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36 ドッキー艦長対炎の巫女

「待ちなさい」


 シルフアルケミーの前に一人の少女が現れた。

 その少女は豪華な衣装を纏い、巨大な杖を手にし、燃えるような赤い髪をなびかせていた。

 そして長い睫毛の大きく整ったその目は怒りに燃えていた。

 まるでドッキー艦長を、シルフアルケミーを親の仇のように睨んでいた。


「炎の巫女様? 何故ここに?」


 エストスがそう呟いた。


「炎の巫女様? それって反乱軍所属の鑑定能力者ですのよ。艦長の変装を見抜いた張本人ですのよ。ああ、これは恋の波乱の三角関係バトル勃発の予感ですのよ」


 サララが楽しそうに震えた。


「……リーマイ副官と同じ鑑定能力者か……それは厄介だな……あっ」


 ドッキー艦長は慌てて口をつぐんだ。


「厄介? 艦長それは一体どういう意味でしょうか?」


 リーマイ副官の冷酷な声がドッキー艦長の心臓を握りしめた。


「そ、それだけは言えない」


 ドッキー艦長は小さな声で喘いだ。


「あら、言えないことを考えていたのですね? やっぱり私のことを厄介だと、そう考えていたのですね? いつもいつも口うるさいとか、そう考えていたのですか? ほほう。職務に真面目な私を厄介だと?」


 リーマイ副官の声がドッキー艦長のシルフアルケミーのコクピット温度を下げた。


「そ、そんなことないよ。リーマイ副官にはいつも助けてもらってますよ」


 ドッキー艦長は両手を揉んだ。


「……それより艦長、ヘーネスを絶対に殺さないで」


 リーマイ副官がドッキー艦長のゴマすりを無視して真面目な口調でそう言った。


「ヘーネス? ああ、炎の巫女のことかい?」


 ドッキー艦長は汗を拭った。


「はい。できれば説得、もしくはワルキューレエッダ隊を、ソフィアを手籠めにしたように仲間に引き入れてください」

「人聞きの悪い。僕は誰も手籠めにしてなんかないぞ」


 ドッキー艦長が眉をしかめた。


「隊長はあっさり手籠めにされましたよ」


 ウナ機がノーズを傾げた。


「そんなことはないぞ」


 エストスが小声で反論した。

 だが誰も同意しない。


「あら、私はあっさり手籠めにされましたよ。ぎゅっと手を握られ、キミの力が必要だと熱っぽい目で口説かれましたよ。おばちゃん年甲斐もなくトキメキ細胞が活発になるところだった。あっぶねえ。でもどうせならもう少しハンサムな人に言われたい言葉だったかな。ボサボサ頭の人に言われても効果ないっていうか、無意味、無価値、無常? まあ、たまたま状況に流されてOKしちゃったけど。ねえ聞いてる?」


 ソフィアが嬉しそうに顔の横で手を合わせた。


「……反乱軍の鑑定能力者が簡単に仲間になってくれる訳ないだろう」


 ドッキー艦長はソフィアを無視してそう言った。


「でも隊長はあっさり仲間になってくれましたよ」


 ウナ機がノーズを反対側に傾けた。


「そんなことはないぞ」


 エストスは小さな声で反論した。

 だが誰も聞いていない。


「私はあっさり仲間になっちゃいましたよ……無人戦闘機で作った力作ハイパーメタルドラゴンゾンビが消えちゃって、ショックで寝込みそうな弱った所に優しい声をかけられて、仲間になっちゃいましたが、まあ、今考えれば反乱軍にいるよりは楽しいっていうか? 私の本気が出せるっていうか? ねえ誰か聞いてる?」

