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34 潜入ビッグメンター要塞

 反乱軍主星域最重要拠点――ビッグメンター要塞。

 直径二十キロの要塞内部は全て演算器で占められている。

 防御スクリーンも攻撃兵器も、弾薬も燃料備蓄も戦艦程度にしか搭載していない。

 あるのは圧倒的な演算力のみ。

 その演算力で主星域全体を演算制空権に置き、演算妨害で満たし、外部からのワープリングを防いでいた。

 そう、このビッグメンター要塞はこの主星域の要なのだ。

 そして無防備なビッグメンター要塞を守護する為に、三基のトールハンマー要塞が設置されていた。

 第一トールハンマー要塞――ガスアグライアー。

 第二トールハンマー要塞――エアエウプロシュネー。

 最四トールハンマー要塞――ランドタレイア。

 これら三基のトールハンマー要塞はトライスターと呼ばれていた。

 その強固な防御スクリーンは複雑に重複し、絡み合い、補強され、ただでさえ難攻不落の防御能力が何倍にも跳ね上がっていた。

 外部からの侵入不可能。何人たりとも塵一つとして侵入を許されない。

 まさに難攻不落、鉄壁の守護者。人類圏最強の防衛力を誇っていた。


 ここは第一トールハンマー要塞ガスアグライアーの第一艦橋。

 主星域を守護する要塞の司令室は戦艦や並の要塞とはその規模が違う。

 この司令室は部屋というよりもアリーナのように巨大だった。

 スポーツ施設のように巨大な司令室は客席にオペレーターが座り、主星域の全観測データがここに集約され処理されていた。

 司令室中央部の巨大半球型のモニターにはネクロマンサーの小型艦が映し出されスポーツ試合のように熱狂に包まれていた。


 単独任務に就いていたネクロマンサーことソフィアから吉報が届いたのだ。


 魔族を捕獲。ワルキューレエッダ隊の洗脳を解除と。


 魔族とは反乱軍の中に突如出現したイレギュラー、オーバーロード並みの変異種ボトムオーガのことである。

 言わずもがなドッキー艦長のことである。

 そして皆の憧れの存在であるワルキューレエッダ隊はボトムオーガに洗脳されたと信じられていた。ワルキュリアエッダ隊が裏切るはずがないのだ。

 そう信じたかっただけかもしれない。

 そう公式発表すればそれが真実となる。

 そうワルキューレエッダ隊のファンはここにも大勢いたのだ。


「アイーナ級小型艦シビゲを防衛ライン突破。レーザー誘導開始」


 アイーナ級小型艦シビゲとはソフィアが乗艦していた次元ステルス小型艦だ。

 その小型艦がトライスター要塞の最終防衛ラインに接近していた。


「敵味方識別信号精査完了」

「演算妨害最小値へ」

「観測機を放て」

「アクティブリンク不可、音声通話不可」

「損傷しているのか」

「分かりません」

「応答は?」

「ありません、音声、映像、バイタル、全て応答なし」

「減速の気配なし。このままでは衝突コースです」

「……まずいな」

「緊急着艦シーケンス。周囲の戦艦に退避命令を、いや緩衝スクリーンを展開要請」

「OB。誘導レーザー発信。緩衝スクリーン展開要請開始」

「着艦予定のエマージェンシーハンガーデッキに通じるシャフトに衝撃吸収材を注入」

「外皮大陸深層プレートのエマージェンシーハンガーデッキ付近に滞在している者は速やかに退避せよ。只今より衝撃吸収材の注入を開始します。衝撃吸収材の内部では反重力器官が相殺され、身動きが取れなくなります。ご注意ください。繰り返す……」


