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23 ボトムオーガ対ワルキューレエッダ隊

「あれが敵だと?」


 エストスが美しい眉間に皺を寄せた。


「ボトムオーガ種に間違いありません」


 イリアスが答えた。


「無人戦闘機を、こいつ一人でやったというのか? イリアス」

「認めたくありませんが、そうとしか考えられません。他の艦影なし、次元ステルスの無し、他に敵はありません」

「ひえええ」

「うそお」

「生意気に」

「あり得ない」


 ボトムオーガ。それは魔族最低種族。宇宙航行種族に進化できなかった劣等種。

 それが宇宙に、人類の領域の最奥にたった一人でいるのだ。

 あまりの異常事態に百戦錬磨の最強乙女部隊ワルキューレエッダ隊に混乱が走る。

 無人戦闘機の残骸の上に立つ劣等種族のボトムオーガが牙をむき出し笑った。

 ボトムオーガの周囲に何かが突然、忽然と現れた。


「いったいどこから? 次元ステルス? 金属探知。あれは槍?」

「槍だと? ばかにして? なにをする気だ?」

「油断するな各機、未来予測キャンセラーオン」

「OB。未来予測キャンセラーオン」


 シルフアルケミーに搭載された古代兵装。未来予測キャンセラーが作動した。


「未来予測キャンセラー始動しました。以降観測による未来予測は実質不可能となります」


 イリアスの声がシルフアルケミーのコクピットに響き渡る。

 未来予測キャンセラー。その名のごとく未来予測を防ぐ古代兵装。

 原理は古代人のみぞ知る。

 現在の科学力では解析不能。

 ただ効果があることしか分からない。


 ボトムオーガが宙に浮いた槍を掴んで投げた。


「槍を投擲しました」


 イリアスの悲鳴のようだ報告が入る。


「そんな! 槍が音速突破、続いて亜光速突破。回避してください」

「なに?」


 ボトムオーガの放った粗末な金属の槍が亜光速を越えた。

 そのあまりの加速で槍の先端が自重で潰れる。

 膨大な運動エネルギーを保持した槍がシルフアルケミーに向かう。


「緊急回避」

「OB」


 シルフアルケミー各機が亜光速でスライドし回避した。

 あまりの相対速度の差で、すれ違ったことさえ分からない。

 イリアス機からの観測データのみが各機の目となり耳となる。


「反転追尾だと? そんな馬鹿な」


 だがその槍は百八十度回頭しシルフアルケミーを追尾し始めた。


「な? 誘導兵器?」

「いえ、ただの金属の槍です?」

「ここは我々の演算圏内だぞ、誘導弾など演算妨害してしまえば脅威にならん。ミルカン」

「OB。演算妨害開始」


 シルフアルケミー八番機、演算特化機体ミルカン・コルが演算妨害を開始した。

 ミルカンの機体は兵装の代わりに演算器を積んだ演算特化機体だ。

 電子戦なら彼女の右に出る者はいない。

 だがしかし――。


「演算妨害が効きません。乗っ取り不可能。そもそもあれには乗っ取る頭脳がありません」


 ミルカンが叫んだ。


「なんだと?」

「解析ではただの金属の塊です。誘導装置も推進器もありません」


 ミルカンとイリアスの報告にワルキューレエッダ隊全員の瞳が大きく見開いた。

 誘導装置も推進器も持たない、謎の金属の棒は方向転換しシルフアルケミーを襲う。

 だがシルフアルケミーはアクセルキャンセラーで回避する。


「信じられないことに、誘導妨害不可能です」


 ミルカンが悔しそうにつぶやいた。


「ええい、撃ち落とせ」

「OB」


 シルフアルケミー各機が反転し、襲い来る槍を迎撃する。

 ウェポンラックが開き、凶悪な重機銃が咆哮する。

 金属の槍に大量の質量弾が撃ち込まれ木っ端みじんに粉砕する。


「なんだ、今のは?」

「槍でしたよね」

「隊長。複数の金属反応です。その数二百三十八」


 イリアスが叫んだ。


「ええい。各機、回避しつつ迎撃せよ。誘導するな、あれはただの質量弾だ。落ち着いて撃ち落とせ」

「OB」


 ボトムオーガの放った槍が亜光速で迫る。

 シルフアルケミー各機は慣性を無視して横、上、斜めにスライドし、軌道を変え飛来する金属の攻撃を避ける。

