30 ワルキューレエッダ隊の補給係
シルフアルケミー零番機――ドッキー艦長が駆る機体が突如、制御を失ったかのように縦横、斜めに無秩序に高速回転し始めた。
制御不能と判断した無人戦闘機達が一斉にシルフアルケミーに群がった。
シルフアルケミーは前時代的なアナログ操縦桿での操縦を要求される。
誰もが簡単に操縦出来るものではない。一介の艦長などが操れるものではないのだ。
無人戦闘機達のこの判断は良い判断だ。どう見ても攻撃のチャンスだっただろう。
だがドッキー艦長には常識は一切、微塵も、これっぽっちも通用しない。
このシルフアルケミー零番機は制御を失っているのではない。
無人戦闘機達は知らない。この出鱈目な挙動は全てドッキー艦長の意図的なものだったことを。
シルフアルケミーは加速と減速を交互に繰り返し、真紅のインフィニット螺旋軌道を描いた。
そして、そのままウェポンラックを開放し、搭載されている攻撃兵装を全て放った。
現在シルフアルケミーは光速で飛行している。
その状態から放たれたらどうなるか?
それは無限に近い質量を有した凶悪な質量弾となる。
その瞬間、周囲の無人戦闘機が消滅した。
防御スクリーンごと粉々に姿形も残さず消滅したのだ。
強固な防御スクリーンはその運動エネルギーによって。あっさり貫通、複合金属の船壁はその無限の重量により陥没、貫通、粉砕。木っ端微塵に弾け飛んだ。
更に更にその勢いは、その連鎖は止まらない。
無人戦闘機の飛び散った破片が凶悪な兵器となる。
光速に近い衝撃で飛散した破片が他の無人戦闘機に牙を向いた。
破片が破壊を呼び、破壊が破片を呼ぶ。
破壊のスパイラルが漆黒の宇宙空間に殲滅イリュージョンを描いた。
また外れた思われた弾丸が、奇跡のようなタイミングで飛行してきた無人戦闘機と皆合し、爆球に昇華。
眩しい光子を撒き散らし、周囲の残骸に漆黒の影を投げかけた。
「馬鹿な。これはシルフアルケミー専用のバードスキル……オールレンジファイヤー」
エストスの小さな口が僅かに開いた。
「ふえぇ、私より上手なんじゃ?」
ウラ機がよろめいた。
「アクセルキャンセラーを断続的に使用することで全方位の敵を撃つ高難易度のバードスキルだとぉ」
レガードが細い目を更に細くする。
バスターハードスキルとバードスキルともいう。
鳥のように華麗に舞うその姿から名付けられた戦闘機専用の、いやシルフアルケミー専用のマシンスキル。
オールレンジファイヤーはその名の通り、全方位無差別同時攻撃。
周囲の存在を全て抹殺する非常識な攻撃。
背後を取るとか、隙を突くとかそういった戦略やセオリー、陣形は存在しない。
ただ破壊するだけの単純明快な攻撃。
そしてそこにサララの未来予測ロックオンが加わり、オールレンジファイヤーの攻撃力が大幅に上昇していた。
慌てふためいた大型無人戦闘艦が互いに連結結合し、己の防御スクリーンを重ね合わせ、何重もの防御スクリーンを複合強化させ、ドッキー機の破滅的な攻撃を阻む。
だがそんなもの無意味。何度でも言おう。ドッキー艦長に常識は、セオリーは通用しない。
こんな脆弱な防御スクリーンでドッキー艦長の攻撃が防げるとは思えない。
愚かな、愚劣な、矮小な防御陣形を一瞥したドッキー艦長が笑った。
シルフアルケミー零番機のウェポンラックから攻撃ビームが放たれた。
ただの攻撃ビーム。
小型戦闘機の放つ攻撃ビームなど、たかが知れている。
その小さなジェネレーターから放たれる攻撃ビームなど恐れるに足りない。
巨大無人戦闘艦の強固な防御スクリーンは貫通出来るはずがない。
