第四話
この作品は、今現在は他で活躍しています「沙月涼音」先生との二元小説になっています。拙い私とコラボして頂いておりますので、是非、そちらもチェックして頂きたく思います。
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結果的には、目的とする大きな印に行き着くのに、遠回りをしたことになる。
一樹の家からなら、さほどの時間を要せずとも印の場所に行き着いたが、小さな印を回ったために夕方近い時刻になっていた。
山とは到底言い難い小高い丘にに近い山林は、笹やシダ、ヨモギやアカザなどの下草に覆われ地面など見えない。それに遠き昔に植林されたのであろう杉や松が上空えと伸び、その幹に山葡萄やつる草が巻き付き、あたかもジャングルの様相である。
印の場所は、ここから反対側になる場所だ。この中を縦断して抜けて行ければ時間の短縮にはなるかもしれないが、それはサバイバル経験の無い一樹には無茶なことであった。
仕方無しに街道を伝って回り込むことにしたが、一旦は丘の麓を離れなければならない。時間のロスにげんなりしながらも、気力は衰えなかった。ここまで手掛かりのようなものを掴んで、引き返すなど愚か者だろうと心の中で一樹自身が答えていた。
街道を回りながら、一樹はこれほどまでに歩いた経験が自分には無いことに気が付いた。当然と言えば当然だろう。ほぼ、一日歩いている。それは、足の裏に痛烈に感じていた。痛みとかいうのでは無く、痺れたような感覚があるのだ。瑣末な毛細血管が圧迫され、血流が悪くなっていることで起こる現象だと冷静に判断したが、こんな感覚は、恐らく生まれて初めてだろう。
ふと、遠くの路地から親子連れの一団が出てきた。笑い合うわけでもなく、声を掛け合うわけでもなく、無言のままで歩いていく。こんなものだろうと、一樹は改めて思った。家族なんて始終顔を付き合わせる存在だ。話すこともそれほど豊富にあるわけもなく、普段など無言で暮らすものだ。自分もそうしてきたし、廻りとてそう大差はないはず。
親子連れの後を見送り、そんな考えに耽って居る時に、遥か向こうの路地から一組の男女が現れた。何か談笑をしているようだが、遠すぎてその会話までは聞こえないが、たまに笑い声が聞こえるということは、少なからず気まずい雰囲気ではないはずだ。
こちらまでクスリと笑いたくなったがかみ殺した。良い雰囲気のカップルに当てられて笑いがこぼれるなど一樹のプライドが許さない。
もう一度、カップルを忌々しく見たところで、一樹は自分の観察眼の未熟さを改めて感じた。
男の方は、確かに見覚えがある。クラスメイトと名乗った京平ではないか。相手の方は、見覚えがあるような気がするが、よく思い出せない。クラスメイトだったような気もする。名前はなんだったろう? 考えてみたが、それらしいものが浮かんでこなかった。
それよりも一樹には、京平の存在に眼が離せなかった。
楽しそうに笑う声や、時折見せる照れ笑いのような仕草に、自分との会話の時には見せなかった京平の姿があって、不思議と腹立たしくなった。とは言え、冷静に分析すれば、自分がそんなことに苛立ちを覚える必要性などあるはずもない。馬鹿馬鹿しい考えだと打ち消した。
ただ、京平の姿が見える道を歩くのは、何だか不愉快に感じて、一樹は横の路地へと入って行った。
妙にイライラした気持ちを持て余しながら、一樹は後悔を余儀なくされた。横道にそれた事で、結局目的地までを遠回りすることになった。
イライラが益々増長したようで、軽く早足になるのを感じながらも、自分の中の感情を分析しようと勤めたが、何故か思わしくない方向に向かいそうで思考を諦めた。
そんなことよりも、見つけた手掛かりと父が隠し持っていた地図との因果関係を追及することの方が肝心だと無理やりに思考を切り替えることにした。
歩みを止めることなく考えを纏めることは、意外と苦労すると感じた。自分の家の近所だとはいえ、普段はまったく通ることの無い道である。角を一つ間違えば、不意に突き当たりなんてことも住宅地には珍しくない。
手掛かりの四枚の絵と数字、それに巻物を入れれば都合五点のヒントを手に入れたことになるのだが、一樹にはそれらが意味するものが、まったく解らなかった。数字の書かれた絵は、恐らくは順番を示していることは間違いないだろう。トレジャーハンターなどの映画では、その順番が罠を避けるヒントになっていたりもする。それに近いものであることも、あながち間違いでもあるまい。
