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27 沈黙のシルフアルケミー

 ボトムオーガの偽装を構築していた演算キューブが弾け飛び、その変装が解け、ドッキー艦長の姿が露わになった、

 その途端、シルフアルケミー各機が震えた。

 単身で光速限界を越え、防御スクリーンを展開し、ワルキュリアエッダ隊をたった一人で翻弄し、秘匿兵装であるデスブリンガーモードをもってしても倒せない存在。

 そんな異常な個体が目の前に存在していた。

 絶対あり得ない存在がレティクルの中にいた。

 エストスはこの人間の姿に化けた異常なその姿にシルフアルケミーが恐怖を感じたのだろうと推測した。

 だがもう戦闘は終わりだ。

 異常存在を追い詰めたのだ。

 この無人戦闘機のハンガーデッキが彼の墓場だ。

 だがこの異常存在は敵だ。

 反乱軍に所属する彼女の敵だ。

 エストスはトリガーを引いた。

 その美しい眉を一ミリたりとも動かさず、その可憐な指でためらうことなくトリガーを引いた。

 全てのシルフアルケミーは独立秘匿瞬間通信によって、アクティブデータリンクをしている。

 シルフアルケミー各機の攻撃マニューバは相互連携し、ウェポンラックに内蔵された凶悪な兵器はエストス機からの攻撃命令を瞬時に忠実に実行する。

 そして今、その攻撃命令は下った。

 十二機のシルフアルケミーの機銃からアクマゴロシ弾頭が瞬時に放たれる――。


「何?」


 ――はずであった。


「どうなっている?」


 一ミリも動かなかったエストスの美しい眉が微かに震えた。

 その小さな唇が小さく開いた。

 目の前のドッキー艦長に化けた魔族は健在。

 沈黙するウェポンラック。

 沈黙するワルキュリアエッダ隊。

 ドッキー艦長は目を細め、頭を掻いた。

 その場違いな、緊張感のない存在に向かってエストスは無言でもう一度トリガーを引いた。


「くっ。何故だ? 何故撃てない?」


 エストスは何度もトリガーを引くが、シルフアルケミーの機銃は沈黙したままだ。

 まるでシルフアルケミーが攻撃命令を拒絶したかのように彼女の命令を無視した。

 こんなことはあり得なかった。

 古代戦闘機ゆえ、操作にムラがある。

 だが、ここまで彼女の意思を無視したことはなかった。


「どうしたんだ? シルフ?」


 幾戦もの戦場を渡り歩いてきた唯一無二の戦友が彼女の攻撃命令を無視し、裏切ったのだ。

 エストスは混乱した。

 隊長となって初めて混乱した。


「……撃てない?」


 シルフアルケミーは答えない。


「……いや、もしかして撃ちたくないのか?」


 エストスの疑問にシルフアルケミーは依然、答えない。

 音声デバイスを搭載されていない古代戦闘機は会話不能。

 沈黙したままだ。


「……そうか、彼とは戦いたくないんだな」


 エストスは静かに目を伏せ、疲れたようにシートにもたれかかった。


「隊長?」

「攻撃不可能? 攻撃マニューバがオフになっちゃいましたよ」

「シルフアルケミーが勝手に武装解除?」


 イリアスの驚きをよそにシルフアルケミーがその武装を解除し始めた。


「反重力機関……OFF」

「エイドエネルギー反転エンジン……OFF」

「アクティブリンク通信……OFF」

「アクセルキャンセラー……OFF」

「アービクルモーター……OFF」

「防御スクリーン発生装置……OFF」

「エネルギーリキッドチューブ……OFF」

「ウェポンラックギア……OFF」

「空間投射演算器……OFF」

「緊急用オアシスバブル……OFF」

「ブレインリンクマニューバ……OFF」

「神経系制動マニューバ……OFF」

「武器マニューバ……OFF」

「秘匿マニューバ……OFF」

「全スキルマニューバ……OFF」

「シルフアルケミー緊急停止モード」

「ナニコレ?」

「あいつが何かをしたのか? 生意気に」

「いえ、外部からのアクセスの痕跡はない、汚染ではない」

「じゃあなんで勝手に武装解除してんのよ」

「誰がシルフアルケミーを動かしているの?」


 ワルキュリアエッダ隊は混乱に陥った。


「……シルフアルケミー自身よ」


 イストスが静かに答えた。


「そんな馬鹿な。動け動け」


 ワルキュリアエッダ隊員の一人が激しく操縦桿を押し込んだ。

 だがシルフアルケミーは全く反応しない。


「え?」

「そんな」


 十二機のシルフアルケミー全機が同時に機能停止に陥った。


「え? どういうこと?」

「エンジン停止?」


 そしてエンジンが完全に停止し、機能停止したはずのシルフアルケミーが動いた。

 彼女達のパイロットの意図を無視して勝手に動き出した。

 静かに優雅に、動き出した。

 エンジンもコントロールマニューバも起動していないシルフアルケミーが動いた。


「勝手に動いているよ」

「自動制御は搭載されていないはずだ」