ましてや複合重複した防御スクリーンだ。
貫通できるはずがない。
だがしかし、これはただの戦闘機の放った攻撃ビームではない。
古代戦闘機シルフアルケミーの放った主砲からの攻撃ビームなのだ。
通常、小型戦闘機の攻撃ビームはそのジェネレーター容量から連続掃射が不可能だった。
巨大なジェネレーターに担保された要塞の主砲や、戦艦の主砲のように永続的に発射出来ない。
例え無理して撃ち続けたとしても砲身が耐えられない。
だがシルフアルケミーの砲身は通常の砲身ではなかった。
黒く鈍く光る砲身。現在の科学技術では生成不能な金属――時間停止素材だった。
この世の物理法則の向こう側の物質。
ドッキー艦長が放ったこの攻撃ビームは、そんなレア素材の砲身から放たれたのだ。
しかもアイテムボックスから補給可能なドッキー艦長に出し惜しみや、コストパフォーマンスと言った単語は存在しない。
だから止まない。
更にシルフアルケミーのオーバーテクノロジーの産物であるジェネレーターは通常の小型戦闘機のそれではない。
その凶悪なエネルギーの奔流は止まらない。
莫大なエネルギーを浪費した消費した最大燃焼攻撃。
エネルギー効率を度外視した。コスト度外視の有り得ない攻撃だった。
主砲アルテミスブレスがアインシュタインスルーにより真空宇宙に一直線の光のラインを放った。
更にドッキー艦長はアルテミスブレスを放ったまま、機体を回転させた。
攻撃ビームを放ったまま回転するとどうなるか?
剣だ。それは光速の剣だ。
そう、それはまるで巨大な剣。
巨人の剣士が振る剣技のようであった。
機首を斜めに下げ、袈裟斬りに一閃。
機体を起こし、逆袈裟で一閃。
機体をスライドさせ、横一線。
縦一閃。十文字斬り。
アルテミスブレスのソード。
それで斬りつけられた巨大無人戦闘機が分断された。
重複された強固な防御スクリーンごと、その複合金属の船壁ごと、その内部をエンジンを演算器をジェネレーターと機械を切り裂いた。
アルテミスソードは止まらない。
その奥の、その更に遠方の無人戦闘機も、ついでに両断された。
真っ二つどころではない、無数の無人戦闘艦が分断され細長い爆球が宇宙に咲いた。
「なんとバードスキル……アルテミスソードまで?」
エストスが呻いた。
アルテミスソード――剣士のように攻撃ビームを剣技のように振るう難易度の高いバードスキル。
「皆も続け」
エストスがドッキー艦長の撃ち漏らした無人戦闘機にオールレンジファイヤーを行う。
同様にウナ機とレガード機がアルテミスソードで無人戦闘機を切り裂く。
勿論、当然の如く彼女達もこれらのバードスキルを使用可能だ。
これらはワルキュリアエッダ隊の必須スキル。
ちなみにドッキー艦長扮するボトムオーガとの先の戦闘で、これらのバードスキルが使用されなかったのは理由があった。
コストだ。これらのバードスキルはエネルギー消費や弾薬消費が激しすぎるのだ。
見た目は派手だが、その消費コストも派手なのだ。
「あの、詮索しないとのお約束でしたが、艦長はバードスキルをどこで習得されたのですか?」
エストスは攻撃の手を緩めることなく無人戦闘機を塵に変えながらドッキー艦長に問う。
「それだけは言えない」
「艦長はバードスキルをどこで習得されたのですか?」
エストスはもう一度同じ質問を投げた。
「……ゲームで覚えた」
ドッキー艦長は無感情にそう言った。
同時に無人戦闘機、数百が火の玉と化した。
「絶対嘘だぁ」
「ああ、こんな人が敵でなくて本当に良かったよな」
「ついさっきまで敵でしたのよ」
ウナとレガードの会話にサララが楽しそうに割り込んだ。