 そして反転。機銃で迎撃する。


「なんなんだ?」

「分かりません。槍を投げたとしか?」

「どうやって投げた?」

「不明。隊長。さらに未確認物体出現」


 そして次に現れたのは槍ではない。

 それよりも巨大な金属の円柱群。


「あれはミサイルです」


 イリアスが叫んだ。


「魔族がミサイルだと?」

「敵はあのボトムオーガだけじゃないのか?」

「どこかに次元ステルス状態の敵艦がいるはずだ」

「それならば炎の巫女様の鑑定に見つかっているはずです」

「じゃあ、なんだ?」

「現情報では不明。判断不能。判明しているのはあれがミサイルだということだけです」


 ワルキューレエッダ隊員の混乱した会話がコクピット内を右往左往する。


「隊長、しかも最悪なことにあのミサイルは魔族のものではありません。あれは……」


 イリアスが言葉に詰まる。


「なんだ?」

「王立宇宙軍正式採用ミサイル……クレアBです。しかもAIによる未来予測誘導です」

「マイクロミサイルを放て」


 そして迫りくるミサイルに向けてウェポンラックを開き、マイクロミサイルのコンテナが現れた。

 その中から無数のマイクロミサイルが射出された。

 このマイクロミサイルは反重力発生器を搭載した恐ろしくコストが高い兵器だ。

 だが、そんなものはワルキューレエッダ隊の栄光と資金力の前ではあまり猶予すべき問題ではない。

 どれだけ高価な兵装を使用しようが、彼女達の懐は痛まない。

 ワルキューレエッダ隊の栄光の前にはコストなど度外視すべきものなのだ。

 全銀河に広がっている彼女達の支援者達は資金援助を惜しまないのだ。

 アイドル兼最強部隊のメリットの一つだ。

 彼女達は美しい。そして美しいものには人は集まる。つまり金が集まるのだ。

 コストを度外視した最新兵装に身を包み圧倒的な戦力で敵を撃破する。

 それがワルキューレエッダ隊だった。

 高価なマイクロミサイルが、ボトムオーガの放ったクレアBミサイルに向かった。

 マイクロミサイルは迎撃に使用するものではない。

 だがクレアミサイルはAI誘導だ。

 その誘導能力は背後にあるAIの性能に左右される。

 そしてクレアBミサイルを誘導しているのは超弩級戦艦サンダーゲートに搭載された演算器で走るサララだ。

 つまり最強のAIが王立宇宙軍最新兵器を操作しているのだ。

 勿論そんなことは彼女達は知らない。


「なんと」


 誘導ミサイルはマイクロミサイルの雨の中を抜けた。


「あれ? 避けた? あのボトムオーガの背後には相当優秀なAIがいるのかな」


 ウナが首を傾けた。


「膨大な演算器を積んだ次元ステルス艦でもいるのか?」


 エストスが舌打ちする。

 そしてシルフアルケミーを無作為にランダム回転させ、全方位に無秩序に機銃をばらまいた。

 いや無秩序ではない。

 クレアBミサイルに命中し爆発したのだ。


「隊長お見事です」

「あのボトムオーガは本当に魔族か?」

「はい。あのボトムオーガからは魔原子崩壊の魔力波を感知してます。あれは魔族に間違いありません」

「え?」

「そんな」


 イリアスの報告にワルキューレエッダ隊員に動揺が走る。


「落ち着け。なぜ魔族が王立宇宙軍の兵器を使用する?」

「まさか? 反乱軍は魔族と手を組んだのか?」

「なんと卑劣な」

「何人たりとも我らの主星域を汚さぬぞ」

「あれ? でもそれって反乱軍の私達が言えたことではありませんよね」


 ウナが首を傾げた。


 その瞬間、大量のクレアBミサイルがどこからともなく放たれた。


「ええい。全シルフアルケミー連結演算。アクティブリンクで向かえ撃つ」


 エストスが命令した。


「ひえ。OB」


 ウナの悲鳴と共にシルフアルケミー各機がアクティブリンクによって完全同期した。

 全てのシルフアルケミーの簡易AIが全てのシルフアルケミーの観測データとシステムに統合された。

 そしてボトムオーガの放ったミサイル群の未来予測位置に向かって一斉に機銃を発射した。

 アクティブリンクされた機銃のオーケストラが真空宇宙に流れた。

