗黒面に落ちちゃう」
ソフィアがニヤニヤしながら自分自身抱きしめた。
「艦長よりまだソフィアのほうがマシです」
「くっ」
ヘーネスがソフィアに触れた。
「あれ? え? 読めない」
ヘーネスの目が大きく見開いた。
「え? 今、私、物凄いこと妄想しているんだけど大丈夫? 読めないの?」
「ええ、全く読めない。人の感情が襲ってこない、こんなこと初めて……」
ヘーネスの大きな目から大きな涙がポロポロと落ちた。
「今、物凄く卑猥な想像しているのに読めないの?」
「ええ」
ヘーネスが下を向いたまま震えている。
「……」
「ヘーネス?」
イリアスが心配そうな声をかけた。
「う、うう、うわーん」
泣き崩れるヘーネス。
「ヘーネス」
「炎の巫女様」
「お辛かったでしょうに」
涙ぐむワルキュリアエッダ隊員達。
「ちょっと、私に触れて泣かないでよ。悪いことしているみたいじゃない。悪いことは考えていたけど」
「ごめんなさいソフィア。貴方のせいじゃないの、そのごめんなさい」
ヘーネスがもう一度ソフィアに抱きついた。
ソフィアは優しく抱き返した。
「もう甘えん坊ね。私のことをお母さんだと思ってねって、まだ私若いわ」
「ヘーネス、良かったわね。これでもう普通の女の子ね」
その様子を見ていたリーマイ副官が遠く離れたサンダーゲートからヘーネスに声をかけた。
「え。この声はお姉様?」
ヘーネスが急いで涙を拭いて、辺りを見渡した。
「「「「おねえさま?」」」」
ワルキューレエッダ隊が怪訝な声を出した。
「おねえさま?」
「おねえさま?」
ウナとドッキー艦長が同時に首を傾げた。
「オネー様? 私みたいね」
ソフィアが自分を指さした。
「ヘーネス、貴方が来てくれると助かるのよ。私達の仲間になって」
リーマイ副官が命じた。
「はあ、お姉様がそう仰るならばなります。ですがなぜもっと早くそう仰ってくださらなかったのですか? イリアスも知っていたの? お姉様のこと」
「え? おねえさまって誰?」
イリアスが遠く離れたシルフアルケミーの中で首を傾げた。
「ヘーネス。その呼び方、なんとかならないの?」
リーマイ副官が諦めたように言った。
「なりません、お姉様です。私よりも鑑定能力が凄くて、美人で堂々として、私の憧れの存在のお姉さまです」
ヘーネスの顔に笑顔の花が咲いた。
「あのーリーマイ副官。炎の巫女様とは知り合いだったのですのよ?」
サララも首を傾げた。
「ええ、昔ちょっとだけ宙域鑑定のやり方を教えたのよ」
「いやいや、ちょっとだけじゃないです。何を言っているんですか。お姉様は私の師匠ですよう」
ヘーネスが胸を張った。
「師匠?」
イリアスが驚きの声を上げた。
「それはリーマイ副官の弟子ってことかい?」
ドッキー艦長が頭を抱えた。
「やっぱり、その腕輪返してくれないかな?」
「嫌ですが」
「艦長酷い」
「最低」
「私の弟子だとなにか問題でも?」
リーマイ副官の冷たい声が広大なフロアに響き渡った。
「え? それだけは言えない」
ドッキー艦長が気まずそうに眼を泳がせた。
「お姉様。お世話になります。イリアスも、ソフィアも、ワルキュリアエッダ隊の皆様も」
ヘーネスがエストスに頭を下げた。
「あと艦長も」
ヘーネスが思い出したようにドッキー艦長に軽く頭を下げた。
「うむむ」
こうして炎の巫女ヘーネスは超弩級戦艦サンダーゲートの一員となった。
「こちらこそ頼む。共に戦いましょう」
エストスが敬礼する。
「よろしくね巫女様」
ウナが首を傾けた。
「今度、艦長の秘密を教えてくれ」
レガードが笑いかけた。
「ヘーネス改めてよろしくー。なんか若くて美人ばっかりで正直気分が悪いけど、あっでも私も若くて美人だった。てへっ。可愛くて鑑定能力持っているって嫉妬で狂いそう。あっでも若くて私も可愛かったんだ」
ソフィアが舌を出した。
「ヘーネスの早とちりにも困ったものね」
イリアスが喜んだ。
「ごめんなさい」
「わーいやったー鑑定能力があれば無敵、勝てる」
「巫女様よろしく」
「ありがとうございます炎の巫女様」
「やったやった」
ワルキューレエッダ隊員が歓迎した。
フロアの空気が和む中、独りだけ不満そうな者がいた。
ドッキー艦長だ。
「いやいや、おかしくないかな? あの戦いは何だったの? リーマイ副官が最初に説得していれば僕が戦う必要なかったのでは? これではただのただ働きでは? 死ぬかと思ったんだけど? しかも腕輪取られ損じゃない?」
ドッキー艦長が眉間に皺を寄せた。
「艦長が最初に知り合いかって聞かなかったからいけないのですよ。しかも一度上げた腕輪を返せとか心が狭いお方ですよね。広いのはアイテムボックスだけですか? しかも説得失敗したのは誰ですか? 艦長という自覚も行動も出来ていないのは誰ですか?」
「……」
リーマイ副官の容赦ない一言で完全に沈黙するドッキー艦長。
「まあ、艦長は炎の巫女様を物で釣ったのですのよ」
サララが腰に手をやって天を見上げた。
「まあ、確かに我らも補給物資に釣られたしな」
レガードが頷いた。
「まあ、確かにシルフアルケミー零番機とかレア物で」
ウナが首を振った。
「あれ? 私は何にも貰ってない。あれ? 私は何も貰ってない」
ソフィアがドッキー艦長に詰め寄る。
「若い子だけにずるい。私にもなんか頂戴」
「え? 何がいいの? ネクロマンサーの欲しがる物って想像したくないんだけど」
「エリート魔族の死体で許してあげるわ」
「え? そんなもの持って……持ってるかも」
「え? 出して、直ぐに出して」
ソフィアがドッキー艦長に抱きついた。
「なっ」
エストスの眉が一瞬動いた。ウナはそれを見逃さない。レガードと目配せした。
「それはまた今度ね、それよりサララ。ヘーネスの乗員登録」
「もう終わってますのよ。改めましてヘーネス。私はAIのサララ。よろしくですのよ」
小さなサララがクルリと回ってお辞儀をした。
「サララはこう見えても古代エレメンタルAI……ララシリーズなんだよ」
ドッキー艦長の言葉に胸を張るサララ。
「なるほど、未来演算は貴方でしたか。参りました」
ヘーネスが笑った。
「いえいえ、炎の巫女様も凄いのですのよ。今度鑑定のやり方教えるのですのよ」
「ええ」
「よし。ではサララ、そろそろ始めるか」
ドッキー艦長はそう言いながら巨大な主砲を取り出した。
お読みいただきありがとうございました。




