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【百合アンソロジー】真夏のいちご  作者: 未雪織/あめだま/遥奏多/藤綾人/瀧本一哉/はしもと
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フリワケ/瀧本一哉

「えーっと・・・この人は明日で、この人は3日後・・・げっ、なんで来年の分混ざってるの。間違えたらあたしがお給料減らされるのにー。」

山のように積み上げられた書類を手に取り、顔写真と名前、そして履歴書に記載された日付を確認して分類先のボックスに入れる。毎日続く単純な作業だ。

「わー、この子めちゃくちゃかわいい・・・勿体ないなー。あー・・・この人は当然かー。」

仕事中に、こうやって独り言をぶつぶつと呟いてしまう癖がついたのはいつからだろうか、なんてことをぼんやりと考えながらも手の動きは止めないようにする。

「明日、4日後、うぇこの人今日だ。緊急で回さないと。えーっと5日後、明後日・・・」

こんな作業を繰り返していくうちに、自分の心が凍り付くような気持ちに囚われる。

「イーチカ、捗ってる?」

「ひゃい!?」

後ろから急に方に両手を置かれ、変な声が出る。

「スグリ先輩・・・作業中に驚かさないで下さいよ。んーと、来週、明日、うわ、これも今日だ。」

先輩、いや、恋人からの邪魔が入ろうとも手を止めてはいけない。何としても定時に帰りたい。

「えー。無視なのー?イチカちゃん冷たーい。」

先輩はぶーぶーとでも言うようにこちらを覗き込んで口を尖らせる。あー、かわいいなぁ、このひとは。

「離してくださいよ。作業の邪魔です。・・・てか先輩は終わったんですか?今日の分。」

「私を誰だと思ってるの?終わったわよ、6箱。」

先輩は自慢げに鼻を鳴らす。

「6・・・私の倍の数を私より早くこなしてるんですね・・・もうなにも言えません・・・。」

なんだかんだ、すごいひとなんだよなぁ。

「先輩、どうやったらそんなに早く処理できるんですか。」

手を止めて先輩に向き直る。

「どうしたの急に。」

きょとんとした赤いポニーテールが揺れる。

「いや、あたし、この仕事向いてない気がするんですよ。」

あたしは俯き、自然と声が小さくなる。視線の先の握りこぶしは弱々しく震えていた。

「そー?ちゃんと振り分けられたノルマはこなしてるし、重要会議でもちゃんと発言してるじゃない。」

「もう限界なんです、どうやったら先輩みたいに・・・」

先輩みたいに、

「その人の人生をただの書類として処理できるように、一人前の死神として、仕事ができるようになれますか?」

こぶしの上に雫が落ち、跳ねる。周りのデスクからの視線が集まり、顔が焼かれるようだ。そもそも下界の人間の死を扱う仕事は向いていないのだと改めて思う。すでに運命は決められているとはいえ、最終的な死にかかわるのが、死神という職に就いたものの定め。“上”から送られてくる、人の運命が書かれた紙を仕分け、協議し、執行する。その一枚一枚にいちいち感情移入していてはキリがないと教えてくれたのが、今は恋人となった先輩だった。

しかし、あたしにはそんなことはできなかった。その人の人生に思いを馳せては、作業が遅れ、無理に作業を進めれば胸が締め付けられる。そんな毎日の繰り返しで心はすり減ってしまった。

「イチカ。」

凛とした声で現実に引き戻される。顔を上げると先輩は責めるわけでもなく、ただ優しい顔をしていた。

「せん・・・ぱい・・・?」

振り絞るように途切れ途切れの声をかけると先輩は微笑み、

「イチカ、今日の分、あとどのくらい残ってる?」

と私を立つように促して、私が答えるよりも早く、ものすごいスピードで私の仕事をこなしていく。

「あ、あの」

「今日だけだからね。」

声をかけようとするとそう遮られ、

「早く、帰ろ?」

私の耳元で囁いた先輩の目は、見る間に減っていく人の人生の束に向かっていた。



「先輩、今日はすいませんでした・・・。」

あれから二人の家に帰り、一緒に夕食を食べてから私は頭を下げた。

「んー?気にしないでいいよ。私にもそういう頃あったから。」

ソファで隣に並ぶ先輩は、そうあっけらかんと言い放つ。

「意外?」

驚いた私にスグリ先輩は微笑みかける。

「はい・・・。いつもあんなにかっこよく仕事してて・・・私の憧れですし・・・。」

私がそういうと先輩は少し寂しそうな顔をして、

「誰だって最初からうまくできるわけじゃないんだよ。全能神じゃあるまいし。まぁ、下界の人たちは『神様=何でもできる』みたいに思ってることが多いみたいだけど、私も、イシカもフツーの神でしかないし。・・・それに私だってまだ、人間の命を扱う重みでつぶれそうになる。」

俯いた横顔は儚い花のようで、いまにも消えてしまいそうだった。胸がチクリとした。

「だから、自分を責めないで。きっと誰もが通る道よ。・・・それに、あの一枚一枚の紙の『向こう側』を見ることができる神なんてなかなかいないよ。イチカは、優しいんだよ。」

先輩はやわらかく微笑んだ。

「そうなんですかね・・・。」

先輩がそう言ってくれるのは素直にうれしいと感じる。それでも、その言葉をうまく飲み込むことはできない。

「ねぇ、イチカ。やめようと思ってる?」

その言葉にハッとして先輩を見る。いつになく真剣な目つきだった。

「ねぇ、お願い、やめないでほしいの。毎日つらいのはわかる。それでも、あの、何というか・・・」

それまではっきりと話していた先輩の語尾がもごもごと曇る。

「仕事場にイチカがいないと・・・寂しいから・・・。」

「っ・・・!?」

頬が一気に熱くなったのがわかる。

「イチカ、顔赤い。」

「先輩こそ。」

「うるさいなぁもう。」

なんとなくいつものような会話に戻って、おかしくなって笑って、いつものように、自然と唇を重ねた。

「先輩、先輩はどうやって乗り越えたんですか?」

余韻の後、私が聞くと先輩は恥ずかしそうに笑う。

「ちょっと恥ずかしいんだけど・・・」

「聞きたいです。」

私が真剣に言うと、観念したように話し始める。

「私たちの仕事って、日付がぐちゃぐちゃになってる紙を、あるべきところに振り分けるじゃない?でもそれって、私たちが生まれるときもそうだったと思うの。未来が何も決まってないところから、辿るべき運命に振り分けられた。・・・だから今こうやってイチカと一緒にいられる。そう考えたら、この「振り分ける」ってことのおかげで、私は今幸せになってるってこと。だから、この仕事がもしかしたら誰かの幸せに繋がるのかもしれないなって、思うことにしたの。」

そう語る目は確かな未来を見つめているようだった。

「でも、人が死ぬことで幸せになる人間なんているんですかね。いたとしても、すごく自己中心的な気がします。」

「自己中心でいいじゃない。」

「え?」

いつも周りに気を配る先輩からは到底考えられない発言に耳を疑った。

「だって私、ほかの神様がいなくなって、イチカと二人きりになれたら、きっとすごく幸せだもの。イチカとずっと一緒にいられる。」

「それは・・・あたしもそうかもしれないです・・・」

こうも真っ直ぐ想いを伝えられると、恥ずかしくてしょうがない。

「私は振り分けられた運命を、“死神”という運命を、イチカと一緒にたどりたいの。だから、ね?」

そう真剣に語る瞳には涙が浮かんでいた。

「はい。」

私はそれだけ言って、口づけをする。

運命の前に、言葉なんてこれ以上いらないだろう。

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