Many Shots, Many Kills (2-4)
銃声と爆発音が木霊する森の中を、僕たちは走っていた。
まるで悪夢のようだ。そう、思った。
わずかな月明かりだけが差し込む深い森の奥。
死と暴力が吹き荒れる夜闇のまっただ中で。
3匹の狼に連れられて、命がけで走る。
「相変わらずっすなあ、特務軍曹殿。
あの距離からの対戦車ライフルの狙撃を、タイミングを見きって避けますか」
「……余裕」
「おいおい、火点を発見して逆狙撃した私は褒めないのか?」
「はいはい、准尉殿の腕も人間離れしてるっすよ」
「ルンヴィクは、相変わらず、仕事遅い。
観測員くらい、もっと早く片付けて」
「へーへー、失礼いたしやした。
ま、あと30秒早く殺れれば、指揮車が砲撃されることはなかったっすね」
「ふむ。だが、どうやって弾着観測員を殺った?
しっかりと護衛もついてただろうに」
「いやほら、連中が野営地に仕掛けてた爆薬があったっしょ?
あれを使って、まとめてドカンと。
少なくとも通信機はふっ飛ばしたっす」
「そういう機転だけは、相変わらずだな」
僕にとってはほぼほぼ全力疾走に近い速度で走りながら、3匹の狼たちは悠然と談笑している。
話を総合するに、まずベラ嬢が囮となって死地に飛び込み、狙撃を誘って、その狙撃を躱した。しかるに敵の狙撃銃の発砲炎を見たトリーシャ嬢が、カウンターで敵狙撃手を狙撃した、と。漫画かよ。
で、その双子コンビに軽く罵倒されているルンヴィク軍曹はと言えば、迫撃砲の弾着を観測している敵観測員を探しだし、観測員の護衛および無線機ごと、爆薬を使ってふっ飛ばしたらしい。あの砲撃の中で、起爆装置を解除しただけの爆薬を持ったまま特定の敵を探しだし、敵に発見されることなく爆殺するなんて、ルンヴィク軍曹も完全にイカれた人物だ。
なんとか状況の一部を理解した僕は、もう一度短く神様に祈ってから、まずは背負っていた小銃を捨て、弾薬ベルトを捨て、一瞬だけ迷ってから拳銃も捨てた。それを見て、ルンヴィク軍曹が小さく口笛を吹く。
戦場のど真ん中で武器を全部捨てるだなんて狂気そのものだが、この3匹の狼についていくためには、無駄な重荷は少しでも減らさねばならない。
今重要なのは、この3匹の狼についていくこと。
より正確に言えば、彼女らの行き足に悪影響を与えないことだ。
いやはや、指揮車に対する砲撃が始まった段階においては、僕の安全を確保するにはベラ嬢の愛車に同乗させるのが一番だったのだろうけれど。その結果がコレとは、成り行きとは恐ろしい。部下の安全を最重要視するシュネー嬢が「行き当たりばったりの作戦」と酷評したのも、むべなるかなだ。
途中から地勢が山がちになり、ダラダラとした登り坂が始まった。何を指標にして走っている――いや、追跡しているのかまるで分からないが、狼たちは敵のボスであるノーラ少尉を確実に追いつめている、ようだ。
登り坂になって走るペースは少し落ちたものの、僕にとってみると相変わらずの急ピッチだ。つくづく、装備をすべて捨てて良かったと思う。
なお、僕の目の前を走りながら、わりと嵩張る道具を使って、自分の小銃になにやら複雑な細工をしているトリーシャ嬢のことは、見なかったことしよう。どれだけ体力があるんだ。
坂道は延々と続いた。僕はだんだん、息が上がってくる。
頭上で煌々と光る月を見上げて、もう限界だと、何度も思った。
銃声や爆発音はすっかり遠のいていて、ここで足を止めても即座に死ぬことはないだろうな、という理性の囁きも聞こえる。
実際、ベラ嬢がちらりと僕を振り返って、「無理ならここで休んで」と声をかけてきてもいる。
