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第三話

この作品は、今現在は他で活躍しています「沙月涼音」先生との二元小説になっています。拙い私とコラボして頂いておりますので、是非、そちらもチェックして頂きたく思います。

アドレスは「http://suzubooks.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post_1401.html」です。


 履きなれない登山靴は、一樹の歩行を少なからず遅滞させていた。硬い感じの靴底は、アスファルトの上で跳ね返り、ショックを吸収しきれずに身体へと返ってきた。

 それでも新品の靴であったなら靴擦れのなっていたことは間違いないないだろう。ぎこちない歩みでも、使い古された皮の感触は、意外なほど一樹の足に馴染んでいた。

 一樹の頭は、靴の心配が無くなった時点で、地図の印を思い出していた。

 大きな印は、確かに山の中を指していたが、小さい印は、街中にいくつか点在していた。それが何を意味するものかは判らないが、多少なりとも地図に打たれたものならば、無意味というのも考え難い。

 一樹は、歩きながら地図を取り出して、印の位置関係を確かめた。幾つかは、現在の街並みにも合致しているが、幾つかは見当もつかなかった。

 その大きな要因は、地図に描かれた川らしきものだ。一樹の住んでいる街には、現在は川が無い。小学生時代に、街の歴史とかいう授業で、この街にも以前は川が流れていたことぐらいは学んだことがある。しかし、それがどこにあったかという記憶は、一樹にはまったく無かった。

 予想は、ある程度可能だろうと一樹は結論づけた。

 自分の家と山林、古い寺院の位置関係で縮尺を計り、京平の家に見当を付け、そこから街の全体像を頭の中に作り上げた。そうなると川は、街を横断する形になっていたのだろうか。

 一樹は、とりあえず手近な印を目指して歩き出した。恐らくは四キロと離れていまい。


 普段なら道すがら、何かを探したり眺めたりすることなど無い一樹には、印が何を指しているのか判らない現状で道を歩く作業は、意外なほど新鮮であった。

 小さな路地や公園、坂道や古い立ち木などにも何らかの名前が付いていたのだ。普段、見過ごしていた物に、一樹は変な感慨を覚えていた。

 誰かが名前を付けたのだろうが、そのどれにも名付けた意味があるのだとしたら、そこには一体どんな想いがあったのだろうと考えるうちに、目的の印付近に着いた。

 それは、あっさりと見つかった。

 小さな祠のようである。古いようににも見えるが、それほど朽ちているようでもない。

 一樹は、膝を折って、それをマジマジと見た。観音に閉じられた扉に鍵などは無い。格子に切られた扉は、中身が見えそうだが、中は漆黒に塗られたものか、垣間見ることは出来なかった。

 そっと指を添えて扉を開いた。僅かに木の擦れ合う音が響いたが、難なく開いた。

 中を覗き込んだが、一樹の眼には何も映らなかった。確かに中は、黒い漆でも塗られているように真っ黒であった。手のひらほどの室内は、黒い空間で、狐の像やお地蔵様があることはなかった。しかし、うっすらと奥に何かが見えるようで、一樹は手を差し込んでみた。指先に紙の手触りがあった。どうやら奥の壁に張り付いているようだ。

 遠慮なしに引き剥がし、手元に引き寄せた。

 お札のような紙に、絵が描かれている。それは、何処で見たのだろうか。記憶の片隅に引っかかるような感触がある。

 絵は、動物のようだ。白い虎のようにも見えるが、果たしてそれを虎と呼んでいいものか、一樹には判らなかった。裏を見れば、漢数字で弐とある。

 どうやら手掛かりなのかも知れないと思い、一樹はお札のような紙をポケットに押し込んで、次なる印の場所を目指して歩き出した。


 同じような祠が三ヶ所ほど見つかった。一ヶ所目と同様に中身にはお札のような紙があるきりで、これといったものは入っていなかった。

 都合四枚のお札が手に入ったが、そのどれにも動物のような絵が描かれていて、裏には漢数字が書かれている。蛇とおぼしき絵の裏には壱。亀のような絵には参。最後の鳥のような絵には四とある。これで壱から四までの数字が揃ったことになる。

