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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第3章 恋は人を変えるのか】
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29.英雄カリムの肖像

 ミァンの安らかな眠りは、朝から賑やかなサキュバス達によって妨害された。部屋になだれ込んできた彼女達の手には、なぜか昨日買ってきた洋服の数々がある。

 ミァンは上半身を起こしているものの、状況を把握できていないようで、眉根を寄せていた。そんな彼女の様子を気にも留めず、サキュバス達は持ってきた服をベッドの上に並べ始める。

 話し声に目を覚ましたメェメェは、彼女達を唖然と見つめた。そして、ベッドの上で不機嫌そうにしているミァンに気付く。


「相変わらず、寝起き悪いな」


 近付いてきたメェメェを、ミァンは目を細めて見た。睨んでいるようにしか見えない。

 メェメェは、ミァンからそっと目を外す。すると、ベッド脇のサイドテーブル上にある物が目に入った。男物の上着だ。

 サフランもそれに気付いたようだ。


「あれっ、ライさまの服じゃん。あ、もしかして昨日の夜、何かあったのかなっ」


 彼女のはじけるような喋り方と発言に、ミァンの目はすっかり醒めた。


「な、なな、何かって、俺様が寝ているそばで――」

「ないない。私はメェメェとは違うから」


 動揺するメェメェに、ぴしゃりとミァンは言い放つ。

 サイドテーブルに畳んで置いてあるのは、昨夜借りたライラックの上着だ。バルコニーで話し込んだことを、何かあった、と表現するのは大げさだろう。

 上着を返しにいかなければ、と思い立ち、ミァンはベッドから起き上がろうとする。片足を床につけたところで、ベラドンナが彼女の腕を掴んで引きとめた。


「着替えなら、ここにあるではないか」


 ベラドンナはベッドの上に並べられた服を指差す。

 ミァンの足は、部屋の隅に置いてある鎧に、まっすぐ向かおうとしていた。ミァンは不可解な表情で、サキュバス達を見る。

 並べられた服は、なぜか、ミァンにぴったりなサイズの物ばかり。そして、ミァンが苦手な可愛らしい――女の子らしいデザインの物ばかりだった。


「なんで、私がそれを着るの?」

「そんな厳つい鎧を着て、街に下りるつもりですか、ミァンさん」

「え?」


 眼鏡のレンズを光らせ、当然のように言ったナツメグに、ミァンは呆けた声を出す。


「……一緒に、街を見てまわろう……?」


 ダチュラが首を傾げて、ミァンの寝巻きの裾を掴む。

 彼女の上目遣いに思わず、頷きそうになるミァン。だが直前で思いとどまり、首を横に振った。嫌、というよりは、訳が分からない、という意思表示だ。


「ちょっと待って。なんでそんなことになってるの?」

「ライさまが言ってたよっ。ミァンちゃんは今、休暇中だ、って!」

「はあ?」


 あの男は何を勝手なことを言っているのだろう。上着を返すついでに、文句を言わなければならない。眉を吊り上げ、再び立ち上がろうとしたミァンを、ベラドンナはさっきより強い力で引きとめた。

 おかげで、ミァンは引き倒されてベッドの上に転がってしまった。


「貴方は少し身を休めた方が良い、とライは考えているのだろう。年相応に遊ぶことも大事だぞ」


 ベラドンナがきつめの口調で言う。ミァンは睨みを返した。

 一悶着起こりそうな雰囲気に、メェメェが割って入る。当然、自分の味方をしてくれるものだと思っていたミァンは、彼の次の言葉に耳を疑った。


「そうだな。俺達は今、休暇中だ。たまには気を抜けよ、小娘」


 メェメェは気楽にそう言って、尻尾を振った。

 サキュバス達がとたんに彼を持ちあげる。メェメェの得意げな表情に、彼はもしかしてこれを狙っていたのではないか、という思いがよぎった。この場に誰も味方がいない、と悟ると、ミァンも言われた通り肩の力を抜くしかない。


「ミァンさんを着替えさせますので、メェメェさんは部屋の外に出ていてください」

「着替えぐらい一人でできるんだけど」


 ナツメグはにこにこと笑うだけで、それ以上は何も言わない。不穏な空気に、ミァンは背筋を凍らせた。

 ミァンの助けを求めるような視線に気付かないまま、メェメェは廊下に出ていった。

 部屋の中に女しかいなくなると、サキュバス達の目の色が変わる。彼女達に襲われる獲物が最期に見る景色は、きっとこの爛々と光る目なのだ、とミァンは思った。




 ライラックが客人に貸した部屋の前を通り過ぎようとした時、ちょうどメェメェが部屋から出てきた。ライラックは足を止め、彼に話しかけようとする。が、その声は閉じた扉の向こうから聞こえてきた金切り声により、かき消されてしまった。


