16 ラストディフェンダー艦隊の最後
アーサイド王国主星域が数千万本のエネルギービームと数千万の防御スクリーンの奔流により真っ白に埋め尽くされた。
アインシュタインスルーによって光速限界を突破した遮ることのできない絶対無敵の矛が、貫くことができない防御力を誇る盾と拮抗し、ただ飽和し、ただ閃光に溢れた。
何も存在しない真空宇宙空間は絶対拒絶の高密度エネルギーに塗り替えられた。
その美しくも悪魔的な人工発光現象は数光年先の未来でも観測されるだろう。
この時代、攻撃と防御の技術は進化の限界に到達し、互いを侵害することが不可能となった。
矛盾が現実化した。
だが、それはお互いが対等な状況という実験室の中だけの話である。
実際の戦闘ではその矛盾は簡単に解消される。
物量だ。戦いは数だ。
この基本原則は人類が惑星上に縛り付けられていた一万年前から変わることはない。
矢から現在の宇宙戦艦の指向性エネルギービームになっても変わらない。
そしてさらに重要となるのが攻撃する時タイミングだ。
絶対防御力を誇る無敵の防御スクリーンも複数のエネルギービームによる集中砲火攻撃には耐えられないのだ。
戦闘のセオリーは惑星上の二次元平面陣形から、大宇宙の三次元立法陣形になっても変わらないのだ。
即ち。艦隊運用が勝る側に勝利の女神は微笑むのだ。
アーサイド王立艦隊。主星域防御艦隊――ラストディフェンダー艦隊の栄光の灯は今、消えようとしていた。
反乱軍半強襲揚陸殲滅型要塞――第三トールハンマーからの攻撃ビームが複数同時に放たれ、ラストディフェンダー艦隊の防御特化型絶対無敵防御機構――タイタンシールド要塞の防御スクリーンを一瞬の白熱の後、貫いた。
攻撃特化のトールハンマー要塞の主砲は簡単に防げるものでもない。
鉄壁の防御能力を誇る無敵のタイタンシールド要塞が沈黙した。
要塞級同士の戦いはエネルギーの貯蔵量が勝る方が有利だ。
従って防御特化型絶対無敵防御機構タイタンシールド要塞の方が遥かに有利なはずだった。
だがレゾル司令官はバカなことをしでかしたが、バカではないのだ。
司令官となる為の素質があった。才能があった。
そして上昇志向があった。
最悪なことに自らが支配者となる為の野望があった。
味方を撃ち殺しても構わないという無慈悲で残酷な思考があった。
栄光のラストディフェンダー艦隊はその誇りと仲間への遠慮ゆえに敗北した。
先日まで仲間だった者に簡単に砲を向けることのできる者は少ない。
その差が如実に表れた。
絶対無敵のタイタンシールド要塞が破られた後は、ただの蹂躙だった。
反乱軍半強襲揚陸殲滅型要塞、第三トールハンマーが放ったエネルギーの濁流直線がラストディフェンダー艦隊の宇宙戦艦を飲み込んだ。
その背後にいた巡洋艦や補給艦を蒸発させた。
何万という戦艦が一瞬で消滅した。
何十万という王立宇宙軍の若き兵士達が失われた。
不敗神話は終わった。
幾万の物語が紡がれ、少年達の夢が、士官候補生の憧れが、栄光のラストディフェンダー艦隊が消滅しようとしていた。
――ラストディフェンダー艦隊所属。戦艦アウラミーラ艦橋。
「戦艦バンナナ。戦艦コウミラ。共に防御スクリーン消滅。戦線離脱。防御要塞内に撤退」
「続いて戦艦ミガル。防御スクリーン消滅。巡航艦ミレーダ大破……戦線離脱」
