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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第3章 恋は人を変えるのか】
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40.聖女と盲目の死霊術師

 メルビンはミルタに問いかける。


「そんなに前から、ボーグナインと一緒にいるのか」


 ミルタが思春期の頃にシャダに憧れた、となると十年は前のことだ。

 今まで旅をしてきた中で、メルビンが旅の仲間の過去を気にすることはなかった。過去のことを聞かれ、ミルタは嬉々として答える。


「十年は一緒にいる。ボクが一番弟子だ。さっきも言ったけど、十代の頃に、戦場で初めて先生と、先生が使う死霊術を見てね」


 昔話を始める気らしい、と気付いたメルビンは瞼が落ちないように努力した。

 彼はそこまで深く聞いたつもりではなかったらしい。しかし、ミルタは自身の出身のことから話し始める。


「ボクはごく普通の家庭に生まれ育った。死霊術師になりたい。なんて言い出した娘に、蔑みの目を向けるぐらいには、普通の両親のもとに」


 祖国がまだ帝国として統一される前、一般市民にとって戦争など自分たちの生活には直接、関係のないことだった。国に仕える兵同士が戦場で殺し合う、それだけのこと。互いに牽制し合うだけの紛争に、たいした税金は使われなかった。

 統一戦争が勃発したばかりの頃は、一般市民にはまだ緊張感が伝わっていなかった。子供は近くの戦場を見に行くぐらいだった。彼らにとって、それは本物の騎士や魔術師を見ることのできる唯一の機会だったからだ。


「ボクはよく、兄や姉に連れられて、戦場の見物をしに行っていた。そこで、出会ってしまったんだ。あの素晴らしい光景に。遠くからでもよく見えたよ。戦場の死霊術師、彼が操る大群を」


 見に行く、といっても戦場に実際に足を踏み入れるわけではない。それはさすがに危険だと分かっていた。

 ミルタは兄と姉に連れられて、戦場が一望できる高台の木に登っていた。枝から足を投げだし、他人事のようにその戦況を眺めていた。戦っているのは自国の兵だというのに。

 その日、そこで、彼女を虜にする光景が繰り広げられた。

 たった一人の男が、戦況をひっくり返したのだ。男は敵国の魔術師だった。苦戦を強いられた敵国の兵がばたばたと倒れていく中、男は物怖じせず戦場の真ん中に立っていた。

 それだけでも、目を引いた。

 次の瞬間を見た時には、目を見開いた。

 男が何事か唱えると、死んでいった兵士達が起き上がり、敵を倒すために再び武器を手に取ったのだ。死を恐れる必要がなくなった兵士達は、敵を道連れにしようと襲いかかる。

 それからはあっという間だった。

 死人の軍隊に恐れをなした兵士達は、散り散りになって逃げ始める。あれだけ統率の取れていた兵士達が瓦解する瞬間。無理もない。相手をしているのは、腕が取れようと、脚がもげようと――頭を失くそうと、関係なく攻め行ってくるまさに不滅の軍隊。

 地獄が現世に現れたかのような、阿鼻叫喚の図。

 ミルタが見入る横で、彼女の兄と姉は血の気が引いていた。あの時は、自国の兵達が為すすべなく蹂躙されているからだ、と思っていたが今考えると、光景そのものに吐き気をもよおしていたのかもしれない。


「あの素晴らしい死霊術師に会いたい、と心の底から思った。あわよくば、弟子入りしたい、と。当然、両親には反対された。でも、家出を強行した時は何も言われなかった。たぶん、自分の娘が気味悪かったんだろうね」


