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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第4章 死んでゆく者たちへ】
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43.一本角と二本角が交差する時

 ユニコーンとバイコーンの決闘。

 それは太古の昔から決められた宿命のようなもので。彼らは出会ってしまえば、死闘を繰り広げずにはいられない。

 ユージーンとメェメェ。

 二頭は初対面でありながら、すでに互いを宿敵として認めていた。相手のことは名前しか知らないが、それで充分だ。この戦いで、どちらか一方が死ぬ。どちらかが死ぬまで、この戦いは終わらない。だから、名前以上のことを聞いても意味がないのだ。


「メェメェといったか。なかなか良いものを持っているな」

「俺様の名前は、ゲンナディオスだ! ゲンナディオス・デュオ・ピラスピ・モイケウオー! てめえに引導を渡す者の名前ぐらい、きちんと覚えとけ!」

「戦闘中に舌を噛みそうな名前だなあ。面倒臭いから、メェメェでいい。ぬしの主人がそう呼んでいたではないか」


 その名前すら、メェメェはきちんと覚えてもらえていなかった。

 メェメェは怒りながら、炎魔法を噴射する。魔法で生まれた炎は、地面を焦がしながら猛スピードでユージーンに向かっていく。

 白馬の姿が、炎の向こうに消える。


「小娘は俺の主人じゃねえ! 立場で言えば、俺様の方が上だ!」


 メェメェは燃え上がる炎に向かって、吼え立てる。

 ユージーンがこの程度でくたばるわけがない、と確信していた。燃え盛る炎の中にいようと、きちんと声は届いているだろう。

 案の定、炎はその場に突如現れた滝によって、鎮火される。水しぶきと蒸気がたちこめる中、ユージーンは悠々と姿を現した。

 彼の涼しそうな顔が気にくわない、とメェメェは再び炎弾を飛ばす。


「小娘に色目使いやがって! 怖がってただろうが!」


 メェメェにとってこの戦いは、定められた宿命、などという格好付けたものではないのかもしれない。彼はこの戦闘に思いっきり、私的な感情を持ち込んでいた。

 ユージーンは自身が作り出した滝の裏側にまわる。流れ落ちる水越しに見る彼の顔は、相手を嘲笑うように歪んでいた。炎弾は無謀な特攻をしようとして、滝に突っ込む。滝の分厚い壁にぶち当たった瞬間、炎はむなしく消えた。

 滝は激しさを増し、川を作る。

 生まれたばかりの流水は、メェメェを囲うように渦を巻いた。メェメェは片足を上げ、その渦を忌々しそうに見る。

 メェメェが対処を考えていると、ユージーンの声が水音に混じって聞こえてきた。


「先ほど、それがしに対して、いつから好みが変わったのか、と聞いたな。その質問、そっくりそのままお返しするぞ」


 メェメェは言葉に詰まる。

 バイコーンは、ユニコーンのように乗り手を厳しく選別することはない。もちろん、自分の好みであれば嬉しいには違いないが。メェメェは別に、彼女に対してそういう感情を抱いているわけではない。

 ただ最近は、一緒にいることに疑問を感じなくなっていた。

 答えが返ってこないと分かると、ユージーンは鼻で笑う。


「そのうち、角が一本、抜けるかもしれんな」

「んなわけあるか」


 メェメェはうなり、脚に力を入れた。目の前の水の壁を睨み、地面を蹴り上げる。逃がすまい、と水は彼に手を伸ばしてくる。だが、高く飛び跳ねたメェメェの足を、水は捕まえることが出来なかった。先ほどまでメェメェがいた場所に、水が溢れる。それを尻目に、彼は渦の外に降り立った。

 ユージーンは、滝のシャワーを浴びていた。能天気というよりは、それだけの余裕があることを相手に見せつけるための行為だ。オリヴィアが洗ってくれると約束してくれていたが、それまで血に濡れているのはやはり気持ちが悪い。

