10 魔王降臨
「えっ? 魔王?」
「はっ? 勇者?」
「なっ? 魔王の娘だって?」
三人は各々驚愕の表情を浮かべてフリーズした。
「今、魔王って言いましたよ。魔王ってあの魔王ですよね」
サララが激しく動揺しドッキー艦長を揺さぶる。
「勇者が艦長? 艦長が勇者?」
リーマイ副官の眼鏡型情報端末がずり落ちた。
「リーマイ副官って魔王の娘だったの」
ドッキー艦長は驚いてリーマイ副官の頭の先からつま先まで凝視した。
「はっ? そんな訳あるはずがないでしょ。ジロジロ見ないで」
リーマイ副官が胸を押さえた。
「じゃあ、誰が魔王の娘なんだ? サララか?」
「ああ、そうだったんですか? 知りませんでした。つまんないこと言ってないで、魔王ですよ。最強の敵ですよ。ラスボスですよ」
サララがその場で飛び跳ねた。
「艦長が勇者って呼ばれてましたが? 聞き間違い? 何かの間違いでは? 人違いでは? こんな人が勇者なはずがない。艦長が勇者だったら世界は崩壊するわ」
リーマイ副官がドッキー艦長を指さした。
「おいおい、なんで世界が崩壊するんだよ」
「私のデータベースにも軍のデータベースにも魔王の存在はありませんよ?」
三人が会話にならない会話をしていると――。
「……いや、帰らない」
ボトムオーガが小さな声でそう言った。
「?」
「え?」
「ボトムオーガが喋った?」
三人がボトムオーガを見て固まる。
「……まさか、魔王の娘って……」
「……まさかボトムオーガでしょ」
「……帰らない」
突如、ボトムオーガが光に包まれその姿を変えた。
真っ白の肌に真っ黒な髪。
大きな眼をした美少女が現れた。
その姿はまるで人間の子供のように見える。
だがその白く透き通った肌はどこか冷酷で人間離れしていた。
ボトムオーガの醜悪な牙が並んだ姿からの落差がよりいっそうその美しさを際立たせていた。
「これは空間演算体?」
サララが戸惑うのも無理はない。
ボトムオーガだった少女の体積も大きさも変化しているのだ。
物理法則を無視していた。
質量保存の法則が無視されていた。
「違うよ。これは変異魔法だよ」
ドッキー艦長が眉間に皺を寄せてそう言った。
「変異魔法? それは一体何ですか? 鑑定」
リーマイ副官が少女を鑑定し、その美しい眉をしかめた。
「……鑑定不可能?」
リーマイ副官が気落ちした声で呻いた。
「警告! 魔王星から高速飛翔体。高エネルギー反応。これは攻撃? 違う? 解析結果……極太生体ビームじゃない? なにこれ? 解析不可能。リーマイ副官!」
サララが叫んだ。
「鑑定不可能!」
リーマイ副官が叫んだ。
「防御スクリーン全て貫通、防御スクリーン消失」
「一撃? 一撃でこのサンダーゲートの防御スクリーンが全て突破されたの?」
サララに続いてリーマイ副官が驚く。
「しかも未知の強力なトラクタービームにより船体が拘束されました」
「カッティング航法不可能。ワープリング使用不可能。なんとこの宙域全体が、敵の演算支配下にあります。未来予測不可能。脱出できません」
別のサララが叫んだ。
「強制アンビエントジャミング下により超長距離通信不可能」
「我が艦の中央管理演算界に侵入、防衛失敗、突破されました。全ての電子戦敗北」
「こんなことが……演算力が違い過ぎる」
「こんなの勝てない」
複数のサララが声を落とした。
「リーマイ副官。逃亡ルートを鑑定」
ドッキー艦長がリーマイ副官に命令する。
「オンビット ブレインリンク……宙域鑑定」
リーマイ副官が宙域を鑑定しブレインリンクによりサララに鑑定結果が送られた。
「鑑定失敗」
リーマイ副官が眼鏡型情報端末を外した。
「未来予測演算失敗。あらゆる未来が閉ざされています。完全閉鎖空間。一体何が起きているの?」
サララが困惑した表情を浮かべ、艦橋のスクリーンに表示された魔王星を見た。
その人工的な大きな黒い瞳には深い絶望で染められていた。
「来るよ」
ドッキー艦長が目を細めた。
「え?」
「来る? 何が?」
「……!」
黒髪の美少女がドッキー艦長の背後に身を隠した。
その瞬間、艦橋の空間に漆黒の球体が出現した。
光を反射しない黒い球体だった。
それが物理的な素材でないことが一目瞭然だった。
「転移魔法」
ドッキー艦長の口からその言葉が漏れた。
「はっ? 何それ? そんな魔法実在するんですか?」
サララはその目を見開いた。その瞳に漆黒の球体が映り込んでいる。
艦橋のあらゆる観測機で観測する。
「そんな、また鑑定不可能」
リーマイ副官がうなだれた。
