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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第3章 恋は人を変えるのか】
29/90

28.召喚師と角

 満天の星空の下、焚き火を囲う二人の女。夜も大分遅い時間だが、彼女達はまだ寝る気配を見せない。


「異形の者を連れている、っていうだけで異端者扱いだもんなー。焦ったわー。こんなこともあろうかと思って、教国にお布施いっぱいしてきたのになー」


 チェーン付きの眼鏡をかけた癖毛の女は、棒読みを宙に投げかける。忘れた頃になると、もう何回目か分からない、その言葉を口にしていた。

 繰り返すたびに、言葉に籠もる感情は消えていった。


「私がごはんを食べさせてやってたもんなのにー! その恩も忘れて! 普通、あれだけのお布施をしてたら、多少の研究には目を瞑ってくれるもんじゃないのー?」


 だが時折、思い出したように感情を爆発させている。

 女は教国に居を構えていた研究者、サイモナだ。多額のお布施と引き換えに、彼女は教国で居場所を得た。

 自身の研究が、保守的な聖職者に目をつけられやすいことは重々承知だった。彼女はそれでもあえて教皇のお膝元で研究を行っていたのだ。研究がなんらやましいものではないことを、証明するために。いっそ堂々としていた方が認められるのではないか、と大っぴらにひけらかしていた。

 しかし、研究が実を結んだ途端、サイモナは異端認定をされた。やはり、という気持ちが強かったため、認定自体はそれほどショックではない。

 未練があるのは金だ。こんなことなら、最初から研究資金に回した方がマシだった。


「そんな考えを持っているから、異端認定された。と、わたしは思う」


 そして、行動を共にする彼女こそが、サイモナの研究成果だった。

 頭から角が生えている以外、見た目は人間の女とそう変わらない。鹿のように枝分かれした角が、彼女の頭を飾っていた。

 サイモナが研究していたのは、召喚術だ。従来の、召喚とは名ばかりの移動術ではない。正真正銘の召喚。異世界の住人を呼び寄せることを、目的としていた。

 転移陣を発展させた複雑な魔法陣の開発、そして召喚魔法の発見。これらが、この世界と異世界を繋ぐ一つの糸となった。

 その糸を辿ってやってきたのが、今目の前にいる角が生えた異世界人。サイモナは、彼女のことをツノと呼んでいる。ツノの本名は、この世界の言葉では発音できないらしい。

 そして、なぜかツノは最初から、こちらの世界の言語を喋れていた。


「こっちの話には耳一つ傾けないもんなー。ツノが亜人ですらない、って気付いたら『悪魔召喚だ!』って騒ぎたてるんだもん。こちとら、救世主を召喚しちゃったかもしれないのにさー」


