地獄の番犬ケルベロス
ヘラクレスが向かう冥界は、ゲリュオンの牛がいたエリュティア島のさらに西にあった。
ヘラクレスは冥界に向かう途中、ペライに立ち寄った。
ペライ王アドメトスは、アルゴナウタイの一員だったが、今は病に倒れて死期が迫っていた。
アドメトスの妻アルケスティスは、なんとか夫を助けられないかと思い国中の医者をあたった。
すると、一人の医者がアルケスティスの前にやってきた。
医者:「私は以前、アドメトス様に仕えていた者です。アドメトス様は運命の女神モイライと約束を交わされています。」
医者の格好をした男の正体は、アポロンだった。
アポロンにはアスクレピオスという医術に優れた息子がいた。
しかし、アスクレピオスが死者をも生き返らせるため、ゼウスの雷によって殺された。
息子を殺されたアポロンは、ゼウスの雷を作っていたキュクロプスを殺した。
怒ったゼウスはアポロンをタルタロスに落とそうとしたが、アポロンの母レトに懇願され、タルタロスに落とす代わりに、アポロンは1年間、人間に奉仕することになった。
そこで、奉仕した人間がアドメトスだったのだ。
その時、運命の女神モイライにアドメトスの死期が近づいた時、家族の誰かが身代わりとなって命を落とせば、アドメトスは死なずにすむという約束をアポロンが取り付けていたのだ。
アルケスティス:「では・・・・私の命を持っていって下さい。」
アポロン:「それは私の役目ではない」
アポロンの後ろから暗い影が現れた。
影:「では、私があなたの命をいただきましょう」
ペライに立ち寄ったヘラクレスは、ペライ王アドメトスの病を聞きつけ王宮へやって来た。
ヘラクレスが、王室へ向かっていると、暗い影が横を通りすぎた。
ヘラクレスは暗い影が気になって振り返ったが、他の者達は暗い影の存在に気がついていなかった。
慌てて、ヘラクレスが王室に入ると、ペライ王アドメトスはベッド横になり、妃アルケスティスは床に倒れていた。
そして、そのかたわらにアポロンが立っていた。
ヘラクレスはアポロンに掴みかかった。
ヘラクレス:「お前、何をした!」
アポロン:「心の病気は治ったのか?」
ヘラクレスは、アポロンを睨み付けたが、ここでアポロンと喧嘩をしても仕方がなかった。
ヘラクレス:「何があったのか教えてくれ」
アポロンは、ことの経緯をヘラクレスに話した。
ヘラクレス:「じゃあ、さっきの影は?」
アポロン:「死神のタナトスだ」
ヘラクレス:「あんたが女神モイライに取り付けた約束もわかるが、妃アルケスティスを死なせるわけないはいかない」
アポロン:「では、どうするのだ?」
ペラクレス:「魂を取り返してくる」
ヘラクレスは、急いで死神タナトスを追った。
アポロン:「お前なら、取り返せるかもな」
部屋を飛び出したヘラクレスを見てアポロンは笑った
タナトスの姿はもう近くにはなく、ヘラクレスは冥界の入り口でやっとタナトスに追い付いた。
ヘラクレス:「悪いが、その魂を渡すことはできない。置いていってくれ」
タナトス:「私を誰だか知らないようだな、私がその気になれば、お前の命をとる・・ゴヴァプ!」
ヘラクレスはタナトスの顔面を殴り付けていた。
ヘラクレス:「悪いな、お前の話など聞いている時間はないんだ」
ヘラクレスはタナトスの持っていたアルケスティスの魂を奪い取った。
タナトス:「し、死神の俺が人間に負けるなど・・・ありえん」
ヘラクレス:「俺は人間ではなのかもしれんな」
冥界の入り口まで来たヘラクレスはケルベロスを捕まえてからペライに帰ることにした。
ヘラクレスが冥界に入ると、亡霊たちは一斉に逃げ出した。
さっきタナトスが倒されるのを見ていたからだろう。
しかし、1人だけヘラクレスから逃げない亡霊がいた。
亡霊:「私はカリュドンの王子メレアグロス、お前に頼みたい事がある」
メレアグロスもアルゴナウタイの一員だった。
ヘラクレス:「おまえ死んでいたのか」
メレアグロス:「おまえがオムパレの奴隷をしている間にな」
メレアグロスはヘラクレスに、何が起こったかを話した。
メレアグロス:「俺の父カリュドン王のオイネウスは、オリュンポスの神々に生け贄を捧げたんだが、なぜか狩りの女神アルテミスの分を忘れてな、怒ったアルテミスは大猪をカリュドンに放った」
ヘラクレス:「あの女神は怒ると猪を放つと有名だからな」
