第一話 アクマサマ
窓ガラスが盛大に割れる音が響く。
その次に続き、カツカツと少しずつ、だが確実にこちらに向かっている足音。
笑い声と無機質に響く足音。
その音を聞き続ける少女は、もうすぐそこに近付きつつある足音と嘲笑を聞いても、無表情のまま動かない。
そして、
「オレ様は…」
「窓の、弁償代」
ドアを開け放ち、獰猛な笑みを浮かべ自己紹介を始めようしていた男の言葉を遮り、一千万と書かれた紙を差し出す少女。
「………あ?」
「窓の、弁償代」
先程と全く同じトーンで、同じ台詞を繰り返す少女。
いつの間にか電気が付けられており、二人の容姿がはっきりと分かる様になった。
黒髪のロングストレートに、藤色の無気力そうなタレ目。
背は150㎝丁度くらいで、だるだるのセーターに、だるだるの短パン。
セーターには、少女と同じ様に無気力そうな猫のイラストが描いてある。
一方自己紹介を遮られたおかげで、少女の家に堂々過ぎる無断侵入をした正体不明の男、という肩書きのままの男は、無造作に肩の辺りまで伸ばした赤い髪に、金色の瞳。
背は大体175〜180㎝程。
服装は首回りにファーの付いた黒いコート、ベルトには重そうな金具が付いている。
首にはチョーカーの様な物を付けており、全体的に黒く、パンクな衣装だ。
怪し過ぎる男だが、それを除けば美形だ。
「テメェ、ふざけてんのか?何様のつもりだ、このオレ様の言葉を遮るなんて」
「それより、窓の弁償代、はい」
男の言葉に聞く耳を持たず、先程の一千万と書かれた紙を、再び男に差し出す少女。
「んだよコレ、窓とか今の状況で関係ねェだろ、つーか、どう考えてもぼり過ぎだろ」
「とても関係ある、窓割れてる、寒い、眠れない」
その言葉を表す様に、少女はブルブルと震えだす。
今は冬。真冬だった。
「凍死、する」
ガクブル、ガクブル
「あー!うっせェな!まずは名乗らせろ!」
少し躊躇いを見せた男だったが、すぐに元の粗野な態度に戻り、自己紹介を始めるべく咳払いをし、
「オレ様は悪魔だ、テメェの魂をもらいに来た、覚悟しやがれ」
「アクマさん、窓直して」
「悪魔は名前じゃねェーよ!種族だ種族!わかってンのかガキ!」
「痛々しい設定なのはわかった」
「設定じゃねェ!事実だクソガキ!」
冷静な少女と打って変わって、自らを悪魔だと言い張る男はご立腹だ。
「なら、人間とは違う?」
「当たり前だろ、オレ様を貧弱なテメーらと一緒にすんな」
自信満々に言い切る男。少女は暫し沈黙し、
「じゃあ、窓、アクマの力で、直せる?」
「当たり前だろ、ンな事、朝飯前だ」
簡単に乗せられる悪魔だな、と少女は思った。
いざ窓ガラスの割れた場所に来てみると、そこは予想以上の寒さだった。
「雪、入ってる…これも掃除して、全知全能のアクマサマ」
「全知全能!まさにオレ様にピッタリの言葉じゃねェか!任せとけ!」
ちょろい悪魔だな、と少女は思った。
「じゃあ、いくぞ、少し下がってろ」
言われた通りに下がる。
男は何事かを呟く。
すると、男の立つ床に赤い陣の様なものが出来上がる。
更に、周囲が一瞬光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、窓ガラスも雪塗れになった床も元通りに、綺麗になっていた。
「はぁッ…は…終わっ、たぞ」
ぜひゅーぜひゅーと、今にも倒れそうな程息も絶え絶えだが、素晴らしいドヤ顔で期待気にこちらを見てくるアクマサマ。
「凄い、まさに全知全能、魔王になれる」
「は…ぜぇぜぇ…ハハ、当たり前、だろ」
少女は思った。
本当に悪魔だったんだなぁ、と。
赤い陣みたいなものが出てきた時は、凝った演出だなぁ、くらいにしか思わなかったが、窓ガラスも雪塗れの床も、元通りの綺麗な状態に戻されたのだから、信じるしかないだろう。
人間には出来ない事だ。
つまり、この男は本当に悪魔。
「…」
だったら、確かに窓ガラスとか言ってる場合じゃないな、と少女は考えた。
男はまだ激しい息切れをしている。
「…」
ゼヒューゼヒュー
逃げよう。少女がそう決断した時だった。
バタ
悪魔はとうとう倒れた。
