Das Wunderkind Is Still Under Studying(4-4)
「ただねえ、ボクらがクラマー中佐を得て、今回の作戦を開始できた段階で、ボクらはだいぶ後手に回ってたんだ。
はっきり言えばね、ブレンターノを殺すだけなら、それこそアインが殴り込めば、彼の用心棒だの取り巻きだのお気に入りの娼婦だの、そういうのごとまとめて皆殺しにできる。
でもそれじゃあ、もうダメだったんだ」
ソーニャ嬢の言葉に、シュネー嬢が深々と頷く。
そんなシュネー嬢にちらりと視線を送ってから、ソーニャ嬢はさらに言葉を重ねていく。
「“ブレンターノ”っていう毒は、警察局内部に染み渡ろとしてた。
フィッツ伯が“狙うべき”警察局員に目星をつけて、クルスカ・ファミリーがターゲットとなった警察局員を堕とす。
ギャンブル、女、酒、手段はなんだっていい。クルスカ・ファミリーみたいな大手犯罪組織が、総力を傾けるんだ。どんなに誠実で遵法精神に溢れた局員でも、普通はイチコロだよ。あっという間に、借金ダルマの完成だ」
それは、分かる。僕だって、クルスカ・ファミリーに総力を傾けられたら、彼らと悪魔の契約を結ぶ可能性はある。浅ましい話だが僕にはお金がとっても必要で、そこを全力で突かれたら、たぶん僕は堕ちる。
「そうやって堕とした局員に、クルスカ・ファミリーは――正確にはクルスカ・ファミリーの若い衆が――ブレンターノに対する密告を要求する。『俺はブレンターノがあんたら側の人間じゃないかって疑ってる。だが奴はボス・クルスカのお気に入りだ。ヤツを追い出すためには、動かぬ証拠がいるんだよ』ってね。
これを何度も繰り返すと、ターゲットにされた局員はだんだん、密告に対する罪悪感がなくなっていく。だって自分がどんなに密告しても、ブレンターノがマフィアに処刑されたりしないじゃない?
そして、しまいに彼らは正常な判断力を失って、自分に都合の良い解釈を選ぶようになる。『やっぱり無学なマフィアどもは馬鹿だ。ブレンターノが俺の情報程度でヘマを踏むものか。むしろ俺がマフィアどもを金づるにしてやる』」
これもまた、よく分かる。
暴力という渦巻きに飲み込まれて撹拌されている人間が、正常な判断力を保ち続けるのは不可能だ。そして、暴力の渦に呑まれているうちに、暴力を振るう側のロジックこそ正当で合理的なのではないかと誤認してしまうこともまた、ごく普通に起こる。
人間は習慣に支配される生物であり、そして、その習慣は、悪意をもって無理やり押し付けることができるのだ。
「ここで計画は、次の段階に入る。
そうやって密告慣れした局員に、ブレンターノ以外の捜査官の情報を要求するのさ。
ブレンターノは優秀な潜入捜査官だけど、潜入捜査官の安全管理ルールとして、他の潜入捜査官の情報は得られない。でないと、いざってときに芋づる式でカバーが割れるからね。
でも潜入捜査官をサポートしてる局員となれば、話は別だ。
かくしてクルスカ・ファミリーは潜入捜査官たちの情報を次々に確保して、必要に応じて捜査の目をごまかしたり、あるいは捜査官を脅迫したり、場合によっては殺したりする」
ソーニャ嬢の指し示す未来予想図は、僕にとっても寒気のする絵図だ。潜入捜査が成り立たなくなるということもさることながら、警察局員のモラルがここまで蝕まれたら、もはや自浄作用が機能するかどうかも定かではない。
「――と、まあ、このステップが始まる、その最初の数歩みたいなところで、ボクらの作戦はスタートした。
タイミングとしては、ギリギリだね。もうちょっと遅れてたら、ベアトリーセがマーショヴァー卿として豪腕をぶん回さないと、どうにもならないところだった。
でもそうなったら、貴族様まで含めて、随分たくさん死んだだろうね。巻き添えで死ぬ無実の人も、決して少なくなかったろう」
ベアトリーセが、マーショヴァー卿として、動く。
僕はその意味を理解して、息を呑んだ。マーショヴァー家は、帝国の治安維持において代々大きな功績を残してきた重鎮だ。そのマーショヴァー家が動くということは即ち、皇帝陛下の名の下で粛清の大鎌が振るわれるということだ。
そして同時に僕は、マーショヴァー卿がなぜ自らフント・デス・モナーツとして危険な――危険すぎる現場に出向いているのかも、理解した。卿がマーショヴァー家として正義を執行しようとすると、必然的に大量の血が流れる。そこには無辜の血もまた、含まれざるを得ない。心優しきマーショヴァー卿はそれを厭って、自らコンパクトに悪を刈り取る道を選ばれたのだ。
それを分かっているから、フント・デス・モナーツの仲間たちは、不敬を承知で卿のことをベアトリーセと呼ぶ。卿が家名を使わず、己の命を直接危険に晒す。その心意気を、彼女たちはさりげなく、そして真摯に、リスペクトしているのだ。
ならば僕も頑張って、卿のことをお名前で呼ぶようにしよう。ベアトリーセ様、あたりで。
「話の前提は、こんなものさ。
連中は、敵ながらなかなかに見事な絵図を描いていた。
だがここから先は、真にエレガントな、シュネー劇場の始まりだ。
シュネーはね、この計画を一撃で吹き飛ばす、それはもうシンプルで綺麗な脚本を仕立てたのさ」