その猪はかなりの大物で、家畜や農民を殺し、農作物に大打撃を与えた。
そこで、カリュドン王はギリシャ全土から英雄を集め猪狩りをすることにしたんだ。
集まった英雄は、アルゴナウタイの主催者だったイアソン、ペライ王のアドメトス
ヘラクレス:「ペライ王アドメトスは今、死にかけてるぞ。」
メレアグロス:「本当か!アドメトスは猪狩りの時は元気だったんだがな・・・」
メレアグロスは気を取り直して続けた。
メレアグロス:「それからテラモンとペレウス」
ヘラクレス:「あの二人も来てたのか」
メレアグロスはうなずいた。
メレアグロス:「それからアタランテという女性、それと彼女と同じアルカディア出身のアンカイオス、ポセイドンの息子テセウスもいた」
ヘラクレス:「有名どころが勢揃いだな」
メレアグロス:「最後に俺メレアグロスと、叔父のプレーシッポス、あと数人いたが覚えていない」
ヘラクレス:「それでどうなったんだ?」
猪を退治した者には、名誉として、その猪の皮と牙を与えることになったんだが、女と一緒に狩りをするのが嫌だと、彼女と同じ出身のアンカイオスが言い出した。
メレアグロス:「アタランテという女性は俺のタイプでな。俺にはクレオパトラという妻がいたんだが、このアタランテという女に恋をしてしまっていた。」
ヘラクレスは黙ってメレアグロスの話を聞いた。
それで彼女を参加させないなら狩りは中止にすると言って、彼女の参加を受け入れさせたんだ。
狩りが始まると、イアソンたちは槍を猪に投げつけた。だがみな外れアドメトスの槍だけが猪にかすり傷を付けた。
テラモンは猪に向かっていくが木の根子につまずいた。
ヘラクレス:「テラモンらしいな」
それでペレウスがテラモンを起こそうとした時、猪がテラモンとペレウスに突進してきたんだ。
そして、二人がやられそうになった時、女のアタランテが放った矢が猪の耳の後ろに当たり、猪は進路を変えた。
ヘラクレス:「なかなかやるじゃないか」
メレアグロス:「だろ。ところが・・・」
彼女の参加に反対していたアンカイオスは笑って「そんなもので猪が退治できるか!」と言って猪の前に飛び出して斧を降り下ろしたんだ。
ヘラクレス:「で、どうなった?」
メレアグロス:「猪の方が早くアンカイオスにぶつかりアンカイオスは腹をえぐられ死んだ」
ヘラクレス:「・・・生き恥をさらさずにすんだかもな」
今度は猪が、テセウスに向かって行った。
テセウスは慌てて槍を投げたので上手くあたらず、俺が投げた槍が猪の横腹を突き刺した。
メレアグロス:「そして、もうひとつ槍を猪に刺し、俺が猪を仕留めた」
ヘラクレス:「ここまでの話だと、おまえが死ぬ要素が全くないんだが・・・」
ここからだ、俺は、最初に猪に傷を与えた、女のアタランテに猪の皮を渡すことにした。
ところが、叔父のプレーシッポスが、それはメレアグロス自身が貰うべきもので、それを他者に与えるなら、カリュドン王の義兄弟になる最年長の自分に与えるべきだと言い出した。
それに、最初に傷を負わせたのは、女のアタランテではなくアドメトスだと言って、数名がプレーシッポスに賛成した。
メレアグロス:「だが、手応えがある傷を最初に与えたのは、間違えなく彼女だ」
ヘラクレス:「それはわかるが、わからない連中もいるだろうな」
それで怒りのあまり叔父を突き飛ばしたら、打ち所が悪くて殺してしまったんだ。
ヘラクレス:「そいつは大事になるな」
その叔父は、カリュドン妃アルタイアの弟で、弟の死にショックをうけたアルタイアは、しまっていた薪を箱から出し火の中に放り込んだ。
その薪というのが、運命の女神モイライによって「かまどの薪が燃え尽きるまでは、メレアグロスは生きているだろう」と予言された薪だった。
メレアグロス:「その薪が燃え尽きて俺は死んだ」
俺が死ぬと、母アルタイアと妻クレオパトラは後を追って自殺した。
声をあげて泣いていた姉のメラニッペは、アルテミスによって、ほろほろ鳥に姿を変えられた。
ヘラクレス:「なんでアルテミスが出てくるんだ?」
メレアグロス:「姉がメレアグロスと言って泣いていたのが、メレアグリデス(ほろほろ鳥)に聞こえて面白かったからだろ」
メレアグロスは肩をすくめ手のひらを上に向け首をかしげた。
メレアグロス:「それで一人残ったのが妹のデイアネイラだ。父はまだ健在だがもう年だ、後の事が心配でな」
ヘラクレス:「で、俺に頼みってのは?」