 司令室が一気に慌ただしくなる。

 エマージェンシーハンガーデッキへ通じる通路が衝撃吸収材で満たされた。

 この半透明の液体は衝撃を光に変換する対Gゲルを主体とした緩衝材だ。

 反重力を実現されたこの時代でも緊急時への備えはあるのだ。


「シビゲ、減速不可能。緩衝スクリーン展開要請」

「複合防御スクリーン部分解除」

「アイーナ級小型艦シビゲ。レーザー誘導開始」

「エマージェンシーハンガーデッキへ誘導」

「強制的にトラクタービームで受け止めることは?」

「慣性維持。減速の衝撃で船体破裂の可能性があり推奨できません」

「衝撃吸収材除去後に包囲。ハンガーデッキ内での発砲を許可する」

「魔族が捉え、ワルキュリアエッダ隊を救出せよ」


 やがてシビゲがその姿を現した。

 制御を失っているのか、無人戦闘機の残骸を撒き散らしながら飛んでいた。


「これは酷いな」

「ランディングシーケンス省略」

「一次緩衝スクリーン突破」

「速度減少確認」

「続いて二次緩衝スクリーン突破」

「速度減少確認」

「やったぞ」

「ですが緩衝スクリーンによって誘導軌道逸脱。このままでは要塞外壁に激突します」


 オペレーターの一人が慌てて指示を仰ぐ。


「周囲の戦艦から微弱トラクタービーム照射。進路を強制変更。シャフト入り口まで誘導せよ」


 無数の雲の糸のようなトラクタービームが小型艦シビゲに照射された。


「進路変更成功です。ですがまだ速い」

「心配ない。小型艦シビゲは無人戦闘機を緩衝材のように纏っている。賢いな。総員衝撃に備えよ」


 小型艦シビゲはトラクタービームと誘導レーザーに捉えられ進路が補正された。

 そしてトライスターの一つ、 第一トールハンマー要塞――ガスアグライアーの巨大シャフトに飛び込んだ。

 衝撃吸収材が爆発するかのように宇宙空間に飛び散った。

 対Gゲルが衝撃を光に変換し周囲を照らした。

 小型艦シビゲはシャフトに満たされた対Gゲルの中を光の尾を引きなが突き進む。

 シャフトの壁に激突しながらエマージェンシーハンガーデッキ内に突入した。

 破壊された無人戦闘機がエマージェンシーデッキ内を縦横無尽に転がり、激突し、勢い余って天井に激突し、フラクタル建材をへし折り、柱をなぎ倒し、エマージェンシーハンガーデッキ内の全ての物を吹き飛ばした。