 その男が、敵国の人間であることなど些細な問題だった。彼らが起こしているのは統一戦争だ。いずれ、国は一つにまとまり、同じ国になるのだから。

 ミルタはその時すでに、国が統一されることを確信していた。偉大な死霊術師がその一端を担うことにより。


「名前も分からなかったから、探し出すのは少し手間取った。でも、苦労して、念願の時を迎えることができた」


 死霊術師シャダ・ボーグナイン。彼のもとにようやく辿り着くことのできたミルタだが、彼女はその時に衝撃を受けることになる。


「彼の姿は、ボクが見た時のものと違っていた。戦場で視力を失い、目は閉じられたままで。そのショックからか、赤かった髪の色はすっかり抜けていた」


 視力を失ったばかりの頃の彼は、ひどくすさんでいた。戦場を退くことすら、本気で考えていたという。そんな大変な時期に、弟子入りを望むおかしな若い女がやってきた。


「最初は拒まれたよ。でも、発想の転換さ。付き添い人として近くで補佐する代わりに、死霊術を教えてくれ、って言った」


 それでも渋られたが、ミルタが粘りに粘ってなかば無理矢理、弟子入りした。

 彼女の助けもあって、彼はそれからすぐに戦場に復帰する。そこで発揮されたのは、衰えの知らない死霊術。彼はまたたく間に、いくつもの戦場を制した。


「一緒にいるうちに、これは恋じゃない、って気付いたけどさ。恋愛感情抜きにして、ボクは先生のことが大好きだ」


 恥ずかしげもなく、ミルタは言う。恋愛感情でないのならば、恥ずかしがる必要もないのかもしれないが。

 ここまで聞いてしまったのなら、とメルビンは前から聞きたかったことを彼女に質問した。


「ボーグナインは何故、カリム聖教を信仰している」

「え……。あー、カリム聖教の教えが素晴らしいからです……?」


 ミルタはしどろもどろに答えた。これが彼の望む答えだろう、と見当をつけて。

 メルビンは首を横に振った。


「そういうことを聞いている訳じゃない。奴が、信仰を持つようになったきっかけだ」


 ルーシャ帝国がある地域には、数年前まで、カリム聖教の教えはあまり浸透していなかった。それを、シャダがいくらか改善したのだ。

 その本人は、いったいどこで教義を知ったのか。メルビンが聞いているのはそういうことだった。

 ミルタはああ、と安心した表情を見せる。突然、彼が説法を始める気になったのか、と思って身構えていたのだ。


「視力を失った時、らしいよ。ボクが弟子入りした時には、先生はすでに信仰を持っていた」

「心のより所を求めて、か」

「んー。それもあるかもしれないけど、負傷した先生を助けたのが聖職者だったらしくて」


 メルビンはぴくりと反応する。心当たりがあるらしい。


「聖女イーディス、か」

「そんな名前だった気がする。有名な人なのか?」


 ミルタの問いに、メルビンは気難しい表情をする。一目で、彼がその聖女を快く思っていないのが分かる。


「数少ない、癒し魔法の使い手だ。天から授かった力を最大限に使いたいから、と大陸中を渡り歩いている」


 魔法は生まれもっての素質が大きい力だ。まず、魔力があるかどうか。そして、あっても力が微弱であれば、魔術師として大成することはない。

 自分が使える属性もあらかじめ決まっているため、いくら手から炎を出したいと願っても、適性がなければ一生できない。

 その分、自分は恵まれている、とミルタは思う。死霊術に憧れて、運良く適性があったのだから。適性があったから、死霊術に強く惹かれたのかもしれないが。

 そして、癒し魔法の適性を持つ人間は、中でも希少だ。その数の少なさから、高額な治療費をふっかけて、患者を治す魔術師もいるらしい。普通の医者にかかる方が良心的な料金設定なのだが、魔法に頼れば治療期間というものが存在しない。ある程度までの病気や怪我なら、一瞬で治ってしまう。

 それを、聖女イーディスは各地に赴き、無償で病人や怪我人を治している。普通の医者にかかることすら出来ない貧困層の人間達のために。自身の力を使えば、金持ちになる未来だってあっただろうに、彼女はあえて聖職者の道を選んだ。人を救うために聖職者になった、それがイーディスの口癖だった。

