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33 働きたくない同志発見

 ドッキー艦長はネクロマンサーが潜伏している部屋に入った。

 銃を構えることも剣を構えることもない。

 彼にはそんなもの必要ないからだ。

 なぜならアイテムボックスの前では全てが無力、無意味なのだ。

 銃弾だろうが攻撃ビームだろうがドッキー艦長のアイテムボックスの前では無価値。


 そこは演算器が無秩序に並び、ブレインリンク用のケーブルが床を這っていた。

 ドッキー艦長は音を立てないように浮遊しながら進む。

 演算端末から伸びたコードが部屋の奥にあるシートに集まっていた。

 膨大な数の観測機端末があった。

 ネクロマンサーはブレインリンクによってその能力範囲を飛躍的に向上させていたようだ。

 リーマイ副官の宙域鑑定と同様のシステムである。

 ドッキー艦長は部屋の主を見た。


「うわあああ。びっくりしたああ。一体どうやってここに? そもそも何でここが分かるのよ。おかしいでしょ。次元ステルス艦が見つかるなんておかしいでしょ。次元ステルスは鑑定能力者でなければ発見することなんて不可能なのよ。あああ? もしかして……ひょっとして鑑定能力者がいるの? そうなのね。なんて卑怯なの。鑑定なんて羨ましいスキルとネクロマンサースキル交換して欲しいところよ。それよりあんた誰? 何なのよ。何の権利があって私の神聖な聖域を侵すの? なんで無断で私の神秘の秘密の部屋に立ち入るの? まさか、殺すの? その人を殺すことを躊躇しない残酷そうな、その眠そうな目で私を殺すのね。ああ、ネクロマンサーだからって馬鹿にしてるのね? ネクロマンサーというだけで不幸な私は皆に馬鹿にされ蔑まれ、最後は訳の分からんボサボサ頭に残酷に拷問され犯され殺されるのね。私みたいな日陰者にはぴったりの死に様ね。ねえ? 聞いてるの? 私の可愛い無人戦闘機はどうしたのよ? コラぁ。ご主人様の貞操の危機なのよ。身を挺して守りなさい。それより敵よ。誰かー助けてーってこの船に乗ってるの私だけだった。ああ、こんなことならもっと兵士連れてこれば良かった。いや、あんなスケベの変態野郎なんて無防備状態の私の側に置きたくもない。いやいやそれよりも戦場に出なければ良かった。いや、働かなければ良かった。もう帰りたいよおぉ」


 ブレインリンク端末を振り払い、長い黒髪を振り乱した女性が叫んだ。

 高い鼻の両側の切れ長の目を充血させ、大きめの口で長々と叫んだ。

 ドッキー艦長はその権幕に圧倒され、数歩下がった。


「えっと。僕はドッキー・アーガン。君を殺すつもりはないよ」


 そして引きつった笑顔で名乗った。


「は? そんなの大嘘よ。そのやる気のなさそうな目。それは何かを隠している目に違いないのよ。能ある鷹は爪隠す状態で可憐な私を油断させて誘惑し洗脳して、懐柔しようとしているのね。ワルキュリアエッダ隊を手籠めにしたように。私も洗脳するんでしょ。あんな世間知らずのお嬢様と一緒にしないでちょうだい。こっちは伊達に歳を取ってる訳じゃないのよ。あ、今その通りだった思ったでしょ? 歳取ってるの自覚しているならいいと思ったでしょう? 誰が好き好んで歳なんて取ると思ってんのよこの馬鹿。そうやってヘラヘラ笑ってれば嵐が過ぎ去って、乙女の怒りが収まり、解決すると思っているタイプでしょ? そうは問屋が卸しませんよ。この乙女の私が許しませんよ。ネクロマンサーである私の前で舐め腐った態度取ったイケメンがどうなったかご存知? 壊れた洗濯機に閉じ込めてその薄汚れた中身を洗ってやったわ」