 綺麗好きなユージーンは、戦いの最中であろうと清潔さを保たないと我慢できないらしい。

 彼の汚れを洗い流した滝は、赤い水たまりを作る。その赤さが濃くなるにつれ、ユージーンは白さを取り戻していった。

 メェメェはユージーンに対して、角を構える。蹄が地面をかくと、土埃が上がる。

 メェメェが突進をしかけると、ユージーンは素早く反応し、滝から飛び出した。彼が滝の当たらない位置に逃れると、滝は消えた。

 攻撃を避けたユージーンに、メェメェは追撃する。頭を振り上げ、角を掲げ、狙うのはユージーンの胴体。

 彼が角を振りおろして打撃を与える瞬間。ユージーンは首をひねって、自身の角を防御に使った。

 剣同士が奏でる甲高い音とは違う。角同士の攻防。鈍い音と振動が、二頭の身体に伝わった。

 ユージーンの角が、メェメェの角を受け止めている。彼らの角は固く、滅多なことでは傷付かない。人間が武器を扱うように、彼らは身体の一部である角を器用に使う。メェメェの角が鈍器であるならば、ユージーンの角は利器だ。

 メェメェはそのまま力押しすることも考えたが、すぐに後ずさる。

 あのまま押せば、打撃の一つぐらいは与えることが出来たかもしれない。だが、代償に片目を支払うことになっただろう。ユージーンはメェメェの目を潰す機会を狙っていた。あの鋭い角の先を、目に突き刺す瞬間を。

 ユージーンは首を振り、たてがみの乱れを直した。すると、水滴が飛ぶ。

 一歩、一歩、と後ろに下がりながら、メェメェはそれを見る。今度はユージーンが追いかける番だ。メェメェの角と角の間――額に、自身の角の切っ先を当てた状態で、ゆっくりと歩む。


「ぬしは、あの子のやろうとしていることに気付いているか?」


 メェメェは答えず、闇魔法を展開した。

 黒い雲のようなものが、ユージーンを包み込もうと広がった。ユージーンはすっぽりと黒い雲に覆われる。

 相手の視界が奪われたのを確認すると、メェメェは急いでユージーンから離れる。二頭の間に充分な距離ができると、メェメェはユージーンの方を振り返った。

 ユージーンはすでに、闇魔法で作られた雲から脱出していた。おそらく、内側から光魔法を使ったのだろう。黒い雲は散り散りになって、彼の周りに浮いていた。

 メェメェは目を光らせ、雷魔法の呪文を唱えた。

 小さくなって数を増やした黒い雲すべてに、雷が宿る。

 彼の狙いに気付いたユージーンは、目を見開かせる。この時初めて、ユージーンの顔に焦りが走った。辺りをキョロキョロとせわしなく見た後、脱出は不可能だと彼は悟る。自分で雲を散らしてしまったため、走って逃げていては間に合わない。

 逃げることが出来ないのならば打ち払おう。と、ユージーンは風魔法を唱えて雲を吹き飛ばそうとした。しかし、間に合わない。

 数え切れないほどの雲から、一斉に、雷が落ちる。ユージーンの尖った角が避雷針の役割を果たし、雷のすべてが彼に向かう。

 雷が、ユージーンの身体を打った。

 目がくらむほどの光。雷が作り出した轟音が、地を震わせる。その轟音に紛れて、ユージーンの叫び声が上がった。

 彼の身体は濡れていた。先ほど、自身が作り出した滝を浴びていたからだ。シャワー代わりに。

 ユージーンの悲鳴が途絶えたのは、雷が消えた後。役目を終えた雲も、その場から消えていた。

 彼は身体を軽く痙攣させながらも、震える四つ足で立っていた。白いたてがみは焦げ、ちりちりになっている。

 一気に攻撃的な顔つきに変わったユージーンを、メェメェもまた獰猛な目で見る。


「小娘がやろうとしていること、というのがどれのことを指しているか分からんが、俺様は小娘を、小娘が行きたい方向へ導くだけだ。――たとえ、角を失ってもな」

「……なるほど。やはり、バイコーンをやめる覚悟があるとみえる」


 無理をして笑った後、ユージーンは怒り狂ったいななきを上げた。

 メェメェを前脚の蹄で押しつぶそうと、ユージーンは後ろ足で立ち上がる。雷に打たれて、冷静な判断ができなくなっていたのかもしれない。

 その体勢は、無防備な腹をさらけ出すことになる。

 後ろ足で立ち上がる彼の懐に、メェメェは角を低く構えて突進した。メェメェの角が、ユージーンの腹を打撃する。攻撃された瞬間、ユージーンは息を詰まらせた。足がもつれ、体勢が崩れる。そしてそのまま、横ざまに倒れた。土埃が巻き上がり、倒れたユージーンの身体を茶色い土が汚していく。