 サイモナは、ちらりとツノを見た。ツノは無表情のまま見つめ返してくる。この異世界人は、表情の変化に乏しかった。


「『勇者になってみないか』って開口一番にそれだよー? どう考えても悪魔じゃないよねー」


 ツノの姿が魔法陣に現れた時、サイモナは飛びあがらんばかりに喜んだ。喜ぶ彼女をよそに、ツノは冷静に研究室を見渡し、その言葉を放ったのだった。

 当然、サイモナは意味が分からずに舞い上がった恰好のまま、動きを止めた。勇者。懐かしい響きだ。子供の頃に、読み聞かせてもらった絵本に出てきた脳筋だ。

 『勇者』などという絵本の世界にしか存在しないような称号が、バリバリのインドア派である研究者に与えられようとしていた。

 『勇者』が現れなければならないほど、この世界は危機に瀕しているのか。そんなサイモナの疑問は、すぐに解消された。


「二言目が『世界を救ってみないか』だったよねー」


 すぐに返事をしなかったサイモナに対し、ツノは言葉を変えて再び問答した。

 これはもう間違いなく、世界が危ない、としか受け取れなかった。


「でも正直、実感がわかないんだよねー。世界が崩壊しようとしている、なんて壮大な話」


 ちなみに、サイモナは勇者になるのは断った。だが、世界は救いたい、と答えた。

 疑いの目を向けられたツノは、抑揚なく言う。


「わたしは崩壊した世界を数多く見てきた。わたしの話を聞いても信じられない、というのならばそれはあなたの自由。と、わたしは思う」

「……信じてもいいけどさー。ツノの話だと、私の召喚術は完璧に成功したわけではない、ってことになっちゃうんだよねー。それだけが解せない」


 ツノは正確には、異世界からやってきたわけではなかった。

 世界は無数に存在する。木に実った果物のように、繋がりがあるようでない、そんな関係性。互いに、認知することも、干渉することも出来ない。普通ならば。

 世界は、なんらかの拍子に崩壊が訪れることがあるそうだ。崩壊の条件は、世界によって異なるが、崩壊した後は皆同じ。世界という絶対的な土台が壊れ、その庇護を失った住人達は、無の空間――いわば世界と世界の狭間に放り出される。世界の崩壊は、必ずしもそこに住む生物達に死を与えるわけではない。

 ツノは、狭間を漂っていた、故郷の世界を失くした異世界人だった。

 つまり、サイモナは異世界からツノを召喚したわけではなく、その狭間から彼女を呼び寄せたというわけだ。


「他の世界に繋がりを求めることは、とても難しい。と、わたしは思う」

「狭間からの召喚だって、ツノがこの世界に入る隙を窺っていたから、成功したわけだもんねー。自信失くすわー……」


 それも、ツノの手助けがなければサイモナの召喚は成功しなかった。彼女の魔法陣は、この世界への道を開けることしかできなかったのだ。


「この世界を故郷と同じような目には合わせたくない。だから、わたしはここへ来た。自分の世界が消滅するのはとても悲しいこと。と、わたしは思う」


 ツノはある者を追って、この世界に入り込んだ。

 その者は、今までにいくつもの世界を人為的に崩壊させてきている。その者は次の狙いを、この世界に定めたらしい。ツノよりも大分前にこの世界に入り込み、着々と準備を進めているはずだ。

 何が目的で、そんなことをするのか、ツノには分からない。けれど、彼女はその行為を放っておくことができなかった。

 その男は、ツノと同郷なのだ。それも、彼女と顔見知りである。ツノは、男に特別な思いを抱いていた。

 彼の野蛮な行為を止めさせたいと思っている。

 今までに何度もそれを試みた。しかし、ツノは男に辿り着くことさえできず、みすみす世界を崩壊させてきていた。

 今回こそは、とツノは拳を握る。


「崩壊を止めるために、この世界にいるはずの、もう一人の異世界人を探さなきゃいけないんだよねー」

「いるはず、じゃない。絶対にいる。と、わたしは断言する」

「語尾が変わるほど確信があるわけかー……」


 サイモナは残念そうに呟く。

 悪い異世界人がこの世界にいることが残念なわけではない。彼女の意識は別のところにあった。


「こちらの世界から手引きしない限り、異世界人はこっちに来ることができないんだよねー?」

「そう。と、わたしは断言する」

「また断言……」


 良い異世界人だろうが、悪い異世界人だろうが、それは大した問題ではない。サイモナが気にかけているのは、自分よりも前にこの世界に、異世界人を呼び寄せた者がいる、ということだ。サイモナが数年かけてやっと――不完全とはいえ、成功させた召喚術を、彼女より前に成功させた者がいる、ということだ。

 サイモナは、この世界でこんな芸当をできる者は自分しかいない、と思っていた。早い話が、自惚れていた。その思いが、研究成果が出た矢先に、くじかれた。

 正直、かなり悔しい思いをしている。


「彼を手引きした者も探した方が良い。と、わたしは思う」

「当然。見つけ出さないと私の気が済まないよー」

「心当たりがあるのか。と、わたしは聞く」


 サイモナは一瞬考え込む。


「そいつは人間じゃないねー」

「根拠は。と、わたしは聞く」

「そいつが私と同じ人間だったら、余計に悔しいからかなー」


 ツノはサイモナのことをじっと見つめた。黒目がちな目は何を考えているのか分からない。


「馬鹿ではないか。と、わたしは思う」

「無表情で言われるときついなー」


 だが、実際に手引きした者が人間ではない可能性もある。精霊、賢獣、亜人。いずれであってもおかしくはない。

 ツノは常に無表情だが、感情がないわけではなかった。感情が表に出ないだけだ。サイモナのふざけた返答に、彼女は焦っていた。


「真剣に探してくれないと世界を救えない。と、わたしは断言する」

「分かってるよー。だから、トムセロ自治都市に行こうとしているじゃないのー」


 何にしても、その男を探し出さなければ始まらない。彼女達は情報を求めて、トムセロ自治都市に向かうところだった。あそこは異端認定された研究者にも、門を開いてくれるという。サイモナは昔聞いたトムセロ自治都市の評判を頼りに、街に身を寄せるつもりだった。あの街ならば、異世界人のツノを邪険にするどころか、歓迎してくれるだろう、と信じて。