「どうなっているの?」

「エンジン停止しているはず?」

「反重力推進機?」


 ワルキュリアエッダ隊は更なる大混乱に陥った。

 そんな彼女達を無視するかのようにシルフアルケミーはドッキー艦長の前で左右に六機に別れ、整列した。

 そして平伏すようにその美しく長いノーズを折り曲げた。

 ドッキー艦長の前にシルフアルケミーが整列し敬礼した。

 まるで妖精王の帰還を喜ぶ妖精達のように静かにその頭を垂れた。


「なっ?」


 あまりの異常事態に誰もが息を飲んだ。


「そんな?」

「これではまるで?」

「……彼に平伏しているようではないか」

「シルフアルケミーの中の妖精が目覚めた?」

「……隊長。これは一体?」

「この子たちはもう彼とは戦いたくないのだろう。無理をさせたな」


 エストスが隊員の疑問に答えながら操縦桿を優しく撫でた。


「隊長?」


 イリアスが心配そうに隊長機を見る。

 その時、ドッキー艦長がシルフアルケミーのノーズに優しく触れた。

 シルフアルケミーが歓喜したように震えた。

 それはまるで騎士と騎馬。王と騎士のような光景だった。

 巨大な戦闘機が一人の男の前に平伏していた。


「……そうか」


 エストスは長い睫毛の大きな目を細めた。


「そうだな。私が間違っていた。もっと早く気付くべきだった。誰が本当の敵であるのかを」

「……隊長?」

「隊長は間違ってません」

「隊長は私達の為に辛い選択をしたのです。それは全員が知っています」

「私達は反乱軍ですがその前にワルキュリアエッダ隊です」

「皆すまぬ……シルフ。降ろしてくれないか?」


 エストスの命令に従わないシルフアルケミー。


「もう彼を攻撃しない。私を信じてくれ」


 シルフアルケミーはエストスの願いを聞き入れたのか、複合ハッチをスライドさせた。

 コクピット内の空気が真空に飛散した。

 エストスの甲冑のような宇宙服パイロットスーツのバイザーに呼吸困難を示すランプが瞬いた。

 破壊された無人戦闘機内の気密は破られている。

 エストスは体内反重力器官を使用して優雅にハンガーデッキに降り立った。


「私はワルキュリアエッダ隊隊長エストス・ラーンと申します」


 そしてドッキー艦長に一礼した。


「ドッキー・アーガンだ。見事な戦いだった」


 ドッキー艦長はシルフアルケミーを見ながら頭を掻いた。


「……一つお伺いしたいことがあります」

「それだけは言えない」


 ドッキー艦長は手を振って拒否した。


「……いえ、まだ何も言ってませんが?」


 エストスは呆気にとられた。

 単独で光速限界を越え、シルフアルケミーを翻弄した魔王クラスの存在のこの態度に出鼻をくじかれ、眉を傾げた。


「……冗談だよ。何を聞きたいんだ? 急いでるから手短にね。あっ。これ以上働くつもりはないからね」

「……いえ、あの、ドッキー艦長は何故ここにいるのですか?」


 エストスは真剣な眼差しで聞いた。

 ここは主星域。何百万の反乱軍の艦隊の真っただ中。

 反乱軍は主星域を完全に包囲し、女王陛下に降伏を促していた。

 その中に反乱軍に牙を向いた一匹のボトムオーガがいた。

 その正体がこのドッキー艦長だった。

 演算キューブで変装し、単独で攻め込んできた異常存在。

 何百万の無人戦闘機を破壊した存在。

 シルフアルケミーは彼を追い詰めた。

 そして勝利したと思った。

 だがドッキー艦長の姿を見たシルフアルケミー達は降伏したのだ。

 敵であるドッキー艦長にシルフアルケミーが頭を垂れたのだ。

 その姿はまるで主人を迎えた騎士達のように。


「……何故って言われてもねえ」


 ドッキー艦長はシルフアルケミーを撫で続けた。

 エストスはその姿に心を打たれた。

 その光景に自分達が誰に忠誠を誓ったのかを思い出したのだ。

 今の彼女は女王陛下に仇名す、反乱軍の一員だった。


「そんなの決まっている。女王陛下をお救いする為だよ」


 ドッキー艦長はボサボサの頭を掻きながら照れくさそうにそう答えた。

 エストスは即答したドッキー艦長のその言葉に衝撃を受けた。

 その真っすぐな眼差しにエストスの心は焼かれた。

 照れ臭そうに答えたドッキー艦長の言葉は彼女の心の奥に深く突き刺さった。

 反乱軍に身を置いた自分の疎ましい、恥じていた後悔していた心の領域を彼の言葉が突き刺さり、貫通し、破壊した。


「た、たった一人で女王陛下をお救いすると? 無茶だ。反乱軍は王立宇宙軍そのものですよ」

「そう無茶な話しだよね。でも誰かがやらないと、その誰かが僕なんだけど、僕はこれでも一応艦長なんだよ。その艦長の僕が前線っておかしいよねえ。艦長が前線で肉弾戦って無茶苦茶だよねえ。そう思わない?」

「いえ、おかしいのはそこではないのですが……単独で乗り込んできて無事なところとか、光速を生身の身体で超えるところとか? シルフアルケミーの機銃掃射を受けて無事なところとか?」