 時に、彼女は紛争地帯にも足を運んだ。そんな中で、シャダと出会ったのだろう。


「癒し魔法でも視力は戻せない、ってことに驚きだよ」

「何でもできる力、というわけじゃないからな」


 それでも、シャダは救われたのだろう。主に精神面が。

 おおよそ信仰とは縁のなさそうな死霊術師が、カリム聖教に入れ込む理由。それが分かって、メルビンは満足したらしい。

 彼はミルタに背を向けて、寝ようとする。


「審問官、先生の信仰は本物だよ。だから明日、大聖堂に連れて行ってあげてくれないか」

「……構わん。大聖堂に聖女はいないがな」


 ミルタは苦笑して、先ほどの本を開く。

 彼女はまだ寝るつもりはない。この本を、じっくりと読むつもりでいた。

 魔族の姿を実際に見たことは、数えるほどしかない。しかも、そのほとんどは死体だった。ここまで精密に描かれた絵なら、一見の価値があると思ったのだ。



 *****



 昨夜、夜更かしをしていたミルタは、もう何回目か分からないあくびをする。そのたびに、彼女の隣に座るシャダにあくびが移っていた。

 朝食の席で、眠そうにしている死霊術師の二人。彼らは皿に盛り付けられた料理には手を出さず、水だけを飲んでいる。彼らの向かい側の席で、メルビンは朝からしっかりと食事をとっていた。


「審問官の生活は規則正しいな。昨日だって、子供が寝るのと同じ時間に――ふわぁ、あー、寝ちゃうしさあ」


 喋っている途中で、またあくびをするミルタ。恒例のごとく、少し遅れてシャダがあくびをする。

 この師弟は見ていて飽きないな、とメルビンはパンを頬張りながら思う。

 ミルタは目の前の皿をどかし、机に突っ伏した。


「あと五分」

「ベッドから起き上がった後で言うものじゃないだろう、それ」


 ミルタから返事はない。シャダは椅子の背にもたれている。彼はいつも目を閉じているため、今、起きているのか寝ているのかも分からなかった。

 師弟が喋らなくなった後も、メルビンはもくもくと食事を続ける。肉や野菜のバランスも、ちゃんと考えていた。

 そして、五分後。ミルタは本当に起き上がった。


「おはよう! さあ、今日の予定の確認だ!」


 五分前とはまるで違うハキハキとした発声で、ミルタは言う。隣で、シャダがびくりと身体を揺らした。彼も本当に寝ていたのかもしれない。弟子の大声で起きたのだろう。


「先生と審問官は、大聖堂に行くだろ」

「教皇様に会うのは私だけだ」

「はいはい。で、ボクは街で聞き込みをしようと思うんだけど」


 何の、と問いかけるように片眉を上げるメルビン。ミルタは彼をテーブルの向こう側から小突こうとした。


「オマエが本来担っている役割だって。魔族に堕ちた女の子? とかなんとか。自治都市では結局、それどころじゃなかったし」


 自治都市ほどではないにしても、教国も各地から人が訪れる場所だ。厳格な信者ともなれば、“何か変わったもの”には敏感になっているだろう。情報を得られるかもしれない。

 問題は、ミルタ自身が“何か変わったもの”に含まれてしまいそうなことだが。目を合わせて話してくれる者が、どれほどいるものか。

 メルビンは唇を噛む。本来の任務を果たさないまま、教皇に会うのは後ろめたい思いがあった。だから、ミルタの申し出はありがたいものには違いない。


「そうしてほしい」

「オッケー。で、オマエさ、似顔絵とか描ける?」


 突然なにを言い出すのだ、とメルビンはミルタを見る。

 返事を待たずに、彼女はどこからか紙とペンを取り出していた。それをメルビンの方へ差し出す。


「ボクはそいつの顔を知っているわけじゃない。だから、人に説明するときは、これが一番手っ取り早いと思って」


 口振りからはあまり期待していない雰囲気が伝わってくる。メルビンに絵心があるか疑っているのだろう。

 メルビンはおもむろにペンを手に取り、紙に向かった。

 ミルタが見ている中、彼はさらさらとペンを持つ手を動かしていく。力の入っていない描き方だった。

 しばらくして、メルビンはペンを置き、完成した似顔絵をミルタに差し出した。それを受け取ったミルタは呆けたように口を開いたまま、絵を凝視した。

 メルビンはつまらなさそうに、頬杖をつく。


「そんなに驚くか」

「あ、いや、絵が上手いってことはもちろんだけど、わりと客観的に描くんだなあ、と」


 紙には、十代の可愛らしい女の子が、写実的に描かれていた。自らが追っている者の話をする時のメルビンは、感情を隠そうとしない。憎悪に顔をゆがませる。

 そんな感じだったものだから、てっきり似顔絵も主観の入りまくったものを描くのではないか、とミルタは考えていたようだ。

 憎むべき相手を、わざわざ可愛らしく描く理由はない。ならば、これはおそらく、本物に近いのだろう。


「いや、ありがとう。これなら、大分やりやすいよ」


 お礼を言って、ミルタは紙を丁寧にたたんでしまった。




 朝食後、メルビンとシャダはすぐに大聖堂に向かっていった。ミルタは二人を見送ると、すぐに聞き込みを開始する。夕方、宿で待ち合わせることにしていた。それまでに成果を出さなければならない。

