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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第3章 恋は人を変えるのか】
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25.淫魔のハーレム

 前回と同じように、リッカは大広間で待っていた。しかし、普段と違って雰囲気がとげとげしい。肌を刺すような冷たさが、大広間に蔓延していた。彼女はミァン達に気付くと一応、部屋の冷気を取り除く。それでも、リッカの周りだけは目に見えるほどの霜が積もっていた。自分でもコントロール出来ない状態なのかもしれない。

 ミァンとメェメェは寒さに震えながら、リッカが話しだすのを待つ。


「魔王と喧嘩したのじゃ」


 リッカは憮然と言った。

 ミァンは戸惑い、なんと言っていいのか分からない。用件があって呼ばれたはずだが、まさかその用件が彼女の愚痴を聞くことではあるまい。

 ミァンは魔王を見たことがなかった。魔王はヨルムグル古城の最上階に引きこもっている。そこから出てこないらしい。ここに長くいる亜人達でさえ、魔王の姿を知る者はいない。彼がいったい何の種族であるかさえも、伏せられている。

 魔王は、打倒人間を掲げる亜人の団結を、波立たせたくないのかもしれない。どれか一つの種族が優位に立てば、簡単に崩れかねない連合なのだ。だからこそ、自分の姿を隠す。リッカ以外には。

 魔王と直接会うことを許されているのは、リッカただ一人。彼が出した指示を、リッカが皆に伝える。そうやって、亜人連合軍は成り立っていた。


「そちらに託す仕事のことで」


 喧嘩の原因がこちらにある、と遠回しに言われ、ミァンとメェメェはたじろぐ。リッカはこれから伝える内容に、納得していないようだった。しかし、魔王に命令されたからにはやらなくてはならない。


「魔王の指名じゃ。心してかかれ」


 リッカはもったいぶる。

 リッカが渋るほどの仕事とは、どのようなものか。責任が重大であることは間違いない。ミァンは気を引き締めた。


「まー……、なんじゃ、とある亜人種に活を入れてこい、というものなんじゃがな」


 ミァンとメェメェはその内容に拍子抜けした。二人の反応を予想していたらしく、リッカは目を泳がせた。


「人間の街に潜入する時は、本当はあやつらを使うはずだったのじゃ。連中は魔王からの命令を無視しおった」


 トムセロ自治都市に向かうはずだったのは、本当はその種族らしい。たしかに前回の仕事は、新米で、しかも信用の置けない人間であるミァンにまかせるには、少々危なっかしい事柄だった。実際に、問題を起こしたとも言えなくはない。


「そういうことだから、フーフバラにまで行ってくれんかのう」


 リッカはそう言って、転移陣の一つを指差した。

 すると、ミァンが進み出る。


「転移の呪文、今回は私に教えて」


 ミァンはメェメェに特訓してもらい、ある程度、魔力を操作することができるようになっていた。危険性の少ない転移陣で、その成果を試そうというのだ。

 リッカは頷いた。


「よかろう。耳を貸すのじゃ」


 ミァンはリッカから、転移の呪文を教えてもらう。ミァンにはそれが、何の意味もない文字の羅列のようにしか聞こえない。メェメェは失われた古代言語だと言っていた。大抵の呪文は、その言語により作られているらしい。

 ミァンは頭の中で教えられた呪文を復唱し、転移陣まで歩く。メェメェはすでに転移陣の中で待っていた。彼のたてがみを掴み、ミァンは息を吸い込む。

 リッカはすでに背を向けていた。今回は見送ってくれないようだ。

 ミァンは呪文を唱えた。




 転移呪文は成功したらしい。

 寒かった大広間とは一転して、生温かな空気が肌を触れる。足元の感触からして室内なのは分かるが、なぜか辺りには霧がかかっていた。霧に紛れて、甘ったるく湿った匂いがする。かすむ景色に、ミァンは目を細めた。

 隣で、メェメェが身じろぎする。好色な馬はすぐにこの部屋のありように察しがついたようだ。

 ミァンの目が慣れてきて、室内の全貌が分かった時、館に彼女の悲鳴が鳴り響いた。

 天蓋ベッドの上で、裸の男女が慌てて身を離す。彼らは突然の来訪者に目をやり、ばつが悪そうにうめいた。


「忘れてた。たしか、リッカが今日だと言ってたな」


 男はシーツを引き寄せ、下部を隠す。しかし、恥ずかしがっている様子は全くと言っていいほどない。あくまで人前にそれを晒すのは無作法だから行なっている、という感じだった。

 男が一人なのに対して、女が四人もいる。彼を囲う女達も裸だったが、男のように身体を隠そうとはしない。彼女達はミァンに好奇の目を向けた。

 ミァンは顔を手で覆ってしゃがみこんでいた。

 メェメェは苛立たしげに、蹄で床をかく。


「おい、うちのお嬢は純情なんだ。こういうのには慣れてないんだよ。さっさと服を着ろハーレム野郎――と、お姉さん達はそのままでお願いします」

「君たちも服を着て」


 メェメェの言葉に女達はくすくす笑い、男の言葉に頷いた。一瞬の間、室内を覆う霧が濃くなり、彼らの姿が霧の向こうに消える。数秒後には霧が晴れ、身だしなみを整えた館の主人たちが現れた。

