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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第1章 糸は紡がれる】
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3.ヨルムグル城下町

 夢の中で、蹄の音が響いた。

 ああ、師匠が馬に乗って森を走っているんだ。そう考えたミァンは、無意識に師匠の姿を探す。


「まだ寝てんのか、寝ぼすけめ」


 しかし、聞こえてきたのは師匠のものとは似つかない、嘲りを含んだ低い声音。

 ミァンは、ぼうっとした鈍い思考を働かせた。そうだ、師匠の声が聞こえるはずがない。だって、師匠は――

 そこまで思い当たり、ミァンはうめきながら目を覚ました。

 初め、自分がどこにいるのか分からずにきょろきょろとする。まだ夢を見ている気分だった。テントの入り口に立つ黒馬が目に入って、ようやくミァンは今の自分を理解した。夢の中で、ミァンは今よりもさらに小さく幼い子供のままだった。

 ミァンの顔に浮かんだがっかりとした表情に、メェメェは不機嫌そうに言う。


「寝起き最悪だな、お前さん」

「おはよ」

「おう、おはようさん」


 のそのそと起き上がり、着替えを探り始めると、メェメェはおかしそうにたずねた。


「外出てた方がいいか? おませさん」

「私、十五歳だよ。私の身体を見てどう思うかじゃなくて、私が身体を見られてどう思うか、ってことを考えてほしいな」

「十五? やっぱり子供じゃないか」


 そう言いつつも、メェメェは外に出ていく。

 彼の姿が見えなくなると、ミァンは大慌てで着替え始めた。

 今、陽はどれぐらいの高さにあるのだろうか。自分では気付かなかった昨日の緊張が、疲れとして出たのかもしれない。

 毛布を畳んで、昨夜メェメェが寝ていた位置に目を向けると、そこにはミァンよりもきれいに畳んである毛布があった。朝っぱらから敗北気分を味わったが、仕方ない。手ぐしで髪をときながら、ミァンは外で待つメェメェのもとに向かう。


「まだ早朝じゃない!」

「俺より遅く起きたんだから、お寝坊さんには間違いないだろ」


 悪びれる様子もなくメェメェが言う。

 テントを出てミァンが真っ先に見たものは、眩しいほどの朝焼け。つまり、今は太陽が顔をのぞかせたばかりの時刻。ミァンは焦る必要などまったくなかったというわけだ。


「なんで、あなたはそんなに早く起きてるの!」


 朝早くから、近所迷惑になりかねない声量を出すミァン。


「あぁ? ちょっとばかり、ツケを払いに行っただけだ。あと、向こうの高原で草を食んでた。つまり、朝飯」

「普通に草食なんだ」

「……どうだかねぇ」


 メェメェは言葉を濁す。


「朝ごはん、どうしよう。昨日の酒場でいいかな」

「酒場はやめとけ。店がある通りまで案内してやるから、そこでなにか買って食べろ」

「お金は」

「ないのか? 世話の焼ける奴だな。飾り棚の二段目に金の入った袋があるから、取ってこい。言っておくが、それ以外の物に触るんじゃないぞ」


 ミァンは意外そうに彼を見た。その視線に気づき、メェメェはまた不機嫌そうにする。


「なんだ?」

「優しい」

「ボケ参謀に頼まれ――命令されたからな。嫌々やってんだよ。やらなきゃ俺の首が飛ぶからだ。言っておくが、俺は優しくない」

「じゃあ、そういうことにしておく」


 生意気な口をきいた、とどやされる前に、ミァンはテントの中へと舞い戻った。




 店が立ち並ぶ通りまでの道すがら、ミァンは奇妙なものを見た。道の真ん中でうつ伏せに倒れて寝ている者たちが何人もいたのだ。種族問わずに。それも一か所に集まっているわけではなく、点々と。メェメェが何も言わずにどんどん先に進んでしまうため、ミァンは立ち止まって調べるわけにもいかなかった。

