表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第1章 糸は紡がれる】
7/90

6.木苺は酸っぱく、黒林檎は甘く、

 翌日の朝早く、ミァンはメェメェと共に山を下っていた。もちろん、食糧探しのためだ。ミァンは空腹で目が覚めたぐらいだった。それでも、メェメェの方がもっと早くに起きていた。

 山道を歩きながら、ミァンは髪に絡まった蜘蛛の糸をはがす。マザーが娘に作らせたハンモックは、当然彼女たちの糸によるもので、寝るには体中がべたつく覚悟が必要だったのだ。


「まったく、なんで俺様がこんな目に。小娘のお守りをさせられたばっかりに」


 先ほどから、メェメェはぶつぶつと文句を言っている。空腹でいらいらしているのだろう。

 ミァンは聞き流してもよかったが、あえて話に乗った。


「なんでだと思う?」

「ああ?」

「あなたが私の教育係……軍馬? になった理由」


 メェメェは鼻で笑った。


「リッカが言ってただろ。俺は生まれは良いが、ちょっとばかし素行が悪いのさ。厄介者同士をくっつけただけだ。理由なんてそんなもんだろ。どちらか一方が失敗したら、両方とも排除する口実になる」

「私が厄介者? 人間だから?」

「そうだ。あとな、俺の役目は教育係なんかじゃない。監視役だよ、お前さんの。敵対する人間をそうほいほいと軍に入れるわけがないだろ。でも、お前さんがその剣を持っていたから判断を遅らせたんだ。だからまあ……、昨日お前さんが言っていたこともあながち間違いじゃない。お前さんが本当に亜人の味方をしたい、ってなら功績を上げて信用してもらうしかないな。無駄にしょぼい今回の任務も、足掛かりに使うならもってこいだ」


 ミァンは聞いたことを吟味する。

 完全に信用されているわけではないことは分かっていた。上の連中がミァンの実力を認めたところで、一般の亜人たちがミァンに心を許すわけではない。今は好奇心で寄ってくる者もいるだろうが、時間が経てばそれもなくなる。

 それこそ、功績を上げなければ。

 こんなところでぐずぐずしている暇はない。ミァンが心の底から望むものはもっと他にあるのだから。


「お、あれなら食べられそうじゃないか」


 だいぶ山を下りた頃、メェメェが声をあげた。

 彼が鼻で指す先には、どっさりと実ったキイチゴがあった。目を見合わせた後、彼らは一緒に寄っていく。


「いただきます」


 ミァンはわくわくしながら、キイチゴを一つ取り口に入れた。甘いのか、酸っぱいのか、口に含むまで分からないこの瞬間が好きだった。

 メェメェも隣でキイチゴを食べ、咀嚼している。


「酸っぱいな」

「うん」


 ミァン達は同時に顔をしかめた。

 酸味の強い味が口の中に広がっていた。酸っぱいキイチゴを食べながら、ミァンは昔を思い出す。こうやって、幼馴染と野生の果実をよく食べていた。熟れた甘い果実は稀にしかなく、“あたり”と呼んでいた。“はずれ”を引くと、酸っぱい酸っぱいと言いながら二人して笑い転げていた。