真っ赤に点滅した艦橋内にオペレーター達の悲痛な叫び声が響いた。
「ええい。艦隊運用がまるでなってない。士官学校からやり直せ。密集陣形で互いの防御スクリーンを重ねろ。そして三隻以上で一隻を狙えと何度も伝えろ。とにかく陣形を崩すな。維持しろと。敵は下からも上からも来るんだぞ。海の上で戦っていた一万年前の単純な戦いは忘れろ。いつまで大昔の陣形にすがっているんだ。今は宇宙航海時代なんだぞ」
艦長席から立ち上がった壮年の男が叫んだ。
その剣幕で艦橋内の温度が上昇した。
「第三トールハンマーが主砲発射準備」
だがオペレーターのその小さな声の報告が艦橋の温度を下げた。
「馬鹿な、あれを撃つのか? 我々は同じ王国民なんだぞ」
艦長の目が驚愕に見開かれた。
「脅しでしょう。撃つなんて信じられません」
他のオペレーターが嘆いた。
「やめだ。やめ。撤退だ。退避しろ。こんな戦い無駄だ。反転。全力撤退だ」
「駄目です艦長。司令部から撤退は認められておりません。何としても死守しろとの命令です」
「そんな滅茶苦茶な命令を出した奴は誰だ」
「ラストディフェンダー艦隊の司令官様ですよ……艦長。ここは適当に被弾し、撤退しましょう。要はこの戦線を離れる口実があればいいんですよ」
艦長席の隣に若い長髪の男が神を振り払い笑った。
「待ってください。この艦の全データは司令部のシステムに直結されており偽装はできません。この会話すら筒抜けなんですよ」
「知ってますよ。ただの冗談です」
「そうだな。キサダ副官は戦闘により軽度に混乱しただけだ。ちきしょう」
「ザック艦長。すいません。うっかり混乱してしまいました」
キサダ副官は切れ長の目を閉じだ。
その仕草をうっとりと見惚れる女性オペレーター達。
「何が栄光のラストディフェンダー艦隊だ。その中身は貴族のバカ息子の遊び道具。拍付けの為の名ばかりの艦隊。何が絶対死守だ。もう遅いんだよ。王立宇宙軍が反乱軍に半分寝返っただけで終わってんだよ」
ザック艦長は艦長席の肘置きに拳を叩きつけ叫んだ。
「反乱軍があそこまでの規模になるとは正直驚きです」
キサダ副官が天を仰いだ。
「それだけ貴族への不満が溜まってたんだよ」
ザック艦長が歯ぎしりをした。
アーサイド王国は貴族制だ。
エクソダスの勇者が人類を宇宙に導いてから一万年を経過してもなお、貴族制度は変わらない。
その権力は一万年の間にさらに増し、腐敗し、粛清不可能な圧倒的な差となっていた。
伝統により平民下級士官は上級士官になれないのだ。
何という理不尽。無駄な制度。キャリア思想。選民思想。
それがこのアーサイド王国の実情であった。
一万年もの長きに渡って魔王軍と戦う為には犠牲が必要であった。
絶対君主制というシステムが必要不可欠だった。
「別にその貴族達が有能ならば問題はないのだが……」
最悪なことに軍の上層部には無能で地位と名誉を重んじる出世欲の権化しかいなかった。
彼らはラストディフェンダー艦隊の上級士官になることがステータスであり、勲章だった。
彼らは最前線に出ることはない。
安全な主星域で艦隊ごっこをしているだけなのだ。
そしてそれに不満を抱く者達が大勢いた。
その者達はこぞって反乱軍に与したのだ。
だがレゾル総司令官自身も上級士官の貴族である。
彼の元に多くの平民の若者が集った。
なぜか?
