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12 新ドッキー艦長

 ドッキー艦長は魔王星の燃え盛る大地に墜落した。

 深紅に燃え盛った空に真紅の血の跡を真っすぐ描いた

 それはまるで天から追放された堕天使のようであった。


「……たわいない……む?」


 魔王はドッキー艦長を追って地表に降りるもその表情が曇る。

「なに?」


 魔王バッハベルトは呻いた。

 ドッキー艦長の前に誰かが立っていた。

 そのボサボサの髪に、だらしなく着崩した制服。

 どこからどう見てもドッキー艦長だった。

 しかしその目は虚ろ。そして魂が抜けたような無機質な表情を浮かべていた。

 魔王バッハベルトの前にはエピタフレインに串刺しにされ倒れたドッキー艦長と、その前に立つ無傷のドッキー艦長がいた。


「……まさか?」


 魔王バッハベルトがドッキー艦長に向かってエピタフレインを投げた。

 突如、新しいドッキー艦長のその目に光が宿り、エピタフレインを掴み、握り潰した。

 その代わりに倒れたドッキー艦長の目からは光が完全に消えていた。

 なんと魔王の攻撃を防御スクリーンも使用せず、素手で掴み、潰したのだ。


「なに?」


 魔王バッハベルトが狼狽する。

 ここ一万年余り、魔王バッハベルトが狼狽することなどあっただろうか?

 まるで古いドッキー艦長の身体から、その魂だけが抜け出し、新しいドッキー艦長の身体に乗り移ったかのように――。

 魔王バッハベルトはエピタフレインを素手で掴まれたこと、新しいドッキー艦長の存在に眉をしかめた。


「まさか、自分の身体をアイテムボックスから取り出したのか?」


 ドッキー艦長のアイテムボックスには魂を持つ存在は収納できない。

 では魂がない身体だけなら? 魂がない自分の身体ならどうだ?

 忘れてならないのはこの時代、肉体の完全複製は可能ということを。

 魂以外は再生が可能なのだ。

 ということはドッキー艦長が自分の複製体をアイテムボックスに収納していてもおかしくはない。

 いや、むしろ事故に備えて、自分の複製体をアイテムボックス内に収納していなければおかしいだろう。

 ドッキー艦長はドッキー艦長をアイテムボックスから取り出した。


「新しい身体に憑依したのか?」


 魔王バッハベルトがさらに呻いた。

 死んだ古い身体を捨て、新しい身体に乗り換えたのだ。

 まるで服を着替えるかのように新しい身体に乗り移ったのだ。

 こんなことは科学万能なこの時代でもドッキー艦長以外は不可能な芸当だった。

 自分の体を持ち歩く男がどこにいよう?