 あの頃は、何が面白いわけでもなく、何もかもが面白かった。


「でも、これ食べるしかないよな」

「昨日のグルメ馬はどこいった」

「空腹には勝てなかった」


 キイチゴだけでお腹がふくれるとは思えなかったが、彼らは食べられるだけ腹に詰め込んだ。腹がふくれる前に、舌が麻痺しそうだった。だが、虫よりはましだ。

 もくもくと食べていると、こちらに近付いてくる人の気配がした。

 メェメェも気付き、耳をぴんと立てている。それから、示し合わせたわけでもなく、一人と一頭は共にキイチゴの影に隠れた。

 話し声が通過していく。


「ハイドグさんも酷いな、女の一人ぐらい生かしておいてくれたら楽しめたのにさ」

「あの人、そういうの興味ない感じだし、仕方ないんじゃね」


 二人分の足音が遠ざかっていく。

 充分離れたところで、メェメェが不審そうに言う。


「なんだあれ、賊か? 物騒なことを言っていたが……」


 ミァンは黙っている。


「小娘? どうした」


 彼女の様子に気づき、メェメェが声をかける。ミァンは突然立ち上がり、剣を抜いた。そして、男たちが去っていた方向を睨む。


「お、おい、待て。突然の正義感発動とか困る」

「違う」


 ミァンは低く吐き捨てた。

 先ほどまでの彼女とは違う、とメェメェは瞬時に感じ取った。顔が強張っている。激しい感情を押し殺しているように見えた。

 止める間もなく、ミァンは駆けだしていく。メェメェは一瞬迷いを見せたが、毒づき、彼女の後を追った。




 麓の集落の焼け跡で、ハイドグは黒い林檎をかじりながら、送り出した手下の帰りを待っていた。皮も果実も炭のように真っ黒だが、かじるたびに新鮮そうな音を出し、果汁が林檎を持つ手を濡らし垂れていく。

 手下たちが知る限り、これを食べている時が一番、機嫌が良い。害も毒もなく、“本当の意味で”幸福そうな顔をする。昨夜のような惨劇はハイドグにとって、幸福ではなく興奮をもたらすものなのだ。

 辺りには焦げくさい匂いが漂っていた。それに、血の匂いや焦げた肉の匂いなどが交ざり、鼻をつく。集落の住人の死体は、バラバラになって点々と転がっていた。

 残った手下たちは大体の家を探り終え、退屈そうにしている。彼らの仕事は終わったわけではなかった。むしろ、これから本腰を入れなければならない。

 ハイドグが林檎を芯だけ残して食べ終えた頃、二人の手下が山から戻ってきた。彼らはまっ先にハイドグのもとへ向かう。ハイドグは彼らを見ても表情一つ変えなかったが、その背後を見て微笑を浮かべた。


「ハイドグさん、やっぱりこの山には――」


 ナイフを素早く抜き、戻ってきたばかりの手下二人の喉を切り裂く。言葉の続きは血に阻まれ、奇妙な音となった。二人は信じられない表情でハイドグを見たまま、絶命する。

 ハイドグの突然の行動に、他の手下たちがどよめく。


「余計なものを連れてきたな」


 ハイドグはナイフの血を飛ばし、骸となった手下を蹴る。そのそばに、林檎の芯が放られた。

 リーダーの忌々しそうな言葉に、手下たちは武器を構える。ハイドグがまっすぐ見つめる先には、一人の娘が立っていた。


「やあ、お嬢さん。こんなところでピクニックとは感心しないなあ。知っているかい? ここは魔族がうろつく山なんだ」


 ハイドグの本性を知っている者なら、鳥肌を立てるような口調で、彼はミァンに語りかける。

 ミァンは剣を抜いている。敵意を持っているのは、誰の目から見ても明らかだった。だが、ハイドグはこういう茶番が好きなのだ。


「ハイドグ……」

「んん? 俺のことを知っているのかな。こんな可愛いお嬢さんが、俺になんの用だろう」

「覚えてないんだね、私のこと」


 え、とハイドグも手下たちも一瞬気を取られる。その一瞬の隙を突き、ミァンは手下の間をぬって一気にハイドグのもとまで到達した。ミァンが振り下ろした剣は、手下を切る。ハイドグがそばにいた手下を引き寄せ、盾にしたのだった。

 頭を縦に割られた手下を捨て置き、ハイドグはじりじりとミァンから後退する。


「テメェら、この女を殺せ」

「雑魚はすっこんでろ! 用があるのはこの男だけだ!」


 リーダーに命令されたにも関わらず、若い娘の気迫に負け、手下たちは動くことができなかった。そのうちに、メェメェも追いつく。

 メェメェは集落の惨状に目を見張ったが、すぐに目の前の出来事に頭を切り替えた。

 バイコーンの登場に、手下たちの注意は完全にそちらへ向けられる。人間の若い娘よりも、異種族であるメェメェの方が脅威に思えたのだろう。ハイドグとミァンを気にする者は誰一人いなくなった。

 ハイドグは舌打ちすると身をひるがえし、逃走する。ミァンは背後の状況の確認もせず、そのあとを追いかけた。


「あの小娘、俺に雑魚共を押しつけやがって」


 角を低く構え、脚に力を入れる。メェメェは戦闘態勢に入った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