「はぁ。僕の船を壊さないでくれよ」
超弩級戦艦サンダーゲートの最も重要な場所に謎の漆黒の球体が何の前触れもなく出現した。
そしてその漆黒の球体の表面が音もなく消失すると座席や計器類が球状に切り取られていた。
その中央に一人の男が浮いていた。
「?」
「!」
「!」
「……いや。帰らない」
黒髪の美少女が小さな声で叫んだ。
「我儘を言うでない」
男は威厳に満ちた声で答えた。
その男はドッキー艦長によく似た雰囲気を持った漆黒の髪の壮年の男だった。
ゆっくりと音もなく艦橋の床に着地するとドッキー艦長の背後に隠れた少女を睨んだ。
「空間投射体じゃない? 実在しているの?」
「なんで。うそ。さっきから全然鑑定が効かない?」
「そりゃそうだ。彼が魔王本人だよ。やあバッハベルト。久しぶりだね」
ドッキー艦長は旧友に再開したように両手を広げた。
「……勇者よ。久しいな」
魔王バッハベルトと呼ばれた男が白い歯を見せた。
「なぜ僕だと分かった?」
ドッキー艦長が顎を突き出した。
「ダーレンゲート要塞を一人で破壊できる男なんて貴様以外存在せぬわ」
魔王バッハベルトが片眉を上げた。
「……まあ、立ち話もなんだから僕の部屋に行こう」
ドッキー艦長が顎を振った。
「ふむ。ところで……いつ目覚めたのだ?」
バッハベルトが肩眉を上げた。
「最近だよ」
「そうか。それよりなんだこの小舟は? 勇者の船にしては小規模過ぎぬか?」
「魔王星と比べたら小さいだけだよ?」
「あれでも小さくしたのだが」
「あれのどこが小さいんだよ。少しは自重しろよ」
「あれくらいないと部下に示しがつかぬのでな」
ドッキー艦長と魔王バッハベルトが笑った。
この異様な空気はなんだ。
リーマイ副官とサララが絶句している。
魔王と呼ばれた男とドッキー艦長は古くからの知り合いのように談笑しながら並んで艦長室に歩いて行く。
その姿はまるで学生時代の友人か戦友のようではないか。
相手は魔族の王にして最大最強の敵の魔王だ。
魔王はドッキー艦長のことを勇者と呼んだ。
勇者、それは一万年前に人々を箱舟に乗せ星々の大海に導いた存在。
エクソダスの勇者として語り継がれているが、名前や特徴は伝わっていない。
勇者の記録はその長きに渡る戦乱によってその母星と共に失われたのだ。
「……」
黒髪の美少女は一言も喋らず、震え、ドッキー艦長の上着を掴み魔王から離れ隠れるように身を寄せて歩いている。
その後ろをリーマイ副官とサララが困惑した表情のまま後に続く。
超弩級戦艦サンダーゲートの艦長室は緊急事態に備え艦橋のすぐ隣にある。
そして一般的な宇宙戦艦の艦長室よりも広い。
部屋の内部はドッキー艦長の趣味だろうか? 民族色豊かな置物が並び、壁には銃や剣、盾など武器が飾られていた。
そして部屋の中央には会議用の大きな円卓があった。
その円卓に魔王とドッキー艦長が向かい合うように座った。
その隣に黒髪の美少女とリーマイ副官サララと並んだ。
「リーマイ副官、お茶を入れてくれないかな?」
ドッキー艦長がリーマイ副官に命じた。
「は?」
リーマイ副官がドッキー艦長を睨む。
私はお茶くみ係ではありませんという目をしている。
リーマイ副官はこう見えても士官学校主席卒業したエリート才女なのだ。
そんなエリート才女にお茶を入れろと言っているのだ。
この時代には男女の差はない。女性がお茶を入れる習慣など存在しない。
しかもメーカーと呼ばれる食事を提供する自動機械があるのだ。
わざわざ人の手でお茶を入れる必要性がない。
「女王陛下のお茶を出して。リーマイ副官が入れるお茶が好きなんだ。ああ、六人分ね」
「……分かりました。でもあの一人多いのですが?」
リーマイ副官が困惑しながら聞き返した。
「多くないよ」
ドッキー艦長のその言葉に空気が揺れた。
「あら、見つかってしまいましたか?」
魔王の背後に背の高い女性がいつの間にか立っていた。
それは人間離れした美貌の女性だった。
どこかリーマイ副官に雰囲気が似ていた。
「え?」
「は?」
「む?」
「閣下、お戯れは困ります。勇者の船に単独で乗り込むだなんて、何考えていらっしゃるのですか?」
「うむ。娘の無事を早く確かめたくてな。ついでに懐かしい勇者の顔でも拝もうとしただけだ」
突然現れた金髪の美女にリーマイ副官とサララは固まっていた。
「紹介が遅れました。私は魔王様の副官のガーダと申します。以後お見知りおきを」
優雅に一礼する。長く細い金髪が船長室の照明を浴びて輝いた。
そう今自分から魔王の副官と名乗った。
魔族なのだろうか?