でも僕は、走り続けた。
それはいわゆる、男の意地的なものだったのかもしれない。
あるいは僕の軍人としての本能が、図抜けた能力を持つエリートたちと一緒に戦場を走る、ただそれだけのことに歓喜していたのかもしれない。
あるいはただ単に、この先で起こることを見逃したくなかっただけかもしれない。いつかと同じように。
だから、急に高台に出て、視界が開けたその先に、もう1匹の美しい狼がいて。
そして彼女を守る解放戦線の兵士たちが、僕らに向かって銃口を向け。
次の瞬間、トリーシャ嬢が腰だめに構えた小銃から連続的に発射された弾丸が彼らをなぎ払い。
かろうじて生き残った兵士が2人、弾切れ状態のトリーシャ嬢にナイフで襲いかかろうとして。
その2人の首が、ベラ嬢が振るうスコップの刃で切断され。
月下に吹き上がる鮮血をかいくぐって、ノーラ少尉へと猛ダッシュしたルンヴィク軍曹が、手にした拳銃を素早く照準し。
ノーラ少尉は滑らかに拳銃を抜き、ルンヴィク軍曹に銃口を向けたが、わずかに間に合わず。
……そしてその瞬間、時が止まったかのように全員が動きを止めた。
僕はその美しい光景を、映画でも見ているかのように、呆然と見つめる。
まるで、夢のようだ。
そう、思った。
ノーラ少尉が片手で構えた拳銃の銃口は、いまやルンヴィク軍曹をしっかりと捉えていた。
ルンヴィク軍曹が両手で構える拳銃の銃口も、ノーラ少尉の額を正確に照準している。
再装填を終えたトリーシャ嬢は、小銃を腰だめにしたまま動かなかった。
可愛らしい顔を返り血で真っ赤に染めたベラ嬢も、スコップを握りしめたままだ。
まるで、夢のようだ。
そう――思った。
均衡を破ったのは、トリーシャ嬢だった。
小銃のポジションを、腰だめから、肩付けに移行させようとする。
その動きが、夢の時間を終わらせた。
僕には、分かる。何人もの素人犯罪者が、してはいけない選択をしてしまう、その最後の様子を何度も見てきた、僕には。
トリーシャ嬢が動いたのに気づいたノーラ少尉は、反射的に拳銃の引き金を引いた。
銃声。ルンヴィク軍曹が、もんどりうって倒れる。
「ノーラァァァァァァァァァァァァッ!!」
トリーシャ嬢の絶叫。
トリーシャ嬢は引き金を引き、銃弾がノーラ少尉の腹部から胸部へと吸い込まれていく。
銃弾を受けたノーラ少尉は、着弾の衝撃にふらついた。だが、出血はない。ボディーアーマーを着ているのだ。
トリーシャ嬢は小銃をサブマシンガンに換装するキットを使っているようだが、小銃弾と拳銃弾の威力の差が出た。小銃弾なら余裕で貫通する距離での銃撃だが、拳銃弾ではノーラ少尉のボディーアーマーを抜けなかった。
それでも、ノーラ少尉は後ろに数歩、よろめいた。
そして高台から足を踏み外し、声もなく落ちていった。
ゆっくりと、時間の流れが戻ってくる。
ベラ嬢が、ノーラ少尉が落ちた断崖に駆け寄る。そして自分も後を追おうとしたが、そこでルンヴィク軍曹のうめき声に気がついたのか、足を止めた。
倒れている軍曹の怪我を調べたトリーシャ嬢は、可及的速やかに治療すればまだ助かると言うと、てきぱきと応急手当を始めた。
姉の言葉を聞いたベラ嬢は、大きく深呼吸して気持ちを落ち着けてから、応急手当を手伝い始めた。ベラ嬢が一人でノーラ少尉を追えば、追った先で多対1の戦闘を強いられる可能性がある。そしてベラ嬢に対する増援は、こちらからは出しようがない。
そんな彼女らを見ながら、僕もよろよろと応急手当の手伝いをする。
まるで、悪夢のようだ――そんなことを、いつまでも思いながら。