 黒髪の女性の言葉は止まらない。

 腕を振り回し、唾を飛ばしながら激高して鳴りやまない。


「いやー。ちょっと落ち着いて。君に危害を加えるつもりはないから」


 ドッキー艦長は困ったように頭を掻いた。


「ふん。そんなこと言って本当は心の中で笑っているのでしょ。年増の根暗なネガティブネクロマンサーって笑っているのでしょ。知ってるんだから、若くて奇麗な子をはべらせて私を馬鹿にしに来たのね? 私を笑いに来たのね。ネクロマンサーなんて地味で暗くて死体がなければ何の役にも立たない能力だって笑いに来たのでしょう。この時代死体はリサイクルされて原子還元されるし、魔物の死体なんて戦艦の攻撃ビームで跡形も残らず消滅するし、この宇宙航海時代にネクロマンサーなんて時代錯誤もいいとこよ。せっかく無人戦闘機の死骸を集めて作った自信作のドラゴンも、いきなりどっかに消えちゃうし、古代勇者物語を何度も見て作った渾身の力作が消えちゃうし、あれ? もしかしてひょっとしてあんたがやったの? どうやったの? 怒らないからお姉さんに教えてくれないかしら? ああ、敵のあんたが教えるはずはないわよね。あっ。それよりも今、お姉さんって言葉に反応した? 知ってるわよ。自分がもうお姉さんじゃないことに。ああ、あんたは敵だった。敵に情けは受けない。くっ。殺せ。いっそのこと殺せ。その冷たい何も考えてない目で私を殺して」


 ネクロマンサーらしき女性が黒髪を振り乱し、涙目で叫んだ。


「いやーあの。だから殺すつもりはないよ」


 ドッキー艦長は手を前に広げて近寄る。


「キャー来ないでー痴漢変態。この超弩級変態が。誰かー。助けて。犯される。拷問されちゃう。殺されちゃう……」


 ネクロマンサーらしき女性が何かを叫びながら暴れた。


「艦長。何をしているのですか?」


 エストスがドッキー艦長を睨んだ。


「いやーまだ何も」

「うわ。修羅場」

「艦長最低」

「ちょっと待て。まだ僕は何もしてないぞ」


 ウナとレガードも合流し、ドッキー艦長を睨んだ。


「ってワルキューレエッダ隊じゃないの。何そのムカつく美麗スタイル。小さい顔に大きな目に綺麗な髪。ちっきしょー。あんた達ちょっと可愛くて銀河で人気だからって調子に乗ってるんじゃないわよ。どうせ整形でしょうがっ。だけど遺伝子トゥルーカメラで遺伝子観察すれば整形なんて、すぐにばれるのに馬鹿ねって……遺伝子カメラでは天然本物。グアアア、ああムカつく。本物ですって? 遺伝子整形なしでなんでこんなに綺麗なのよ。その遺伝子頂戴。移植するから頂戴。くそ、このワルキューレビッチ隊が。私だって好きでネクロマンサーなんて暗い能力を持っている訳じゃねーんだぞー。くそったれがー。私だって輝くお日様の下で輝きたい。ああ、白い戦闘機の乗った王子様迎えに来て。いや、白い戦闘機なんて存在しないし、それよりも何よりも、私なんて矮小な根暗なネクロマンサーは次元ステルス状態のこの世から存在を抹消した船の中で、ゴミ屑の瓦礫の中がお似合いなのよ。いや頑張っていれば、いつか勇者様が迎えに来てくれるのよ。ああ、でも勇者様は私なんて年増婆なんて相手にしないか。貴方達のようなワルキュリアエッダ隊の美人乙女しか相手にしないのよ。ウエーン。もう勇者のバカ。死んじゃえ。あっ。一万年前にとっくに死んでたんだった。もういっそのこと一万年前に生まれてたら私もっと活躍できてたかも。生まれるのが遅すぎた。ああ、神様今から私を過去にタイムスリップさせてください。勇者様のお供にぃ」


 ネクロマンサーらしき女性が泣き崩れた。


「女を泣かせるなんてお主も悪よのう」


 ドッキー艦長の肩の上のサララが肘で小突いた。


「えっと、艦長? この方がネクロマンサー?」

「自分でそう言ってるからそうじゃないかな。何か取り付く島もないんだけど」

「何この超強個性キャラ。私のアイデンティティが消し去られちゃうですのよ」


 サララが真剣に嘆いた。

 アイデンティティを模索するサララにとってこのネクロマンサーは脅威であった。

 一度口を開けば止まらない言葉の機関銃。


「ああ、こんなことなら田舎から出てくるんじゃなかった。静かな自然の中でゆっくり暮らしてれば良かった。虫と泥に紛れて質素に暮らすべきだった。ああ、でも才能が悪いのよ。この生まれ持った憎きネクロマンサーの才能が私を安住の地から追放し、戦場に送り込んだのよ。ああ、全てが憎い。軍め。ネクロマンサースキルめ。ああ、憎い。反乱軍なんかに入りたくなかったのに。働かずに食っちゃ寝できればそれで幸せなのに。うえーん。もうヤダ。誰か結婚して。掃除洗濯は全部機械がやるから。ゴロゴロしてたい。もう田舎に帰りたい。こんなに頑張ったのに殺されちゃうなんてなんて不幸なの? ああ、きっと私は銀河一不幸な女なんだわ」