「ちょ、ちょっと! やめてよ、服ぐらい自分で脱げる!」


 ミァンが恥ずかしがって上げている、甲高い悲鳴だ。ある意味、身の危険を感じての叫びのようにも聞こえなくはない。


「私、そういうのは絶対無理! 絶対に着ない!」


 ライラックとメェメェは無言で顔を見合わせる。助けに入っては逆効果だ。ここは彼女の心の底からの叫びを聞いているしかない。

 聞こえてくるのはミァンの声ばかりで、サキュバス達が何を言っているのかは分からなかった。


「女同士だからって! やって良いことと悪いことがある! そ、それはだめ」


 ライラックは同情するようにため息をついた。中で何が行われているのか、彼は見なくても分かるようだ。

 メェメェは不審そうに部屋の扉を見た。開けたくてたまらないが、開けたら開けたで大問題になりそうなので、ここはじっと待っているしかない。


「本当に、着替えているだけだよな……?」


 身構えるメェメェに、ライラックはくすくすと笑った。

 もちろん、着替えているだけ、である。サキュバス達が少々強引なのだろう。

 ライラックも経験したことがある。彼の場合は着替えではなく、姿そのものを変えるのだが。彼女達の注文に応えて、見た目を変えるのだ。

 淫魔が姿を変えるのに必要な魔力は、微量なものだ。それでも、ああでもない、こうでもない、となかなか意見がまとまらない四人を満足させるのは、骨が折れる作業だった。やっと解放された時、ライラックは疲労しきっていた。


「僕も、賭けに負けた時、やらされます」


 ライラックは遠い目で言った。

 ミァンは賭けに負けたわけでもないのに、なぜこんな目に合っているのか。先程ミァンに味方しなかったことを、メェメェは少しだけ申し訳なく思った。

 しばらくすると、抵抗するのを諦めてしまったのか、悲鳴がぱたりと止んだ。

 メェメェとライラックが様子を窺っていると、部屋の扉がゆっくりと開いた。そろり、と廊下に顔を出したミァンの頬が上気している。黒髪が、リボンによって一つにまとめられていた。

 警戒して部屋から出ようとしないミァンを、誰かが後ろから押したのだろう。つんのめるようにして、ミァンは廊下に飛び出た。よろけながら数歩歩いた後、彼女は両足を突っ張って立った。

 ミァンは、淡い色のワンピースドレスを着ていた。サキュバス達ほどではないにしても、彼女が普段着る鎧よりは断然、露出が多い。

 普段と違うミァンを見たメェメェは、なぜか数歩後ろに下がる。

 サキュバス達は、満足げな表情で廊下に出てきた。彼女達はライラックに意見を求めるように、彼を取り囲む。

 ライラックは、ミァンを労うように微笑んだ。その時、彼の顔色が昨夜よりも良いことに、ミァンは気がついた。


「可愛いですよ」


 上気していたミァンの頬が、さらに赤みを増す。彼女は肩で息をしながら、サキュバス達を恨めしそうに見た。


「二つ、言っておきたいことがあるんだけど」


 淫魔達はきょとんとする。

 ミァンは声を絞り出した。


「私はあなた達の着せ替え人形じゃない」


 起きてからまだ数十分も経っていないというのに、なぜこんなに疲れているのか。間違いなく、彼女達のせいだ。これから、山を下りて街に行こうというのに。

 そして、二つ目はそのことについてだ。


「私、こんな恰好の人達と一緒に歩きたくないからね。特にそこ二人!」


 ミァンは、サフランとナツメグに目を向ける。

 指差された二人は、無言のやり取りをする。ナツメグが指を鳴らすと、どこからか霧が現れて二人の姿を隠した。そして数秒後に霧が晴れた時、サフランはタンクトップと短パン姿に、ナツメグはタートルネックにロングコート、という出で立ちになっていた。二人の顔が自慢げだ。

 これなら人前に出ても恥ずかしくないだろう、ということらしい。

 問題は解決されてしまった。ミァンはもう何を言う気にもなれない。視線を落とすと、自分が手に持っている物が目に入った。これのことを忘れていた。

 ミァンはライラックに近付き、貸してもらった上着を仏頂面で返す。本当はもっと愛想良くするつもりだったのに。


「あなたも一緒に来るの?」


 ライラックは上着を受け取り、問いかけるようにサキュバス達を見た。


「……だめ。今回は……女子会」


 ミァンの疑問に答えたのはダチュラだった。

 さらりとメェメェも除外されている。意外にも、彼はその言葉にほっとした表情を見せた。


「だそうです」


 楽しんできてください、とライラックは笑った。



 *****



 街まで下りたミァン達は、まず真っ先に飲食店へと向かった。朝食を食べるためだ。たいして険しい山ではなかったものの、整備されていない道を下るというのはいい運動になった。おかげで腹はぺこぺこだ。