 彼女の予想通り、というべきか。まず立ち止まって話を聞いてくれる人が少なかった。

 ミルタは白いローブを着た連中に話しかけるのは、すぐに止めた。つまり、聖職者や信者達だ。無視をされるのは気分のいいものではない。向こうも、死霊術師なんかに話しかけられて気分を害しているかもしれない。お互いの精神衛生上、これは賢明な判断だ。

 しかし、ミルタの不満顔は直らない。

 この世に異端がいくらはびころうが知ったことではない。自分には関係のないことだ。それなのに、こうやって健気に聞き込みをしていることを、誰か一人ぐらい労ってくれたって良いじゃないか、と内心で思っていた。

 彼女は狙いを行商人に変える。教国の住人よりはいくらかマシだろう、と考えて。

 行商人達は確かに、話は聞いてくれた。しかし、有益な情報を持つ者は一人としていない。

 昼を過ぎ、夕方近くになって、ミルタは諦めかけていた。メルビンに似顔絵を描いてもらった時は、これはいける、と思ったものだ。だが、実際はそう甘くなかった。

 最後の悪足掻きをしよう、とミルタはあまり儲かっていなさそうな酒場に足を踏み入れる。無駄に整った店内には、数えるほどの客しかいなかった。ミルタが入ったことで顔を輝かせる店主が嘆かわしい。


「なんでもいいや、オススメをちょうだい」

「はいっ、ただいま!」


 ミルタの注文に、店主は嬉しそうに返事をする。暇すぎて死んでいた目が、生き返る。

 おそらくここは、教国で唯一の酒場だ。教国の人間達は、酒がお気に召さないらしい。なぜこんなところで店を出してしまったのか、とミルタは店主の人柄を見て思う。

 ミルタはカウンター席で背中を丸める男に近付いていった。


「ちょっとお尋ねしたいことが――」

「あー? ほっといてくれよ、っひく。説教ならいらねーぞ、坊主」

「ボクのどこをどう見たら坊主に見えるんだっての」


 男は泥酔していた。

 ミルタはかまわず、男の隣に座る。男はじーっとミルタのことを見つめた。視線が胸元にちらちらと向かう。


「よーく見たら、小うるさい連中とは違うねえ。白くない」

「そうなんだよ、ボクは黒いんだ。そのせいで仲間外れにされちゃってね」


 男は下卑た笑い声をあげる。どこに笑う要素があったのやら、と思いながらミルタは似顔絵の紙を取り出す。

 それをカウンター上に広げた。


「この絵の人物を探していてね。見覚えはないかい?」

「分かんないなあ。でもぉ、おねーちゃんと良いことしたら、思い出せるかもしれんなあ」


 男は紙に目を向けないまま、答えた。先ほどからずっと、男の視線はミルタの身体を舐め回している。

 ミルタはにっこりと笑う。男はつられて笑った。

 ミルタは急に、へらへらと笑う男の胸ぐらを掴み、至近距離から睨んだ。半立ち状態になった男は泡を食う。


「おい! なんのつもりだぁ、放せ!」


 ミルタが指を鳴らした。すると、彼女の隣に、死体が現れる。瞬間、悲鳴が上がり、グラスの割れる音がした。酒を持ってこようとしていた店主が、運悪く居合わせてしまったらしい。