 まさか本当に寝ているわけではあるまい。ここは山の中腹、夜中は肌寒い。獣人たちには天然の毛皮があるかもしれないが、リザードマンには厳しいものがある。

 気になって仕方がないので、よくよく観察しながら歩いていると、彼らの背中には皆一様に蹄の足跡がつけられていることを発見した。すると段々と、ミァンは彼らに見覚えがあるような気がしてきた。だが、昨日ここに来たばかりのミァンの顔見知りなど、たかが知れている。どこで見かけたのか、という問いにはおのずと答えが浮かんだ。

 酒場だ。

 酒場でメェメェをからかっていた者たちだ。彼は昨日たしかに、覚えていろよ、とこの者たちにすごんでいた。

 ここまで考え、メェメェの払ったツケがなにか、ミァンは合点がいった。そして、メェメェが優しくないというのは事実らしいことも。


「ほら、ここだ」


 メェメェが尻尾を振って、ミァンの気を引いた。

 ヨルムグル古城へまっすぐ続く道の両脇に、露店が立ち並んでいた。亜人達はここをヨルムグル城下町と呼んでいる。まだ早朝ということもあってか、人通りは少ない。しかし、店を営む者たちはすでに準備を整え、あとは客を待つばかりの様子だった。

 武器や鎧といった装備品から、日用品、香ばしい匂いを漂わせる食べ物屋もある。


「なに買ってもいいの?」

「無駄遣いするなよ」


 それだけ言うと、メェメェはふらふらと近くの店へ寄って行った。ここからは自由行動、ということらしい。

 まずは腹ごしらえだ。ミァンは匂いのもとを辿っていく。すると、有翼人の女がつまらなさそうに頬杖をついて店番をする店に行きついた。

 真っ白な翼を背中から生やす他は、人間と変わらぬ姿の有翼人。その容貌から、彼らを天使と呼ぶ者も少なくない。

 そこでは、焼いた肉と生野菜をパンではさんだサンドを売っていた。


「一つくださいな」

「――はっ、あ、はい。銅貨五枚です、ええ、代金はこちらに」


 有翼人の女はサンドを紙でくるみ、ミァンに手渡した。

 ミァンはメェメェから預けられた袋の中から、銅貨を五枚探しだし、支払う。その際、ミァンは初めてここでの通貨を聞き、硬貨を見た。やはりというべきか、人間たちの間で流通するものとは違うようだ。

 有翼人の女はミァンが代金を支払うまでの間、じっとこちらを見ていた。


「ね、あなた。噂の人間でしょ」

「昨日今日でもう噂になってるんだ。どこまで信用できたものやら」

「そりゃそうでしょ、うちの男たちをぼっこぼこにしたんでしょ? 噂にならない方がおかしいって。あ、でも、噂ではムッキムキでゴリラの亜人みたいな女だった、って聞いたんだけど違うみたいだね」

「その噂流したの誰よ。もう一度ぼこるわ」

「あっはは、どうせぼこられた男の妬みだって。気にする必要ないでしょ。大丈夫、私がチャーミングで可愛い子だった、っていう噂を流してあげるから」


 有翼人の女は、最初に抱いた無愛想という印象とはまるっきり反対の性格をしていた。お喋りで噂好きの女の子だ。そして、人間に対して特別敵意を持っている様子がなかった。

 これで売り物も美味しかったら毎日通おう、とミァンはこっそり決意する。


「それはそうと、頬杖をついて店番をするのはどうかと思う」

「ああ、あれね。今日も鬱陶しい男が一番に店に来るのかなー、って思ったら嫌んなっちゃって。毎朝毎朝、口説きにくるのよ。でも良かった、こんな可愛いお客さんが一番乗りで。あいつ、自分が一番じゃなかったって知ったら、悔しがるだろうな」

「お姉さん、きれいだから変な虫がついてるんだ。大変そうだけど、お仕事がんばって」


 肉が冷める前にサンドを食べたい、とミァンはここで会話を切り上げた。有翼人の女は機嫌よく手を振ってくれた。




 ミァンが腰掛ける岩の前で、メェメェとエルフの青年が向き合っていた。

 ここは、露店が並んでいた通りから外れた場所にある高原だ。亜人たちはここを訓練場として使っているらしく、あちこちで掛け声が飛び交っていた。剣をぶつけ合う音も聞こえる。