「そうだったね。でも今度は負けないよ。僕もシルフアルケミーに乗ってるからね」
「はあ。ですが生身だった時のほうが強かったですよ」
エストスが困惑気味に答える。
「どっちにしても生意気だ」
レガードが愚痴る。
「もしかして艦長は我々に手加減していただいていたのですね」
エストスが納得したかのように目を閉じた。
「ははは。そ、そうなんだ」
ドッキー艦長が乾いた笑い声を上げた。
「いやいやアクマゴロシでボロ雑巾でしたのよ。ボロ艦長でしたよ」
サララが笑った。
「でもこんなに強い存在がいるとは思わなかった。最強のワルキューレエッダ隊に入隊することが夢だったのに、その夢の先にまだ続きがあるなんて……」
レガードが誰にも聞こえない声でそう呟いた。
ドッキー艦長は無言で機体を反転させ、無人戦闘艦の推進ノズルに飛び込んだ。
推進器の強力無比な純粋エネルギーに晒されながらもそのまま無人戦闘機内部に侵入する。
推進器を粉砕し、船内構造物を突き破り、隔壁を粉砕し、ジェネレーターを叩き潰し、弾薬庫を誘爆させ、驀進する。
無人戦闘機のノーズから、シルフアルケミーの美しいノーズが現れ、破片を花火のようにまき散らすと、コンマ秒後、無人戦闘機が爆球となった。
続いてエストス、レガード、ウナのシルフアルケミーが直進しその軌道上にある無人戦闘機に突撃し、道なき道を行く。
アクセルキャンセラーで静止状態から突如最大加速に到達する。
シルフアルケミーそれ自体が恐ろしい武器だ。
無人戦闘機の破片の中を威風堂々と我が物顔突き進むシルフアルケミー達。
そのあまりの速度に塵や残骸や破片、ガスが円錐状に広がっていく。
破壊の衝撃リングがいくつも出現する。
そして遂に無人戦闘機の防衛網の大海に穴が開いた。
「無人戦闘機防衛網突破ですのよ」
サララが皆に報告する。
たった四機のシルフアルケミーが数十万の無人戦闘機の防衛網を突破したのだ。
勿論ドッキー艦長達は、こんなところで止まらない。
シルフアルケミーは深紅の残像を残して突き進む。
燃料や弾薬など気にしない。最高速度で最大火力で敵を屠り突き進む。
まるで死に急いでいるかのように狂ったように驀進する。
その向こう側に布陣していたキロ級巨大空母型無人戦艦。
キロ級巨大無人空母は艦載機を放出するが、既にシルフアルケミーの姿はそこにはない。
あるのはジグザグに折れ曲がった真紅の軌跡のみ。
ドッキー艦長の目標は、このキロ級の巨大空母型無人戦闘艦でも戦艦でも艦隊でもないビッグメンター要塞だ。
彼らはシルフアルケミーに相手にすらされない。
今は律儀に全ての敵を相手にしている余裕はないのだ。
この宙域を演算制空権下に置き、ワープリングを阻害しているビッグメンター要塞が制圧することが第一目標なのだ。
ビッグメンター要塞さえ沈黙させれば、この宙域へのワープリングが可能となる。
ワープリングが実行可能ということは、王国中に分散している王立宇宙艦隊がこの主星域に直接ワープアウトすることが可能となるのだ。
ラストディフェンダー艦隊は壊滅した。
だがまだ反乱軍に加味していない艦隊は存在する。
主星域の外縁にはその瞬間を待ちわびている味方の艦隊が多数いるのだ。
ビッグメンター要塞さ何とかすれば戦局が一変する。
だからこそドッキー艦長達はビッグメンターを目指していた。
更に主星域の演算妨害が消失すれば、直接主星にワープ可能となるのだ。
古代戦闘機シルフアルケミーにも限界というものがあるのだ。
積載燃料にも搭載弾薬にも制限がある。
