15 主星域へ
「ということでメイム。君もこの艦の正式なクルーとなったからには働かなければならない」
ドッキー艦長が偉そうに指を立てた。
「うん。がんばる」
魔王バッハベルトの娘ことメイム・アーガンが嬉しそうに、普通の子供ように笑った。
「いい返事だ。この船はできたばかりでね。まだまだ人手不足なんだ。だから子供だろうが魔王の娘だろうが、僕の妹だろうが特別扱いはしないよ」
「うん頑張る」
メイムが拳を握りしめた。
「敵が来たら魔王軍だろうが人間だろうが殲滅する」
メイムが拳を振った。
「いや、メイムにそんな残酷なことはさせたくないよ」
ドッキー艦長が手を上げて制止する。
「うん、でも強いから問題ない」
メイムが拳を振った。
「いやいや、メイムには別のことをやってもらいたいんだ」
ドッキー艦長が指を立てた。
「別のこと? なに?」
メイムが不思議そうな顔でドッキー艦長を見た。
「メイム君。キミはさっき収納魔法を使っていたように見えたのだが?」
ドッキー艦長が目を逸らしながらメイムに質問した。
「うん。そう」
メイムは頷いた。
「おお、凄いぞお。その年で収納魔法の使い手とは」
ドッキー艦長が笑顔でメイムを褒めた。
その嘘くさい笑顔にリーマイ副官とサララが眉をしかめて、顔を見合わせた。
「……それでそのメイムの収納魔法には……その沢山入るのかな? もしかして魔王のような時間停止タイプかな」
ドッキー艦長は矢継ぎ早にメイムに質問する。
「うん。そう」
メイムのその一言でドッキー艦長の笑顔がとろけた。
「そうかそうか。それは素晴らしい。実はこの船は燃費が悪くてな、積み荷だけでは賄えないんだ。僕のアイテムボックスに頼るところが大きい。つまり僕の負担が大きくて忙しすぎて、僕は休む暇もないんだ」
ドッキー艦長は腹黒な悪い大人の笑顔を浮かべた。
「うん? そう?」
メイムが不思議そうな顔をした。
「……まさか艦長?」
リーマイ副官がドッキー艦長の意図にようやく気がついた。
勇者やら魔王バッハベルトの登場で思考が停止していたが、艦長の意図に気付いた。
「だからメイムが手伝ってくれると凄く嬉しい」
「うん。がんばる」
メイムは気持ちの良い返事をした。
その返事にドッキー艦長は飛び跳ねた。
「ということでメイムを補給員見習いに命ずる。お給金も出すぞ。個室もあるぞ」
ドッキー艦長は悪い笑顔を浮かべた。
「うん。がんばる」
メイムはさらに目を輝かせ胸をはった。
「艦長!」
リーマイ副官がドッキー艦長を睨んだ。
「えっと? そんな役職あったっけ? 補給員って何?」
サララが顎に手をやって悩む。
「艦長。魔王のお嬢様に何やらせるつもりなんですか?」
リーマイ副官が艦長に詰め寄った。
「こう見えても僕は艦長であり、船が一隻しかないけど艦隊司令官だぞ」
「それは知ってます。女王陛下に任官されたんですよね」
「君は僕の代わりを連れてきたら休んでいいって言ったよね」
「言いましたけど、こんな小さなメイムちゃんを働かせるつもりですか? 魔王の娘ですよ」
「そうだよ。誰であろうと働かざる者食うべからず」
ドッキー艦長が胸を張った。
リーマイ副官が頭を振った。
「この艦長ダメですね。自分の休みのことしか考えていない」
サララが汚いものを見るような目でドッキー艦長を見やる。
「メイムちゃんも断っていいのよ」
リーマイ副官がメイムの肩に手を置いた。
「ううん。がんばる。早くみんなの役に立ちたい」
メイムは真っすぐな目でそう答えた。
「くっ。眩しい。メイムちゃんが眩しい」
「勇者より魔王の娘のほうがピュアって人類どうなってるんですか?」
リーマイ副官とサララがメイムの純情さに当てられて悶えた。
こうしてドッキー艦長は自分の身代わりを手に入れた。
アイテムボックスを持つ者は少ない。
いや人類の中ではドッキー艦長しかいなかった。
魔族であるメイムは収納魔法の使い手だった。
ドッキー艦長にとってそれが人間だろうが、魔族だろうが関係ない。
自分の身代わりになる存在なら、誰れでもいいのだ。
これが彼の中ではダーレンゲートより何よりも重要だったことは言うまでもない。
「勿論僕も働くよ。ただし負担は分担し合おうね」
「うん。頑張る」
「艦長」
「これはやっぱ勇者じゃない。ただのサボり魔だし」
「一緒に頑張ろうな。僕のアイテムボックスの中の荷物半分持っててくれるかい?」
「うん。頑張る」
その日の夜、ささやかではあるがメイムの歓迎会が開かれた。
――その翌日。