 メェメェはその様子を、じっと見ていた。

 彼は立ち上がらない。メェメェは少し近付く。息遣いが聞こえる。そして、土埃がおさまると、闘争的な目の輝きも失われていないことが分かった。

 ユージーンはゆっくりと身体を起こす。

 それは、先ほどまでの余裕を感じさせる動作ではなかった。身体が限界を超えようとしている。鈍くなった身体を無理矢理、動かしているのだ。


「これでは足りない。もっとやろう、二本の」


 息も切れ切れに、ユージーンはそう絞り出した。


「望むところだ、一本角」


 メェメェはそれに応じる。

 二頭の賢獣の敵意に満ちた視線が交差する。どちらか一方がその光を失うまで、戦いは終わらない。



 *****



 ミァンの剣を持つ手が、オリヴィアの腹を貫通していた。血に塗れた赤い手が、てらてらと光る。剣はぎらぎらと。

 痛みよりも先に圧迫感を覚え、オリヴィアは吐血する。彼女が同時に突き出した剣は、ミァンの頬に赤い筋を作っただけだった。ぱっくりと割れた頬からは、オリヴィアの腹部に比べれば微少な血が垂れ流れている。

 剣を持っていた手の力が抜け、オリヴィアは剣を取り落とす。剣は刃を下に向けて、力なく落ちていく。ミァンとの激しい打ち合いで消耗していた刃は、地面に触れた瞬間、真っ二つに折れた。

 持つ物をなくした手が、ミァンの肩をつかむ。支えがないと、立っていることもできなかった。自分よりも小さな少女に抱きつくようにして、オリヴィアは前のめりにくずおれる。彼女の両膝が地面についてやっと、ミァンは腹から剣を抜いた。

 再び腹を抉られるような感触が、身体を通過していく。

 完全に刃が抜けた時、オリヴィアは先ほどよりも大量の血を吐き出した。空気の通り道である喉を、血が邪魔しているのだろう。息をするのも苦しそうだった。

 肩をつかんでいた手が、ずるずるとミァンの胸の辺りまで滑り落ちてくる。彼女の黒鎧が血に塗れて光っていた。

 片手はすがるようにミァンに触れたまま、オリヴィアはもう片方の手を自分の腹部に当てる。片手では塞ぎきれないほどの穴が、そこには空いていた。指と指の間からは、血だけでなく臓物の切れ端のようなものもはみ出ている。