 ワルキュリアエッダ隊員はコクピットの中で頷いた。


「僕は艦長だよ。ああ、休みたい」


 ドッキー艦長はそう言いながらシルフアルケミーのノーズを撫でた。


「まさか本当にお一人で反乱軍に勝てると思っているのですか?」

「勝つつもりはないよ。ただ反乱を鎮圧するだけだよ。彼らも王国民だ。女王陛下の大事な民なんだ。勝った負けたじゃないよ」


 ドッキー艦長はエストスに向き直り笑った。


「反乱軍の艦隊は数百万を超えているのですよ。無謀です」

「その点は僕も同感だ。一体誰だよ、こんな無謀な作戦考えた奴は……ああ僕だった」


 ドッキー艦長は頭を抱えた。


「一人で反乱軍を相手にするなんてあり得ないですよ」


 冷静沈着のエストスが声を荒げた。今の彼女は混乱の極致にあった。


「そう? 魔王軍の脅威がある中で、呑気に人類同士で争っているほうがあり得ないでしょ」


 ドッキー艦長は肩をすくめた。

 その言葉にエストスは更なる衝撃を受け、たじろいだ。

 そして拳を握り締めた。

 頭を殴られたような衝撃を受け、よろめいた。


「くっ。なんと私は愚か者なのだ」

「そう? いい腕だったよ。古代戦闘機をあそこまで乗りこなすなんて相当訓練しただろう。僕の船に欲しいぐらいだよ」


 その言葉にエストスの美しい甲冑がピクリと揺れた。


「ドッキー艦長。貴公に剣を向けた私にこんなことを言える権利はないが、一つだけお願いがある」


 エストスは戦闘甲冑のヘルメットに手をかけた。

 そして誇り高き栄光のワルキュリアエッダ隊のヘルメットを脱いだ。


「隊長、ダメです。その艦長は平気なようですが、ここには空気がありません。このハンガーデッキ内は汚染されてます」


 イリアスが慌てて叫んだ。


「おっと、忘れてた」


 ドッキー艦長は周囲に防御スクリーンを展開し、汚染された空気をアイテムボックスに収納し、その内部を新鮮な空気で満たした。

 一瞬のうちにハンガーデッキは呼吸可能な環境となった。

 ドッキー艦長は平気でも彼女達はそうじゃない。

 イリアス機の計器に呼吸可能を示す表示が点滅した。


「ドッキー艦長。私をあなたの配下に加えてくれませんか?」


 エストスは深く頭を下げた。

 誇り高きワルキュリアエッダ隊の隊長が頭を下げた。


「隊長?」

「え?」

「皆すまない。私はもうワルキュリアエッダ隊の隊長ではない。私は反乱軍を抜ける。私は女王陛下をお救いする」


 エストスはシルフアルケミーを見上げた。

 その目には一点の曇りも迷いもない、強い意志が込められていた。


「隊長。覚悟を決めたのですね」


 イリアスが優しい口調でそう言った。


「ああ、すまない」

「何故謝るのです? 隊長?」

「隊長はずっと私達の隊長です」

「どこまでもついてきます」

「……いいのか?」


 エストスは自信がない口調で問いかける。


「決断遅い」

「当たり前です。私達は隊長がいなければ生きていけません」

「我々ワルキュリアエッダ隊は単独では戦えない。隊長の判断は間違ってませんよ」

「隊長」

「……お前達」

「水くさいですよ」

「これって反乱軍の反乱軍になるのかな?」

「ワルキュリアエッダ全員、隊長についていきます」


 シルフアルケミーの中からワルキュリアエッダ隊員が飛び出し、ヘルメットを脱いで一斉に敬礼をした。

 ウナが一人だけ遅れて首を傾げた。


「すまない。私がもう少し早く決断していれば」