だが、最後の巻物だけは意味不明だ。腐りかけていながらも、生への執着をみせる男の絵。
背中に背負ったリュックの中で、巻物の男が大きく息をしたかのように感じて、一樹は眼を閉じて大仰に一度頭を振った。映像を追い出せないまでも、馬鹿な錯覚くらいは追い払いたかった。
裏手の丘は、精々が直径百メートルほどだろうと考えていた一樹の予想は、大幅に遠回りをしたとは言えかなりの見当違いであったことが判明した。
自分の歩行スピードに時間を掛け合わせれば、その答えは容易に出る。ここまで来るのに三十分。歩行速度を四キロと見積もっても二キロを走破したことになる。その内、遠回り分を差し引いても、裏手の丘は直径三百メートルを優に超える。
自分の勘違いはさて置き、一樹は地図に示されたバツに丸を重ねた場所を探すことにした。印は、丘に少し入った場所に打たれているところを見ると、少なからず外からは見えない場所ではないかと推察できる。
しかし、当て推量で分け入るには、とても勇気の要る作業になりそうだ。笹薮は腰丈に伸び、この辺りは植林された木々も少ないのか、クヌギやコナラといった木も目立つ。背の低いのはカシワらしき葉を付けている。枝振りも相当なものだ。中に入り込めば、昼間というのに薄暗いことは間違いないだろうし、足元さえ笹薮で見えないとなれば、ちょっとした遭難にもなりかねない。歩き易い獣道でもないかと見渡してみたが、草を分けた後すら無かった。
考え無しに踏み込むことは出来ない。一樹は、もう一度地図を広げて、手掛かりが無いか探してみた。
相当に大雑把な地図ではあるが、概ね位置関係に間違いはない。それは、手掛かりと思える絵を手に入れたことでも明らかだ。とするならば、この大きな印も、そこに至るヒントがありそうなものだ。
一樹は、丘の外周をまわるように歩きながら、乱立する木々を注意深く見て歩いた。と、笹薮の中に、何か異物があるのが見えた。
手近かな枝を折って笹薮を薙ぎ払い、足場を確保するように分け入ってみれば、それは膝丈ほどの地蔵であった。一樹ですら眼を凝らしてようやく発見できたのだ。普通に歩いている人間からすれば、それは永久に発見されることなどないだろう。
「ここで誰か自殺でもしたか?」
自然と言葉に出ていた。枝振りの良い木々もそこここにある。首を吊るには、好条件とも言えるが、一樹には、それが不自然に感じられた。何となれば、その地蔵は麓の街を見下ろしているのではなく、丘の奥を向いているのだった。
「普通は、こんな風には置かないだろ」
ふふんと鼻を鳴らしたのは、これが手掛かりだと確信したからだ。地蔵が向く方向に、地図の記した場所がある。
一樹は、もう一本、枝を折り取ると、両手で笹薮を薙ぎ払い、地蔵が視線を向ける方向へと進み始めた。
その場所は、意外にすんなりと見つかった。
笹薮を進むこと十分ほど、背の高いブナやナラの木が目立つようになった。日の光も高い木々の枝に遮られ、地面までは微々たる光量なのか、笹が消え下草と呼べるものも数えるほどしか無くなった。
歩き易くなったと感じた時に、それは現れた。
高床式のお堂である。大きさは、それほどではない。巻物を手に入れた時と同じような規模だが、作りは四本の足に支えられ、胸丈ほどの高さに観音開きの扉がある。全て木作りで色など塗られていない。薄黒く変色しているのが、時代の判別を難しくしていた。
だが、それは一樹の発見の一部だ。一樹が本当に興味をそそられたのは、その後ろ、ぽっかりと口を開けた地面であった。
ここからでは判別し兼ねるが、どうやら地面に開いた穴であることは疑いない。それも地震や災害などで自然と出来たものとは到底思えないほどの円形だ。落ち葉で輪郭はぼやけてはいるが、人工的に開けられたものに違いない。
一樹は、躊躇無く穴の縁まで近寄ってみた。直径は二メートルほど。直角に落ち込むようなことはなく、急角度ではありそうだが、斜めに掘り込まれているようだ。試しに縁に手を掛けた。冷たい石の感触が伝わってきた。崩壊防止に石を組んで固めてある。
「辿り着いた。ここからが本番だ」
ぞくぞくとする背筋を鳥肌が追いかけるように全身を走り抜けた。
地図が示した場所は、ここまでしか無い。これからの未知の穴蔵に、一樹は言いようの無い高揚感を感じていた。