「艦長。とにかく絶対にヘーネスを引き抜いて、彼女を反乱軍には置いておけない」


 ソフィアの声を遮るようにリーマイ副官が言った。


「リーマイ副官、そこは私以外の鑑定能力者など要らないって叫ぶところですのよ」


 サララが拳を振った。


「はあ? 何を言っているの? 鑑定持ちのヘーネスを仲間にすれば私の代わりに鑑定してくれるのよ。こんなに楽なことはない。そして私は艦長から解放される」


 リーマイ副官の言葉にドッキー艦長の眉間の皺が深くなる。


「なんだかリーマイ副官、艦長に似てきましたですのよ」

「……サララ。今何て?」

「だからそういうところ艦長に似てきたのですのよ」

「今度そんなこと言ったら、あなたの基幹コードを鑑定して二度と減らず口が叩けないようにいい子に没個性の普遍的な何の面白みもない普通のAIに書き換えるわよ」

「すいません、すいません。似てません、全然似てません、勘違いですのよ。こんなボサボサ頭、ちっとも似てないのですのよ」

「はあ? そりゃそうだろう。僕のほうが働き者だ」


 ドッキー艦長が口を挟んだ。


「あら、私が働いていないとでも仰るのですか?」


 リーマイ副官のその声でコクピット内の温度が更に下がった。


「艦長不在の中、誰がサンダーゲートを切り盛りしていると思っているのかしら?」

「……」


 黙り込むドッキー艦長。


「言わせてもらいますけどね、だいたい艦長はいつも……」


 それからしばらくリーマイ副官の小言が続いた。


「イリアス。炎の巫女様がデッキに現れた」


 エストスが遠く離れているイリアスに呼びかけた。


「え? ヘーネスが? なんでビッグメンター要塞に。艦長、ヘーネスは大切な友人です。絶対に殺さないでください。もしヘーネスに何かあればデスブリンガーモードで突き刺しますからね。アルテミスブレスで焼き殺しますよ」


 イリアスが遠距離瞬間通信で叫んだ。


「何で僕が巫女を殺す前提なんだよ。みんな僕のこと何だと思ってるんだよ」

「ただの補給係」

「ただのボトム魔王」

「ただの変な人?」

「ただのボサボサ頭」

「ただのサボり魔」

「ただのいやらしい人」

「ただのセクハラ艦長」


 ウナとレガードとソフィアが即答し、その他大勢が答えた。


「……そもそも平和主義者の僕が、人を殺すなんてそんな非効率なことする訳がないだろう。有能な人材は活用、運用、採用するよ。殺すなんてもったいない。死ぬまで扱き使うからな。ハハハハ」


 ドッキー艦長が手を広げた。


「ブラックの魔王がいる」


 ウナが首を振った。


「……平和主義者? 誰が? 一人でダーレンゲートを破壊した人が平和主義者?」


 リーマイ副官の呆れた声が響く。


「私のシルフアルケミーを殴ったよね」

「蹴られた私」

「撃たれた私」

「私も被害者」


 ワルキュリアエッダ隊が各々呟く。


「それより艦長、炎の巫女様が……」


 エストスがドッキー艦長に報告する。


「……イリアス。どうしたの? 機体のどこかが故障しているの?」


 ヘーネスがドッキー艦長の乗るシルフアルケミーに近寄ってきた。


「しまった。このシルフアルケミーはイリアス機に偽装したままだった」


 ドッキー艦長が叫んだ。

 そう、ドッキー艦長が駆るシルフアルケミーはイリアス機に偽装していたのだ。

 従ってヘーネスはこの機体にイリアスが搭乗していると信じ切っていた。


「ま、まずいですのよ。直接鑑定されたらバレます。そして艦長の女装イリアスコスがバレちゃうですのよ」


 サララが慌てふためいた。


「女装なんてしてないぞ。さっきからみんな僕の扱いが酷い。これでも艦長なんだぞ。一艦しかないけど艦隊司令官なんだぞ。もっと誠意と敬意を持って接してくれないと働かないぞ」


