Das Wunderkind Is Still Under Studying(4-8)
確かに、フィッツ伯とフント・デス・モナーツがいかに戦い、そしてそこで何が起こったかということについて、ある程度までの推測は、ある。推測可能なくらいに、情報を与えられてきたのだから。
でもこの2人を前にして「名誉を賭けた答え合わせ」をさせられるというのは、すさまじいプレッシャーだ。しかも彼女らは僕の無価値な感想を聞かせろと言っているのではなく、僕の能力を示せ、と言っている。
ええい、怯むなナギー・エーデシュ少尉!
大いなる試練は、己を成長させるチャンスだ!
試練を前にしたら、喜んでその試練に向かって突撃せよ!
それが帝国軍人というもの!
……というお題目を心のなかで唱えつつ、僕はゆっくりと自分の思考を口にし始める。
「まず、最初にお断りしておきます。
僕には皆さんがどうやってフィッツ伯を罠にかけたのか、フィッツ伯をどんな窮地に追い込んだのかは、分かりません。そして僕がそれらを想像することにも、大した意味はないと考えます。
大事なのは、シュネーさんがそれを望んだこと、そしてそのための脚本を書いたことです」
嬉しそうにソーニャ嬢が笑い、「正解」と呟く。
「では、前提の確認から。
フィッツ伯とフント・デス・モナーツは、深刻な敵対関係にありました。
ただし、フィッツ伯はフント・デス・モナーツという存在を“フント・デス・モナーツ”という名前では、知らなかった。ええと、確か、内務省外事8課特別工作班、が正式名称ですよね?
上の店の屋号が“フント・デス・モナーツ”である以上、皆さんが自分たちのことをおおっぴらに“フント・デス・モナーツ”と名乗るとは思えません。
実際、フィッツ伯は皆さんのことを『8課の魔女』と呼んでいましたから、伯は最後まで正式名称しか把握していなかったと思われます」
シュネー嬢が頷く。
「フィッツ伯は、僕が理解している範囲で言えば、ブレンターノを使って帝国警察局を腐敗させようとしていました。
潜入捜査員に対する密告を横行させ、潜入捜査を著しく困難なものにしようとしていたというのは、フント・デス・モナーツに対する攻撃のようにも思えます。フント・デス・モナーツがやっているのは、いろいろ特殊ですが、総論として言えば潜入捜査ですので」
ソーニャ嬢がクツクツと笑いながら、タバコをふかした。
「フィッツ伯とフント・デス・モナーツの関係は、ある段階でターニングポイントを迎えました。
ある段階とは、つまり、僕の大失言です。
フィッツ伯はおそらく、“内務省外事8課特別工作班”のアジトをつきとめる、あるいは警察局における“内務省外事8課特別工作班”の協力者であるクラマー中佐を暗殺する、大きなチャンスが到来したと、判断しました」
また思い出し怒りをしはじめたのか、シュネー嬢がご機嫌斜めだ。
「でも、フィッツ伯は相当悩んだと思います。
だって僕の大失言は、彼にとってあまりにも都合が良すぎる。
僕がフィッツ伯なら、これは罠じゃないかと疑ったと思います。
あるいは、こんな見え見えの罠にかかる俺じゃない、みたいに怒ったかも」
ソーニャ嬢はウンウンと頷きながら、新たなタバコに火をつけた。
「悩みに悩んだフィッツ伯は、それでも、勝負に出た。
こんな千載一遇のチャンスを、逸することはできない。
もしこれが罠であるならば、食い破ればよい。
“最後の騎兵隊長”らしい、勇猛果敢な判断だと思います」
でもここで、シュネー嬢から「弱いな」と、ダメだしが出た。
フィッツ伯が行動を起こす根拠として、薄弱だということか。
普段なら「そんなことはない」と抗弁するところだが、シュネー嬢のあの声で「弱い」とまで断言されると、そんな気力は消し飛ぶ。
僕は少し考えて、あの夜にフィッツ伯が口走った罵倒を思い出し、すぐに「強い答え」にたどり着く。
「もう1つ、フィッツ伯が勝負に出た理由があります。
フィッツ伯は、古いタイプの軍人です。
帝国軍人たるもの、皇帝に忠誠、父祖に崇敬、弱者に庇護、戦友に信頼――これがレインラント帝国軍の、4つの掟。この掟は、フィッツ伯にとって絶対的なものだったと考えられます。
この観点に立つと、帝国軍少尉たる僕は、『父祖に崇敬』を絶対の掟として行動するはずです。
つまり、僕が養父を生け贄にするような、卑劣極まる罠を張るはずがない。
よってこれは、あのボンクラ少尉のミスであって、罠ではない。
この確信が、彼に最後の決断を成さしめました。
そしてそう判断したから、進退窮まったフィッツ伯は、人生最後の戦いとして、卑劣な罠を張った少尉に報復することにした」
フードの奥で、シュネー嬢の口元が少しだけ緩む。
どうやら僕は、シュネー嬢が求める正解にも到達できたようだ。
僕はひとつ深呼吸をして、推測をもう一歩先に進める。
「ここから先はまったく根拠のない、ただの憶測ですが、シュネーさんは僕の愚行に怒り狂ったけれど、実は同時に、『この状況はもしかしたら化けるかもしれない』とも思ったのでは?
もともと今回の脚本は、内通者をあぶり出し、誘い込む作戦です。
そこに僕がとんでもない大穴を空けた結果、『大きな穴に相応しい、もっと大きな獲物』が誘い込まれてくる可能性も生まれた。
――そういう読みがあったから、シュネーさんはフィッツ伯を釣り上げるための脚本を新たに書いた。そうではありませんか?」
それを聞いて、ソーニャ嬢が大声で笑った。
「そういう博打を、シュネーは打たないよ。
シュネーは、君の失言に乗じてフィッツ伯が攻勢に出ると確信し、それをどう防ぐかを考えようとした」
シュネー嬢が、小さく頷く。
「でも、際立った才覚と嗅覚を備えたフィッツ伯が勝利を意識した今であれば、冷徹な計算と勇猛な勝負勘を総動員する大勝負のテーブルに座ることを強要し、それゆえに引きどきを見失わせ、袋小路へと誘い込める。それだけじゃあない。マーショヴァー家を動かすことなしに伯爵位を持った犯罪者の首を獲るには、このチャンスに賭けるしかない。
そう主張して動いたのは、ボクだ。
だからボクは、密告者を誘引し捕獲する作戦を、最後まで遂行した。
そしてシュネーは、フィッツ伯を罠にかける脚本を一息で書き上げた。
ボクらは手分けして、二兎を追うことにしたのさ」
そういう、ことか。
前線でのオペレーションをソーニャ嬢に任せたシュネー嬢は、フィッツ伯を政治的な死地に導く、新たな脚本を作りあげた。
逆に言えばソーニャ嬢は、シュネー嬢が新たな脚本を作るだけの余力を、確保してみせたのだ。
まったく。
どれほどの修羅場と愛憎劇を乗り越えれば、これほどまでに深い信頼と、これほどまでに苛烈な競争意識が、二人を結びつけるのだろう?
僕はただ、そんな二人を見て、感嘆のため息をつくしかない。