レゾル総司令官は才能ある者を全て上級士官に登用したからだ。
虐げられていた平民士官達はこぞって彼を支持した。
反乱前の彼は王立宇宙軍の総司令官だった。
即ち、人事権は彼が全て掌握していた。
だから不満が出るように、無能で才能のない嫌な奴を上層部に据えたのだ。
戦いは、反乱はその時から既に始まっていたのだ。
無能な上級士官に愛想を尽かした下級士官や一般兵士の多くが、有能なレゾル総司令官の元に集ったのだ。
彼の元ならば出世可能なのだ。
努力すれば上級士官になれるのだ。
それらの希望は女王陛下への忠誠を上回ったのだ。
兵士達は反乱軍だろうが自分を評価してくれる側についたのだ。
レゾル総司令官は何年も前から周到に準備していたのだ。
その努力が今花開いたのだった。
ダーレンゲート攻略作戦は有能な人材を彼の元に集める為のものであった。
「トールハンマーの攻撃ビーム発射」
トールハンマーの攻撃ビームが発射され、宙域を閃光で満たした。
幸いにも戦艦アウラミーラはその攻撃範囲からは遠く離れていた。
今回は。だが次回もそうだとは限らない。
その破壊エネルギーの射線にいるだけで小さな船の防御スクリーンなど意味を成さないのだ。
いや、要塞級の攻撃を防げる戦艦など、この世に存在しない。
要塞級の攻撃は要塞級だけが防げるのだ。
だがこの戦場に味方の要塞級はもはや存在しない。
全て撃沈された。
事実上、ラストディフェンダー艦隊に防御力は残っていなかった。
栄光のラストディフェンダー艦隊は敗走する艦と、反乱軍に寝返る艦に分かれた。
時と共にラストディフェンダー艦隊を構成する戦艦が減少し、その規模が縮小していった。
「なんと演算要塞ビッグメンターが演算戦に参戦」
「なんだと?」
「電子戦敗北。艦隊運用統合AIが反乱軍に乗っ取られました。演算制空権が敵の手に落ちました。瞬間通信不通。アクティブリンク不可、ワープリング不可能」
この時代システムの運用の大半をAIが担う。
物理的な艦隊戦と並行し、電子戦が行われるのが通常だ。
そしてその電子戦にラストディフェンダー艦隊は敗北した。
ラストディフェンダー艦隊の無敵のAIシステムが負けたのだ。
電子戦で重要なのも数だ。
演算器が多いほどその戦力は大きい。
反乱軍の現存する艦がラストディフェンダー艦隊の艦を上回った時点で電子戦での敗北が決定していた。
「……そうか、AIの操舵権をシステムから隔離」
「オンビット」
「ですがAIがなければ船は……」
オペレーターの悲痛な声が艦橋に沈んだ。
「ええい、防御スクリーンの出力を前方に回せ」
「オンビット」
「キサダ副官。手動操舵を」
「オンビット。ブレインリンク。総員身体を固定せよ。皆さん。少々揺れますよ」
キサダ副官がブレインリンクにより戦艦アウラミーラの操舵を開始した。
通常ならば、人間はAIの操舵に敵わない。
だがその瞬間、戦艦アウラミーラが錐もみ飛行するように、攻撃ビームによって張られた糸の合間を縫って飛んだ。
キサダ副官は人間にしてはあり得ない操舵を披露した。
「やはり戦艦は重いですね。戦闘機と同じにはいきませんか」
ブレインリンクにより膨大な数の姿勢制御スラスターを制御し、戦艦アウラミーラを軽々と操舵するキサダ副官の額に汗が浮かんだ。
「戦闘機乗りの血が騒ぐって?」
「昔のことですよ」
「余剰在庫は全て捨てろ」
ザック艦長がそう命じた。
「オ、オンビット」
そして戦艦アウラミーラの積載物が破棄され、船体の重量を減少し、回避性能が上昇する。
それでもまだ重い。
交差する攻撃ビームをギリギリで避ける戦艦アウラミーラ。
反乱軍の放った質量弾には戦艦アウラミーラの鼻先を向け、前方に集中させた防御スクリーンに当てて対処する。
戦艦アウラミーラのノーズアタックが敵艦の防御スクリーンに穴を開ける。
その瞬間、姿勢制御スラスターを噴射させ、戦艦アウラミーラを回転させる。
敵艦の防御スクリーンを切り裂いた。
そこに反乱軍の放った攻撃ビームが集中する。
防御スクリーンを切り裂かれた哀れな戦艦はエネルギーの奔流に飲み込まれ爆発した。
その爆発を隠れ蓑にし戦艦アウラミーラは飛ぶ。
存在座標を変える