 あの後、ミァンは落ちつける場所を探していたところ、メェメェの声が聞こえてきたので、声のする方へ歩いてきたのだった。最初、メェメェがエルフの青年と魔法を打ち合っていたのを見た時は喧嘩かと勘違いしたが、双方とも真剣な顔をしていたため、訓練だということを理解した。

 声をかけるのもはばかられたので、ミァンはちょうどいい位置にあった岩に腰掛けて買ってきたサンドを食べ始めた。肉が分厚くておいしい。と、サンドの味の評価をする一方で、ミァンはメェメェが魔法を扱えることに驚いていた。


「どうぞ! 遠慮なくお願いします!」


 エルフの青年が叫ぶ。

 メェメェはうなずくと、呪文を唱え始めた。魔法の心得がないミァンには何を言っているのか聞きとれない。

 唱え終わるのと同時にメェメェが前脚を踏み出す。すると、炎が渦を巻きながらエルフの青年に向かっていった。エルフはすぐさま対抗するための呪文を鋭く唱える。青年の指先から水が噴き出て、メェメェが飛ばしてきた炎をかき消していく。エルフの青年が押し返したかのように見えたが、それからすぐに青年は悲鳴をあげてその場から飛びのいた。

 メェメェは最初の呪文を唱えた後、続けざまに次の呪文を唱えていたのだ。炎の影に隠れて、雷が迫っていたのである。青年は水属性の魔法を出していたため、反応が遅れていたら感電していた恐れもあった。

 尻もちをついた青年の前で、雷がはじけて消えた。


「今のは水よりも氷の方が良かったな」

「氷属性の魔法なんて使えないっす……。僕が使える属性の魔法なら――風で押し返すのが正解?」

「ああ、それもありだな。ま、どんなことしたって、俺様が相手じゃ力負けするだろうけどなぁ」


 エルフの青年は苦笑して立ちあがる。

 勝って当然、という態度を取っておきながら、やはり嬉しいのだろう。メェメェは得意げだ。

 その後、一人と一頭は二言三言、言葉を交わしてから別れた。

 ミァンもちょうど食べ終わったところだったので、立ちあがりメェメェに駆け寄る。


「なんだ、小娘、見てたのか」

「魔法が使えるなんて意外。それも、けっこう強そう」

「ふん」


 メェメェは興味なさそうにそっぽを向いた。自分の力に自信を持っているため、褒められても照れる必要がないのだ。


「終わったら迎えに行こうと思っていたところだ、ちょうどいい。リッカがお呼びだ。ヨルムグル古城に行くぞ」




 一緒に通りまで戻り、道を歩く。メェメェが前を歩いているため、ミァンは歩くたびに揺れる優雅な尻尾を見せつけられていた。その尻尾というのが、汚れ一つない真っ白な毛で、ミァンの髪よりもさらさらしていそうなのだ。

 自称公爵というだけあって、身だしなみ――毛並みや立ち振る舞いには気品があふれている。ほんの数十時間いっしょにいただけのミァンでも、それは感じ取ることができた。

 言動は少し危ういが。


「ちょいとそこのお嬢ちゃん。店に寄っていかない?」

「寄らねえよ、ヒゲ」


 メェメェが振り返って唸った。

 テーブルカウンターから、もじゃもじゃの頭がのぞいていた。目線がカウンターにやっと届くぐらいの身長らしく、必死で背伸びしている様子がうかがえる。おそらく、店主はドワーフだろう。