後先考えずにバードスキルを多用し、弾薬を節約せず大盤振る舞いしたのだ。
パーティーの終わりが近付いていた。
「あのー。艦長、燃料と弾がありません」
レガードが叫んだ。
「燃料が切れますぅ」
ウナ機が、息も絶え絶えにフラフラとよろめいた。
「艦長、補給をお願いしたいのですが」
エストス機がドッキー機に並んだ。
「サララ、どこか補給可能な場所はないかな?」
ドッキー艦長は肩に乗るサララに問いかける。
「ある訳ないのですよ。ここは敵のど真ん中ですのよ。それに身を隠すような残骸もありませんよ。艦長が全て破壊してしまいましたから」
サララが小さな手を広げて天を見上げた。
「艦長? 一旦戦場から離脱しますか?」
エストスがそう言いながらも迫りくる無人戦闘機に最後の弾丸を撃ち込んだ。
「そんな時間はない……仕方がないあれをやるか」
「あれと申しますと?」
「みんな。僕の機体と合体してくれ」
ドッキー艦長が能天気にそう言った。
ワルキューレエッダ隊の純粋乙女達に合体してくれと要請したのだ。
王国中に老若男女問わずファンがいるアイドル的部隊ワルキューレエッダ隊に合体してくれと言ったのだ。
「はい? それは……その」
「合体? 絶対無理」
「艦長と合体なんて死んでも、転生しても嫌ですが?」
三人の乙女が即座に拒否した。
ドッキー艦長は、ため息を吐きながらノーズアタックで無人戦闘機を粉砕する。
「補給したいのか、したくないのか?」
ドッキー艦長が攻撃ビームを放つ。
そして横一線。
無人戦闘機が次々と連続爆破する。
バードスキル、アルテミスソードで真っ二つになる巨大無人戦闘艦。
「いや艦長と死んでも来生でも合体はしたくないけど、補給はしたいです」
「レガード。我儘言うな。艦長。お願いします」
エストスが丁寧な口調でそう言った。
「でも合体ってなんですか? どういうことなの?」
ウナ機のノーズが不思議そうに傾いた。
「サララ、相対速度調整。誘導レーザーとトラクタービームで機体連結準備」
「え? 嫌ですのよ」
サララが嫌そうな顔をした。
「ああ、お前もか。もういい僕だけ先に行くよ。燃料切れで宇宙空間を漂うがいいさ。補給したくなのならね」
ドッキー艦長が面倒くさそうにそう言った。
「「「したいです」」」
エストス達が声を揃えてそう言った。
「だったら早く僕と合体してくれよ」
ドッキー艦長は懇願するように言う。
「合体と申しますと機体連結のことでしょうか?」
エストスが申し訳なさそうに質問する。
「さっきからそう言っているよ。他に何があるんだよ」
ドッキー艦長はぶっきらぼうに答えた。
「各機。艦長機との機体連結」
エストスが命じた。
「「えええぇ……OB」」
ウナとレガードが嫌そうに承知した。
エストス機、ウナ機、レガード機がドッキー艦長の零番機が発信する誘導レーザーに同調し相対速度を合わせた。
相対速度が完全にゼロとなり、四機のシルフアルケミーは一つに固定された。
四本の剣が合体し、一本の剣となる。
流体フルイド装甲が、その隙間を埋める。
「アクティブリンク。機体連結完了ですのよ」
「「「操縦預けます」」」
三人が告げる。
「操縦もらうよ」
固定されたシルフアルケミーの操縦をドッキー機が請け負った。
アクティブリンク操縦により四機のシルフアルケミーは一ミリも一ミクロンも、ずれることなく完全に密着し、無人戦闘機の攻撃ビームの中を縦横無尽に回避しながら突き進む。
まるで一機の戦闘機のようであった。
「じゃあ、そのまま動かないで。このまま直接、補給物資を出すよ」
お読みいただきありがとうございました