攻撃ビームが遅れて宙を切り裂く。
そこには戦艦アウラミーラの姿はない。
戦艦アウラミーラが反乱軍の戦艦の側面に突き刺さる。
ノーズアタックの教本のような圧倒的な操舵だった。
鈍重で旧型の戦艦アウラミーラが最新の軽巡洋艦のように、いや戦闘機のように華麗に舞い踊る。
「なんてこと? 鈍重なはずの戦艦が踊っている?」
「反乱軍戦艦の攻撃回数が減少傾向」
「キサダ副官。この隙に包囲網に穴を開ける。反乱軍の底面から突撃」
「オンビット」
ザック艦長の怒声が艦橋に響き渡る。
戦艦アウラミーラのオペレーター達が反乱軍の位置を、攻撃ビームを予測し、退避プランを練る。
AIが切り離された今。この船は全て人間の手によって操舵されている。
キサダ副官は副官にしておくのが惜しいほどの天才パイロットだった。
ザック艦長はこんな旧型の戦艦を指揮するのが勿体ないほどの逸材だった。
戦艦アウラミーラのオペレーター達はこんな無謀な作戦で散ってはいけない才能豊かな逸材達だった。
戦艦アウラミーラは反乱軍の艦隊の攻撃に必死に耐えていた。
だが多勢に無勢。戦いは数とその練度。
戦艦アウラミーラは練度で勝っていても、数で負けていた。
「後方の友軍艦バリバードが当艦に向けて主砲照準」
「なんだと? 寝返ったのか。回避しろ」
「回避不能。アインシュタインスルーにて発射されました。命中。防御スクリーン消滅」
オペレーターの悲鳴と同時に戦艦アウラミーラが大きく傾いた。
「エンジン大破。姿勢制御重力機関停止。第三十四ブロックまで全て消滅。被害不明」
「防御スクリーンを前方に回した俺の失態だ。くそ」
「いえ、私が避けきれなかったから」
「いえ、私達が予測できなかったから」
「違う誰のせいでもない。こんなの戦いでも何でもない。ただの蹂躙だ。くそったれ。無人戦闘機を全て放て、防御スクリーンを展開して。少しでも本艦の防御力を上げろ」
ザック艦長は斜めに立ち上がった。
「死者負傷者多数。想定大破」
「無人戦闘機発進。防御スクリーン展開」
「負傷者を蘇生タンクに収容急げ」
「艦内鎮火。予備エンジン始動。エネルギーキューブ残量僅か」
「生産ブロック、エンジンパーツのプリンター生産を開始しました。備蓄資材ゼロ」
「損傷したバイパスを迂回経路に接続開始」
「操舵復活まで、もうお待ちください」
オペレーターの悲鳴に近い報告が艦橋にこだまする。
「くそ。俺達の周りは敵だらけかよ」
艦橋のスクリーンに表示されていた戦況マップに異変が生じた。
戦艦アウラミーラの周りのブルーポイントがレッドポイントに変化し、その矛先を戦艦アウラミーラに向けたのだ。
周りのラストディフェンダー艦隊の艦が反乱軍に寝返ったのだ。
「裏切り者は我々というわけですね」
キサダ副官が嘆いた。
「そんな」
「我々もいっそ、反乱軍に……」
オペレーターが嘆いた。
「我々は女王陛下の艦隊だぞ。何を言っている? 血迷ったか」
別のオペレーターが叫んだ。
「……ですがこれでは」
「反乱軍に与したいものがあれば退艦しても構わない。正直これは無駄な戦いだ。俺も今すぐにでもここから逃げ出したい」
ザック艦長は艦内放送でそう怒鳴った。
「だが俺は誓った。女王陛下に誓った。魔王軍からこの星を守る為にと、子供の頃に読んだ栄光のラストディフェンダー艦隊の雄姿を忘れない。撤退しても逃げ出しても、敵には絶対に屈しない。反乱軍には絶対に屈しない。それが俺達ラストディフェンダー艦隊なのだから」
戦艦アウラミーラを退艦する者はいなかった。
だが、戦艦アウラミーラの運命はまさに風前の灯だった。
いくらキサダ副官の天才的な操舵能力があっても、ザック艦長の熟練の指揮があっても、オペレーター達の類まれな情報処理能力があっても――。
戦いは意思だけでは、技量だけではどうにもならない。
戦艦アウラミーラに向けて反乱軍の戦艦から複数同時攻撃が放たれた。
「防御スクリーンに命中」
オペレーターが叫んだ。
艦橋に浮かんだ状況報告ウィンドウの防御スクリーンが真赤に点滅した。
戦艦アウラミーラが小型無人機を展開し無理矢理維持した防御スクリーンは激しく燃え上がった。
何度でもいう。戦いは数なのだ。