だが魔族には見えない。人間に見える。
いやその美しさは人間以上に強烈な魅力を放っていた。
「ご無沙汰しております勇者様。聖樹の下の戦い以来ですかね」
「そうだね。相変わらずガーダは綺麗だね」
「フフフ。勇者様も相変わらずですね」
そのドッキー艦長のお世辞にリーマイ副官の眼鏡型情報端末が光った。
「……」
一万年の長きに渡って戦い続けている人類と魔王軍がここダーレンゲート跡で顔を合わせた。
勇者と呼ばれるドッキー艦長と魔王軍最高幹部との極秘会談が始まったのだ。
非公式としても異常な光景であった。
人類と魔王軍が同じ部屋で、同じテーブルについているのだ。
魔王にお茶を出す時のリーマイ副官の手が少しだけ震えていた。
「うむ。人間にしては旨いものを出すではないか」
「そうだろう。これは女王陛下の庭で取れた紅茶だからね」
「なるほど。どうりで大地のマナが感じられるはずだ。また入れ方も上手い」
「……それで? 娘さんと親娘喧嘩でもしたのかい」
ドッキー艦長が魔王を見つめた。
「うむ。しばらく前に家出しおってな。ダーレンゲート要塞にいるとは知っていたのだが。難攻不落の要塞が崩壊したと聞いて飛んで来たのだ」
魔王が黒髪の美少女を見て嘆いた。
「……家出って魔族も人間と同じね」
「しかも見た目も人間と変わらないしね。何も知らなければ普通の家の親娘みたいね」
リーマイ副官とサララが顔を寄せ合って呟いた。
魔王との会合という衝撃は一つのテーブルでお茶を飲むことで、いくらか収まっていた。
「……それで素直に引き渡せと? だが本人はそう望んでいないようだけど」
ドッキー艦長が魔王を睨んだ。
魔王はドッキー艦長の隣に座る黒髪の美少女に目をやる。
「……帰らない」
どこから取り出したのか魔王の娘は身の丈ほどある剣を抜いた。
漆黒に鈍く輝く剣だ。
「艦長の剣と同じ時間凝固素材?」
リーマイ副官の鑑定が冴える。
「あれはまさか収納魔法」
ドッキー艦長の気怠く、半開きの眼が大きく見開かれていた。
ドッキー艦長が探し求めていた逸材――アイテムボックスの能力を持つ者がそこにいた。
何という偶然。何という運命。
長年探し求めていた自分と同等の力を持つ存在がここにいたのだ。
それがスキルであれ魔法であれ、そんなことはどうでもいい。
その機能さえ同じならばいいのだ。
それが魔王の娘だとしてもだ。
「これこれ、こんな場所で剣など抜くでない」
魔王はリーマイ副官のお茶を飲みながら娘をたしなめる。
「……帰らない」
一歩も引かない魔王の娘。
「分かった。わしも娘にこれ以上嫌われたくない」
「……」
その言葉に黒髪の美少女の持つ剣先が下がる。
「……だが無条件という訳にはいかぬ……勇者よ。このわしに勝ったら娘を貸してやろう」
魔王がドッキー艦長を睨んだ。
「……!」
魔王の娘が息を呑んだ。
リーマイ副官とガーダ副官の目線が天井を見上げた。
サララが興味深そうにその様子を眺めていた。
艦長室が静寂に包まれた。
その沈黙を破ったのはドッキー艦長だった。
「……うわ、面倒くさい。それってただ戦いたいだけじゃないのか? ダーレンゲートの逆恨みかい?」
ドッキー艦長がティーカップをソーサーに置いた。
「まあな……最近は誰もわしの相手をしてくれないのでな」
魔王は副官のガーダを睨んだ。
ガーダ副官はそっと目を逸らした。
「……はぁ。いいけど。今の僕はかなり弱くなってるよ。それでも構わないかい?」
「弱く? ……まあ、よかろう。全力で来るがよい」
そう言うと魔王は一振りの剣を取り出した。
それはスキュラクラーケンを倒したドッキー艦長の剣とよく似ていた。
「艦長。船の外でお願いします」
リーマイ副官の眼鏡が照明を反射して白く光った。
「魔王様。つい先ほど、こんな場所で剣を抜くでないと仰ってましたが?」
ガーダ副官の冷たい声が艦長室に轟いた。
「……そ、そうだね。場所を変えようか」
二人の美女の冷たい目線から逃げるようにドッキー艦長が席を立った。
魔王も目を伏せがちに頭を掻きながら、手にした剣を収納した。
「そ、そうであるな」
その言葉を合図にドッキー艦長と魔王が船長室から消えた。
お読みいただきありがとうございました。
大まかなストーリーに変更ありません。
誤字脱字、読みやすいように修正しました。