作戦開始時になっても王立宇宙軍の主力艦隊――レゾル総司令官の旗艦艦隊にバゲロス艦隊、ローラン艦隊はダーレンゲートに姿を現さなかった。
そして何の連絡もなかった。
今回のダーレンゲート奪還作戦は数年前から練られ、実行された人類の存亡を賭けた大作戦だった。
それなのに、時間になっても主力艦隊が姿を現さなかったのだ。
何の連絡もないのだ。
これは有り得なかった。
いくらドッキー艦長達が極秘で潜伏しているとはいえ、作戦行動の詳細な同期が行われないのは異常だった。
盗聴を恐れ、作戦内容の流出を恐れていたとしても、あまりに静かすぎた。
そもそも今回のダーレンゲート奪還作戦は破綻していた。
旗艦艦隊が三方面からダーレンゲートを攻撃しその隙にドッキー艦長達が単独でダーレンゲートを奪還するという無謀な作戦、全滅不可避の作戦だった。
そこでドッキー艦長は主力艦隊が被害を被る前に作戦を前倒しし、ダーレンゲートを奪還した。
「……おかしいですね」
「僕達だけでダーレンゲート奪還したって、皆をびっくりさせようとしたんだけどなあ」
「アクティブリンクが働いていない。瞬間通信も無反応」
サララが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「忘れられているのか? 仲間外れにされたってこと?」
リーマイ副官が肩をすくめた。
「艦長。全帯域の王国汎用緊急通信です」
サララがその内容を艦橋のモニタに表示する。
そこに映し出されていたのはダーレンゲート奪還作戦の旗艦艦隊レゾル総司令官の姿だった。
「何の発表でしょうか?」
リーマイ副官の美しい眉が歪んだ。
「僕らがダーレンゲートを奪還したことを、もう知ってるのかな?」
「そうかも」
ドッキー艦長の言葉にサララが笑った。
「手柄を横取りしそうな人だけどね」
「私達の勝利を王国中に発表するなんて大げさですねえ」
ドッキー艦長とリーマイ副官は苦笑いをした。
だがその次の瞬間、二人は言葉を失った。
「我は勇者の直系である。偽の女王に支配された我が王国を真の勇者の末裔が開放する。立ち上がれ、貴族の圧政に苦しんだ民よ。今こそ立ち上がろう。そして真の勇者の元、新た王国を創ろう。敵は恐ろしい魔王軍。我の元に結集し、力を合わせて戦おうぞ。偽の女王の軟弱な戦い方はもう終わりだ。我こそが勇者の直系である」
瞬間空間波で王国全星域に発せられたそのレゾル総司令官の言葉は衝撃的なものだった。
「あの爺さん、勇者の子孫だったんだ。知らなかったよ」
ドッキー艦長が不思議そうにそう言った。
リーマイ副官とサララが絶句した。
「え? つまり、ドッキー艦長の親戚?」
「ええ? 僕が親戚だったら、僕はもっと楽をしているはずだ」
「え? でもドッキー艦長って勇者ですよね」
「それだけは言えない」
「は?」
「リーマイ副官、あんまり深く考えてはいけませんよ。ガーダ姉様の言いつけを思い出してください」
サララがリーマイ副官をたしなめる。
「だってレゾル将軍が勇者の子孫っておかしいでしょ」
「本人がそう言ってるから勇者の子孫じゃないの?」
ドッキー艦長は他人事のように笑った。
「……」
「……」
「うん?」
リーマイ副官とサララが天を仰いでいる様子をメイムが不思議そうに見つめた。
「女王陛下こそが偽の勇者の子孫だ。今すぐ、退冠し、真の勇者の子孫である我に王宮を明け渡すのだ。王立宇宙軍は我の掌握下にある。無駄な抵抗は止めよ。抵抗するならば逆賊として、反逆者として討つ……」
モニタの中で長々と語るレゾル総司令の言葉を要約すると以下の通りだ。
レゾル総司令が勇者の子孫である。
偽の子孫の女王陛下の退冠を要求する。
主星域クイーンズを放棄し王宮を受け渡せ。
腐った王立宇宙軍から貴族を追放し再編成する。
抵抗すれば反逆とみなし敵とみなし攻撃も辞さない。
「これは無茶苦茶だな」
「本気なの?」
「頭おかしいですねえ」
「うん、そう」
いわゆる軍事クーデターであった。
「ダーレンゲート奪還作戦はこのクーデターの隠れ蓑だったか、女王陛下直属の僕らを主星域から遠くへ追いやって、あわよくばダーレンゲートで殺されてって感じだったようだね」
ドッキー艦長は険しい目つきで、艦橋に浮いた主星域の航宙図を眺めていた。
「酷い」
リーマイ副官が歯ぎしりした。
旗艦艦隊にはリーマイ副官の同期が大勢搭乗しているのだ。
ダーレンゲートにサンダーゲートが単独で戦いを挑んだのも彼らの身を案じてのことだった。
彼らがクーデターに率先して参加しているのか? それとも強制的なのか?