メレアグロス:「妹デイアネイラを嫁にもらってくれないか?」
ヘラクレス:「・・・美人か?」
メレアグロス:「悪くはないと思う。それにヘラクレスの後ろ楯があれば俺は安心して成仏できる」
ヘラクレス:「・・・わかった。今回の仕事が終わったら、おまえの妹の所に行こう」
メレアグロスと別れたヘラクレスは冥界の王ハデスのところまでやってきた。
ハデス:「よくここまでこれたな、さすがは噂のヘラクレスだ」
ヘラクレス:「俺のことを知っているなら話は早い。ここにいるケルベロスという犬を借りたいんだ」
ハデス:「私が許可しようが許可しまいが、おまえは持っていくつもりだろう」
ヘラクレス:「そうかもしれないな」
ハデス:「なら、持っていくがいい、ただし傷つけるなよ」
ヘラクレスは冥界の亡霊につれられて、ケルベロスの所まで案内される。
ヘラクレスはケルベロスの所に行く途中の部屋で、テセウスを見つけた。
ヘレクレス:「テセウス」
ヘラクレスはテセウスの所に駆け寄った。
テセウスは椅子に座ったまま、虚ろな目をしていた。
ヘラクレス:「なんで、お前がここにいるんだ!」
ヘラクレスはテセウスを揺さぶったが反応はなかった。
亡霊:「その者たちは、罰として忘却の椅子に座らされているのです」
ヘラクレス:「何をしたと言うんだ」
亡霊:「冥界の女王で、ハデス様の妻ペルセポネ様を誘惑しようとしたのです」
ヘラクレス:「こいつは、またバカな事を考えたな」
ヘラクレスは目を閉じ首を横に降った。
ヘラクレス:「あとで助けに来てやるからな」
そういって、ヘラクレスは亡霊のところへ戻った。
ヘラクレスはケルベロスの所にやってきた。
ケルベロスは馬ほどの大きさの犬だった。
ヘラクレス:「ゲリュオンの牛を見張っていたオルトロスに似ているな」
オルトロスは首が2つだったが、ケルベロスは3つ。
たてがみもオルトロスと同じく1本1本が蛇だった。
亡霊:「ケルベロスはオルトロスは兄弟ですからね。」
ヘラクレス:「そうか、なら俺を恨んでなきゃいいがな」
ヘラクレスはオルトロスを殴り殺したことを思い出していた。
ヘラクレスはケルベロスが暴れないかと心配しながら首輪をつけた。
ヘラクレス:「以外とおとなしいんだな」
亡霊:「ハデス様の許可が出ていますからね」
しばらく首輪のリードを引っ張っていたヘラクレスだったが、
ケルベロスに乗った方が楽な事に気がつき、ケルベロスにまたがった。
ヘラクレス:「じゃあ、俺はこれで」ヘラクレスは亡霊に別れを告げたケルベロスを走らせた。
亡霊:「私はあなたを外まで送り届ける役目が・・・」
ヘラクレスは、ケルベロスに乗りテセウスの所へ向かった。
ヘラクレス:「亡霊についてこられちゃテセウスを救出できないだろ」
ヘラクレスは、テセウスを忘却の椅子から起こしケルベロスの背中に乗せた。
そして、もう一人テセウスの隣に座らされていた男もケルベロスの背中に乗せた。
ヘラクレス:「この男もアルゴ号で見たことあったな」
男の名はペイリトオス、テセウスの親友だった。
ヘラクレスはケルベロスに2人を乗せケルベロスを走らせた。
後を追ってきた亡霊は忘却の椅子に座っているはずの人間たちが居なくなっていることに気づきハデスに知らせた。
ハデス:「やりおったな」
ハデスはヘラクレス達が逃げられないように、地震を起こした。
突然、地面が揺れだした、岩が出口を塞いでいく。
ヘラクレス:「ハデスに気づかれたか・・・急げ!ケルベロス!」
ヘラクレスは、ケルベロスの速度をあげ、崩れてくる岩を避けながら冥界から脱出した。
無事に脱出できたヘラクレスだったが、ケルベロスの背中にいるはずのペイリトオスはいなくなっていた。
目を覚ましたテセウスはヘラクレスがいることに驚いた。
ヘラクレス:「お目覚めか?」
テセウス:「ここはどこだ?」
ヘラクレス:「冥界から帰る途中の船の中さ」
ヘラクレス達は太陽の船の中にいた。
ヘラクレスは、なぜ忘却の椅子に座ることになったのか経緯を聞いた。
テセウスの話によると、アマゾンのアンティオペと結婚したが周囲の反対から別れたそうだ。
次に結婚したのが、クレタ島のアリアドネの妹パイドラ。
ヘラクレス:「アリアドネではなくてか?」アリアドネはテセウスのファンだった。
テセウス:「そう。妹のパイドラと結婚した」
