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月の猟犬  作者: ふじやま
1st episode:Das Wunderkind Is Still Under Studying
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Das Wunderkind Is Still Under Studying(4-8)

 確かに、フィッツ伯とフント・デス・モナーツがいかに戦い、そしてそこで何が起こったかということについて、ある程度までの推測は、ある。推測可能なくらいに、情報を与えられてきたのだから。

 でもこの2人を前にして「名誉を賭けた答え合わせ」をさせられるというのは、すさまじいプレッシャーだ。しかも彼女らは僕の無価値な感想(・・)を聞かせろと言っているのではなく、僕の能力(・・)を示せ、と言っている。


 ええい、怯むなナギー・エーデシュ少尉!

 大いなる試練は、己を成長させるチャンスだ!

 試練を前にしたら、喜んでその試練に向かって突撃せよ!

 それが帝国軍人というもの!


 ……というお題目を心のなかで唱えつつ、僕はゆっくりと自分の思考を口にし始める。


「まず、最初にお断りしておきます。

 僕には皆さんがどうやってフィッツ伯を罠にかけたのか、フィッツ伯をどんな窮地に追い込んだのかは、分かりません。そして僕がそれらを想像することにも、大した意味はないと考えます。

 大事なのは、シュネーさんがそれを望んだ(・・・・・・)こと、そしてそのための脚本を書いた(・・・・・・)ことです」


 嬉しそうにソーニャ嬢が笑い、「正解」と呟く。


「では、前提の確認から。

 フィッツ伯とフント・デス・モナーツは、深刻な敵対関係にありました。

 ただし、フィッツ伯はフント・デス・モナーツという存在を“フント・デス・モナーツ”という名前では、知らなかった。ええと、確か、内務省外事8課特別工作班、が正式名称ですよね?

 上の店の屋号が“フント・デス・モナーツ”である以上、皆さんが自分たちのことをおおっぴらに“フント・デス・モナーツ”と名乗るとは思えません。

 実際、フィッツ伯は皆さんのことを『8課の魔女』と呼んでいましたから、伯は最後まで正式名称しか把握していなかったと思われます」


 シュネー嬢が頷く。


「フィッツ伯は、僕が理解している範囲で言えば、ブレンターノを使って帝国警察局を腐敗させようとしていました。

 潜入捜査員に対する密告を横行させ、潜入捜査を著しく困難なものにしようとしていたというのは、フント・デス・モナーツに対する攻撃のようにも思えます。フント・デス・モナーツがやっているのは、いろいろ特殊ですが、総論として言えば潜入捜査ですので」


 ソーニャ嬢がクツクツと笑いながら、タバコをふかした。


「フィッツ伯とフント・デス・モナーツの関係は、ある段階でターニングポイントを迎えました。

 ある段階とは、つまり、僕の大失言です。

 フィッツ伯はおそらく、“内務省外事8課特別工作班”のアジトをつきとめる、あるいは警察局における“内務省外事8課特別工作班”の協力者であるクラマー中佐を暗殺する、大きなチャンスが到来したと、判断しました」


 また思い出し怒りをしはじめたのか、シュネー嬢がご機嫌斜めだ。


「でも、フィッツ伯は相当悩んだと思います。

 だって僕の大失言は、彼にとってあまりにも都合が良すぎる。

 僕がフィッツ伯なら、これは罠じゃないかと疑ったと思います。

 あるいは、こんな見え見えの罠にかかる俺じゃない、みたいに怒ったかも」


 ソーニャ嬢はウンウンと頷きながら、新たなタバコに火をつけた。


「悩みに悩んだフィッツ伯は、それでも、勝負に出た。

 こんな千載一遇のチャンスを、逸することはできない。

 もしこれが罠であるならば、食い破ればよい。

 “最後の騎兵隊長”らしい、勇猛果敢な判断だと思います」


 でもここで、シュネー嬢から「弱いな」と、ダメだしが出た。

 フィッツ伯が行動を起こす根拠として、薄弱だということか。

 普段なら「そんなことはない」と抗弁するところだが、シュネー嬢のあの声で「弱い」とまで断言されると、そんな気力は消し飛ぶ。

 僕は少し考えて、あの夜(・・・)にフィッツ伯が口走った罵倒を思い出し、すぐに「強い答え」にたどり着く。


「もう1つ、フィッツ伯が勝負に出た理由があります。

 フィッツ伯は、古いタイプの軍人です。

 帝国軍人たるもの、皇帝に忠誠、父祖に崇敬、弱者に庇護、戦友に信頼――これがレインラント帝国軍の、4つの掟。この掟は、フィッツ伯にとって絶対的なものだったと考えられます。

 この観点に立つと、帝国軍少尉たる僕は、『父祖に崇敬』を絶対の掟として行動するはずです。

 つまり、僕が養父を生け贄にするような、卑劣極まる罠を張るはずがない。

 よってこれは、あのボンクラ少尉のミスであって、罠ではない。

 この確信が、彼に最後の決断を成さしめました。

 そしてそう判断したから、進退窮まったフィッツ伯は、人生最後の戦いとして、卑劣な罠を張った少尉(・・・・・・・・・・)に報復することにした」


 フードの奥で、シュネー嬢の口元が少しだけ緩む。

 どうやら僕は、シュネー嬢が求める正解にも到達できたようだ。


 僕はひとつ深呼吸をして、推測をもう一歩先に進める。


「ここから先はまったく根拠のない、ただの憶測ですが、シュネーさんは僕の愚行に怒り狂ったけれど、実は同時に、『この状況はもしかしたら化ける(・・・)かもしれない』とも思ったのでは?

 もともと今回の脚本は、内通者をあぶり出し、誘い込む作戦です。

 そこに僕がとんでもない大穴を空けた結果、『大きな穴に相応しい、もっと大きな獲物』が誘い込まれてくる可能性も生まれた。

 ――そういう読みがあったから、シュネーさんはフィッツ伯を釣り上げる(・・・・・)ための脚本を新たに書いた。そうではありませんか?」


 それを聞いて、ソーニャ嬢が大声で笑った。


「そういう博打を、シュネーは打たないよ。

 シュネーは、君の失言に乗じてフィッツ伯が攻勢に出ると確信し、それをどう防ぐかを考えようとした」


 シュネー嬢が、小さく頷く。


「でも、際立った才覚と嗅覚を備えたフィッツ伯が勝利(ばくち)を意識した今であれば、冷徹な計算と勇猛な勝負勘を総動員する大勝負のテーブルに座ることを強要し(・・・・・・・・)、それゆえに引きどきを見失わせ、袋小路へと誘い込める。それだけじゃあない。マーショヴァー家を動かすことなしに伯爵位を持った犯罪者の首を獲るには、このチャンスに賭けるしかない。

 そう主張して動いたのは、ボクだ。

 だからボクは、密告者を誘引し捕獲する作戦を、最後まで遂行した。

 そしてシュネーは、フィッツ伯を罠にかける脚本を一息で書き上げた。

 ボクらは手分けして、二兎を追うことにしたのさ」


 そういう、ことか。

 前線でのオペレーションをソーニャ嬢に任せたシュネー嬢は、フィッツ伯を政治的な死地に導く、新たな脚本を作りあげた。

 逆に言えばソーニャ嬢は、シュネー嬢が新たな脚本を作るだけの余力を、確保してみせたのだ。


 まったく。

 どれほどの修羅場と愛憎劇を乗り越えれば、これほどまでに深い信頼と、これほどまでに苛烈な競争意識が、二人を結びつけるのだろう?


 僕はただ、そんな二人を見て、感嘆のため息をつくしかない。


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