無敵の防御スクリーンも戦艦の複数の同時攻撃には耐えられないのだ。
「残存エネルギーキューブゼロ」
「間もなく防御スクリーン消滅します」
「皆。よく頑張った。皆の雄姿は後世に伝えられ、君達は家族の誇りとなるだろう」
ザック艦長は真面目にそう告げた。
「皆すまない」
そして頭を垂れた。
「ラストディフェンダー艦隊よ。栄光あれ」
キサダ副官が敬礼した。
「「「栄光あれ」」」
戦艦アウラミーラの全乗組員が敬礼した。
彼らこそがこの腐ったラストディフェンダー艦隊の真の意味でのラストディフェンダー艦隊だった。
最後まで決して諦めない。勇気ある存在。
最後の勇者だった。
反乱軍の戦艦から複数の主砲が放たれ、戦艦アウラミーラのむき出しの船体に死のビームを浴びせた。
戦艦アウラミーラの撃沈は不可避だった。
むき出しの金属の船体に攻撃ビームを防ぐ手立てはない。
だがその無慈悲な攻撃は戦艦アウラミーラのむき出しの金属の船体に触れる前に消滅した。
「あれ?」
「ん」
「損害なし」
「再確認。当艦の損傷なし」
「攻撃をやめたのか?」
「いえ、確実に直撃しました」
「何があった?」
ザック艦長は茫然とモニタを見る。
キサダ副官も混乱から立ち直れず、首を傾げたままだ。
艦橋内は大混乱に陥った。
中にはもう自分達は死んでいるのではと叫んでいるオペレーターまでいる。
防御スクリーンもない、むき出しの船体に主砲が直撃したのだ。
無事であるはずがないのだ。
こんなことはあり得ないのだ。
奇跡だった。
「な、続いて反乱軍主砲照準。その数、二百三十四本」
オペレーターの悲痛な死の宣告に艦橋は、戦艦アウラミーラは今度こそ死を覚悟した。
反乱軍に与したかつての友軍艦からの無慈悲な攻撃が放たれた。
膨大なエネルギーが戦艦アウラミーラのあった地点に炸裂した。
爆球が数百個と同時に複数発生し、その小さな船体を影も形も残さず塗り潰した。
だがしかし、その爆球は戦艦アウラミーラの船体表面で起こったのではない。
戦艦アウラミーラの周囲で爆発したのだ。
防御スクリーンのない戦艦アウラミーラが防御スクリーンを張ったかのように。
しかも、ただの防御スクリーンではない。
この数の攻撃ビームの攻撃を防いだのだ。
戦艦一隻が二百を超えるエネルギービームを防ぐことなど不可能だった。
あり得ない事象だった。
「損傷なし」
オペレーターの報告があがるが誰もそれを信じていなかった。
なんと戦艦アウラミーラは無傷。健在だった。
「損傷なし?」
「奇跡だ」
「これは防御スクリーン? なんと遠距離防御スクリーン補助です」
「防御要塞からの援助?」
「いえ防御要塞は全て破壊されています」
「どうなっている?」
「何が起きている?」
ザック艦長の額から汗が流れ落ちた。
「何か来ます」
「なに?」
「ワープリング?」
「バカな。この宙域はアンビエントジャミング下にあるのだぞ」
「なっ? これは?」
そして閃光が宇宙空間を満たした。
ザックス艦長は見た。
キサダ副官は見た。
艦橋のオペレーター達は見た。
戦艦アウラミーラの全乗組員は見た。
真空空間が長大な複数の稲妻に溢れたのを。
意思があるように整列した稲妻を。
そしてその整列した稲妻から何かが現れるのを。
「え?」
「なんだ。あれは?」
「まるで巨大な稲妻だ」
「あんな船見たことないぞ」
「なんと美しい」
三段状の稲妻型の歪な船が稲妻のゲートの中から現れた。
その姿に恐れをなしたかのように反乱軍の戦艦達は一斉に主砲を放った。
だがしかし、その三段型の巨大な塊はそのエネルギー攻撃を浴びても怯まない。
揺るがない。微動だにしない。全く効果がない。
反乱軍の主砲が効いていない。
何百という反乱軍の凶悪な破壊エネルギーに耐える。
「何だ、あれは?」
それはザック艦長の口から洩れた言葉だったが、それはこれを見ている者、敵味方問わず全ての者の言葉でもあった。
「敵味方信号受信……」
艦橋の全ての者が喉を呑んだ。
「所属……王立宇宙軍」
オペレーターの報告に艦橋の皆の目に希望が灯った。
「……王立宇宙軍超弩級戦艦サンダーゲート」
オペレーターのその報告に艦橋は歓喜の声で爆発した。
