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短編集

君と過ごした愛の部屋

作者: 林集一

君と過ごした愛の部屋



 この部屋には眠り続ける君のための白いベッド、

その隣には僕が座るための四角い背もたれのついた椅子が一脚、

脇には引き出しのついた机が一つ床に足を延ばしている。

机の上には金魚鉢が一つ有り、金魚鉢の中には金魚が一匹泳いでいる。


 僕はいつの日からか、この部屋にいる。時々目を醒ます彼女の話し相手になる以外にする事はない。



女性「夢の中で期末テストを受けたの。国語の教師になりたいのに国語のテストが26点なんて笑っちゃうわよね」


僕「どんな問題が出たんだい?」


女性「それがね、とっても意地悪な問題なのよ」


僕「うん」


彼女「先生の誕生日を書け、とか先生を誉めろとか…嫌んなっちゃったから文句ばかり書いたら散々な点数だったわ」


僕「それは酷いね。そんな先生にならないように反面教師にしてね」


女性「うん、そういえば明日は英語のテストなの。難しくて困っちゃう」


僕「じゃあそのテストで合格点が取れたら御褒美をあげるよ」



女性「本当?うれしい」


僕「ああ、本当だよ」


彼女は少し興奮した笑顔になると、そのまま眠りについた。







それからまた、時計の針の音が聞こえたなら狂いそうな時間が流れる。


ちらりと視線を流す


金魚鉢の金魚は僕に対して横顔しか見せない。いつも壁際か彼女の顔をじっと見ていて、時折ひれを器用に動かして旋回するくらい。その際たまに金魚の顔の正面を捉えるのが楽しみだった。



狭いこの部屋では、見ていなくても大抵の変化を感じ取る事が出来る。



金魚が翻る事50回、彼女の睫が軽く痙攣を起こす事48回。



彼女は再び目を覚ました。



女性「えへへ、あたし頑張ったよ。テスト92点だった」


僕「それは凄いね」



僕は机の引き出しから苺味の飴玉を取り出し、彼女の口に入れる。彼女はそれを舌先で右の頬、左の頬に揺り動かした。飴玉が歯に当たる細かくて固い音が僕達の間に響く。彼女は左頬に飴玉を留めて溶かしはじめた。彼女の口腔内に甘い苺味の唾液がじわじわと溜まっていき、時折喉を鳴らして飲み込む。


僕は、飴の甘さに少し恍惚の表情を見せる彼女と目を合わせていた。言葉を交わしあう事はない。しかしそれ以上に瞳で感情を伝えた。彼女も僕の気持ちを察して、少し困った顔で微笑んでいた。


彼女の頬がぬるりと動いたと思うと、唇の隙間から小さくなった飴玉が頭を見せた。すこしふくれた唇に挟まれ、赤い舌の上にある飴玉は真珠のような大きさになっていた。





それを見た僕が、少し切ない顔をすると彼女は、悪戯な笑顔で飴玉を引っ込める。


とっさに緩んだ僕の顔を確認すると彼女は満面の笑みを返した。


頬を行き来する大きさを失った飴玉は舌の上で溶かされているらしく、彼女の喉が水の音をたててじゃぶじゃぶと上下する。音がふと途切れた頃、何処からか鐘の音が聞こえた。


…彼女はゆっくりと目を暝った。そして唇を僅かに開き、寝息をたてはじめた。


 彼女が何か課題を達成した時、時々こうやって御褒美を与える。僕は彼女に触れる事もなく、ただゆっくりとした時間の中、それだけを楽しみに待っている。彼女の寝顔を見るだけで彼女がこれまで何をしてきたのかを共有できる気がする。





僕もいずれは夢を見る。




月のうしろの小さなお部屋


君と二人で見る夢は、


きっと飴玉よりも甘いに違いない。






金魚鉢がピチョン!と音を立てた。









おしまい






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