ヘラクレス:「それがまたなんで、冥界の女王を誘惑しようとしたんだ?」
テセウス:「いろいろあって、パイドラが亡くなったんだよ。」
パイドラとの結婚式の当日、嫉妬したアマゾンのアンティオペがアマゾネスたちを引き連れて結婚式を襲撃、パイドラを守るために、テセウスはアンティオペを殺してしまう。
しかし、何の呪いなのか、テセウスとアンティオペの息子ヒッポリュトスに、パイドラが恋をしていまった。
そして、テセウスの留守中に、パイドラがヒッポリュトスを誘惑するが失敗。
逆にヒッポリュトスがパイドラに乱暴しようとしたとテセウスに訴えた。
これにより息子のヒッポリュトスは国を追放された。
怒りが収まらないテセウスが、ヒッポリュトスの死を望んでしまう。
そして、テセウスの父ポセイドンが、怪物をヒッポリュトスに送りヒッポリュトスは死んだ。
ヒッポリュトスの死を知ったパイドラは悲しみ、自分の罪を告白した後、自殺してしまう。
ヘラクレス:「おまえ大変だったな」
テセウスは口をへの字にした。
その後、親友のペイリトオスと一緒に、次の嫁さん探しが始まる。
ペイリトオスも嫁さんを亡くしたばかりだった。
テセウス:「次の嫁さんは大神ゼウスの娘がいいな」
ペイリトオス:「なら美人で有名なスパルタのヘレネはどうだ?」
ヘレネはスパルタ王妃レダとゼウスの娘だった。
テセウスとペイリトオスはスパルタに侵入し見事にヘレネをさらった。
そして、くじ引きでテセウスがヘレネを嫁さんにする事になったが、ヘレネの兄弟で格闘家のカストルとボリュデウケスの2人によって取り返される。
次に、ペイリトオスの嫁さんを探すことになり、ペイリトオスの夢の中にゼウスが現れ、「なぜ一番高貴な娘、冥界の女王ペルセポネ選ばないのか?」と問われたのだそうだ。
ペルセポネは収穫の女神デメテルとゼウスの娘だった。
テセウス:「俺は反対したんだが、約束だったんで冥界まで一緒についていくことになった」
ヘラクレス:「それで、忘却の椅子か・・・」
テセウスはうなずいた。
テセウス:「ペイリトオスは?」
ヘラクレス:「すまない、途中で落としてしまったらしい」
テセウス:「・・・そうか」
ギリシャに戻ったヘラクレスは、まず、ペライで妃アルケスティスの魂を返した。
運命の女神モイライとの約束でアドメトスも元気になっていた。
そして、アテナイでテセウスと別れた。
ヘラクレス:「お互い大変そうだが、達者でな」
テセウス:「ありがとう」
最後に、ミケナイ王エウリュステウスのもとにやってきた。
ヘラクレス:「これがケルベロスです」
ミケナイ王:「す、すごいな。」
ミケナイ王はケルベロスより、そのケルベロスを連れてきたヘラクレスの実行力に感服していた。
ミケナイ王「・・・もうケルベロスは冥界に返していいぞ」
ヘラクレスがケルベロスに「行け!」というと、ケルベロスは闇に包まれ冥界へ消えていった。
ミケナイ王:「これで試練はすべて終わった。これで正式に私に仕えることになるが・・・正直、私にお前は手に余る。」
ミケナイ王は困った顔でヘラクレスを見つめた。
ヘラクレスも王の言葉を待っている。
ミケナイ王:「わかった、お前が王位を欲しいと言うのなら譲ろう」
ヘラクレス:「私は王位など欲しくはありません」
ミケナイ王:「そうだな、お前は王とかそういう器ではなく、もっと大きな存在だ」
ミケナイ王:「では、欲しいものはあるか」
ヘラクレス:「いいえ、ありません」
ミケナイ王は、しばらく考えてから言った。
ミケナイ王:「ヘラクレス、正直、私はお前が死んでくれたらいいと思っていた。私を恨んでいるのではないか?」
ヘラクレス:「では、私も正直に話します。最初は嫌な王様だと思いました。ですが、試練をこなしていくうちに、生きる喜びが持てるようになり。今ではミケナイ王に感謝しています。」
ミケナイ王:「ヘラクレス、お前の力は強大だ。もう誰もお前を止めようとはせんし、止めることも出来ないだろう。お前は自由だ。」
ヘラクレスはその言葉を聞いて、少し不安になった。
これからは生きる道を自分で探さねばならなかったからだ。
ミケナイ王:「これから、どうするつもりだ?」
ヘラクレス:「冥界での約束を果たすため、カリュドンに行きます」
ヘラクレスはミケナイの城を出た。
そして、メレアグロスとの約束を果たすためカリュドンの姫デイアネイラのもとへ向かった。