「正解。うーん。やっぱりそうだ」


 新しいドッキー艦長が倒れたドッキー艦長のその身に刺さったエピタフレインの一本を抜いた。


「これには魔王の魂の片鱗が見える。魂があるから僕のアイテムボックスには収納できないはずだ」


 そう言いながらエピタフレインを再び握り潰し、魔王を振り返った。


「まさか? 見破った? 鑑定したのか? なんだその魔力量は? そ、それが貴様の本来の姿か?」


 魔王は信じられないものを見るような目でドッキー艦長を睨んだ。


「こっちの身体でないと魔王に勝てそうにないということだけだよ」


 ドッキー艦長は笑いながら手を広げた。


「こっちの身体だと? なんと懐かしい。なんという大魔力。アーハッハッハ。いいぞ。それでこそ余の仇敵だ」


 魔王バッハベルトが大きな声で笑った。

 そう、魔王バッハベルトの言葉通り、新しいドッキー艦長の身体にはなんと魔力があった。

 この時代の人間には魔力はない。

 太古の昔、人類は宇宙に出る時に魔力を捨て科学を選んだ。

 リーマイ副官のような鑑定スキルは魂固有のものだ。

 スキル保持者でも魔力は持っていない。

 この時代の人類は誰一人として魔力を備えていないはずだった。

 魔力を持つ者は魔族か、エクソダスの前の古代人類だけなのだ。

 そしてこれ程の大魔力を持つ者は古代でも数える程しか存在しない。

 これはただの複製体ではない。

 新しいドッキー艦長が倒れたドッキー艦長をアイテムボックスに収納するとエピタフレインだけがその場に残された。


「今度は本気でいくよ」


 ドッキー艦長が魔力の痕跡をその場に残し消えた。

 魔王バッハベルトが吹っ飛んだ。

 音速を超えソニックウェーブの白い衝撃波が何重にも発生した。

 その衝撃波の中から黒い一本のラインが突き出し、空を両断し、遥か後方の時間停止フィールドまで到達した。

 その終着点を中心にして時間停止フィールドに放射状の亀裂が入った。

 亀裂に沿って有り余る魔力が稲妻のように、細かい血管のように後追いする。


 その亀裂の中心に魔王バッハベルトが、ドッキー艦長がいた。

 ドッキー艦長の突き出した右拳が魔王の腹に深くめり込んでいる。

 魔王には防御スクリーンがあったはずだ。

 こんな単純な物理攻撃が効くはずがない。

 だが防御スクリーンが体をなしていない。

 魔王バッハベルトの絶対無敵の、何人たりとも触れることなど不可能なはずの防御スクリーンを無視していた。

 ドッキー艦長の拳が直接魔王の身体へと叩きこまれたのだ。


「なんと?」


 魔王バッハベルトが喘いだ。

 それは痛みからではない。

 信じられないからだ。


「付与魔法? 違う? 身体強化でもない?」


 魔王バッハベルトの声にドッキー艦長はニヤリと歯を見せ、そのままその場でスピンして肘を、もう一回転して回し蹴りを放った。

 衝撃波が二度、飛び散った。

 ドッキー艦長の速度は体内重力器官の速度比ではない。

 まるで別人だった。スキュラクラーケンを倒したドッキー艦長の動きよりもさらに何倍も速かった。

 衝撃で魔王の身体が時間停止フィールドに弾み、時間停止フィールドに亀裂が広がった。


「ぬ。まずい」


 魔王バッハベルトの狼狽を無視して、ドッキー艦長の拳から何かが放たれた。


「これはまさか? 待て、早まるな」

「クロノスキャンセラー」


 ドッキー艦長の声を合図に時間停止フィールドがガラスのように粉々に砕け散った。

 絶対防御の時間停止フィールドが解除されたのだ。

 そして時間凝固が解かれる。

 止まっていた時間が動き始めた。

 恒星のプロミネンスにも耐え、要塞級魔物の極太生体ビームにも耐えた時間停止フィールドが割れた。

 ドッキー艦長のたった一言によって割れた。


「時間停止解除魔法? 貴様、なんてことを?」

「……」


 魔王バッハベルトの声を無視するドッキー艦長。

 二人の戦いによって激しく熱せられた時間停止フィールド内の過密大気が、時間停止フィールドの外側の冷めた大気と衝突し、その温度差、気圧差によって大爆発した。

 巨大な爆炎が解き放たれ、黒雲が魔王星の閉鎖大陸に沸き上がった。

 その爆炎の中から虹色の防御スクリーンに身を包んだドッキー艦長が抜け出した。

 魔王バッハベルトもその後を追う。

 大気がけん引され炎の竜巻を舞い上げた。

 ドッキー艦長が両手を魔王バッハベルトに向けた。


「!」


 魔王バッハベルトの目が大きく見開かれた。

 その瞳には魔方陣が映りこんでいた。

 なんとドッキー艦長が魔方陣を展開したのだ。

 人間が魔方を、魔方陣を展開することなど不可能なはずだった。

 魔法は一万年前に途絶えていたはずだ。

 それが今ここで展開されているのだ。

 続々と新しい模様の魔方陣に更新され、上書きされ、高速で切り替わっていく。

 なんと驚くべきことにその魔方陣は一枚だけではない。