 店主の背後の棚には、ずらりと武器が並べられていた。鎧や馬具といった品も見受けられた。

 店主がずんぐりした手を伸ばして手招きする。店主の姿を見たい、と思ったミァンは店に寄って行く。背後でメェメェが舌打ちする音が聞こえたが、気にしない。


「なにか売ってくれるの?」

「いや、実を言うと、その剣が見たくてな」


 ミァンはカウンターの裏に回り、かがんでドワーフと視線を合わせた。

 メェメェが先ほど彼を「ヒゲ」と呼んだように、それはもう立派な髭を生やしていた。大量の髭をいくつもの三つ編みにし、先に可愛らしいリボンを結んでいる。


「ふうん? それはちょっと無理なお願いかな」

「見るだけ! 見るだけでいいんだ! ちょびっとだけ、ね? おじさんからの一生のお願い」

「気持ち悪いわ、ボケ。小娘が嫌がってんだろ、やめろ」


 メェメェもカウンターの裏に回ってきていた。しかし、彼は高いところからドワーフを見下し、かがもうとしない。

 ドワーフはメェメェを下から睨む。


「よし、分かった。今なら、剣を見せてくれたら、この馬具一式をサービスしちゃうよ。これで、どんな暴れ馬も意のままに操れる!」

「このチビっ、踏んづけるぞ! 俺様がそんなもの付けさせるとでも思うか」

「メェメェも嫌がってるし、別にいらないや」


 ミァンの言葉に、ドワーフは慌て始めた。


「あ、いや、これは親切心から言うんだけど、鞍ぐらい付けた方がいいんじゃない……?」

「裸馬に乗ったことあるしなあ」

「た、手綱だけでも……」

「ちなみに、それは首のない馬だった」

「首……? ま、そんなもの必要ないな。俺様の角がなんのためにあると思う?」


 ドワーフは言葉に詰まり、しばらく考えた後、ミァンに対して土下座した。


「頼む! 後生だから! これを逃したら、そんな素晴らしい剣を見ることは一生ないかもしれないんだ」

「そ、そんなに言うんだったら……」


 土下座の衝撃に、ミァンはついそう言ってしまった。すると、ドワーフはすぐに飛び起き、抱きつくほどの勢いで彼女に迫った。ミァンは思わず身を引いてしまう。今更ながら、店に寄ったのは間違いだったかもしれないと思い始めていた。

 メェメェは呆れてドワーフを見ている。


「じゃ、じゃあ、条件ね。私の剣を見せてあげる代わりに、お店の商品のどれか一つをちょうだい」

「むう。仕方あるまい。いや、その程度ならお安い御用だ」


 ミァンは腰から剣を抜いた。鞘から抜き放たれる音に、ドワーフは息をのむ。

 剣はミァンが持ったまま、ドワーフがそれを舐めるように眺める。横目で見ていたメェメェもその刃を目にした瞬間、顔色を変えた。ミァンはドワーフに気を取られていたため、その変化に気付くことはなかった。

 しばらくして、ドワーフは感嘆のため息をついた。


「ああ、本当に素晴らしい。素晴らしい。これほどの物をなぜ人間なんかが――あ、いや、別に貶しているわけじゃないんだ。ただ、信じられなくてな。ふーむ、そもそもそれを持てる時点で人間ではないのかな。少なくとも、普通の人間ではないな」

「剣だけじゃなくて、私のことも分析するなんて聞いてないよ」


 剣を鞘に収め、ミァンは口をとがらせる。


「ああ、すまん。で、お礼をするんだったな。しかし、その剣以上の品はこの店にはないぞ……? いや、大陸中を探したって――」

「剣は間に合ってるし、変えるつもりもないよ。予備の短剣が欲しくて」


 饒舌になったドワーフの相手をするのが面倒臭くなったミァンは、言葉をさえぎり要望を述べた。

 ドワーフは頷き、迷うことなく奥から一本の短剣を持ってくる。ミァンはその短剣を手に取り、感触を確かめる。それから、遠慮がちに言った。


「ねえ、これって結構良い物じゃない? こんなもの貰っていいの?」

「一度した約束だ。遠慮なく持ってけドロボー!」


 ドワーフの店主の言い様に、ミァンは笑いながら礼をした。


「本当はお金を払ってもよかったんだけどな」

「おい、俺の金だろ。なに自分の物のように言ってんだ」

「なんだとっ、じゃあ、お金取ってやればよかった」

「こんのクソチビ……!」


 これ以上揉め事を起こす前に、とミァンはメェメェを急かした。古城でリッカが待っている。

 時間は取られたものの、思わぬ収穫があってミァンは上機嫌だ。


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