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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第4章 死んでゆく者たちへ】
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50.死霊術師の判断

 ミァンはぎょっとして、辺りを見渡す。

 街のいたるところに、半透明な人間の姿をした者が現れていた。見た目は様々だ。男もいれば、女もいる。子供の姿をした小さな者もいれば、しわくちゃな老人もいる。彼らの身体に色はない。透けた身体が向こうの景色を映し出していた。

 彼らが現れてから、気温が二、三度、下がったような気がする。

 リッカの冷気とは違う。じっとりとした、寒気だ。


「死霊術師! あなた達が何かやったわけ?」


 ミァンはぎりっ、と奥歯を噛みしめる。

 しかし、死霊術師たちはミァンの問いかけには答えなかった。彼らは彼らで、突然の出来事に言葉をなくしていたのだ。

 ミァンの剣の刃を掴んでいた死体、その腕の力もいつの間にか弱まっていた。彼女はその隙に、剣を引き抜いた。


「彼らは何もしていないさ」


 答えたのは、ミァンの腕に触れた半透明な男だった。


「分野的には遠からず、って感じだけど。俺達はゴーストなんだ」


 ゴースト、とミァンは呟く。それから、自身をゴーストだという男をまじまじと見る。身体が透けて、彼の背後にある家の壁の色が目に入った。


「ゆ、幽霊?」


 ミァンの声が裏返る。

 彼女は慌てて男から離れ、メェメェに駆け寄った。助けを求めるように、彼のたてがみを掴む。

 それを見て、ミルタは思わず呟いてしまう。


「あっ、やっぱり、反応はかわいい」

「実体がないと斬れないじゃん! 怖いよ!」

「反応は、ね。反応は。言動は考慮しない」


 怖がる箇所がおかしい、とミルタは首を横に振る。

 ゴーストは苦笑した。


「斬られるのは勘弁だなあ。とにかく、ここでは剣を収めてくれ。ああ、死体も同様に、だよ。戦うための道具はナシだ」


 ミァンはシャダを見る。シャダの興味はすでに、ミァンからゴーストへと移っているようだった。興奮しているのか、頬が紅潮している。

 シャダが杖を一振りすると、首のなくなった死体がその場から消えた。その死体はまだ使えると判断されたのだろう。回収したのだ。

 ミルタは不安げな表情を見せた。丸腰になったも同然なのだから、当然だ。彼女はシャダに寄り添いつつ、ミァンを警戒する。

 メェメェはゴーストの多さを見て、ため息をついた。これを全部、敵に回すのは好ましくない。彼らが戦えるかどうかは別にして。とても、面倒だ。ここは、ゴーストの言うことを聞いておいた方がいいだろう。