 その正確無比な攻撃によってクレアBミサイルは全て撃ち落とされた。


「クレアBミサイル撃墜」

「標的変更。ボトムオーガ」

「OB」


 シルフアルケミー各機の連携した機銃が、ボトムオーガに向けられ一斉掃射された。

 ボトムオーガは圧倒的な量の質量弾の洗礼を浴びた。


「イリアス。観測機を出せ」

「OB」


 イリアスが小型の観測子機を複数発射した。


「子機からの詳細映像を展開します」


 中継データが全てのシルフアルケミーに配信された。

 そこにはシルフアルケミーのアクティブリンク攻撃を受けたにも関わらず傷一つついていないボトムオーガがいた。


「目標健在。想定ダメージ微量」

「そんな馬鹿な」

「シルフアルケミーの全力射撃に耐えた?」

「背後に戦艦でもいるのだろう」

「ですが次元ステルスで隠蔽された形跡なし。敵はあのボトムオーガのみです」

「魔族の未知のテクノロジーか?」

「ボトム魔王凄い」


 ウナが首を傾げた。

 映像の中のボトムオーガが牙を見せ挑発した。


「いい度胸だ」


 エストスの白い歯がフェイスガードの下で煌めいた。


 その瞬間ボトムオーガが消えた。


「速いぞ」


 エストスの操るシルフアルケミーも消えた。

 アクセルキャンセラーで加速を省略し最大加速し、亜光速を突破しボトムオーガを追従する。

 真赤に燃えたシルフアルケミーが重力や慣性を無視してジグザグに折れた。

 この真紅の排気炎だけがシルフアルケミーの通った軌跡だ。

 宇宙空間に漂う微量のガスや塵が、密着防御スクリーンに衝突し燃え上がる。

 光速で逃げるボトムオーガを追うエストス機。

 両者のその速度は異常。

 シルフアルケミーは古代戦闘機だ。光速を突破するのは理解できる。

 だが、ただのボトムオーガが光速を超えることは信じがたい。

 ボトムオーガがシルフアルケミーと同じ速度領域にいるのだ。

 ボトムオーガにはアクセルキャンセラー機能はない。

 アクセルキャンセラーを持つシルフアルケミーのほうが速い。

 その差は確実に縮まっていた。

 エストス機の機銃がボトムオーガに向かって咆哮した。

 だがボトムオーガは突然、その攻撃がくることを知っているかのように方向転換し回避する。


「外しただと?」


 エストスが唇を噛んだ。


「隊長。巨大質量。回避」


 イリアスの悲鳴がコクピットに響いた。

 突如エストス機の進路上に巨大な壁が出現した。


「いつの間に? なにだあれは?」

「避けてください」

「くっ。いったいどこから」


 アクセルキャンセラーを装備したシルフアルケミーには加速時間が必要ない。

 緊急回避するエストス機。

 金属壁の表面にアクセルキャンセラーの真紅の残像を焼き付けた。


「くっ」


 エストスは回避しながら、シルフアルケミーを反転。金属壁に向かって機銃を掃射した。

 シルフアルケミーの強力な機銃が怒りをぶつけた。

 だが、その怒りは金属表面にかすり傷を付けただけだ。


「あれは防御スクリーン内包型の戦艦の複合防御壁です」

「そんなものがなぜここに? ええい、それよりいったいどこから現れた?」

「最初からここにあった? 私が誘導されたのか? 最初からこれはここに隠されていたか?」


 それを嘲笑うかのようにボトムオーガが腕を組んで戦艦の複合防御壁の上に立った。


「ほほう。低級ボトムオーガが魔王気取りか?」

「アクティブリンク。トリガーは私に合わせろ」

「OB」

「アクティブリンク」

「照準連動」


 全てのシルフアルケミーの観測データがアクティブリンクされ、それぞれの機銃が小刻みに揺れ、ボトムオーガに向かって全シルフアルケミーの機銃が同時に火を噴いた。

 ボトムオーガは両手を広げて笑った。

 その瞬間、光速を越えた強力無比のシルフアルケミーの機銃掃射が消えた。


「消えた?」

「そんなばかな」

「どうなっている?」

「分かりません。弾頭消滅」


 イリアスの報告がシルフアルケミー各機のコクピットの空気を重くした。


「隊長。回避。高エネルギー反応。攻撃ビームです」


 シルフアルケミー各機はアクセルキャンセラーで攻撃ビームを緊急回避する。