 複数の、何十枚の、いや何百、何千枚もの魔方陣が更新されていく。

 これは魔方陣の動画だった。

 前代未聞。

 魔方陣は魔力をその場の空間に固定展開した魔力術式だ。

 大規模魔法を実行するための場所の演算領域だった。

 その演算領域が次々と入れ替わっている。

 いや、そうではない。

 演算結果を継承している。

 一つ前の魔方陣の演算結果を、応用している。

 スタックしている。

 次の魔方陣がロードしている。

 これまでの魔方陣は一枚きりだった。

 それがどうだ?。

 一枚では足りないと言わんばかりに新しい魔方陣が切り替わっていく。

 静止画の魔方陣が連続して何百枚と切り替わる。

 そうこれは静止画連番――動画魔方陣。

 人間の目には見えない速度で再生される動画魔方陣が演算を繰り返していく。

 魔力が集約し、魔原子が崩壊し、変化、消化、物理法則にと変換されていく。

 しかもこれをドッキー艦長はたった一人で単独で、しかも無詠唱で展開しているのだ。

 いや単独はない。

 ドッキー艦長の背後に演算ユニットが浮いていた。

 それだけではない。

 大規模ジェネレーターや、空間投射器まで存在した。

 この動画魔方陣を実行しているのは科学の力だ。

 ドッキー艦長単体ではない。

 これはアイテムボックス持ちでしか使用できない魔法――古代魔法と現代科学の融合。

 科学と魔法、どちらの技術にも精通していないと不可能な複合魔法。

 真っ赤になった演算ユニットがその高速演算の余熱で大気を揺るがせ、ジェネレーターがエネルギーキューブを秒単位で消費していくオーバーフローがプラズマを呼ぶ。

 空間投射器が悲鳴を上げながら凄まじい速度で魔方陣を投影していく。


「なんだ、それは?」


 魔王バッハベルトは心底驚いていた。

 今までのどこか楽しんでいるような余裕が消えていた。


「それだけは言えない」


 ドッキー艦長が笑った。

 この複合魔法の仕組みはこうだ。

 ドッキー艦長が生み出した魔方陣をブレインリンクによって背後の演算ユニットに転送し記録し、それを空間投射器によって、再度投射し動画再生しているのだ。

 簡潔に言えばこれは魔方のプロジェクションマッピングだ。

 魔方陣はその場の空間状況によって修正する必要があった。

 あらかじめ記録してある魔方陣では効果、意味がない。

 ドッキー艦長は今、この場で魔方陣を解いていた。

 何百も、何千もの魔方陣を演算し展開していた。

 その演算速度はもはや人間を超えていた。

 AIであるサララの演算を超えていた。

 古代の勇者の魔法を超えていた。

 魔王の立体魔法を超えていた。

 全ての常識を超えていた。


「レッドドリームシアター」


 ドッキー艦長は止まらない。


「くっ」


 魔王バッハベルトが咄嗟に立体魔方陣を実行する。

 何層もの防御スクリーンが展開され二人の周囲の空間を覆う。

 だが間に合わない。


 魔王星が爆発した。

 魔王星の表面に新たな恒星が誕生したようであった。


「バカな。これはなんだ? 戦略級魔法以上? そんな魔法存在しないはずだ」


 魔王バッハベルトの叫びが、恒星の輝きによってかき消された。

 なんとドッキー艦長は新たな恒星を創造したのだ。

 神のように無から創った訳ではない。

 莫大なエネルギーキューブを消費し、膨大な演算コストを駆使して作り上げたのだ。

 この魔法の実行には恒星の知識も太古の魔法の知識も必要だ。

 これはその全てを兼ね備えたドッキー艦長にしか放てない――。

 これはもう極大魔法でもない、災害級魔法でもない、戦略級魔法でもない。

 惑星魔法でもない。

 この魔法は惑星の規模を超えていた。

 宇宙規模だった。

 そうこれはもはや――銀河級魔法だった。

 銀河級魔法――レッドドリームシアターは膨らみ続ける。

 その全てを飲み込みながら。

 その恒星の紅炎のようなプラズマが惑星表面をえぐり、遥か彼方の要塞級魔物を瞬時に蒸発させる。

 止まらない。惑星の表面に現れた恒星は周囲の物質を貪り食い、肥大していく。

 山の向こう側から要塞級魔物が極太生体ビームを放った。

 何百本もの極太生体ビームがレッドドリームシアターに命中するも消え失せた。

 食われたのだ。

 金属と鉱物の塊の魔王星と、縮退プラズマの塊恒星。

 どちらが強いかなんて言わなくても見れば分かる。

 魔王星の最大戦力である要塞級魔物達がその力を発揮することもなく、一瞬でその存在を無効化され、惑星地下に隠されていた数千基もの極太生体ビーム砲台が一瞬で消えた。

 その奥に秘匿されていた魔王星の主砲――ジュピタープレイスも消滅した。

 なんと最終兵器である恒星破壊兵器――ジュピタープレイスがその威力を披露する前に失われた。

 魔王星内部に蓄えられていた数千年分の備蓄資源も失われた。

 魔王星の硬い防御地殻を何層も溶かし、最奥大陸プレート内部にまで到達し、その人工プレートを破壊し、フラクタル構造体が限界を越え粉砕され、蒸発する。

