第21話 宝箱
ディランは冷や冷やしながら曲がり角の向こうを覗き込んでいた。通路は両方向にずっと先まで伸びていて、奥がよく見えないほどだ。ディランが居るのは、長い通路から飛び出ている横道だった。
通路の奥の方からは、どすどすと大きな足音が響いてきている。姿はまだ見えない。今頃仲間たちが魔物を誘導してきてくれているはずだ。
ディランは無意識のうちに腰に手をやり、そして空ぶった。吊られているのは鞘だけで、中身は入っていない。渋い顔をして、通路の先に視線を戻す。
「まだあ?」
甘い声が背後からかけられる。背中に柔らかな膨らみを押し付けられて、ディランは一瞬硬直した。
「もう少しだから、準備して待っててくれ」
「はあい」
顔を引きつらせながら肩を押し返す。後ろを見ると、妙齢の美女が、つまらなさそうに唇を尖らせていた。ディランよりも何歳かは上に見える。仕草や幼げな声と、外見がちょっと合っていない。
「……来た」
通路の奥に、セリアとウォードの姿が現れた。二人は後ろを振り向きながら、小走りでこちらに向かってくる。
大きな魔物が、彼らを追ってきていた。角ばった石を歪な人型に組み合わせた魔物、ゴーレムだ。顔に当たる部分には凹凸は無く、額に青い宝石が嵌っているだけだ。動きはさほど俊敏には見えないが、サイズが人の倍以上あるので、それなりに移動は速い。
(よし、いいぞ)
二人は付かず離れずの距離を維持したまま通路を走ってくる。作戦通りだ。あとは、ディランたちの仕事だった。
と、後ろの女性が、不意に呟きを漏らした。
「何するんだっけ」
「え!?」
ディランは思わず声をあげた。散々説明しておいたのに……
「魔法のロープを通路に張るんだよ。ほら、腰の高さぐらいに」
「そっかあ」
今初めて言われたかのように、女性はうんうんと頷く。ディランは激しく不安になったが、今更作戦を変えるわけにもいかない。
仲間たちとゴーレムが近づいてくる。セリアの少し前を走るウォードが、ディランの後ろの女性に向けて言った。
「ラム! 頼んだ!」
「はあい」
名前を呼ばれ、ラムはぴっと手を上げた。集中しなくて大丈夫か? とディランはやきもきしながらそれを見ていた。
そしてそのすぐ後。二人が目の前を通り過ぎた瞬間、ラムが言った。
「鉤と縄ー」
彼女の手から、小さな光の玉が二つ撃ち出された。それぞれ通路の両側に向かって飛び、壁に張り付く。
直後、二つの玉の間を光の筋が繋いだ。そこに突っ込んできたゴーレムが、光に足を引っかけて盛大に転ぶ。ずずん、と地面が揺れた。
「戻れ!」
ディランが叫ぶ。ラムはすぐに反応して、こちらを向いた。
ぴょんと飛びかかってくる途中で、その姿が掻き消える。その代わりに現れた一振りの剣を、ディランは落とさずなんとか受け止める。全体に複雑な文様が刻まれた、凝った意匠の剣だ。
剣をゴーレムの脚に思い切り振り下ろす。石でできた体は、砕けるように切り裂かれた。こっちの方は、刃こぼれ一つしていない。
ウォードも同じように剣を振るっていた。黒い刀身のシンプルな剣は、ディランのものよりもさらに切れ味がいいようだった。ゴーレムの頭が、綺麗な断面を見せて切り落とされていた。
頭を落とされ、魔物はぴたりと動きを止めた。ディランはほっと息を吐く。手だけになっても動くタイプもいるから油断ならない。
「もういいよ、ラム」
『はあい』
いつもの幼い声が、ディランの頭の中だけに響く。手の中から重みが消えたかと思うと、剣の代わりに女性の姿が、すぐ近くに再び現れた。彼女は、ふわ、と欠伸をしていた。
「これでいいのか?」
ゴーレムの頭部をいじっていたウォードが、ほじくり出した青い宝石を手に立ち上がった。額にあった時にはそうは見えなかったが、意外にでかい。手の平にぎりぎり収まる程度の大きさの球形で、結構価値はありそうだ。
(このまま売ってしまう手もあるかな)