 それを目でも確認すると、オリヴィアは力なく笑った。


「私……より、ずっと、小さな女の子が……どんな覚悟で剣を持っているのか。……考えれば、当然の結果……だわ」


 実力はおそらく、互角だった。

 目に見える切り傷こそ少ないものの、ミァンの身体はぼろぼろだ。呼吸は荒く、目は血走っている。

 オリヴィアだって、腹部の一撃を食らうまでは、ほとんど傷を負っていなかったのだ。だが、そのたった一回の攻撃が、致命傷を作った。


「……待ってる、から。あんたの、作る……世界を。彼と、一緒に」


 オリヴィアは穏やかな笑みを浮かべて、言った。

 そして、それを最期の言葉にして。

 身体の力がふ、と失われたように、オリヴィアは横ざまに倒れて、事切れた。ミァンに触れていた手は自然に滑り、彼女自身の身体の上に落ちる。

 オリヴィアの死に顔は穏やかだった。

 これだけの傷を負って、苦渋の表情を浮かべることもせず、無念に顔を歪ませることも、しなかった。そして最後まで、涙を見せることはなかった。

 ミァンは、彼女の死に顔を凝視する。

 オリヴィアの口角はわずかに上がっていた。それを見て、ミァンは瞳を震わせる。思い出すのは、高笑いをしながら死んでいったライラックだ。

 ミァンは口元に手を当て、後ずさる。剣の柄だけはしっかり握りしめて。


「なんなの、こいつら。なんなのよ、この二人は……!」


 理解できないことに直面した不快感が、吐き気となって現れる。


「なんで、そんな顔をするの。私に対して」


 答えが返ってくることはない。

 ミァンは口から手をどけ、力の限り咆哮する。吐き出されたのは、胃の中の物ではなく、抑えていた叫び声だった。空を震わすほどの叫びが、数十秒。辺りに響き渡る。

 息が続かなくなった時、ミァンの咆哮は途切れた。

 それと同時に糸が切れたように、彼女の身体もまた、くしゃり、と地面にくずおれた。



 *****



 惨劇が繰り広げられた地に、足を運ぶ三つの影。

 先頭に立つのは、カンテラとバスケットを持った背の高い女だ。その後を、ハイエナの姿をした二頭のグールがついていく。

 女は後ろを振り返らない。彼女は別に、自分がグールを引き連れているつもりはなかった。彼らはいつも勝手に現れ、勝手な行動をし、いつの間にか姿を消している。

 近付くにつれ、血の匂いが濃くなる。濃厚な香りに、女はつい鼻をひくつかせ、悩ましげなため息をつく。そしてすぐに、そんな自身の浅ましい挙動に嫌悪感を覚える。

 グール達が背後で含み笑いをした。くすくす、と。

 女はそれでも振り返らない。いちいち腹を立てていては、きりがなかった。

 目的の場所には、死体が散乱していた。歪なオブジェのように物を言わず、薄い月明かりに照らされている。

 女は自身の胸に手を当てた後、腕に下げていたバスケットから、空のワイン瓶を取り出した。死者の血を、そこに詰めようというのだ。

 彼女が手近にあった死体のわきにしゃがみ込むと、すぐ近くでグールが嘆いた。


「なんてことでしょう。こいつら、聖職者です」


 女は一瞬手を止めたが、構わず瓶のコルクを抜く。

 グール達は会話をわざと聞かせるようにして、無駄に通りの良い声で喋る。


「食べないの?」

「まあ、食べるんですけどね」

「でも、嫌そうだね? お兄ちゃん」

「うおおぉうぅぅ、浄化されてしまうぅ。助けてください、弟よ」


 グールがふざけて苦しそうな声を出す。


「口を閉ざしなさい」


 女は声を尖らせた。

 しかし、彼らは黙らない。


「ワタシはこいつらが喜ぶであろう反応を――」

「おだまり」


 女は空のワイン瓶を、グールに向かって投げつけた。グールはひょい、とそれを避ける。瓶は地面に当たって砕けた。

 ガラスの破片が散らばる。

 グール達はそれを、勿体無さそうに見る。


「もったいないよ」


 実際に言った。

 女はもう一本、瓶を持ち出して投げようとする。それを見ると、グール達は慌てて互いの口を前足で掴んだ。女は彼らをひと睨みした後、作業に戻る。

 すると、ほっとして彼らは口から前足をどかした。

 今度はひそひそと話し出すが、こんなに静かな夜だと、それすらも女には筒抜けだ。


「貴婦人は食事中のお喋りがお嫌いのようです」

「口を動かすなら、喋るより食べた方が効率良いもんね?」

「ワタシも昔はそうだったのです。食事中に喋るなど言語道断、マナー違反だ、と思っていた……ような気がします。ですが、味が分からなくなってからというもの……喋っていないとつまらなくて」


 悩ましげにグールはため息をつく。

 彼らがグールである以上、役目は果たさなければならない。味が分からなくても、目の前の肉を口に入れなければならなかった。食べたものは腹に収まって消化されるわけではない。彼らの腹の中にはすでに胃という臓器はなくなっている。

 肉を食い千切り、その塊が喉を滑り落ちた瞬間、それは消えてなくなる。

 人間的に言えば、グールが先ほど口にした“浄化”という言葉が一番しっくりくるのではないだろうか。

 異端審問官たちの死体に目を向け、彼らはその周りをぐるぐると回り始めた。


「ワタシ達は精霊です。邪悪な悪霊ではないのです。アナタ方がどれだけワタシ達を否定しようと、それは変わりのない事実。だから、いただきま――」


 グールはまるで死んだ審問官達に語りかけるようにして、話す。

 食べやすそうな位置を見つけると、グールは立ち止まり、口を大きく開けた。しかし、そのまま固まってしまう。燐のように燃える目が、揺らぎ、視線が死体の向こう側に移動する。