 地図を確かめてみると、どうやら小さな印は、あと一つのようだ。

 元は川であっただろう場所の中腹付近に、それは打たれている。

 歩き回って確信したが、どうやら川は埋め立てられ、その大半が大きな道路に変わっていることが判った。大きく蛇行している川だったらしいが、今やその面影すら存在してはいないのだろう。

 坂道を何度か登り、旧倉庫街を横目に歩いて行くと、小さな児童公園があった。その公園の奥に小高い丘のようになった場所があり、杉の巨木が十数本立っている。その中に、一樹が目指す物が存在していた。

 今までのような祠のようではない。どちらかと言えばお堂という佇まいだろうか。高さも一樹の胸くらいあり、鳥居こそ無いが何かが祭られていてもおかしくない建物である。

 一樹は、そっと近づいて、格子に組まれた扉から中を覗いた。今までのは黒漆であったものが、今度は朱塗りであった。

 赤く見える中には、これは今までと同じように何も無い。奥の壁にも紙が貼ってあるということもなかった。

 扉を開けて、大きく身を乗り出して中を見渡したが、何も見つからなかった。

 ふんといぶかしんで頭を上げたところに、後頭部に堅い物が当たった。見上げてみれば、藁のような紐で吊るされた物が眼に入った。

 どうやら、ここは一風変わった趣向らしいとほくそえんで、一樹はそれを手に取った。

 引っ張り出してみれば、それは巻物のようなものであった。芯があって、それに紙が巻きつけてある。

 帯止めのような紐を解いて、巻物を広げたところで、一樹はそれを落とした。眼に入ったものに驚き、投げ出したと言ってもいいかもしれない。

 一樹は、二三度瞬きをして、自分を取り戻すと、取り落とした巻物を、もう一度手に取って広げた。

 そこには、一樹が今まで見たことも無いような絵が描かれていた。

 薄気味悪いと表現しても伝わるまい。おどろおどろしいという表現ならば少しは近づけるかもしれないが、それすらも正確にこの絵を伝えられない。

 人の男のように見えるが、それは腐りかけた死体のように肉が落ち、その下の白骨が垣間見える。滴り落ちる腐汁は糸を引いて地面まで伸び、腐肉の腹からは、湯気が立ちそうな内臓が零れ落ちそうなほどに露出している。

 しかし、この男は死んではいない。その眼球は、腐汁と腐肉の間からこちらを睨みつけ、白濁した眼光が生への執着を、まざまざと伝えて来ていた。

 悪趣味な絵と思ったが、手掛かりの一つかもしれない。

 一樹は、絵の男と眼を合わせぬように眼を閉じて巻き戻すと、背負ったリュックを下ろしてその中に巻物を突っ込んだ。

 気味の悪い絵を背負い込んだような感覚に、背負ったリュックが重く感じられて一樹は身震いした。

 だが、ここまで来た以上、引き返すことなど有り得ない。

 一樹は、地図の大きな印。丸にバツが組み合わさった場所に進路を決め、その場に背を向けた。

 時間は昼に近いのか、近所の子供や子連れの主婦達が、小さいながら公園と名の付くこの場所に集まってきていた。

 早々に、ここを離れるのが得策というものだろう。さもなければ、大きなリュックを背負った山岳隊のような一樹は、好奇な眼に晒されてしまう。

 最後の巻物には、多少なりと驚かされたが、これで小さな印は全て回った。

 これから、本当の一樹の冒険が始まる。

 わくわくする気持ちが、先ほどの絵で不気味なものに変化しつつあるが、それでも一樹には、生きてる実感として、気持ちが高ぶるのを感じていた。



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