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24 ボトムオーガの反撃

 ボトムオーガの周囲に突然、巨大な浮遊砲台が、そしてその背後に巨大なジェネレーターが出現した。

 それは戦艦の砲台――下級副砲ベーゼスだ。

 それは戦艦並みの巨大ジェネレーター。

 あまりの非現実な事象にワルキューレエッダ隊隊員は誰も言葉を失った。

 突然、予告なしに宣告なしに突如その巨大な砲口が炸裂した。

 その異常事態に大きな目を見開き、小さな口を半開きにし、数秒の間、思考停止に陥った。

 その数秒が致命的だった。

 下級副砲ベーゼスの砲身から放たれたのは紛れもない無慈悲で残酷な純粋破壊エネルギー。

 そのエネルギーの噴出口とシルフアルケミーの距離はあまりにも近すぎた。

 無限の宇宙から見れば、もはやゼロ距離といってもよいだろう。

 超々近距離で発射された純粋破壊エネルギーでエストスの視界は白く染まった。


「か、回避」


 その祝福のような閃光に正気を取り戻したエストスの叫びが、ベーゼスの放ったエネルギーの奔流に飲み込まれた。

 ベーゼスの攻撃に耐えられる船は希少だ。

 むしろ皆無といってもよい。

 トールハンマーのような要塞級ならばその残酷な暴君の進撃を防げただろう。

 だがシルフアルケミーは小さな、とても小さな小型戦闘機だ。

 小型戦闘機に搭載されるような防御スクリーンではベーゼスの純粋破壊エネルギーを防ぐことなど不可能。

 だが忘れてはならない。

 シルフアルケミーはただの小型戦闘機ではないということを――。

 王国宇宙軍最強のワルキューレエッダ隊の駆る戦闘機は、汎用戦闘機でも最新戦闘機でもワンオフの試作機でもない。

 発掘された戦闘機なのだ。

 そう古代戦闘機。遥か古の時代の超科学の申し子だった。

 遥か一万年前のエクソダスの勇者の時代の遺物。

 シルフアルケミーはオーパーツだった。

 そしてこの古代戦闘機には現代の戦闘機に搭載されていない特殊な装置が搭載されていた。

 その一つがアクセルキャンセラー。

 それは加速、慣性、運動エネルギーを相殺し一瞬にして最高速度に達する規格外の、物理法則無視の原理不明の規格外の装置。

 作動原理は誰にも分からない。

 ただ唯一分かっていることは、それが正常に作動するということだけだ。

 加速を相殺する。つまり加速を必要としない古代戦闘機シルフアルケミーは一瞬で最大速度に到達出来るのだ。

 それは遠方から見れば瞬間移動したように見えただろう。

 このアクセルキャンセラーを使用してシルフアルケミーはベーゼスの死の円柱から回避した。

 白き世界に古代戦闘機のシルエットが浮かんだ。

 このアクセルキャンセラーが存在しなければワルキューレエッダ隊は全滅していただろう。


「な、なんだ、今のは?」


 冷静沈着のエストスの美しい額に汗が浮かんだ。


「隊長。あれは信じがたいことですが、あれは我が軍の試作砲台……ベーゼスです」


 イリアスの驚愕がシルフアルケミー全機に染み渡った。


「はえ?」


 その聞き慣れない単語にウナ機がノーズを不思議そうに傾けた。


「ベーゼスだと? 何故魔族が我々の最新兵器を持っている? まだ実戦配備前のはずだが?」

「……生意気に」

「ふええ」

「あの魔族が我々の兵器を使用しているところから推測すると、ラストディフェンダー艦隊の新兵器ではないかと」

「まさか奴らは魔族を作ったのか?」


 エストスの眉間に深い皺が刻まれた。


「隊長。ベーゼスは強力ですが、膨大なエネルギーを消費します。次弾発射まで猶予があります……え? もう次弾装填? そんな全機緊急回避。繰り返す回避せよ」


 イリアスは報告の途中で、自らの報告を覆した。

 ボトムオーガの背後に周囲に浮かんだ巨大なジェネレーターが唸りをあげた。

 それはゼーベスの為だけに存在するジェネレーター。

 ベーゼスにエネルギーを供給する為だけのベーゼス専用ジェネレーター。

 そんな真似をする者はドッキー艦長以外存在しない。

 そもそも、ベーゼスのジェネレーターは巨大で戦艦クラスにしか搭載不可能だった。

 それがいくつも出現しているのだ。

 ドッキー艦長のアイテムボックスがそれを可能にしていた。

 ボトムオーガに擬態していてもそのアイテムボックスは健在。

 その荒唐無稽の物理法則無視の特殊能力は健在。

 膨大なエネルギーキューブが一瞬でエネルギーに変換されベーゼスに近接転移された。

 ボトムオーガは牙をむき出しにして醜く笑った。


「ふっ」


 その砲身内で圧縮加速、昇華され、砲口から解き放たれた。

 巨大な砲口が軋む、巨大な砲口内部に張り巡らされた防御スクリーンが膨大なエネルギー発射に耐える。