「おおおおおおっ」
「助かった?」
「助かったぞ。味方だ。味方が来たぞ」
「やった。やったぞ。神は俺達を見捨てていない」
艦橋は、戦艦アウラミーラの全乗組員は飛び上がって喜んだ。
突如、何の警告も何の兆候も無しで、現れたその巨大な雄姿はまさに神の使い。
三段の稲妻状に連結され巨大なワープリングを持つその歪な白銀の船体は美しい。
ただ美しい。稲妻を纏ったその姿はまさに奇跡。
その姿はまるでワルキュリアから使わされた白銀の稲妻の天使の船。
稲妻を纏い、超弩級艦サンダーゲートがその姿を現した。
「あれはなんだ? ドーントレス級よりも大きい、まさか超弩級戦艦?」
ザック艦長の顔に喜びはない。
「待ってください。あれがサンダーゲート? 私が知っているサンダーゲートとは違う。何ですか? あの船は?」
キサダ副官が眉をしかめた。
「間違いありません。王立宇宙軍サンダーゲートです」
「サンダーゲートから戦術データリンクの申請」
「このアンビエントジャミングの中でリンクですって?」
「どれだけ強力な空間探査投射機を備えているの?」
オペレーター達が驚愕の声を上げた。
「挨拶は後回しだ。向こうもそれは分かっている。即刻データリンクの申請受諾しろ」
「受諾。データリンク確立。サンダーゲートから当艦への近接転移によるエネルギー供給申請」
「申請受諾。防御スクリーンに回してください」
キサダ副官が冷静に対応する。
「オンビット。レセプター展開。サンダーゲートよりエネルギー受信。防御スクリーンに回しました」
「防御スクリーン二十パーセント復活」
「それにしても変ですね。どうやってここに?」
「そもそも、アンビエントジャミング下ではワープアウトなんて不可能なはず」
「転移演算の事前空間演算もありませんでしたよ」
「あの船は実在しているのでしょうか?」
「これはあり得ない。異常です。おかしいです」
オペレーター達は非現実的な現象を理解できなかった。
「他の援軍は? これだけの大規模防御スクリーンを持っているのだ。背後に要塞級もいるのだろう」
ザック艦長が冷静に問う。
「いえ、それが一隻だけです」
オペレーターの非常な報告がそのお祭りムードに水を差した。
「え?」
「はっ?」
そしてその美しい三段の稲妻状の船体から何かが複数飛び出した。
「え? 小型機?」
「いえ、違います。近接転移エネルギーバイパスを確認」
「あれは最新兵器……ベーゼスです」
オペレーターが驚愕の表情を浮かべた。
「しかもその数……三十二基?」
オペレーターが絶句した。
「あれが全部ベーゼスだと?」
ザック艦長が言葉を失った。
「待ってください。ベーゼスはまだ試験運用中です。エネルギー消費が激しく戦艦一隻に一基しか持てない非現実な主砲だと聞いていますが」
キサダ副官がパーソナルモニタで確認し、その整った目を細めた。
三十二基のゼーベスがサンダーゲートの周囲に整列した。
そしてその砲門を反乱軍の艦隊に向けた。
「なんなんだ。なんだあの船は。なんなんだ。あれは?」
冷静なキサダ副官が激しく動揺していた。
「そんなこれは?」
オペレーターが絶句を通り越して絶句した。
「どうした?」
ザック艦長が問いただす。
「サンダーゲートが敵艦に対して未来予測照準を行っています」
「待て。未来予測だと? そんなもの砲艦か、要塞級しかできない芸当だぞ」
「一体どんなAIを積めばあれだけの数の未来予測が可能なのだ?」
「俺は死んでいるのか? それとも夢でも見ているのか?」
「何の為に未来予測照準を?」
「それが、照準が敵艦のジェネレーター部分に固定されています」
「敵艦のエンジンを狙って行動不能にする為?」
「サンダーゲートは反乱軍を生かすつもりか?」
「情けは身を亡ぼすぞ」
「サンダーゲート。主砲ベーゼスへ近接エネルギー転移」
戦艦アウラミーラのクルー達の視線はモニタに釘付けとなった。
「ベーゼス発射。アインシュタインスルーを確認」
戦艦アウラミーラを包囲していた反乱軍とそれに与した戦艦が同時に爆発した。
お読みいただきありがとうございました。
大まかなストーリーに変更ありません。
誤字脱字、読みやすいように修正しました。