「攻撃ビームを放てるのは中級以上の魔族だけだ」

「あの小柄なボトムオーガのどこに生体ビーム発生器官があるのだ」

「損害は?」

「ありません」

「ええい。魔族一匹になにをしている。我らは誇り高きワルキューレエッダ隊だぞ。主砲準備。外した者は整備士と食事に行かせる」

「ひえ。勘弁OB」

「アクティブリンク。戦況マップを更新。未来予測キャンセラー統合。射線最適化」


 情報特化機のイリアス機が戦況マップを書き換える。

 全てのセンサーが同期され、全ての演算器が同時に推論し、アクティブリンクにより多数の群が一個の生命体のように息を合わせた。

 シルフアルケミーの翼が上下に割れ、その内部から美しい白い砲塔が現れた。

 これがシルフアルケミーの主砲アルテミスブレスだ。

 シルフアルケミーのジェネレーターから直接エネルギーを供給される。

 アルテミスブレスは巡洋艦並みの圧倒的な攻撃力。

 それが十二機同時に放たれた。

 ワルキューレエッダのアルテミスブレスの前に生き残る者はいない。

 戦艦の防御スクリーンさえ真っ赤に加熱させるほどの圧倒的攻撃力の前に立つ者はいない。

 まさに戦闘機のオーバーロード。

 美しき戦闘乙女の彼女達に叶う者はない。

 だが今回は違った。

 相手が悪かった。


「なんてこと?」


 情報特化機イリアス機がその自らの情報に驚き、たじろいだ。

 コクピットに流れた映像にワルキューレエッダ隊員の表情が蒼白になる。


「そんなばかな」


 ボトムオーガは健在。

 そしてその周囲には七色に光る皮膜がボトムオーガを覆っている。

 シルフアルケミー各機が放ったシルフタスクがその七色の皮膜に阻まれたのだ。


「まさか、あれは」

「生体防御スクリーンです」


 それは紛れもない防御スクリーンの光。


「おいおいおい。冗談はよしてくれ。なにかの冗談だろ」

「ボトムオーガが防御スクリーンだと?」

「どうなっている」

「分かりません」

「あの色はA級魔物のみが持つ生体防御スクリーンです。観測するのは数千年ぶりです」

「ボトム魔王ちゃん?」


 ウナ機がノーズを傾げた。


「……くっ」


 エストスは悔しそうにその魅惑的な唇を噛んだ。


「ウナ。戦略融合弾頭だ」

「ひえ?」


 そして決断した。

 このボトムオーガには通常兵器は効果がなかった。

 ではもっと威力のある攻撃をするだけだ。


「本気ですかぁ?」

「ウナ」

「OB。融合弾装填です」


 ウナ機は戦略融合弾を備えている唯一の特殊戦略爆撃機だ。


「撃て」


 エストスの号令下、ウナ機から一発の特殊なミサイルが発射された。

 それはボトムオーガに吸い込まれるように進み。

 突然、宇宙に巨大な爆球が出現した。


「命中。衝撃球来ます」


 宇宙が融合弾の激しい閃光に包まれた。

 融合弾は惑星上での使用が禁止されている戦略級攻撃兵器だ。

 地上で炸裂すれば惑星のプレートが割れ気候が激変し、惑星生態系は壊滅状態となろう。

 それがたった一匹のボトムオーガに向けて使用されたのだ。

 空間が乱れ、計器にノイズが走る。

 だが――。


「目標依然健在」

「ほええ」


 ウナ機が大きくノーズを傾けた。


「なんだと?」


 ノイズと衝撃波が収まったそこにはボトムオーガがいた。

 全くの無傷。

 融合弾でも無傷。

 ボトムオーガは顎に手を当てて、なにやら考え事をしているようだ。

 ワルキューレエッダ隊員は知らない。

 このボトムオーガの正体を。

 この世界に魔王と引き分けた艦長がいるということを。

 彼がアイテムボックスを持っているということを知らないのだ。

 だが知っていたからといって勝てるものでもない。

 ボトムオーガは手を叩いた。

 そしてニヤリと笑った。


「今度はこっちの番だ」


 ――とボトムオーガは王国標準語でそう言った。


お読みいただきありがとうございました。

大まかなストーリーに変更ありません。

誤字脱字、読みやすいように修正しました。


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