 それを見つけると、グールは口を閉じ、食べようとしていた死体をまたいだ。


「なんてことでしょう。貴婦人!」


 先ほどよりも心がこもった驚きの表現。グールは、そこに倒れる少女の匂いを嗅ぐ。

 女は彼らの方を見ないまま、立ち上がった。


「何度言ったら、お分かりになるの?」

「この子、生きてるよ!」

「そうです、貴婦人。こちらの新鮮な方が、美味しく召し上げられるのでは――」


 女はワイン瓶を持ってグール達に近付いた。そして、それを振り上げる。赤い目が、彼らを鋭くねめつけていた。

 瓶でぶたれそうになったグール達は、慌ててその場を離れる。彼女と距離をとってから、彼らは言い訳がましく言った。


「ほんの冗談ではありませんか」

「ちょっとしたアドバイスだよ!」


 意見に食い違いがあったグール兄弟は互いに顔を見合わせる。

 彼らのことは放っておき、女は少女のことを調べ始めた。息はある。身体に怪我はあったが、命に関わるほどのものではない。だが、冷え込む夜に少女をこのまま放置していくのは、人道的な判断ではないだろう。

 女が少女の身体に手を回し、持ち上げようとした時、蹄の音が近付いてきた。


「てめえら、何してる」


 威圧するような低い声が、放たれた。

 女は思わず、少女から手を離し、後ずさる。バイコーンが、角の生えた頭を女の方へ向けていた。

 グール達はバイコーンを見上げ、感嘆のため息をつく。


「素晴らしい。バイコーンではありませんか」

「うわあ、珍しいねえ」


 バイコーンはぎろり、とグール達を睨む。

 バイコーンの身体にもいくつかのかすり傷があった。雰囲気が荒々しく、興奮しているようにみえる。遠くから駆けてきたのだろうか。息も整っていなかった。

 バイコーンは少女を心配しているらしく、ちらちらと視線を下に向けている。

 その様子を見て、女は怯みから立ち直った。彼女は気丈に振る舞い、バイコーンに言う。


「この子の連れなら、ちょうどいいですわ。わたくしの城に運ぶのを、手伝いなさい」


 バイコーンは訝しげに女を見た。


「手当てをして差し上げる、と申しておりますのよ」


 女が持つワイン瓶。そこに血が詰まっているのを見て、バイコーンは目を丸めた。しばらく考えた後、彼は慎重に頷いた。警戒は決して解いていない。

 グール達は少女の近くにあった死体を、じろじろと眺めている。

 他のものとは違う。異端審問官の衣装ではなく、軍服を着た女だ。その軍服が元は何色であったかは、血に染まっているため分からない。腹には大きく穴が空いている。

 バイコーンもその死体に気付いたようだ。何とも言えない表情になる。


「これは……彼女は、真っ先に食べてあげなくては」

「何?」


 グールがぽつりと呟いた言葉に、バイコーンは裏返った声を出した。


「ぼくたちはグールなんだ」

「彼女の生と死を、清算するのです。彼女の門出のために」


 バイコーンはグールと聞いて納得したようだった。彼らの話を胡散臭そうに聞いていたのは、バイコーンの後ろにいた女の方だ。


「見ていて気持ちの良い光景でないことは確かです。お二方、見たくないのであれば、その少女を連れて先にお帰りになってください」

「ぼくたちはやることがあるからね」


 女は少女を抱きあげ、バイコーンの背に乗せた。グールの言葉に甘えるまでもなく、もとからそうするつもりだったようだ。

 バイコーンは、グールに向かって言った。


「向こうに、ユニコーンの死体がある。そいつのことも頼む」

「承知いたしました」


 グール達は頷く。

 女にうながされ、バイコーンはロジリア亡国に向かって歩き始める。

 彼らの背が遠くに離れると、グール達は女の死体に向き直った。


「死後の世界も、来生も、あります」

「だけど、次に行くのはちょっと早い」

「だから、アナタ様に今しばらくの休息を」


 グール達はいつくしむように、女の身体に口付けた。

 これからやる行為こそが、彼らの死者に対する最大限の敬意なのだ。それを理解しないであろう者達が、彼らの周りにはたくさん転がっている。

 それらのことは後回しにし、グール達は女のために口を開いた。


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