 男は目を見開き、顔を青ざめさせていた。


「ボクはオマエに説教する坊主とは違う。よく覚えとけ」


 男はガクガクと首を縦に振る。

 死体は何もしていない。ただ、そこに立っているだけだ。


「こちらの“見目麗しいお嬢さん”とキスをしたかったら、そのまま黙っていてくれて構わないんだけど――」


 男は、今度は首をぶんぶんと横に振った。

 “見目麗しいお嬢さん”の口からは、ウジ虫が這い出てきていた。ミルタは笑いながらそれを見る。ご愛嬌だ、と。


「じゃあさ、そこの紙を見てくれる? その似顔絵に見覚えがあったら、教えてよ。別に、知らないならそれでいいんだ、本当に」

「し、知ってる」

「あ、そ。じゃ――え?」

「こいつのせいで、俺は、俺は」


 男の目の色が変わる。ミルタが男の酔いを覚ましたのだろう。口調は震えながらも、しっかりとしたものになっていた。

 男の反応から、嘘ではないと判断したミルタは死体をその場から消し去る。そして、男の胸倉から手を放してやった。


「いや、あんな街、こっちから願い下げだ。だ、けど、職を失ったのは……くそっ、やっぱり駄目だ」


 男はぶつぶつと呟いている。


「オマエ、無職なの?」

「ちょっと前までは、トムセロ自治都市で門番をやっていたんだよ。北門の」


 ミルタは身を乗り出す。


「失職したのは、地下層の騒ぎのせいか?」

「自分から辞めてやったのさ。地下はやばいところだって聞いていたけど、あんな化け物共を飼っていたなんて」


 男は身体を震わせる。

 こんなところで飲んだくれているが、教国に入れるということは男もカリム聖教の信者なのだろう。魔族が身近にいたと知ってなお、自治都市に居続けることは精神的に無理だったのだ。


「地下から魔族を連れ出したのが、その似顔絵のやつだ」

「はあ? 本当かよ」

「英雄の名に誓って。そいつは角の生えた馬に乗っていた」

「ユニコーン?」

「いや、二本のやつ」

「バイコーンか。ますます、らしいじゃん」


 ミルタはにやりと笑う。

 あれだけ苦戦していた情報集めが、最後の最後で報われた。ミルタにとっては、それだけで上出来だ。


「どこに行ったか、までは分かんないよな?」

「どこに行ったか、は分からないが、どこから来たか、なら答えられる。亡国方面だ」


 ミルタは似顔絵の紙をしまう。これだけの情報があれば十分だろう。

 男は疲れたように言った。


「トムセロ自治都市の市長は頭がおかしいよ。魔族を匿うなんて」

「なに?」

「そのまんまの意味さ。地下層で飼っていた魔族を匿っているんだ」


 ミルタは目を見開かせる。あの街の傭兵は、地下にいた魔族は“殺した”と言っていた。異端審問官に対して、嘘をついたことになる。金で動く傭兵がわざわざそんなことを言ったのは、彼らが市長に雇われていたからか。

 ミルタはカウンター上に金を置いた。そして、死体を出現させてから固まったままだった店主に声をかける。


「酒代はここに置いておくよ。この男の分も、これで」

「え、でも」

「衛生の悪いものを出現させちゃった詫びも込めてるから」


 そう言って、ミルタは酒を飲まないまま、酒場を飛び出した。




 待ち合わせた宿に、メルビン達はすでに戻ってきていた。ミルタは二人のもとに走っていきながら、報告する。


「ボクはやればできる! 大収穫だ!」


 しかし、メルビンの反応は薄い。

 ミルタは上がっていたテンションを下げ、様子をうかがう。メルビンの顔面が蒼白だった。これは、怒りに満ちている時の表情だ。

 今のメルビンを下手に触ってはならない、と察したミルタはシャダの隣に立つ。


「先生、何かあったんですか?」


 シャダが答えようとしたところに、メルビンが割り込んだ。


「やはり、人は信用ならない! あの時、私が馬鹿正直に傭兵共の言うことを鵜呑みにしなければ!」


 ミルタが仕入れてきた情報は、すでに教皇の耳にも入っていたのだろう。メルビンは自治都市の魔族をみすみす見逃してしまった、ということになる。恥をかいたのだ。


「悔しいよな、分かるよ、うん。でも、ボクらが追っているのはこっちのはずだ」


 ミルタは似顔絵の紙を取り出す。


「亡国に行ってみよう。運が良かったら、角の悪魔にも会えるかもしれない」


 メルビンはミルタを睨む。人を疑うような視線だ。すっかり人間不信に陥ってしまったらしい。

 しかし、最終的にメルビンは頷いた。


「今から出発する。詳しいことは道中に聞く」


 有無を言わせない口調でそう宣言して。

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