「採用」


 ドッキー艦長が手を叩いてからネクロマンサーに指を向けた。


「はい?」

「ふへ?」

「え? 艦長? 今何て?」


 遠く離れたサンダーゲートから声が上がった。


「この子の気持ちはとてもよく分かる。だから採用。働きたくない気持ちは物凄く共感できる。こんな子を戦いに出させる反乱軍は許せない。だから僕の船でゆっくりしてもらおうじゃないか」


 ドッキー艦長がネクロマンサーの手を握った。

 エストスの美しい眉が揺れた。

 ウナが興味深そうに眼をキラキラさせてそれを見た。


「この娘? 娘扱いしてくれる? はいぃ? 私を採用? あんたの船に? もう私、戦わなくてもいいの? 陰に隠れて無人戦闘機の残骸をかき集めて再利用しなくていいの? あの貴族のいけすかないボンボンに色目を使う必要ないの? 私の色目なんて全く効果なかったけど、上官の顔色伺わなくてもいいの? そんな、それではまるでパラダイスではないの。この世の天国じゃないの? そもそもなんで反乱軍は反乱なんて起こしたのよ。私は現体制に不満も何もないのに、反乱さえ起きなかったらこんな戦いに参加させられなかったはず。反乱軍って貴族が嫌いなだけで、部下を戦地に送っているのよ。それって本末転倒っていうか、やり方おかしいよね。戦場に送られる身にもなれってんのよ。一人で寂しく戦地に送られる私。超可哀そう。私の顔がワルキュリアエッダ隊の誰かだったら絶対ファンが追従するはず、世の中顔ね。顔。顔が良ければ何でも許されるのよ。そもそもあの魔物が悪いのよ。反乱軍に突如現れたボトムオーガが悪いのよ」


 ネクロマンサーが叫び続けた。


「ああごめんよ。こんな戦いは終わらせる」


 ドッキー艦長が複雑な表情を浮かべた。


「こんな年増でもいいの? でも本当はおばさんだって思ってるでしょ? そりゃ若さが売りのワルキュリアエッダ隊の戦闘乙女達には勝てないかもしれないけど、私だって出るとこ出てるし出ちゃダメなとこも出てるのよ。しかも遺伝子整形なしの天然物。だったら整形しろよって思ったでしょ。あっ。面倒くさい性格で口うるさい売れ残りだろうって思ってるんでしょ? お口も整形したらって思ったでしょ。いいですよーだ年増は年増の魅力があるんだから。今更遺伝子整形しても性格は治りませんよーだ。三六〇度ねじ曲がった性格は元に戻りませんヨーダ。全ては私がおばさんだからダメなのよ」


 ドッキー艦長に腕を握られ、若干口数が減るネクロマンサー。


「そんなことはないさ。僕のほうが年上だし」

「え? 年上? そうじゃあ働かなくてもいいの? 本当に働かないわよ。この時代機械が全てやってくれるから働く必要なんてないけど、私は趣味もやりたいこともないから本当に何もしないわよ。ベッドから降りずに一週間過ごせる自信はある。ずっと寝ていることだって可能。そんな私を雇ってくれるの?」

「ああ、働くのは時々でいいよ」


 ドッキー艦長が苦笑いを浮かべた。


「ほんとう? 嘘じゃないでしょうね? でもその目は嘘つきの目だわ。私に炎の巫女様のような鑑定能力があればその心理を鑑定できるのに、なんで私の能力がネクロマンサーみたいなチンケな暗い能力なのよ。もっと派手目な能力だったら結婚できてたのに弩チキショーが。ウエーン」