まさか本当に倒れるとは思っていなかった少女は、逃げる体勢のまま固まる。
別にこのまま逃げても構わないか、相手は悪魔らしいし、死にはしないだろう。
だが、
「…はぁッ、は…ッ……」
「…」
本気で苦しそうな見た目は人間の悪魔を、放置するのは、少し躊躇いがあるので、
「引きずって行こう」
結局なんとかする事にしたのだった。
***
「…ッ、…ここは…」
「気が付いた?」
「!?」
いきなり目の前に少女の顔が現れたからか、驚いた悪魔の男は、そのまま横に転がってベッドから落ち、バックステップする。
「そんなにおどろ…」
「驚いてねェ!!」
フシャーッと猫の様に威嚇する悪魔の男。
しばらく考え事をする様に、少女の顔を見つめていたが、
「テメェ、何で逃げなかった?」
「?逃げるって?」
少女を睨みつけたまま、悪魔の男は続ける。
「すっとぼけてんじゃねェーよ、オレ様が息切れてる時、逃げようとしてただろーが」
「うん」
全く否定しない少女に、悪魔の男は怒りを忘れ呆気に取られた表情をしてしまう。
「じゃあ、何でまだここにいるんだよ…」
悪魔の男はほんの一瞬、寂し気な表情をした様に思えたが、
「!」
ドサッ
不意に少女を床に押し倒し、悪魔の男が少女の上に跨る。
「そんなンじゃあ、喰われても文句言えねェよなぁ?」
そのまま悪魔の男は、少女の首に手をかけようとしたが、
「苦しそうだったから」
「…あぁ?」
「まるで人間みたいな苦しみ方するから、放っておけなかった」
その少女の言葉に、悪魔の男の手が震える。
「それに、窓ガラス、直してくれた」
「オレ様が割ったモンだしな」
「うん」
「…オレ様が苦しそうだったから、助けた?ハッ、だったらテメーはただの偽善者だな、どうせオレ様がこうして、いざ魂を奪おうとすれば、テメーはバケモンだなんだと騒ぎ立てンだろ」
悪魔の男は続ける。
「助けなければよかったって、いう…」
「言ってないよ」
少女は最初と同じ様に、悪魔の男の言葉を遮って喋り始める。
「言ってもないし、思ってもないよ」
「助けたのは私の意志だから、そうした事によって自分が危ない目に遭ったとしても、私はあなたを責めないよ」
「助けてって頼まれた訳でもないのに、勝手に助けて、自分の立場が危なくなったら責める、そういうの、嫌いだから」
今までにないくらい饒舌になった少女に、悪魔の男はまた呆気に取られる。
そして、
「オマエ、馬鹿だな」
むにっ
「いひゃい」
少女の頬を止めていた手で抓った。
「でもまー、嫌いじゃねェよ」
そう言って、悪魔の男は照れた様に笑った。
「だが、テメーを見逃したワケじゃねェぜ」
「うん」
「だからよぉ…、そこで素直に頷かれるとコッチが調子狂うンだよなァ、まぁいい」
悪魔の男は赤い髪をガシガシ掻き、言葉を続ける。
「だが、オレ様はテメーが気に入った、そこで選ばせてやる権利をやる」
「?」
「オレ様に魂を喰われるか」
心なしか赤い顔で、悪魔の男は続ける。
「オレ様と、と、トモダチになるか、だ!」
少し噛んだが、何とか言えた様な悪魔の男。
「…」
「…」
「…」
「おい!何とか言いやがれ!喰うぞ!」
初めは赤い顔ながもドヤ顔で待ち構えていた悪魔の男だったが、少女の無表情無反応に堪えきれなくなったのか、更に顔を赤くさせ声を上げた。
「はっ、…ごめん」
「まさか、寝てたとか言うンじゃねェだろーな?」
さすがにそれはない、と少女は否定する。
「思いの外可愛い要求で驚いていた」
「かっ!?可愛い!?馬鹿にしてッ!」
ズイ、と少女は悪魔の男の言葉を無視して、顔を近付け、
「いいよ、友達、なろう」
と、言った。
「え…」
「じゃあ、自己紹介…どうしたの?」
急に静かになった悪魔の男に、少女は心配気に顔を覗き込む。
泣いていた。
「泣くほど、嬉しかったの?」
「ッ!泣いてねェーよ!」
黒いコートの袖で目元をゴシゴシと拭う。
一息をつき、元の自信満々な顔に戻ると、
「なら、まずは自己紹介だな」
「オレ様は悪魔の、ウィルだ」
「私はルナ」
こうして、悪魔と少女は出会った。
「あ、ちなみにオレ様、行くとこねェから、ここに住むからな!」
「え」
更に共同生活も始まった。