 ドッキー艦長は天に向かって手を広げた。


「だったら艦長らしく、そのカリスマでヘーネスをさっさと仲間に引き入れてください」


 リーマイ副官が冷たく言い放った。


「くっ、カリスマみたいな便利なものあったら苦労していないってば」


 ドッキー艦長が肩をすくめた。


「イリアス? 応えて」


 そうこうしている間にヘーネスがドッキー艦長のシルフアルケニーに近づいた。


「ひいい、来るなああ」


 ドッキー艦長の肩の上でサララが面白そうに叫んだ。


「ああ、もう耳元で叫ぶなよ。あんまりふざけていると僕がリーマイ副官に怒られるじゃないか」


 ドッキー艦長が目を離した隙にヘーネスが飛び上がり、小さな手でシルフアルケニーに触れた。


「マズイのですのよ。直接鑑定されたのですのよ」


 サララがドッキー艦長のボサボサの髪を引っ張った。


「……何これ? シルフアルケニー零番機?」


 ヘーネスが口に手を当てて驚いた。


「むむ。これは厄介。彼女の力は本物か?」


 ドッキー艦長が小さな声でそう言った。


「炎の巫女様ですよ。反乱軍最強の鑑定能力者ですよ。当たり前です」


 イリアスがヘーネスのことを自分のことのように自慢する。


「これはイリアスのシルフアルケミーじゃない。どういうこと? 詳細鑑定。えっ? 弾かれた?」


 ヘーネスの赤い髪が乱れた。

 この機体はイリアスの機体ではない。

 そしてあろうことに詳細鑑定が阻害されたのだ。

 鑑定を阻害する者は自分より優れた者だけだ。

 そんな存在に出会ったことがない。


「……まさか」


 ヘーネスはすぐに思い出した。

 あの魔族のことを。


「これには魔族? あのボトムオーガが乗ってるの?」


 ヘーネスの顔が蒼白になる。


「うわぁ。一発で見抜かれたのですのよ。炎の巫女様の鑑定能力、本物ですのよ」


 ドッキー艦長の肩に乗ったサララが興奮して耳を引っ張った。


「こら痛い、サララ落ち着いてくれよ」


 ドッキー艦長がサララを引き離した。


「イリアス、イリアス」


 ヘーネスが小さな声で何度も叫んだ。


「ヘーネス、違うの」


 それを見ていたイリアスが遥か宇宙の彼方から瞬間通信で叫んだ。

 その声は拡散スピーカーでヘーネスの耳にも届いた。


「え? イリアスなの?」


 ヘーネスは辺りを見渡した。


「そうよ。ヘーネス。私よ」


 イリアスが答える。


「イリアス? どこにいるの?」

「とても遠いところよ」


 イリアスの声が巨大なハンガーデッキ内に静かに響いた。


「え? 遠いところ? まさか? イリアスはもう死んで……」


 ヘーネスは、うつむいて杖を強く握りしめた。


「落ち着いてヘーネス。私は無事よ」

「よくもイリアスを、よくも私の友達を」

「違う、違う。ヘーネス落ち着いて」

「……魔族めえええ。イリアスのふりをするなああああ」


 ヘーネスが顔を上げて叫んだ。


「ヘーネス待って落ち着いて」


 イリアスが心配そうな声を上げた。


「イリアス。それ以上喋るな。混乱を招くだけだ」


 エストスが割って入るが時すでに遅し。


「……絶対に許さない。イリアスの仇」


 ヘーネスが杖を振り上げた。

 プラズマが舞い、紅蓮の炎となって舞い上がる。

 それは幻覚でも触覚立体映像でもない。

 熱量があった。高温プラズマ状態があった。

 そして敵意があった。

 ハンガーデッキ内の温度が一気に跳ね上がる。

 周囲の塵が瞬時に燃え上がり火の粉となって舞い上がる。

 上昇気流が巻き上がり、轟轟と音を立て始めた。

 異常な熱を感知した換気用ダクトが解放され、巨大なファンが回り、真空宇宙の冷気と熱交換し始めた。


「あの変な棒はなんですのよ」


 サララが観測映像を見ながらそう言った。


「まずい、まずい……あれは一万年前のエクソダスの勇者の仲間、堅賢者の杖だ。なぜここに? 本物が残存しているはずがない」


 いつも冷静で気怠そうなドッキー艦長が大きな声を上げた。


「艦長どういう意味ですか? ヘーネスの杖がそんなに珍しいものなのですか?」

「エストス。退避しろ。あの杖は魔原子攻撃を放つ。いくら強固なシルフアルケミーの流体フルイド装甲とはいえ無事では済まないかもしれない」

「しかし、艦長の身が」

「下がれ」

「「「OB」」」


 エストス、ウナ、レガード機がアクセルキャンセラーで加速をオミットし、ハンガーデッキの隅に避難した。

 それを横目で確認したドッキー艦長がシルフアルケミーのハッチを開けて外に飛び出した。

 炎とプラズマの奔流の中、恐れもせず、堂々と現れた。