 話が通じる市長だったら、協力を仰ぐことも可能かもしれない。

 そう決めたは良いが、その道中が危険でいっぱいだった。


「でも、人の多い街道は歩くべきじゃないねー。異端審問官がいて、びびったわー」


 教国で異端認定されたサイモナは、当然、異端審問官に追われる存在である。教国を出る際に、ツノが派手な魔法で助けてくれたため、サイモナの悪名は広がっていることだろう。

 ツノは見たこともない魔法を使っていた。他に呼び名がないため、魔法という他ないが、間違いなく異世界の力だ。仕様もないことに、サイモナは教国からの脱出よりも、ツノが使う力の観察の方を優先させた。追手を蹴散らし終わったツノが、彼女の尻を叩いてようやく、二人はそろって教国を飛び出た。

 それから二人はほとぼりが冷めるまで数日、身を隠していた。そして今日、やっとトムセロ自治都市へ向かうために出発したのだった。

 ところが、二人が街道を歩き始めると、そっこうで異端審問官に見つかった。どうやら偶然だったようだが、だからといって教皇の犬が見逃してくれるはずもなく。ツノの角は被り物だ、というサイモナの苦し紛れの言い訳むなしく、二人は問答無用で攻撃された。

 異端審問官は、なんのためか二人の死霊術師を連れていた。死霊術師達もサイモナに対して攻撃してきたため、連行される途中の異端者というわけではなさそうだ。

 彼らが動く死体を出現させると、最初は三対二だったのが、一気に多勢に無勢となる。二人は教国と敵対することを目的としているわけではない。逃げることを優先させ、ツノは襲いかかってきた死体達だけを一瞬のうちに消滅させた。その後、彼らに目眩ましを食らわせ、二人は難を逃れたのだった。

 こんな理由で、二人は今、街道から外れた場所で野宿をしている。


「……異端審問官や狂信者は厄介な存在。と、わたしは思う」

「そんなことを言うってことは、ツノの世界にも宗教やら異端やら、って思想があったんだねー」

「わたしの故郷だけではない。ほとんどの世界にそういったものが存在した。それが文明を発展させるか、停滞させるかは、世界によってそれぞれ。と、わたしは思う」


 サイモナは紙とペンを取りだし、ツノの発言を書きとめた。焚き火の明かりを頼るため、背中を丸めている。

 彼女は教国を出た後も、研究を怠ることはなかった。何気ない会話の途中にも、こうして紙とペンを取りだす。ツノが話す異世界の中に、召喚術に繋がることがあるかもしれない、と考えているのだ。

 ツノは諦めているのか達観しているのか、最初からサイモナの行動に何も言わなかった。数々の世界を渡り歩いてきたツノは、こういう扱いになれているのかもしれない。

 サイモナは紙とペンを置き、話をもとに戻す。


「街道は危ないって分かったからねー。ちょっと遠回りになるけど、ロジリア亡国を経由して行くしかないなー。あそこなら、人が少ないはずだからねー」


 立ち入りが禁止されているわけでもないのに、かつて国があったその場所を、聖職者はおろか、一般人も避けて通る。そして、デグラ荒野とは違い、ならず者でさえ、その場所を恐れて近付こうとしない。

 一夜にして全てが滅びた。亡国民の幽霊が出る。得体のしれない化け物が棲む。

 様々な噂が飛び交う、正真正銘の忌み地だ。


「私達の足で何日かかるかなー」

「少し鍛えた方が良い。と、わたしは思う」


 室内にこもりっ放しだったサイモナは、少し歩いただけで疲れた、とのたまう。こんな状況では馬も調達できない。痩身のわりに力のあるツノが、サイモナを抱えて歩くこともあった。時間が惜しいがために。

 ツノの助言を聞き流し、サイモナは就寝するために焚き火を消した。魔法でつけられていた火が消えると、辺りは暗闇に包まれた。


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