 死霊術師を前に武器をしまうのは気にくわないが。


「小娘、剣を収めろ。これ以上、事態をややこしくするな」

「死霊術師さん達、命拾いしたね」


 ミァンは言われた通り、剣を収める。すると、ゴーストは満足げな笑みを浮かべて、その場から去っていった。すー、と滑るような独特の移動法で。

 ゴースト達の足元をよく見てみると、地面すれすれで浮いていることが分かった。彼らは浮遊しているのだ。

 ミルタは目を輝かせながら、その様子をシャダに説明していた。

 ミァンはそこで初めて、シャダが盲目であることに気付いた。


「命拾い、か。負けるつもりはなかったのだがな」


 シャダはミルタの話を聞きながら、ミァンの言葉も耳に入れていたらしい。落ち着いた声音だ。

 ミルタはミァンを馬鹿にしたような目で見る。


「先生が、オマエみたいなチビに負けるわけないだろ」

「そもそも、戦うつもりもなかったのだがな」

「そう――え」


 ミルタは困惑して、シャダを見た。

 少女は間違いなく、メルビンが捜す相手だ。それに対して、戦うつもりはなかった、とはどういう意味か。まさか、言葉で説得できると思ったわけではあるまい。

 シャダはミァンに向かって頭を下げた。長い白髪が、肩から滑り落ち、顔の横に垂れた。


「わたしの弟子が先走ったことをしてしまった。そのことは謝ろう」

「え、えっ、先生はボクのせいで頭を下げているんですか?」


 ミルタは動揺する。

 自分の不始末のせいで、シャダが頭を下げるなど、あってはならないことだ。


「ごめんなさい!」


 シャダが頭を下げている、という現実に耐えられなくなったのだろう。ミルタは地面に両手と膝をつき、頭を地面にぶつける勢いで下げた。

 シャダに向かって。


「ミルタ、だれにむかって謝っている。相手がちがう」


 シャダは顔を上げ、杖の先でミルタの頭を小突いた。


「おまえも目が見えなくなったか、ん?」

「ち、違います!」


 ミルタは慌てて、向きを変える。彼女にしてみれば、謝る相手は間違っていなかったのだが。やはり、シャダに口答えはできない。

 ミァン達に向かって、ミルタは頭を下げた。


「よく分からないけど、ごめんなさい」

「ミルタ」

「ほんっとうに、申し訳ありませんでした!」


 訳が分からないのはミァンの方だ。突然襲われたかと思えば、その相手に謝られている。人違いだった、とでもいうのだろうか。


「なんだ、こいつら」


 メェメェの呟きがすべてを集約していた。


「わたし達は死霊術師だ」

「そんなこと、見れば分かるよ」


 シャダの答えもどこかずれており、ミァンは身体の力が抜けてしまう。戦闘中のミルタも緊張感のない発言ばかりしていた。

 彼らは、非常にマイペースだった。

 今だって本当は、ミァンの対応より、周りに漂うゴースト達に話を聞きたくてたまらないのだ。それを、必死に我慢している。

 ミァンは、頭を下げるミルタに向かって言う。


「頭を上げて。許す代わりに、質問に答えてもらうから」


 ミァンの言葉を聞くと、ミルタはさっと立ち上がった。


「見つけた、ってどういうことかな。私を捜していたの?」

「さすがにそれに関しては、答えらんないなあ」

「わたし達は異端審問官と行動をともにしている。彼が、捜していた」

「先生!」


 ミルタは悲鳴のような声を上げる。


「うそを言ってどうする。本当のことを言うべきだ」


 シャダの判断は常に正しい、と思っているミルタでさえ、今回ばかりは同意しかねた。

 異端審問官、という単語を聞いた途端、ミァンの顔に憎しみが浮かんだからだ。それも、生半可ではない。


「あなた達は、異端審問官の仲間……。私の敵、ということね。分かった」


 ミァンがメェメェの制止を振り切って、剣を抜こうとしたため、ミルタは慌てて手を振った。


「わ、分かってない。全然分かってないって!」

「ふうん? 私を攻撃したことについては、どう言い訳するつもり?」

「そ、それは――」


 ミルタは口をつぐむ。言い訳が思いつかなかった。

 すると、メェメェがおもむろに口を開いた。彼は、死霊術師たちを助けるために口を開いたわけではない。ミァンに剣を抜かせたくなかったのだ。


「異端審問官に脅されている……で、どうだ? 異端を排除する手伝いをする代わりに、死霊術師の存在を認めている、とか」


 ミルタは目を見開いて、メェメェを見た。彼の発想に感心しているようだった。

 ミァンはとりあえず剣を抜くのを止めた。そして、考える。


「死霊術師と聖職者って、そりが合わなさそうだもんね。それなら、納得かも」


 ミルタは不安そうな顔をする。せっかく相手が勝手に納得してくれたところに、シャダが生真面目に本当のことを言ってしまうのではないか、と。

 しかし、心配には及ばなかった。

 シャダはミルタの予想とは正反対のことを言った。


「脅されている、か。遠くはないかもしれんな」

「え、そうなんですか」


 余計なことを言ってしまったのはミルタの方だ。

 ミァン達がいぶかしそうに顔をしかめたため、ミルタは口を両手でおさえた。

 シャダは複雑な表情をしていた。


「思うのだが、今のカリム聖教の実態は、わたしが昔見たものと大きく違っている。あの若造のそばにいると、それを感じる」

「信者ではあるんだね」


 ミァンは意外そうに片眉をつり上げる。

 多くの者がそう考えるように、ミァンもまた、死霊術師は信仰とは程遠いと思いこんでいた。

 ミルタも、そのようなシャダの胸の内を聞いたのは初めてだったため、唖然とする。


「それとも、派閥でも存在するのだろうか。わたしが会った聖女は、あんなに排他的ではなかった」


 ミァンとメェメェは顔を見合わせる。排他的ではないカリム聖教など、想像できなかった。だが、内部で分裂をしているのなら、相手をするのは簡単かもしれない。カリム聖教の怖さは、その結束力にあるのだから。

 ミルタは何かを思い出したらしい。


「以前、審問官が聖女の話をした時、なんか嫌そうな顔をしてましたね、そういえば。派閥、あるかもしれませんよ」

「……そうか。ならば、ますます、わたしがこの少女を手にかける理由はないな」


 ミァンとメェメェはきょとんとする。

 彼らの戸惑いを感じ取ったシャダは、ふわりと笑った。


「わたしには、なんら害のない少女に見えるからな」


 言ってから、シャダは首を傾げた。


「今のは不適切か。害のない少女に思える、で」


 ミルタはいやいや、と首を振る。ついに、シャダに対して反論してしまった。さすがに、今の発言に、首を縦に振ること出来なかった。


「この子、死体をぶった斬ってましたよ? 輪切りにしてましたよ? 切り刻んで、吹っ飛ばして、ぶっ潰して、引き千切ってましたよ?」

「引き千切ってないし、潰していたのはメェメェの方だし」

「それでも! ボクには充分、この子が魔族に堕ちたと言われても納得できる光景でした」


 シャダはふむ、と唸る。


「では、昔のわたしは充分、魔族と言えよう。ミルタ、おまえに会う前のことだ」


 ミルタは困惑していた。

 なぜ今になって、シャダが異端審問官に刃向かうような発言をするのか。今までの旅は、少女を捕らえるためのものではなかったのか。ここで見逃してしまったら、今までの旅はいったい何だったのか。