「反乱軍に従わなかったら我々は拘束されシルフアルケミーを奪われていたことでしょう。隊長の決断は間違っておりませんよ」


 イリアスがシルフアルケミーを見上げた。


「ありがとうイリアス」

「隊長」

「ドッキー艦長、御覧の通りだ。我ら全員貴方の指揮下に入りたい。剣を向けておいて言うのもなんだが、女王陛下をお救いしたい気持ちは我らも同じだ。して、返事を伺いたい」


 エストスはドッキー艦長に頭を下げた。

 その背後でワルキュリアエッダ隊も同じように頭を下げた。

 ウナだけが一人だけ頭を横に傾けた。


「んー。人手不足だから別に構わないけどさあ、僕に面倒な仕事とか押し付けない?」


 ドッキー艦長は疑わし気な目線をエストスに送った。


「当然です。我らが駒となって動きます。艦長は艦長席でお茶でも飲んで、安全な席から我らに、ご指示いただければよいのです」

「どうしようかな? 実はプライベートで色々問題を抱えててさ、聞かれると困るんだけど」

「艦長の志には感服しましたが、艦長のプライベートに関してはさして興味がありませんから、とくにお聞きすることはありません」


 エストスのその言葉にワルキュリアエッダ隊員が目配せした。


「本当かい? 余計な詮索しない?」


 ドッキー艦長が疑わし気な表情を浮かべた。


「詮索しません、艦長のプライベートには興味はありません」


 エストスが背筋を伸ばした。

 興味がないはずがない。

 単独で光速を越え、ワルキュリアエッダ隊と互角に戦う艦長など興味の対象でしかない。

 彼女達はドッキー艦長の異常な能力を身をもって体感していたのだから。

 それに隊長がここまで傾倒する男は初めてだった。

 彼女達は美しい。言い寄る男は星の数程いる。

 エストスはそんな彼らを鼻で軽くあしらい。全く相手にしなかった。

 その姿をよく知っている隊員達はエストス自身が気付いていない彼女の微妙な心の変化に気付いていた。

 ドッキー艦長は顎に手をやって考え、ポンと手を叩いた。


「よろしい。ワルキュリアエッダ隊を僕の指揮下に加える。取りあえず僕の船の所属とする」


 ドッキー艦長が真面目な顔でそう言った。


「はっ。ありがとうございます、我らワルキュリアエッダ隊、女王陛下奪還に尽力を尽くします」


 エストスが深く頭を下げた。


「それは頼もしいね。よろしく頼んだよ」

「「「OB」」」


 ワルキュリアエッダ隊がドッキー艦長に向けて一糸乱れぬ華麗な敬礼を向けた。


「あのー隊長? 今ここで、こんなこと言うのも、どうかと思いますが……燃料がその……もうありません……」

「……知っている、それはなんとかする。後で考える」


 エストスが大きな溜息をついた。


「シルフアルケミーは、ただでさえ燃費悪いのにデスブリンガーモードなんか使ったらそりゃ燃料切れるよね」


 ドッキー艦長はシルフアルケミーを見上げた。

 その言葉にシルフアルケミーが恐縮したように見えた。


「……艦長、何故それを? デスブリンガーは秘匿兵装です。もしかして艦長はこのシルフアルケミーをご存知で?」

「それだけは言えない」


 そう決め台詞を言いながらドッキー艦長はエネルギーキューブを取り出した。



お読みいただきありがとうございました。


誤字脱字修正。

ドッキー艦長のセリフ修正。

分かりにくい箇所を書き足し。

ストーリーに変更はありません。

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