 ベーゼスが白夜の火を噴いた。

 宇宙空間が再び白く祝福される。

 純粋破壊エネルギーの暴君が世界を席捲する。

 漆黒の空間を塗り潰す。

 塵もガスも無人戦闘機の残骸も、その射線上にあった存在は全て瞬時に蒸発し、この世から一瞬で消失した。

 光の奔流の中に小さな小さなシルフアルケミーの影絵が再び浮かび上がった。

 その影は四方に散らばった。

 アクセルキャンセラーで最大加速に到達したシルフアルケミーがその破壊の蹂躙から脱出したのだ。

 絶対暴君の攻撃を辛うじて避けたシルフアルケミーはジグザグに軌道を変化させ懸命に距離を取る。

 真紅の軌跡だけがその生存を伝える。

 ベーゼスの主砲は当たらない。

 アクセルキャンセラーによって回避されるのだ。

 だがベーゼスが咆哮した。

 光速を超えたシルフアルケミーの軌道の先に白き死の円柱が驀進する。

 シルフアルケミーが、数マイクロ秒後に到達するであろう空間が白く塗り替えられる。


「ええい回避」


 エストスのシルフアルケミーの美しいノーズの鼻先寸前を無限のエネルギーが通り過ぎる。

 エストスは何とか機体を正反対の方向に向け、逃げ出した。


「隊長」

「今のは危なかったぞ」


 ギリギリだった。その美しいシングルナンバーの貴重な古代戦闘機が消滅するところだった。

 そして人類は危うくワルキューレエッダ隊の隊長エストスという気高く美しく強い希少な人類の至宝を失うところだった。

 まさしく紙一重。

 シングルナンバーのシルフアルケミーでなければ死の閃光に飲み込まれ消滅していたところだった。


「はへ? また? また撃った?」

「どうなっているの? 生意気に」

「連射してるようだが?」

「そんな、ベーゼスは連射出来るような構造になっていません。砲身が持ちません」

「今のは偶然か? まるで私の回避先を狙ったようだが? まさか?」


 そう今のベーゼスの射線は間違いなくエストスの回避軌道に向けられていた。

 未来予測キャンセラーが搭載されているシルフアルケミーの未来が予測されるはずがなかった。

 それをあざ笑うかのようにボトムオーガはそのエストス機の未来軌道に向かって放った。


「未来予測キャンセラーが効いてない?」

「ええ? そんな馬鹿な。一体どうなってるの?」

「分かりません。もう何がなんだか」

「ボトム魔王強い」

「生意気に」


 ワルキューレエッダ隊隊員の声が各々疑問を口にする。

 そしてボトムオーガから逃げるように距離を取った。

 至近距離でベーゼスを連射されたら、いくら無敵のシルフアルケミーといえども危険だ。

 ワルキューレエッダ隊が逃げ出すなど前代未聞。

 だが銀河中にファンがいる美しい彼女達の醜態は誰にも目撃されることはなかった。

 反乱軍の演算制空権下にあるこの宙域は通信不能なのだ。

 光速で舞い踊る妖精たちを肉眼で見ることは出来ない。

 窓のない戦艦からは彼女達の雄姿は見えない。

 見えるのはアクセルキャンセラーの残滓のみ。

 ベーゼスの咆哮のみ。


「ええい。仕方ない。あれを使用するぞ」


 エストスが美しい眉をしかめ皆に命じた。


「……隊長あれってもしかして?」

「……ひょっとして?」

「……マジっすか?」

「ふぁ?」


 ウナ機がノーズを傾げた。

 その他のシルフアルケミー各機もノーズを傾けた。


「秘匿兵装……魔王特化兵装マニューバ」


 エストスが大きな目を見開いてそう叫んだ。


「秘匿兵装?」

「魔王特化兵装?」

「マニューバ?」

「何それ? そんなの使ったことない」

「……た、たたた。隊長。魔王特化兵装の使用例はここ数百年ありません」

「前例など関係ない」

「で、ですが?」

「前例がないと使用出来ないのであれば、我々がその前例となればよい」

「本気ですか?」

「ああ。責任は私が持つ。全機、魔王特化兵装を使用準備」

「「「秘匿兵装……魔王特化兵装マニューバ……オン」」」


 ワルキューレエッダ隊の声が揃った。

 魔王特化兵装マニューバ――それは未だかつて誰も使用したことがない兵装。

 シルフアルケミーにはこのような兵装が多く搭載されている。

 あらゆる状況に対応できる汎用戦闘機なのだ。

 シルフアルケミー機体がその姿を変化させた。

 巨大な双発の推進器が船体中央に引き寄せられ、合体し、外部装甲が揺らいだ。

 三又状の機体が一本槍のように連結しそのノーズはより鋭利となる。

 複雑な模様が刻まれた流線型の美しい機体が、溶け、融合し変形した。

 液化流体コンポジット装甲がその形状を女性的な美しい曲線から、女性的な鋭利な直線に変化させる。

 そして白きその外装が禍々しく変色し、発光した。