意見を求めようとしてセリアの顔に目をやったディランは、思わず眉を寄せた。息を切らせながら、足元をじっと見つめていた。
なんだか思いつめた表情をしている、ように見えた。単に疲れているだけかもしれないが……。
「……なに?」
「いや」
視線に気づいたセリアに横目で睨まれ、慌てて首を振った。やっぱり気のせいだったのだろうか。
「予定通り使うってことでいいんだよな?」
「……そうだね。もっといい物があるかもしれないし」
ウォードに聞かれ、思わずそう答えてしまう。「じゃあ行くか」と言って、ウォードは通路を歩き出した。
四人が向かった先には、ゴーレムでも通れそうな大きな石の扉があった。押しても引いても開かず、そばに仕掛けも無い。魔法でもかけられているのか、ウォードの剣でもびくともしなかった。
中央には、あからさまに怪しげな窪みが一つあった。ウォードが宝石を押し込むと、案の定ぴたりと嵌まる。まるで最初から装飾の一部だったかのようだ。
「……ん?」
だが、それだけだった。これで扉が開くかと皆思っていたのだが、何も起こらない。全くの無反応だ。
「他にも何かあるのか?」
ディランは首を傾げる。宝石を入れた後に、レバーを操作するとか。
だが改めて周りを見回してみても、やはり壁と扉以外何もない。ゴーレムの宝石はダミーで、他に正解があったりするんだろうか。
考え込んでいると、セリアが不意に声をあげた。
「見て、ほら」
彼女は宝石を指さしていた。ディランは目を細め、改めて凝視する。すると、宝石の青い色が、徐々に薄くなっていっているのに気づいた。
しばらく待っていると、やがて宝石は完全な透明になった。皆、息を呑んで見守っていたのだが、
「……あら?」
セリアが間の抜けた声を出す。いくら待っても、やっぱり何も起こらない。
「ふむ」
ウォードが何気なく扉を押す。すると今度は、奥にすっと開いた。
「おっと」
予想外に抵抗が無かったためか、勢い余ったウォードは数歩たたらを踏んだ。扉の奥に広がる部屋に足を踏み入れる。
部屋はそれなりに大きかったが、がらんとしていて見るべきものはほとんど無かった。唯一あるのは、一番奥にある一抱えほどの木箱だけだ。ディランとウォードは、視線を交わしてにやりと笑った。
「調べるわね。ちょっと待ってて」
「うん、よろしく」
道を開けると、セリアはすたすたと木箱に近づいていった。目の前にしゃがみこみ、手をかざす。
「暴け」
たくさんの光の粒子が、手のひらから湧き出て箱に纏わりつく。セリアは難しい顔をして、それを眺めていた。
しばらくして光が消えたあと、ぼそりと言った。
「罠は無いみたいだけど……」
「けど?」
「魔力の反応も全くないわね」
「……魔道具じゃないのかな?」
こういう所に箱があれば、中身は魔道具だと相場は決まっているのだが……。
「じゃないだけならいいんだけどね……開けるわよ」
セリアは若干乱暴に箱の蓋を跳ね上げた。そして中身を見た瞬間、はあ、と深くため息をつく。肩を落とすセリアを見て、ディランは、はっと表情を変えた。
「まさか……」
慌てて箱に近づく。嫌な予感の通り、そこには何も入っていなかった。セリアと同じように、がくりと項垂れた。
ウォードが、部屋の中を見回しながら言った。
「先を越されたか?」
「そうかもね。どこから出入りしたのかは分からないけど」
扉に嵌った透明な宝石を引っ張ってみたが、外れそうにはなかった。他に隠し扉でもあるんだろうか。
セリアが沈んだ声で言った。
「宝石を持って帰った方がよかったわね」
「まあ、今更言っても仕方ないよ。他の場所も見て回ろう」
ディランは慰めるようにそう提案した。
とは言えこの場所も、何日もダンジョンに籠ってようやく見つけたのだ。食料が切れる前にもう一つ見つけるのは無理だろうなあ、と心の中ではため息をついていた。