「聞いてくれ、これは誤解なんだ。イリアスは今は僕の部下で別の任務でここを離れているが無事だ。だから安心してくれ。誰も君に危害を加えるつもりはない」


 ドッキー艦長は優しく諭すようにヘーネスに話しかける。


「魔族風情が何を言っているの?」


 だがヘーネスは頬だけで笑った。


「え? 魔族? 今はボトムオーガじゃないけど……あっしまっ」


 ドッキー艦長は口を押える。


「やはり魔族が変装していたのね?」


 ヘーネスの目が疑念に光る。


「バカンチョウ、自分で変装してたのバラしたのですのよ」


 サララが叫ぶ。


「艦長、退避を」

「艦長、ヘーネスを殺さないで」

「艦長、ヘーネスを傷つけないで」


 リーマイ副官が、エストスが、イリアスの声が乱れ飛ぶ。


「イリアスを返して」


 ヘーネスが杖を振りかざした。

 巨大な紅蓮の炎が螺旋状にいくつも舞い上がり、空中で合流し巨大な炎となって、ドッキー艦長に向かって落ちた。

 ハンガーデッキ内が爆発した。

 まるで融合爆弾が爆発したかのような巨大な爆球が生まれ、ハンガーデッキを、フロアを揺るがした。

 その衝撃はハンガーデッキだけではなく、周囲のハニカム構造体も揺るがし、ビッグメンター要塞を揺るがした。


「うわ、ちょっと待ってくれ、これはもう僕の話は聞いてくれない……か?」


 ドッキー艦長は迫りくる紅蓮の炎をアイテムボックスに取り込んだ。

 輻射熱だけが残り、ハンガーデッキの温度が一気に下がる。


「なっ? やはりアイテムボックス? 勇者様の能力を汚すな。この汚い魔族めええ」


 ヘーネスは杖を振りながら叫んだ。

 先程よりも数倍も巨大な炎が沸き上がり、濁流となってドッキー艦長に向かって直進する。ヘーネスはボトムオーガがアイテムボックスを所持していることは知っているのだ。


「だから、ちょ、待ってくれって言ってるよね」


 ドッキー艦長の前に巨大な金属の壁が出現した。

 それは戦艦の船壁、防御スクリーンが内蔵された複合コンポジット装甲だ。

 その強固な壁にヘーネスの放った魔原子の炎は止められ、上下左右に潰れるように波紋状に広がった。


「絶対許さない。空間鑑定」


 ヘーネスが空間鑑定を実行し、周囲の状況を把握する。

 空間鑑定。その名の通り空間を鑑定する初期スキルだ。

 ヘーネスはその鑑定結果に従って体内反重力器官で飛んだ。

 そして身体を捻って壁の向こう側にいるドッキー艦長に向けて杖を振った。


「え? なぜここが?」


 暴風のような魔原子炎がドッキー艦長に迫る。

 だがドッキー艦長は寸でのところで、それらをアイテムボックスに収納した。


「え? 僕の動きを読んだ?」

「なんで演算器も使わないで未来予測ができるのですのよ」


 サララがドッキー艦長の肩の上で叫んだ。


「演算器とブレインリンクしている可能性は?」

「あるかも? ここはビッグメンター要塞内部ですのよ」

「鑑定、鑑定、鑑定、鑑定」


 ヘーネスはハンガーデッキ内を飛びながら、賢賢者の杖を振るう。

 爆炎が床を焼く、空気を焼く。

 そしてドッキー艦長が隠れた柱に向かって咆哮する。

 強大な炎が柱を巻き込んだ。

 だがドッキー艦長は紙一重で回避する。


「鑑定鑑定鑑定」

「違うぞ、あれは未来予測ではない。連続鑑定で状況をリアルタイムで掌握している。なんという集中力」

「かんてい、かんてい、かんてい、鑑定ぃいいい」


 ヘーネスが血走った眼で杖を振る。

 いくつもの炎が竜巻となって、旋風となってハンガーデッキ内を荒れ狂う。

 そして上下左右からドッキー艦長のいる地点で皆合し、激突し、昇華し、衝突し燃え上がった。

 その爆球は融合爆弾のように瞬時に膨れ上がった。

 ハンガーデッキの壁を天井を圧迫し溶かす。瞬時に焼失させる。

 補強された壁を、天井を紅蓮の炎が突き破る。


「「艦長」」


 エストスとリーマイ副官が同時に叫んだ。

 いくつもの大爆発が連鎖発生し、巨大なビッグメンター要塞の天蓋構造物がゆっくり落下し始めた。

 ビッグメンター要塞には重力があった。

 これ程までの巨体だ。重力があってもおかしくはない。

 巨大な天蓋構造物が周囲の支えを、柱を押しつぶす。

 そしてドッキー艦長達が立っていたフロアに落下、そのままフロアをぶち抜いた。

 その衝撃でフロアに巨大な亀裂が発生し床が落下し始めた。

 ドッキー艦長とヘーネスは要塞の崩落に巻き込まれ消えた。


「「「「艦長」」」」


お読みいただきありがとうございました。

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