Das Wunderkind Is Still Under Studying(2-4)
外事3課との合同捜査会議を終え、内事2課での捜査会議を終えた段階で、帝都はすっかり夕暮れ時だった。捜査は初動が命だと散々習ってきたのに、結局まる1日を会議で潰してしまったことになる。
朝食も昼食も抜きで会議室に缶詰になっていた僕は、日暮れの鐘を聞きながら、ようやく本日最初の食事にありつけた。内事課の食堂で食べるスープ(僕はこれをシチューと呼ぶことを断固として拒絶する)は実に侘びしさを募らせるが、このまま何も食べずに捜査を続けたら倒れるだけだ。
そうやって必死でスープをかきこんでいる僕は、自分の身に何が起こっているのかを、まだ正しく理解できていなかった。
さて、下品な話で恐縮だが、人間食事をすれば、必然的に催す欲求がある。尿意とか便意とか、その類の欲求だ。
夕食を食べ終えた僕はこの自然の摂理に抗えず、2階のトイレに向かった。食堂のトイレは混雑気味で、あまりのんびりできないと思ったからだ。この判断が、大間違いだった。
小用を済ませた僕は、さて手を洗って捜査本部に……とか、漠然と考えていた。が、そこで突如、背後からズタ袋のようなものを頭に被せられた。しまったと思うまもなく、ぶん殴られる。まったくの不意打ちに対応もできず、僕は床にすっ転ぶ。そのまま床を引きずられ、個室に連れ込まれるのが分かった。まずい。これはかなり、まずい。ヘタするとこのまま殺される。
だが僕にズタ袋をかぶせた男たち(たぶん複数)は、パニックを起こしつつある僕に耳元でそっと囁いた。
「安心しろ、殺しはしねえ。だが素直に教えるんだ。
〈魔弾の射手〉は、3日後の取り引きをどうするつもりだ?
内事2課副課長のあんたと〈魔弾の射手〉が話をして、そのネタがまったく出なかったなんて言わせねえぞ」
苦痛で朦朧とする頭のなかで、ようやく僕は〈魔弾の射手〉が僕に示した提案の真意を悟った。
まさに、この名も知らぬ内事課局員(おそらくは汚職に手を染めている)が言うとおりだ。
内事2課の副課長である僕と、〈魔弾の射手〉が、夜の酒場で会見を持った。何を話したかは誰も知らないが、会見があったことはその筋の人間なら皆知っている(少なくとも内事2課と外事3課の局員は全員知っている)。
そしてこの「謎の密談」では、常識的に考えて、ブレンターノ大尉殺害事件や、クラマー中佐誘拐事件、あるいはブレンターノ大尉の死体から消えた2000万ターラー相当の麻薬の行方、さもなくば3日後に行われるという大規模な麻薬取引に関して、何らかの意見交換が行われたはずだ――というか、このあたりの事件と金銭的なつながりを持つ人間なら、そう考えたくなる。
かくして疑念と疑心の培地と化した僕は、これらの事件に賭けている金額が高すぎるプレイヤー(具体的に言えば、消えた麻薬に関わりすぎている人物だとか)にしてみれば、「多少のリスクを負ってでも真実を吐かせるべきターゲット」となる。彼らの思考をシミュレートすれば、こうなるだろう――「このままじゃ俺は破滅だ。だがあの坊主をぶん殴って情報を吐かせりゃ、一発逆転の目がある」。
だが、悲しいかな僕は彼らが求める情報を、何一つ持っていない。
いや、おそらく意図的に、〈魔弾の射手〉は僕に何の情報も渡さなかった。
ああ、そうだ。まったく。
彼女は言ったじゃないか。「君と君の家族の安全のために、ボクの手下になれ」と。すっかり「君の家族」にばかり目をやっていたが、それと同じくらいに「君」も、危険と悪意に晒されていたのだ。
セベッソン大尉の言うとおりだ。〈魔弾の射手〉が語る言葉に、無駄なんてない。彼女が示すすべてのパーツは、なんらか合理的に収まるべき場所を有するのだ。そしてそれに気づかないと――
腹部に重たい衝撃が走った。
胃に収めたばかりのスープが、胃酸と一緒に口から逆流する。
うめき声をあげる暇もなく、もう一撃。
僕の喉はもう、ゴボゴボと無様な音を立てる器官でしかない。
その後も執拗に殴打は続き、やがて僕は意識を失った。




