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第五話

この作品は、今現在は他で活躍しています「沙月涼音」先生との二元小説になっています。拙い私とコラボして頂いておりますので、是非、そちらもチェックして頂きたく思います。

アドレスは「http://suzubooks.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post_1401.html」です。


 今すぐにでも穴蔵に飛び込みたいのを一樹は必死に堪えた。

 ただでさえ出所も定かでない地図に導かれて辿り着いたのである。訳の分からない手掛かりはあるものの、それが意味することも五里霧中である。

 今一度、一樹は高床式の社を振り返り、中を確かめてみることにした。

 胸まである高床は、日焼けの黒色を浮かべて上のお堂を支えていた。一切の色を塗られていない木作りのお堂が、地肌もそのままに年月を経て無事で居られるのは不可思議だが、近くに寄ってみると原因は歴然としていた。黒く日焼けしたように見えていたのは、細かい苔のようなものだ。点在しているので日焼けに一樹が間違えたのも無理は無い。

 扉に触れてみると、ぬるっとした湿り気が嫌な感覚を引き出した。一気に引き開ける。木で出来た蝶番が僅かに軋む音を出したが、これといった変化はなかった。

 中を覗き込んだが、夕日に背を向けたお堂の中は、暗黒に近い景色だった。

 背負ったリュックから懐中電灯を取り出し、電池を詰めて点灯した。円形に切り取られた内部が、黄色い松脂の板を映し出した。どうやら内部は防腐処理をしてあるようだ。

 だが、それだけだった。内部には何もない。天上も凝らして見てみたが、紙切れ一枚すら存在しない。

 フェイクなのかと諦めかけた足元で、何かの線らしきものが視界を捉えた。急いで入り口の縁まで後退して懐中電灯を下に向けた。

 確かに線だ。いや、何かの絵のようだ。複雑に絡み合っているように見えるのは、どうやら複数の絵が重なっているようにも思える。 

 細部を見て判断するまでも無かった。それ以外の手掛かりらしいものが何も無いことを確かめて、一樹は高床を飛び降りた。

 リュックのポケットに押し込んでおいた四枚の紙切れを取り出して、正確に角を合わせて重ね、既に沈みかけた夕日に向かってそれをかざしてみた。

 赤い夕日に透かされた絵は、不可思議な曲線を重ね合わせ、幾つかの帯を浮かび上がらせた。それは、通路のように見える。幾つかは途中で行き止まり、幾つかは入り組みながら確実に奥へと伸びている。その途中に漢数字の文字が見える。手前から壱となり四まで至る。

 間違いない。これが地下へと伸びる入り口からの地図に相違ない。

 一樹は、重ねた紙を畳み、胸ポケットに仕舞い込むと、改めて穴蔵を覗き込んだ。



 ここまできて躊躇することは無かった。

 一気に飛び込むことに遠慮はなかったが、如何せん、急角度の勾配は公園の滑り台のごとく急角度だ。

 ロープの存在が失念していたことに一樹はようやく気付いた。

 しかし、ここで戻っていては時間を浪費するばかりだ。

「ええい、ままよ」

 掛け声は自分に向けたものだったろうか。足から穴へと滑り込んだ。

 落ち込む感覚は数メートルだったろうか。勾配はすぐに緩やかな斜面へと変わり、重力に任しておいてもそれほどのスピードになることはなく、長距離の滑り台のようだ。

「こいつはいいや」

 手にした懐中電灯をかざして、行く先を見据える余裕さえ出てきた。

 落ちるほどに穴の直径は広くなり、今や三メートル以上はあるであろう洞穴へと変わっていた。

 行く先を照らす円形の明かりが変化を捉えたのは、そんな時だった。足元から白い靄のようなものが見えたかと思うと、突然に視界が白色の霧に包まれた。感触もある。まるで重い水の中を落ちていくような感覚だ。時間さえも遅滞したかのような感覚が一樹の中に生まれたのと同時に、それは起こった。

 起こったという表現は、的確ではなかったろうか? しかし、一樹の感覚では、正に『起こった』に違いなかったのだ。

 白煙の中で青白い光点が二つ、まるで瞳を開くかのように光ったのである。それは、靄立った彼方であったかのようだが、手を伸ばせば届きそうなほど近くにも思える。と、共に訪れたのは、吐き気を覚えるような異様な臭気であった。

 思わず片手を口と鼻を塞ぐために持ち上げた。拍子に持っていた懐中電灯がこぼれ、なだらかになった坂道を転がり落ちていく。白色の視界が、一気に暗闇に落ちた。

 それでも青白い光点は、動かずにそこに留まっていた。いや、正確には一樹は今も坂道を滑って落ちている。青白い光点は、一樹を追いかけるように移動しているのだ。

 暗闇に落ちた一樹には、僅かな光といえど、今は救いの種だ。青白い光点に向かって片手を伸ばし、その正体を確かめようとした。

 ずるっと軟体動物でも触れたような感触が指先を捕らえた。意外に近くに存在していたらしい。だが、次の瞬間、それは戦慄へと変わった。

 ぬるっとした感触から、何かがこそげ落ちる感触に変わったそれは、一樹の顔の上にしたたかに液体を撒き散らし、一層強い臭気を放った。

 形容などすることが出来ない。一樹には、そんな強烈な臭いを発するものに、未だかつて出合ったことがないのだ。いや、現代を生きる人間に、この臭気に出会う機会など滅多にあろうはずはない。それは、肉の腐った臭いに他ならなっかた。今まで生きていたものが死を迎え、埋葬もされず捨て置かれると、身体の内臓から腐り始める。そこにガスが溜まり、やがて表面の肉が腐り始めると、異様な臭気を放つメタンガスを周囲に振りまき始めるのだ。