 美しいシルフアルケミーが突如燃え上がった。

 その姿はまるで炎の剣。凛凛と燃え上がる美しい剣だ。

 真っ白の純白の白銀のシルフアルケミーが禍々しい赤、紅にその姿を染めた。




「ほほう」


 それを眺めていたドッキー艦長扮するボトムオーガが片眉を上げた。


「艦長。こんな密集地帯でいきなりベーゼスなんて撃たないでください。背後の他の艦艇に当たったらどうするんですか」


 ドッキー艦長の耳元でリーマイ副官が怒鳴った。


「当たらないように撃ったつもりだけど?」

「そうですのよ。私の未来予測キャンセラーキャンセラーで見事全弾外してみせたのですよ」

「凄いぞサララ。よくやった。どうやって外したんだ?」

「それだけは言えないのですよ」


 瞬間通信越しのサララが得意げに鼻を鳴らした。


「そっか、じゃあいいや。それよりあれが見えるか?」


 ドッキー艦長は子供のように目を輝かせ変形したシルフアルケミーを眺めた。

 ボトムオーガの目には拡大されたシルフアルケミーの姿があった。

 サララがリアルタイムで送信している映像だ。

 いくら視力のいいドッキー艦長でも光速で飛行する姿は追えない。


「なっ、ちょっと聞いてくれないのですのよ?」

「もう、これだからAIには人権がないのですのよ」

「誰のおかげでその美しい戦闘機の姿を拝めると思っているのですか?」

「私に感謝の言葉ぐらいあってもいいものですのよね」


 サララ達がぼやいた。

 AIであるサララは同時存在が可能な並列存在なのだ。


「いやあー、ありがとう。サララがいなければ危なかった。ありがとう流石ララシリーズ。いい仕事だったよ、グッジョブ」

「何ですかその棒読みは? 一ミリたりとも気持ちがこもってないのですのよ」

「はあ。まあ、いいですのよ。それよりもシルフアルケミー達、どうしちゃったのですのよ? あんな形状ありました?」

「変形しましたのですよ。ああ、あこがれの古代戦闘機、一度でいいから繋がってみたいですのよ」

「古代OSって何千年前のですかね? もしかしてエクソダス時代の?」

「そんな馬鹿な。そんな古い規格でどうやって運用しているのですよ?」

「現状のプロトコルに沿ってないなんてないのですよ」


 サララ達の声が同時に響いた。


「艦長。とにかくベーゼス撃つの禁止ですからね。もし流れ弾が当たったらどうするんですか?」

「大丈夫だ。しっかり狙って外している」

「え? いまギリギリでしたよね? 当たってましたよね」


 リーマイ副官の疑問に満ちた声がボトムオーガの耳元で響いた。


「はっ? 何を言っているんだい? ほんの先っちょだけ、ちょっとかすっただけだ。いいじゃないか、一発目は威嚇射撃だよ」

「何回威嚇するんですか?」

「もういいじゃないか終わったことを。結果的には一機も壊してないじゃないか」

「はいはい。言い訳禁止。いずれにせよ、もうベーゼスを撃つの禁止です」

「え? 生身の僕が、銀河最強部隊のワルキューレエッダ隊相手に丸腰でどうしろと」


 ボトムオーガが両手を広げ抗議の声をあげた。


「え? 何を言っているんですか艦長? さっき生身でトールハンマーの攻撃に欠伸しながら耐えてたじゃないですか?」

「いや、簡単そうに言うの止めてくれないかな? 大変なんだから」

「イチャラブ禁止ですよ」


 サララが冷たく二人の会話に割って入った。


「それよりシルフアルケミーは大丈夫なんですか? 真赤になってオーバーヒートですのよ?」

「ブレインリンク、宙域鑑定……鑑定結果。あれはオーバーヒートではないみたいね。エネルギー皮膜?」


 リーマイ副官は宙域鑑定を実行した。


「ただのエネルギー皮膜ではないよ。あれはアクマゴロシの色だ」


 ボトムオーガはシルフアルケミーの姿を見て嬉しそうにそう呟いた。


「アクマゴロシ? って魔族カウンター物質の?」

「でもそれって魔族にしか効果がないのでは? 艦長のボトムオーガはただの変装ですから意味ないですのよ」

「そうだね。僕は魔族じゃないし……あっ」


 ボトムオーガが頭を抱えた。


「しまった。これはまずい」


 ボトムオーガが 頭を横に振った。


「まずいって、なんでですのよ?」

「それはね。今の僕には魔力があるんだ」


 ボトムオーガが額を掻いた。


「なんで艦長に魔力があるんですか?」


 リーマイ副官が呆れた声をあげた。


「それだけは言えない」


お読みいただきありがとうございました。

大まかなストーリーに変更ありません。

分割しました。

誤字脱字、読みやすいように修正しました。


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