 ネクロマンサーは袖で涙を拭いた。

 その様子に若干引き気味のドッキー艦長とサララとワルキュリアエッダ隊。


「艦長。自分よりも働いていない存在がいれば働かなくて済むと思ってらっしゃいますよね?」


 リーマイ副官が遠いサンダーゲート艦橋から指摘した。


「そんなことはないよ」


 ドッキー艦長が若干慌ててそう言った。


「あの艦長? 採用ってこの方を部下にするのですか?」


 エストスがネクロマンサーとドッキー艦長の繋がれた手を見ながらそう言った。


「だって、こんなところに置いておけないだろ」


 ドッキー艦長が笑った。


「……いや、それはそうですが」


 エストスが目を伏せた。


「えっと、ネクロマンサーさん。貴方の名は?」


 ドッキー艦長が笑いかけた。


「……ソフィア・クラークです」


 ネクロマンサーは小さな声で名乗った。

 若干、ぶりっ子気味の声でそう名乗った。

 先程の権幕は消え、恥ずかしそうに涙目でモジモジしながらドッキー艦長を見上げた。


「ソフィアか良い名だ。サララ。ソフィアをサンダーゲートの乗員登録」

「オンビットですのよ。ソフィア・クラークの配属変更。反乱軍所属を抹消。超弩級戦艦サンダーゲート所属に変更」

「艦長。本気ですか?」


 リーマイ副官が確認する。


「ああ。今日からソフィアは超弩級艦サンダーゲートの一員だ」


 ドッキー艦長が笑った。


「え? サンダーゲート? それって今、主星域手前で反乱軍に反旗を翻しているあの船のこと? でもあれってバーナール級だったのでは? 超弩級艦ってどういうこと? 超弩級艦なんて貴族のボンクラ共が権威丸出しで作ったハリボテじゃねーの? そんな船で大丈夫かな。私、反乱軍から追われちゃう身なんだよ。そんなボンクラ船で生きていけるかな? ちなみに艦長? 船の乗組員は何人? 戦闘兵は? 搭載兵器は? 燃料はいつまで持つの?」

「それだけは言えない」


 ドッキー艦長はいつもより大きな声でそう言った。


「はっ? 命を預ける船のことを教えたくないと? 怪しいなあ。物凄く怪しいなあ。大丈夫かな。この艦長。隠し事多そうで信用できないな。ワルキューレビッチ隊も騙されてんじゃないの? こんなボサボサ頭に何ができるっていうのよ。反乱軍に勝てると思っているのかしら? 今は反乱軍が王立宇宙軍なんだから」


 ソフィアがドッキー艦長を睨んだ。


「私も最初はそう思った」


 ウナが頷いた。


「うむ確かに最初はそう思うな」


 レガードも頷いた。


「貴様、先程から無礼であるぞ。艦長は隠し事は多いかもしれぬが信用に値する方だ。口を慎め」


 エストスが珍しく怒鳴った。

 ウナとレガードが目を輝かせ口角を上げた。


「ひっ。艦長このビッチ怖い。たすけてぇ」


 ソフィアがドッキー艦長の背に隠れた。


「貴様。それでも誇りある王立宇宙軍人か?」


 エストスがさらに大きな声を上げた。


「残念違いますー。今は反乱軍の反乱軍です。王立宇宙軍所属じゃありませんよーだ。べーだ」


 ソフィアがドッキー艦長の背から舌を出した。


「貴様。それでもネクロマンサーか?」


 エストスが拳を振るった。


「残念でした。もうネクロマンサー辞めました。あんな根暗な仕事もう辞めます。残骸集めてコネコネするだけの地味で無駄な仕事廃業でーす。これからは食っちゃ寝が仕事でーす。私の代わりに男に色目を使って敵をやっつけてきてね。綺麗なだけがワルキュリアエッダ隊様、私は暗い部屋で待ってるから、そう私には暗い部屋がお似合いの根暗なネクロマンサー。水と食料と空気の無駄のニート。あこがれの食っちゃ寝生活を貪るニート船員でうから」

「なっ」


 エストスがわなわなと震え始めた。


「ソフィア。そんなこと言わずにキミのその素晴らしい能力を最後に一度だけ僕達に貸してくれないか? 女王陛下をお救いするにはキミの力が必要なんだ」


 ドッキー艦長がソフィアの肩に手をやってそう言った。


「はい?」


 エストスが片眉を上げた。


「「「ぷっ」」


 ウナとレガードも片眉を上げた。


「え? 働くの? 嫌なんですが」


 ソフィアが抗議の眉を上げた。

お読みいただきありがとうございました。

大まかなストーリーに変更ありません。

ネクロマンサーのセリフが長いため、分割しました。

誤字脱字、読みやすいように修正しました。


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