 一樹は、振り払うように伸ばした手を薙ぎ払うと、転がるように坂道を下った。一瞬、青白い光が笑うように細められたのを眼の端で捕らえたが、気にしていられるような心境ではない。顔や手に付いたものが放つ臭気に気が遠くなりそうなのを必死に堪えて、先の見えない地下への道を急いだ。


 数分だったのか数秒だったのかは分からないが、一樹は坂の終点に辿り着いたようだった。その証拠に懐中電灯が光の帯を暗闇に伸ばし、地面に転がっていた。拾い上げて自分の姿を確認した。

 右手二の腕あたりから胸に掛けて、茶色と黄色い色の液体が染み付いていた。僅かながら臭いは薄らいだようだが、吐き気を覚えるのは変わらなかった。腹部辺りに茶色い塊が付着していた。指先で掬い上げると、ゼリーのようにとろけて滴った。

『腐った肉だ…』

 一樹の中に異様な寒気が生じていた。脳裏にあの巻物の男が浮かんだのだ。

 腐肉に汚汁を滴らせていても生きる光を両目に爛々と光らせた異常な絵巻物は、今の一樹が体感した現実ではなかったろうか。

『馬鹿な考えだ』

 自分の考えを一樹は一蹴してあざ笑った。きっと、動物の死体にでも触れたのだろう。そう思うことで、精神の安定を図ったと言っても良いかも知れない。

 しかし、服や身体に付いた臭いまではどうにもならず、込み上げる吐き気を堪えながら、一樹は気を取り直して周囲を光の中に照らし出した。

 幾つかの通路が見えるが、その先までは見渡せない。正確には三方向に向かっているようだが、手前の二本はすぐに枝分かれしていて都合六方向になっている。

 胸ポケットから重ねた絵を取り出して、裏から光を当てて透かし見た。どうやら、手前の枝分かれした一本が本命の通路のようだ。

 迷いも無く歩き出した一樹だったが、違和感は残っていた。

 通路の壁が、土の肌をむき出しているのだった。天上までは三メートル弱、同様に土である。人工的に掘られたものであるなら落盤や崩壊防止に石や木で囲っているものではなかろうか? 現に入り口は石組みで囲われ、人工的な臭いがしていたのだが。

 不信な感覚は拭い去れないまま、一樹は先を急いだ。ここまで来てしまえば、後は地下を進み、目的の場所にまでは、それほどの時間は要しないだろう。先程の青白い眼にも似た光点は気がかりだったが、今はそれを気にしても仕方あるまい。

 一樹は、今一度降りてきた通路に光を向けたが、白い靄どころか、地上の光すら確認出来なかった。

 大きく深呼吸をひとつして歩き出した。湿気った空気にかび臭いものが混じっていたが、身体に付いた臭いほどではなかった。

 通路が枝分かれするたびに地図を確かめながら進み始めて数分、自分の進んでいる歩数と枝分かれまでの地点を参考に距離を割り出し、どうやらあと五百メートルほどではないだろうかと算段した時に、違和感が一樹を捕らえた。

 湿気のある地下の空気に自分に付いた腐肉の臭いも薄れてきたかのように思えたのだが、なんだかその臭いが急にぶり返してきたかのように思えるのだ。胃から込み上げてくる吐き気も自然と強くなる。

『おかしいな? また、迷い込んだ動物の死体でもあるんだろうか?』

 とにかく臭いを防がねば嘔吐してしまうのは時間の問題のような感じがして、一樹は左腕で口と鼻を塞いだ。

 不意に怖気が背筋を走って振り向いた。自然と懐中電灯の光もそちらを向く。だが、暗い通路を照らし出す明かりには何者をも写さなかった。

『気のせいか…』

 そう思って光を下げた時に、何かが一樹の視界の端に引っかかった。もう一度、光を向けた。しかし、何者も確認できなかった。

『馬鹿げてる』

 何度目かの呟きだった。

 目的地は眼の前だ。瑣末なことに囚われている場合じゃないだろうと自分を叱咤しながら、もう一度地図を確かめて歩を進めてみた。左手は外せなかった。異常なほどに臭いは強くなっている。

 もうすぐ最後の枝道が現れて、そこを過ぎれば目的地までは一本のはず。間違うはずなどない。

 微かな物音がしたのは、そんなときだったろうか?

 か細い悲鳴のような、遠くで猫がなくような音。いや、声か。

 一樹は、初めて懐中電灯を向けずに振り向いてみた。







                         つづく



 

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