第一話
ふと気が付くと、草原にいた。頭上には青空が広がっている。一体ここはどこだろう。見渡す限り人工物は見当たらない。ただ一つ、目の前でケタケタと不気味に笑っているカカシを除いて。
できる限り目を逸らしていたかった。カカシはさも話しかけてほしいような雰囲気を醸し出している。私はなぜかこのカカシに関わりたくないと直感する。しかし自分が今、どこにいるのか全く分からない以上、話しかけるよりない。
「君は何者だ」
私はカカシに問うた。やむを得ないとはいえ、カカシに話しかけるとはなかなか滑稽なものである。
「ようやく話しかけてくれたね。僕が何者かって? カカシに決まっているだろう。見て分からないのかい?」
そう言ってカカシはケタケタと笑った。何とも気味の悪い、そして腹の立つ笑いである。
「どうしてカカシが喋るのだ」
「別にカカシが喋ってはいけないなんて道理はないだろう?」
相変わらず笑っている。私は自分の所在より、まずこのカカシが何者なのかを確かめる必要があるように感じた。
「名前は?」
「変なことばかり聞いてくるね。カカシに名前なんてあるわけがないだろう?」
「別にカカシが名前を持ってはいけない道理もないだろう」
「なるほど、これは一本取られたようだ」
そう言ってまたケタケタと、嬉しそうに笑った。意趣返しは腹の虫を鎮めるためだったのだが、まるで効いていないようだである。
「確かにカカシが名前を持っていてもおかしくはない。いや、おかしいかもしれないがダメってことはないだろう。では聞こう。なぜ僕が名前を持つ必要がある? そもそも名前とはなんのためにあるのだろう?」
今度は答えに困る質問を出してきた。しかし、相も変わらずここがどこなのか、手がかりはこのカカシしかない。ここは付き合うべきだろう。
「およそ名前を持つ一番の理由は識別の便にあるだろうな。後はどうだろう。親しい者同士で関係を深め合うために使うこともあるだろう」
少し考えて、私は答えた。
「ならどちらの理由でも僕には必要ないね。ここには君と僕しかいないわけだし、別に君と特段仲がいいって訳でもない」
「私とお前の二人がいるのならば、名前があったっていいではないか。別にお前が決めればいい」
「しかしねえ、僕の知る限り名前というのはあまり自分でつけるものじゃないような気がするんだ。だから君が呼びたいように呼べばいい。しかしさっきから質問されてばかりだ。僕からも何か聞くとしようか。そうだねえ、ではまず、君の名前は何だい?」
カカシから質問されるとは予想外だった。
「お前が名乗らないのなら、私が名乗る必要もないだろう」
「そうかい。じゃあ仕方ない。」
カカシは特に気を悪くした風でもなく、そういった。さて、会話が途切れたがよく考えてみるとカカシに聞くべきことはこんなことではなかった。
「ここは一体どこだ」
「おお、ようやく聞いてきた。僕としてはもっと早く聞いてくるもんだと思っていたがね。」
「長ったらしい与太話は要らん。全体ここはどこなのだ」
ずっと聞いていたらいつまでも話が進まない。いい加減このカカシに対する遠慮もなくなってきた。
「まあそう慌てないで。そうだねえ、ここはどこだろう。君はどう考える?」
正直、質問に素直に答えてくれないだろうとは思っていた。ここは答えるとしよう。
「そうだな。少なくともこんな場所は見たことが無い。記憶もいくらか欠けている。夢の世界か、或いは死後の世界というものか。まさか異世界だなんて馬鹿げたことは言わないだろう?」
そう言うよ、カカシはまたケタケタと笑って、
「まさか君、異世界だなんて馬鹿げたものがあるなんて信じているんじゃあないだろうね? それともそんなことを夢見るお年頃なのかい?」
と言った。何とも不愉快だ。
「夢ならばいいのだがな。もっとも夢の世界も死後の世界も異世界と言えばそうなのかもしれないが。しかしこんなに意識がはっきりとした夢は見たことが無い。明晰夢も一度見たことがあるがこれは少し違う」
「なるほど、君がそう言うのならばこれは君の夢ではないのだろう。だが君の予想に従うと、次の選択肢は死後の世界ということになってしまう。君は自分が死んだあと、こんな寂しい草原でこんなカカシと時を過ごしたいのかい?」
どうしてこのカカシは人を苛立たせるのだろうか
「それならば地獄の方がいくらかはマシだろうな。では他にどんな可能性がある?」
「さあね、そろそろ君も分かっているだろうけど、ここがどこなのか僕には分からない。まあ、気楽に待っていればそのうち何か起きるかもしれない。おとなしく待っていることだよ」
やはりそうか。もはや怒る気にもならない。不本意ではあるがここはカカシに従って何かが起こるのを待つとしようか。