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第一話

この作品は、今現在は他で活躍しています「沙月涼音」先生との二元小説になっています。拙い私とコラボして頂いておりますので、是非、そちらもチェックして頂きたく思います。

アドレスは「http://suzubooks.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post_1401.html」です。


 ブーンという微かなモーター音は、壁のエアコンから発せられている。

 暑い外気とは無縁の室内は、最低温度に設定されていて肌寒いほどだ。窓の外に眼を向けてみれば、ほのかな陽炎で景色が歪んで見える。恐らくは、猛暑と言われるだけあって、四十度近い熱気であろう。

 一樹は、そんな室内でタンクトップとボクサーパンツという姿で窓外を睨んでいた。

 産毛が逆立って、うっすらと鳥肌も見て取れる。やせ我慢なのか、エアコンの温度は、年中変えたことが無い。夏も冬も同じ設定で、休むことなくエアコンは働き続けているのだ。

 瞼を閉じて、つかの間の暗闇に一息ついて、一樹はカーテンを閉めた。外界を隔てる窓ガラスが熱気を帯びて、室内までも侵食してきそうだ。

 そのまま、整然とした室内に鎮座した黒檀の机に視線を飛ばす。置いた時と変わらず、その古ぼけた紙切は、一樹を誘うかのようにエアコンの風で揺らめいていた。


 紙片を見つけたのは、単なる偶然であった。

 いつも通りの日課を、いつも通りに消化していた。学校を終え、塾も普段と変わらない日課だった。違ったといえば、二日前に誕生日を迎え、去年より一才年老いたくらいだろうか。

『こうして人は、無為に死を迎えるのだろう』

 などど、変に哲学的に妄想するのも珍しくなくなってきた。

 学校にも塾にも徒歩で通う。それは一樹にとって、生きているという数少ない実感だった。それでいて、休みには、積極的に自転車に乗る。

 我ながら矛盾しているように思うが、自由な時間を無駄な移動に消費するのは、なんだか堪えられない浪費に感じられるのだ。

 そんなことを考えながら、帰宅した夜の闇に、珍しく早く帰宅したのか、父の影を認めたのだった。

 一樹の家は、街の高台にある結構な旧家である。屋敷も相当に大きく、庭の離れには蔵もある。幼少の時には、三つの蔵があったのは記憶しているが、家の増築に伴い、二つの蔵は消えていた。

 父が出てきたのは、取り残されたように建っている蔵であった。

 今の蔵には、旧家の名残としての品は少ない。二つの蔵を取り壊す時に、全ての蔵の整理をして、江戸時代の鎧やら掛け軸やら、文献、陶磁器、装飾品に着物などを、金になるものは売り払い、その他の物は寄付したり譲ったりして、残っている方が少ないはずだ。

 そんな文化財の代わりに、今では母親が金に飽かせて買い求めた健康器具やら、無駄に大きい家具やらが押し込められているだけだ。

 そんなところから父が出てきた。普段、ゴミ置き場と称して近づくことも無い父が、蔵に何の用事があったのかと、一樹は興味をそそられた。

 家に父が入ったのを確かめて、門柱の陰に隠れていた身を蔵へと走らせた。

 閂はしてあるが、ここには鍵はない。盗られる物が無いって理由だが、手前に大きな桐の箪笥やら黒檀の応接セットやらが積まれていて、これを盗むにしても退けるにしても、重機かかなりの人数でもなければ無理だ。

 壁と家具の間に、人が横になって、かろうじて通れる隙間がある。偶然出来たのか計算なのかは分からないが、父の目的はこの奥であろう。

 蔵の中は暗い。一樹は携帯電話を取り出し、ライトをつけて辺りを照らした。

 一樹の目的は、案外と楽に達成された。埃だらけの蔵に、奥へと続く足跡がしっかりと残されていたのだ。

 その後を追って辿り着いたのは、相当に古い樫の文机だった。黒く変色した表面は、時代という年輪を感じさせてくれるが、一樹には感慨めいたものはなかった。物は時代を象徴するが、人間自体はそれほど変化したりしていないのだから、というのが一樹の自論であるからだ。

 引き出しの角の埃が、四角く消えている。引き出しを引いた証拠だろう。

 一樹は、躊躇無く引き出しを引いた。残っていた埃が舞って、一樹のかざしたライトにキラキラと漂った。


 そこで見つけたのが、この紙切れであった。

 父が何のために、この紙片を隠した、又は確認したかは定かではないが、あのような場所に隠しておくのには、何だかの意味があるはずだと確信していた。

 厳格な父は、無駄なことはしない。

 それが、一樹にとっての父の印象である。

 紙片は、黄色い油紙で包まれていて、四つ折にされていた。開いて見れば、何やら墨で描かれた模様が見れる。

 一瞬では理解不可能であったが、右左と回しているうちに、どうやら地図ではないかと思えてきた。

 そう思うと理解するのは早く、山の地形や川のくねりが認められる。緻密な地図とはいえないが、ある程度の場所を指していることは確かだろう。

 一樹の胸は高鳴った。何時に無い高揚感と言っていい。

 地図は、あからさまに古さを醸し出している。旧家の一樹の家に、何らかの隠し財産でもあったとするなら、財閥解体の折、財産を隠した可能性も否定出来ないことではないだろうか。

 運良く、明日から学校は、長い休みに入る。

「よし」

と呟いた一樹に、空調のモーター音だけが低く答えた。



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