第四話
「ところで」
私の追及を逸らすそうとしたのか、カカシはそう切り出した。相も変わらずケタケタと笑いながら。
「君が言った通りこの世界が夢なのだとしたら、この世界で『寝る』ということは一体どういうことなんだろうね?」
また難題をふっかけてきた。しかし話をそらせていないような気もするが。
実際回答に窮する問題である。ここは敢えて聞き返してみようか。
「お前はどう思う。カカシよ」
そう返してくることはカカシにとって予想外だったようで、目を丸くして少し固まってしまった。最も、もともと丸くする目も動かす体もないのだが。思えば、今までカカシの質問をそのまま返したことは無かったかもしれない。図らずも奴の意表を突くことに成功したようだ。
「君がそう返してくるとは思わなかったよ」
そう言ってカカシは静かに考え始めた。コイツが一体なにを思い付くのか、気になる所だ。
「普通、眠れば夢を見る。なら、夢の中で眠れば逆に目を覚ますんじゃないかな?」
予想通りの答えだ。しかし、それではつまらない。
「眠れば夢を見るのならば、夢の中でまた夢を見ると考えるべきではないか」
今までと立場が逆転しているような気がする。これはこれで、なかなか面白いものだ。カカシも唸り声をあげている。
「夢のまた夢、か。でも実際に試してみないことには分からないんじゃないかな?」
「あるいはこう言い換えられるかもしれない」
間髪を入れずに言葉を挟む。カカシも興味深そうに聞いている。ここで一つ、私の考えを述べるとしよう。
「眠って夢を見て、その後起きた世界は、眠る前の世界とは別の世界なのではないか」
我ながら正気の沙汰とは思えない。流石のカカシも困惑している。
「流石に荒唐無稽すぎやしないかい? とても納得できるとは思えない」
「確かにその通り、根拠も何もない。しかし、だ。眠る時に一度意識は途切れる。それならばその間に何が起こっても認識できないはずだ」
カカシは黙りこくってしまった。何か反論を考えているのだろうか。
「僕が思うに、その話の本質は、君が本当に言いたいことは、もっと別のところにあるんじゃないかな?」
その返しは想定外だった。奴が黙っていたのは私の意表を突くためだったのだろう。
「君の言っていることはつまり、自分の意識の外にあることは、例え世界であっても信用ならないってことじゃないかな? そう、今僕たちがここにいる世界も――君は夢だと言っていたね。――とてもあやふやなものだってことだ。」
カカシにしては珍しく先回りしてきた。私が何か言葉を挟もうとしても間を置かずに話を続ける。
「さらに言うならば、ここが夢の世界にせよ、死んだ後の世界にせよ、或いは僕たちの想像もつかない様な世界だったにせよ、前提として僕たちが元々いた、と思い込んでいる別の世界があるわけだ。でも君はその世界同士の繋がりさえも疑っているんだろう? 何だかさっきの話に戻ってきたような気がするね」
そこまで見透かしていたのか。成程、分かってはいたが改めて、侮れないカカシだ。
「確かにその通りだ。もっと言うならば、この世界を認識しているのは私とお前の2人だけだ。そもそもこの世界の存在さえも、私には疑わしい」
「ちょっと前君は、自分でみているものがすべてだと言っていたけど、それさえも否定する気かい?」
「ああ。そうかもしれない。しかしどうだろう。2人と言ったが、それも分からなくなってきたな」
そろそろ自分でもよく分からなくなってきた。今までの話で使ってきた「意識」を否定するなんて狂気としか思えない。
「さっきからどうしたんだい? 支離滅裂にも程があるような気がするけれども」
カカシも、もうまともに取り合う気は無いようだ。私もそろそろ飽きてきた。
「何、暇つぶしの酔狂だ。気にしないでくれて構わない。」
カカシはそうかい、と一言だけ言った。私が何を考えているのか、計りかねているようだ。
「しかし、一つ気付いたことがある。重要なことを見逃していたよ。」
「何だい? 続けておくれよ」
カカシはそう言って続きを促す。
「ずっと私は私自身の意識ばかりに重点を置いていて、お前の意識については大して考えなかった。しかしどうだろう。ここにいるのは俺とお前の二人。ならお前の存在を無視することは出来ない。そうだろう」
「確かにそうだ。しかしそれがどうしたと言うんだい? 君の言わんとしていることがよくわからない」
私に疑念のまなざしを向けてくる。
「何、簡単な事さ。よく考えてみるとお前は何者なのか、分からなくなってくる。何故お前はここにいる。何故お前はカカシなんだ。何故お前は喋ることができる。こんな当然のことを、今まで答えを聞いたことは無かったな」
「何だ、そんなことか。それなら答えは簡単だ。君がそれを知る必要はないだろう。僕にだってプライベートはあったって良いだろう。まさかカカシにそんな権利が無いだなんて言わないだろう?」
カカシは笑いながらそう返す。別に私も答えを期待していたわけではない。
「確かにそうだ。別にお前が答える義務はない。しかし私がその理由を考えるのは自由だろう」
「ああ。好きにすれば良い。それが正しいかどうかは別としてね」
カカシは悠然としている。どれ、一泡吹かせてみようか。
「お前に対して出てくるいくつもの疑問、そして摩訶不思議なこの世界、私の意識が信用ならないとするならばそれは何故か。これらの問題をすべて解決してしまう仮説があると言ったら、どうする」
カカシは興味津々といった様子で聴き入っている。
「それは気になるね。是非とも教えてほしい」
私は一呼吸おいて、ゆっくりと答えた。さて、カカシはどう出るだろうか。
「前に私はここは夢の世界だと言ったな」
カカシは何も言わない。そろそろ私の言いたいことが分かってきたのだろうか。
「この世界は、『お前の』夢なのではないか」
カカシは不敵に、ケタケタと笑っている。