 それどころではない。下手をしたら、本格的に異端審問官と敵対することになる。


「旅に出た当初は、カリム聖教の役に立つことができるのならば、と考えていた。だが、彼と一緒にいるうちに段々と違和感を覚えてきてな」

「考えがお変わりになった、と?」

「そうだ。実際、わたしが見たカリム聖教と、彼が見ているカリム聖教は違うようだからな」


 シャダはあくまで、聖女が教えを説いたカリム聖教を信仰しているのだ。カリム聖教に派閥があるのならば、聖女と異端審問官の派閥は違うことになる。厳密にいえば、シャダはもうすでにメルビンに敵視されているのかもしれない。


「その少女が、本当に制裁されるべき人間なのかどうか。実際に会って、確かめるつもりだった。――そして、わたしは制裁されるべき人間ではない、と判断した」


 シャダのきっぱりとした口調に、ミルタも納得せざるを得なかった。彼女はもう一度、ミァンをよく見つめる。剣を収めた少女は、ただの少女にすぎない。

 ミルタはため息をつく。

 これからのことは、これから考えればいいか、と。


「理由を、聞かせてもらってもいいですか。そう判断した理由を」

「わたしが感じ取ったものがすべてだ。邪悪な気配はしない。少なくとも、わたしよりは」


 自嘲気味にシャダは笑む。

 ミルタも苦笑いを返すしかない。シャダの言う通りかもしれない、と思えてきたのだ。

 死霊術師たちが真面目に話し合っている最中、ミァンはミルタが発したある一言にこだわっていた。


「ねえ、メェメェ、聞いた? 私、魔族だって」

「小娘、いつの間にか魔族になってたのか、ひひっ」

「なんで笑うの。魔族って呼び方は気に入らないけどさ、これって亜人と同類に見られてる、ってことだよね。彼らの仲間だ、って」

「おう、胸張っとけよ。特に、聖職者の前ではな」


 ミァンはさっそく胸を張る。それを見て、メェメェはまた笑った。

 ミルタは呆れたように言った。


「本人はまんざらでもなさそうですけどね」


 ミルタの雰囲気が和らいだことを感じ取ると、ミァン達は彼らに寄っていった。


「話は終わった? で、どうするの?」

「わたしはおまえを傷つけない。名前を教えてくれるか、お嬢さん」


 ミァンとメェメェは顔を合わせて、無言の相談をする。ほぼ同時に、彼らは頷いた。


「ミァンよ。私は、あなたを傷つけるかもしれない」


 不敵に笑う少女は、生意気そうに見えた。

 ミルタは対抗するように笑みを浮かべ、彼女に向かって手を差し出す。


「ボクはミルタ。大丈夫、そんなことにはならないさ。先生は強いからな」


 ミァンは差し出された手を握った。握りつぶすほどの力を込めて。


「いたたっ、ちょっ、この子、力強い!」


 手を離されたミルタは、涙目になって後ずさる。


「こっちはメェメェ」

「ま、いいか。それで」


 あだ名で紹介されても、メェメェは怒らなくなっていた。いちいち訂正するのが、面倒なだけかもしれないが。

 シャダも、ミァンに向かって手を差し出した。


「シャダ・ボーグナインだ。もし、傷つけられるようなことがあったら、その時は、わたしの判断が間違っていたと自戒しよう」


 ミァンはシャダの手を握る。

 手の感触に、シャダは首を傾げた。


「別に、力は強くないようだが」

「ボク、完っ全にこの子に嫌われてますね! しょうがないですけど!」


 ミァンはくすくすと笑いながら、手を離した。

 それからすぐに、彼女はメェメェの背に乗った。彼が先ほどからずっと急かしていたのだ。

 シャダ達の話では、亡国に異端審問官が来ているようだが、今は手を出せない。夜の亡国を見たら、何があろうと帰る。メェメェとそのような約束をしてしまったからだ。

 本当は居場所を聞き出して走っていきたいところだが、今回ばかりはメェメェに力尽くで止められそうだった。

 ゴーストのことも気になるが、仕方がない。ここは、さっさと退散するに限る。


「夜ももう遅いし、私はおうちに帰るわ。あなたの判断が裏目に出ないことを祈ってる」


 彼女がそう言い終えると、メェメェはゴースト達の間をぬって、走り去っていった。

 シャダは蹄の音が消えるまで待ち、さて、とミルタに向き直った。彼らにとってはここからの方が重要なのだ。先のことより、目の前のこと。

 すなわち、ゴーストの観察。


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