 それにくわえて、昨日は午後から何も食べていない。ヨルムグル城下町を離れると、途端にこういう日が多くなる。

 洒落たカフェテラスで、ミァンはできるだけ上品に見えるよう、ナイフとフォークを使って朝食を食べる。店の雰囲気が、彼女をそうさせていた。

 テラスから見える街の様子は、とても賑やかだ。トムセロ自治都市ほどではないにしても、人が多い。内戦状態にあるというフーフバラだが、それも場所によるのかもしれない。街を行く人は皆、護身用の武器を身につけているものの、それはこの街に限らずどこにでもありふれている光景にすぎない。

 ミァンも、剣だけは肌身離さず持ち歩いている。自分の身が大事だから、というよりは剣が大事だから、といった理由だが。この服装だと、剣だけが浮いて見えるかもしれない。事実、サキュバス達もはじめは剣を置いていくように言っていた。しかし、ミァンもこれだけは譲れなかったのだ。


「こんな紙きれがお金って実感わかないな」


 ベラドンナが一枚の紙幣を手にして言う。

 サキュバス達はミァンが座るテーブル席で、お金を広げていた。お金はライラックから手渡されたものだ。もちろん、亜人である彼がもともと人間のお金を持っていたわけではない。数日前に、館を訪れた人間の置き土産らしい。その男は商人だったようで、かなりの大金を持っていたという。

 サキュバス達の前には注文した料理や飲み物はない。そもそも、注文していないのだ。五人で店に入っておきながら、注文をしたのはミァン一人。そのうえ、見た目は美女である四人は、テーブルの上に大金と呼べる量の紙幣を広げている。

 当然、店の人の目を引いた。

 淫魔は人間が食べるものを口にすることは出来ないそうだ。以前、人間と同じものを食べようとライラックが挑戦したことがある、とサキュバス達は話してくれた。結果、口に合わずすべて吐き出してしまったらしい。その光景を見て以来、絶対に人間と同じものを食べようとは思わなくなった、とサキュバス達は言う。

 淫魔が必要とする栄養は、生気のみ。それ以外のものは身体が受け付けない。


「あんまり、そういうのを見せびらかさないでよ。人目を引くから」


 ミァンが注意すると、サキュバス達は紙幣をかき集めて、雑に財布に押し込み始めた。


「でも、お金なんてなくたって、あたし達自身が人目を引いてるよねっ」

「自覚があるなら、変な行動しないでね」

「こ、行動のことじゃないしっ。あたし達の美貌の話だもんっ」


 ミァンは彼女達がなにか奇怪な行動をしないか、と気が気ではない。人の近くで暮らしてきた淫魔が下手なことをするはずはないが、それでも心配だ。

 サフランは紙幣を集める途中、何かを見つけたように声を上げた。


「これ、教皇の肖像だっ」


 紙幣に描かれた年老いた男性。彼女はそれを指差していた。

 ミァンはその紙幣を覗き込む。セピア調の小さな肖像が、ミァンのことを見返してくる。教皇パウウェル、肖像の下にはそう名前が書かれていた。


「教皇って、今の?」

「……そうみたい。描かれてるの……歴代の教皇かな」


 ダチュラは一度集めた紙幣をまた広げ始める。さっきのように乱雑にではなく、今度は違う柄の紙幣を一枚ずつ並べ始めた。数字が小さい順――つまり価値が低い順に、丁寧に。

 すると、現教皇が描かれた紙幣が一番、書かれた数字が小さいことが分かった。


「こちらは前の教皇ですね」


 ナツメグが、左から二番目を指差す。二番目に数字が小さい紙幣だ。こちらも男性だったが、現在の教皇よりも若く見える。

 数字が大きくなるにつれ、代をさかのぼっているようだ。ミァンの目は自然と、一番右の紙幣に移る。彼女はそれを手に取った。

 この中で一番若い男性だ。肖像が今までの雰囲気と違った。威厳を感じさせようとしているのか、線が太い。ミァンはその名を指でなぞる。それは誰もが知っている名前だった。


「男前だな。そういうのが好みか、ミァン?」


 ベラドンナはひょい、と彼女の手もとを覗きこむ。

 ミァンは首を振った。確かに男前に描かれているが、彼女の好みではない。


「これ、英雄カリムだって」


 ミァンは紙幣をテーブルの上に戻す。サキュバス達は一斉に、それを見た。

 英雄カリム、二百年前の戦乱を制した誰もが知る人物。それが、一番価値の高い紙幣に描かれていた。絵師の力が入るのも当然だろう。


「えっ、この男前がカリム?」

「……二百年前の人の顔なんて……分かるのかな」

「理想を描いているのかもしれません」


 サキュバス達は声をひそめて言い合う。今の会話が、聖職者には聞かせられないようなものだと自覚しているようだ。

 そのうちに、ミァンは朝食を食べ終え立ち上がる。彼女は並べられた紙幣の中から、数枚を手にとって会計へ向かった。

 一枚で相当な価値がある英雄カリムが描かれた紙幣は、少なくとも今は必要ない。サキュバス達にとっても、英雄は特別な存在だ。彼女達はその紙幣をくしゃくしゃにしたい気持ちを抑えながら、財布にしまった。


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