 いくつかの大陸が、人工海が割れた。

 大気が飲み込まれ、又は消失し、大気圏そのものが消失した。

 宇宙空間に魔王星のありとあらゆるものが舞い上がった。

 遠目からは魔王星が噴水を上げたように見えただろう。

 そのレッドドリームシアターの放つプラズマエネルギーによって魔王星が傾いた。

 たった一人の人間が放った魔法が惑星を動かしたのだ。


 カタストロフィ。

 いや、ラグナロク。

 これはかつての預言者が予言した終末の光景だった。

 海が燃え、大地が割れ空が割れた。

 自重を支える構造物を失った魔王星の地殻が崩壊の連鎖を引き起こし、魔王星が重力崩壊を始めた。

 魔王星の内部は本物の惑星と違いフラクタル構造体の入れ子バブル構造となっている。

 空洞状の生体構造体がその地殻を支えていたのだ。

 バブル内は要塞級魔物や戦艦級魔物のドッグ、資源庫、ジェネレーターがぎっしりと詰まっていた。

 それらが崩壊に巻き込まれ潰され、爆発し一瞬で全てが失われた。

 魔王星の半球にあったその大半の機能が失われた。

 知的生命体が作り上げた最大の構造物。

 殲滅兵器。明けの明星――魔王星がその力を人類に見せることなく沈黙した。


 魔王を飲み込んだまま。


 荒れ狂う大地の上空に浮かぶドッキー艦長の背後の防御スクリーン発生装置が唸りを上げ、ドッキー艦長自身が放った極悪攻撃魔法からドッキー艦長を守護する。

 それでも溢れるエネルギーはドッキー艦長のアイテムボックスに自動的に収納される。


「……うわあ、やりすぎたかな」


 冷や汗を垂らしたドッキー艦長の視界に何かが現れた。

 黒点のようなものは人影のようだった。

 その人影がレッドドリームシアターに向かって何かを放った。


「え?」


 ドッキー艦長の驚く声の途中で銀河級魔法――レッドドリームシアターが消えた。

 一瞬で消失した。

 始めからそこには何も存在しなかったかのように消え失せた。

 なんの前触れもなく衝撃もなく、恒星が消え失せたのだ。


「まさかワームホール?」


 ドッキー艦長は茫然と浮いていた。

 そう、あれはワームホールだ。

 そしてワームホールを自由に扱うことができる者は限られている。


「……魔王バッハベルト」


 ドッキー艦長は目を細めた。

 そう魔王バッハベルトがワームホールを取り出し、レッドドリームシアターを、ワームホールの向こう側に転移させたのだ。

 魔王バッハベルトは魔王星をここに転移させて事実からワームホールを自在に使いこなしている。

 それが魔法なのかスキルなのかは不明。

 突如惑星表面に君臨していた巨大な恒星が消え、その空間に周囲の大気と爆炎が、瓦礫が、破壊エネルギーが瞬時になだれ込む。

 そして魔王星の大気が再爆発した。


「フハハハハ。やりよる」


 魔王星の崩壊に魔王バッハベルトが酔い手を叩いた。

 自らの居城を破壊されたのに嬉しそうだ。


 魔王バッハベルトがドッキー艦長の目の前に現れた。

 しかも無傷。あの攻撃にも無傷。

 まさに無敵。

 これこそ絶対君主、魔族の王――魔王たる所以である。

 一万年の永きに渡り支配者として君臨してきた至高の異形の存在。

 魔王バッハベルトその人であった。


「何だ、今の魔法は? 以前より強くなっておるではないか」


 もう一人の魔王バッハベルトがドッキー艦長の横に現れた。


「これはガーダに怒られるな」


 別の魔王バッハベルトが頭を抱えた。


「いい機会だ。魔王星の改良でもしようか」


 また別の魔王バッハベルトが顎に手をあてた。


「やはり大気ではなく防御スクリーンの層にしたほうが」

「だから内部が空洞のバブル機構は止めろと言ったのだ」

「それにしても再建に何年かかることやら」


 魔王バッハベルト達が魔王星の改装プランを論じ始めた。


「なんとか重力崩壊は止めたぞ」

「余が補強してきたぞ」

「余、何人がかりで止めたと思っておる?」

「まさか無敵の魔王星が破壊されるとは」

「クックックッ。面白いではないか」


 その隣の魔王バッハベルト達が腕を組みながら笑いあった。


「え?」


 ドッキー艦長の前に何十人もの魔王バッハベルトが現れたのだ。

 ドッキー艦長が驚くのも無理はない。

 分身体? いや一人一人が膨大な魔力と威圧を放っている。

 これらは空間演算体のような疑似的なものではない。


「全てに魂があり魔力がある。分身体ではないのか?」


 ドッキー艦長はそれらを見て歯ぎしりをした。


「その通り。これは分身ではない。全て余だ」


 全ての魔王バッハベルトが同時に笑った。


お読みいただきありがとうございました。

大まかなストーリーに変更ありません。

誤字脱字、読みやすいように修正しました。


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