 いくつものトラクタービームが照射され、減少させる。

 その衝撃を和らげる。

 そしてついに運動エネルギーが相殺され、小型艦シビゲの減速に成功した。

 小型艦シビゲがハンガーデッキの壁に激突し、ようやく停止した。

 シビゲは自ら纏っていた無人戦闘機の瓦礫に埋もれた。


「アイーナ級小型艦シビゲ着艦」

「やったぞ」


 オペレーター達は息をするのも忘れていたのか、大きな溜息が要塞の艦橋に響いた。

 換気装置が轟音を出しながらハンガーデッキ内の空気を吸引し、新鮮な空気を送り込む。

 天井の柱や構造物が落下する音が大音量を奏で、その衝撃がハンガーデッキを揺らす。

 トラクタービームが照射され、余計な瓦礫を取り除いていく。

 シャフト内から流入した衝撃吸収材が除去され、突入班がシビゲを取り囲む。


「応答は?」

「ありません」

「仕方がない。医療バルーン準備。船内へ突入するぞ」

「オンビット」


 機動防御服を着た突入班がシビゲのハッチを抉じ開け、一気に突入した。


「これは?」

「船内システムは?」

「応答なし」

「破壊されている?」

「何があった?」

「分かりません」


 そしてソフィアの制御室になだれ込んだ突入班は唖然とした。


「誰もいない?」


 そう小型艦シビゲは無人だった。

 ネクロマンサーであるソフィアもボトムオーガも捕らわれのワルキューレエッダ隊もいなかった。

 アイーナ級小型艦シビゲには誰もいなかった。

 電源すら入っていない計器が不気味に沈黙を守っていた。

 推進器も演算器も全て破壊されている。

 こんな状態で飛べるはずがない。アイーナ級小型艦シビゲは完全に破壊されていた。



 時は少し前に遡る。

 アイーナ級小型艦シビゲが防衛ライン突入の際に無人戦闘機の残骸をばら撒いた。

 偶然にもその中の四つの瓦礫がビッグメンター要塞にまで到達し、ハンガーデッキ横の壁に激突した。

 その衝撃で残骸が剥がれ飛び、中から白銀の輝く船体が現れた。

 その流体フルイド装甲は傷一つない新品同様の輝きを放っていた。

 そうこれは古代戦闘機シルフアルケミー。

 瓦礫の中から出現したのはシルフアルケミーだった。


「ソフィアよくやった」


 ドッキー艦長はエストス機に乗るソフィアを褒めた。


「いえいえ、年増でもやるときはやるのよ。感謝するのね、エストスさん。オホホホ」


 ソフィアが前に座るエストスの戦闘甲冑を人差し指で小突いた。


「それにしてもこんなに簡単に潜入できるとは、ちょっと拍子抜けですのよ」


 サララがぼやいた。


「無血、無破壊侵入。これこそ芸術だ。戦うことだけが戦いではない。よく覚えておけよ」


 ドッキー艦長達のシルフアルケミーは瓦礫を纏い小型艦シビゲに張り付き、トライスターの鉄壁の防御スクリーンをあっさり突破した。

 そしてタイミングを見計らって他の瓦礫と共に離脱。

 そのまま堂々とビッグメンターへ辿り着いたのだ。

 小型艦シビゲはソフィアのネクロマンサーの能力で遠隔操縦されていたのだ。


「ネクロマンサーって凄い」


 ウナが感激したように首を何度も縦に振った。


「しかも反乱軍の奴ら、私達が洗脳されてるって信じてたしね」


 レガードが笑った。


「流石艦長です。瓦礫を纏い潜入するとは、トライスターの防衛ラインは強固でシルフアルケミーでも突破は無理だったでしょう」


 エストスがドッキー艦長を賞賛した。


「いや、褒めるべき対象は私じゃないの? 頑張ったのよ。引退したネクロマンサーに復帰した私が一番偉いでしょう? ほらほら? お褒めの言葉が聞こえないのだけど?」


 ソフィアがエストスの顔に近づいた。


「素晴らしい能力だ。私にはスキルも何もない。正直羨ましい」


 エストスがソフィアの顔を見て言った。


「何もないですって? その顔は何? その胸は? 腰は? 足は? 声は何? 滅茶苦茶持ってるもの持ってるじゃないの? 少し分けて」


 ソフィアがタンデムシートに座るエストスに抱きついた。


「な、何をする? 触るな」

「減るもんじゃないし、ええではないか」

「ええい、離れろ」

「誰のおかげでここまで来れたのかな?」

「いやらしい手つきで触るな」

「ああ、鍛え上げられた肉体なのに柔らかい感触」

「ひい、そこは鍛えられない場所だろう。触るな」

「けっけっけ。天下のワルキュリアエッダ隊ともあろうお方がそんな情けない声を出すとは、いひひひ」

「外に放り出すぞ」

「そんなことしていいのかな? 死んじゃうよ私」

「くっ」


 エストス機からエストスとソフィアの声が流れた。


「ちょっと、静かにするのですのよ。ハッチ遠隔操作開始。バレませんように」


 サララが演算要塞に演算戦を仕掛けた。


「演算要塞と言ったって内部からの攻撃には弱いのですのよ。開錠」


 ハッチが開き、四機のシルフアルケミーがハンガーデッキに着艦した。


「着艦完了。船体固定完了。監視装置偽装中ですが長くは持ちませんですのよ」


 サララが真面目な口調で言った。


「ああ、分かっている僕とサララで中央演算室に侵入する。ワルキュリアエッダ隊はここで待機、反乱軍の侵入を阻止せよ」


 ドッキー艦長が命令を下した。


「「「OB」」」

「私は? もう働きたくないのだけど? さっきので最後でいいわよね?」


 ソフィアが抗議の声を上げた。


「ああ、ソフィアは待機。エストス、守ってやれ」

「え?」


 エストスが不満の声を上げた。


「よろしくねエストスさん」


 ソフィアが馬鹿にするような声を上げた。


「むっ」

「何その顔は?」


 ソフィアがエストスを睨んだ。


「その顔っていつもの顔だが」

「その綺麗な顔がいつもですって?」

「ソフィア、なぜ、さっきから私に食い掛って来るんだ?」

「そんなの嫉妬に決まってるでしょ」


 ソフィアが叫んだ。


「嫉妬だと? ネクロマンサーのスキルを有しているのに嫉妬だと? それにソフィアだってかなり綺麗ではないか? その美貌で私の何に嫉妬するところがあるのだ?」


 エストスが真剣な眼差しをソフィアに向けた。


「え? 綺麗? 誰が?」

「ソフィアだ。顔だって整っているし、スタイルだっていいだろう」

「え? もう一回言ってみて?」

「ソフィアは綺麗」

「なにその上から目線。ムカつく。ちょっと若いからってその上から目線。キイイイー」


 ソフィアが狭いコクピット内で暴れ始めた。


「暴れるな。ソフィア。本当に何が不満なんだ。私の何が気に入らないんだ?」

「そんなことも分からないの? そんなの決まっている年齢よ」


 ソフィアがエストスに指をさした。


「年齢? ソフィアも私と変わらないだろう?」

「え? そうなの? じゃあ何でそんなに若々しいの?」

「そうでもないぞ? 宇宙線で肌荒れだって酷いしな」

「くはっ。自慢? ねえ? 自慢なの?」


 ソフィアがエストスの肩を揺らす。


「若いのはあれだよな」

「うん、恋する乙女のあれね」


 レガードウナがそう言った。


「あのーそろそろ行ってもいいかな?」


 ドッキー艦長がシルフアルケミーのコクピットハッチを開け、ビッグメンター要塞内部に侵入しようとしたその時――。


「待ちなさい」


 その前に一人の少女が立ち塞がった。


お読みいただきありがとうございました。

大まかなストーリーに変更ありません。

分割しました。

誤字脱字、読みやすいように修正しました。


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