それを知るにはリーマイ副官の鑑定でも不可能だった。
「レゾル将軍の艦隊位置は?」
「宙域鑑定ではこの宙域にいません」
「アンビエントジャミングの状況から判断すると、主星域に向けて連続ワープ中と想定」
サララが悔しそうに報告した。
「最初からクーデーターが目的だった。艦隊を揃えたのはダーレンゲート攻略が目的だったのではなく主星域に侵攻する為だった」
「賛同者がどれほどいるのでしょうか?」
リーマイ副官が腕を組んだ。
「貴族の腐敗を振りかざせば、賛同する者も増えよう」
ドッキー艦長が頭を抱えた。
「そんな」
「でも貴族だろうが誰だろうが権力者は全員腐敗するんだけどね」
ドッキー艦長が床を見つめた。
「内戦になるのでしょうか?」
リーマイ副官が仲間の身を案じながらそう言った。
「ああ、そうなる前に止めないとね」
ドッキー艦長が真面目な顔でそう言った。
「え? 止める?」
リーマイ副官がドッキー艦長を見つめる。
「超超長距離ワープリングジャンプの用意。目標……主星系」
ドッキー艦長が大きな声でそう言った。
「「オンビット」」
リーマイ副官とサララの声が艦橋に響いた。
「おんびっと?」
メイムが不思議そうな顔をして首を傾げた。
「昔の二進法時代の演算機のスイッチをオンにするっていう言葉から、了解って意味よ」
リーマイ副官がメイムに優しく説明する。
「お、オンビット」
メイムが元気よく答えた。
「果たして間に合うかな?」
ドッキー艦長が目を細めた。
「艦長。このサンダーゲートはどの船よりも速いですよ」
リーマイ副官が腕を組みながら艦橋に表示されているサンダーゲートの船体を眺めた。
超弩級戦艦サンダーゲートのワープリングは規格外で巨大だ。
しかもそれがコスト度外視で十二基も備えられていた。
ワープリングは充填式で一度使用すると再使用まで時間がかかる。
ジャンプの回数が少なければその充填時間も短縮される。
超弩級戦艦サンダーゲートは他の宇宙戦艦の何倍もの速度で広大な宇宙を移動できるのだ。
だがその分、エネルギーキューブを消費するが――それも超弩級戦艦サンダーゲートでは問題にならない。
ドッキー艦長のアイテムボックスがあるのだ。
超弩級戦艦サンダーゲートは内部に補給システムを持つ異端の船なのだ。
超弩級戦艦サンダーゲートの余剰と思われた十二基のワープリングの真価が問われる。
「ブレインリンク。宙域鑑定」
リーマイ副官の宙域鑑定により、膨大なデータがサララに贈られた。
「最短航路未来予測」
「主星域への経路へ斥候観測機の射出準備完了」
「空間探査事前宙域鑑定クリア。進路上に問題なし。宇宙嵐なし。クリアアンビエント」
「ワープリングがエネルギーチューブ充填開始。目標主星域。航路演算完了。想定ジャンプ回数は二十三回を予定しています」
複数のサララが最短航路を演算し艦橋モニタに主星域までの航路図が表示された。
「敵影なし。ジャンプアウト宙域に魔王軍なし。問題ありません」
リーマイ副官が艦長を振り返る。
メイムが、ドッキー艦長とリーマイ副官の二人を交互に見て、ドッキー艦長を心配そうに見つめた。
「……女王陛下」
ドッキー艦長は小さな声でそう言った。
「……絶対間に合わせます」
サララが唇を噛んだ。
「艦長。さっさと片付けてゆっくり休みましょう。メイムちゃんに王国中を案内しないとね」
リーマイ副官がメイムを見て笑顔で頷いた。
「うん。見たい」
二人の笑顔に励まされたのかドッキー艦長の目に光が蘇る。
「よし。超弩級戦艦サンダーゲート。主星域へ向けて発進」
「「オンビット」」
「お、オンビット」
超弩級戦艦サンダーゲートの巨大な規格外のワープリングがエネルギーキューブを大量に消費し膨大な余剰エネルギーがプラズマ化し、膨大な数の稲妻が宙域を満たした。
空間に穴が開き、疑似ワームホールが展開された。
それはまるで稲妻の回廊のようであった。
その稲妻の回廊の中を白銀の巨大な稲妻状の物体がゆっくりと進む。
稲妻の門――サンダーゲート。
それがこの船の名の由来である。
ワープリングが次元回転し、稲妻状の巨大な船体が強烈な光を発し、長い光のラインになって稲妻の回廊の中心を貫いた。
ダーレンゲート宙域から超弩級艦サンダーゲートの巨体が消えた。
そこに残されたのは、稲妻の余波が形成するゲートだけだった。
だがそれらも直ぐに消滅し、魔王軍の拠点ダーレンゲートがあった地点は塵が舞うだけだった。
お読みいただきありがとうございました。
大まかなストーリーに変更ありません。
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誤字脱字、読みやすいように修正しました。