 ミァンはメェメェに小突かれ、立ち上がる。だが、目は瞑ったままだ。指の間から恐る恐る室内の様子を確かめて、彼女はやっと手を下ろした。顔が真っ赤だ。


「無礼な迎えをしてしまって申し訳ない。私――いや、俺がこの館の主人、ライラックだ。見ての通りのインキュバスさ」


 ライラックは一瞬だけ己の尻尾を見せた。矢じりのような尻尾の先が二、三度振られ、次の瞬間には消えてしまう。服の中に隠したわけでもない、正真正銘、見えなくなった。

 ライラックはシャツのボタンをはずし、胸元を開けていた。白いシャツに、黒のスラックスというシンプルな出で立ちが、彼のスタイルの良さを際立たせている。


「野郎の名前より、そっちの女の子たちの名前を知りたい」


 メェメェが本音を漏らす。ライラックの背後に控えていた女――サキュバス達は互いに顔を見合わせた。

 まず最初に、背の高い女が進み出た。黒い巻き髪の、グラマーな美女だ。人間ではあり得ない赤い色の目をしている。彼女は、胸元と背中が大胆に開いた黒いドレスを着ていた。


「ベラドンナだ。この館でライラックを軽んじる奴は許さん」


 ベラドンナはメェメェを牽制するように、目を吊り上げる。

 次に、小柄な女がライラックの影からこちらを覗く。ワンピースを着た童顔の女だった。控えめの胸とほっそりとした四肢が、彼女を華奢に見せている。金髪碧眼という絵に描いたような美少女だったが、長い前髪が目元に影を落としている。


「……ダチュラ」


 ダチュラは前髪の間からミァン達に目を向けた。

 三人目は、褐色肌の娘だった。短い銀髪が、元気に跳ねている。彼女はこの中で、一番露出の多い服を着ていた。いや、もはや服とは言えない。下着か、水着の類だ。彼女がはつらつと笑うと白い歯が覗き、えくぼができた。


「あたしはサフラン! よろしくねっ、お馬さん」


 サフランはウインクをした。

 最後に、銀縁眼鏡をかけた痩せた女が会釈する。身体全体の線は細いが、胸や尻など、出るべきところはしっかり出ている。彼女は茶髪で細い三つ編みを作り、垂らしていた。そして、なぜか白衣を着ていた。


「ナツメグと申します。以後お見知りおきを」


 ナツメグは眼鏡を押し上げた。

 サキュバス達の中でも、ベラドンナは別格の雰囲気を持っていた。彼女達を統べるリーダーなのかもしれない。

 サキュバス達はそれぞれの個性があるが、どれも色気を醸し出していた。以前、酒場で亜人に言われたことを思い出し、ミァンは自身の胸を押さえる。自分には圧倒的に足りないものがある、と改めて認識した。

 体型のことだけではない。彼女達から漂ってくる香りが、同性であるミァンでも誘惑的に思えた。一種の魔法のようなものなのか、天性のものなのか。ミァンでさえこうなのだから、メェメェにはたまらないだろう。彼にはマーメイドの魅了にかかった前科がある。


「ベラドンナに、ダチュラに、サフランに、ナツメグ……よし、覚えた」


 案の定、駄馬は浮かれていた。

 リッカが心配していた理由が今になって分かった。ミァンは淫行になど耐性はないし、メェメェは言わずもがな。相性が最悪の相手だった。こうなったらさっさと用件を終えて帰りたいが、そういうわけにもいかない。

 げんなりとするミァンに、ライラックは人のよさそうな笑みを浮かべた。


「俺――じゃなくて、僕らにお灸をすえに来たんだっけ」


 リッカからすでに話は聞いているらしい。マザーの時と同じだ。


「えっと、ミァンとメェメェだったかな」


 名前も把握されている。しかも、リッカはメェメェのことを通称で伝えたようだ。メェメェは訂正しようと声を上げた。


「俺様の本名はゲンナ――」

「メェメェで合ってます」


 ミァンはメェメェの鼻面を押さえる。本名を名乗ったところで、実際に呼ぶ人が何人いるというのだろう。それならば、面倒な会話は避けたかった。

 そして、早く本題に入りたかった。


「あなた達は魔王の命令を無視したそうですね」

「無視もなにも、僕――私は魔王の配下に入ったつもりなどないのだよ」


 彼の周りで、サキュバス達がうんうんと頷く。


「私らのことを、まず、勧誘しなければならないのではないかな。アラクネのマザーのように。それとも、なんだい。俺達、淫魔にはそんな選択肢も与えてくれないのか」

「そう、なの……?」


 ライラックは笑みを浮かべたまま喋っているが、目が笑っていない。

 リッカはそんなことを一言も言っていなかった。ミァンは、彼らが命令無視をした、ということだけを聞かされていた。だいたい、今回の仕事内容は曖昧すぎる。なんだ、活を入れる、って。

 内心でリッカに文句を言いながら、ミァンはひとまず引き下がることにした。館の主を怒らせるわけにはいかない。それに、きっと彼には太刀打ちできない。


「人間相手に、僕らが有効な手立てなのは分かる。でも、争いには興味ない。淫魔は食べて寝ることができればそれで良い。人間に甘い蜜を吸わせてもらっている身で、亜人に味方する義理もない。人間に媚を売っている――フリをする方がよっぽど有意義だ。それよりも俺は、ミァン、君に興味がある」


 ごく自然な流れで、ライラックはミァンのことを口にした。

 彼の視線がミァンに向けられる。背筋がぞくっとした。ミァンは、自分の身体を抱きしめるようにして、メェメェの後ろに隠れる。インキュバスにそのようなことを言われれば、身の危険を感じるのは当たり前だ。

 サキュバスに浮かれていたメェメェも、一応話は聞いていたらしく。彼はライラックに対して、角を向けた。

 彼らの反応に、ライラックは何か勘違いさせたらしいと気付く。


「ん、違うよ。君の身体に興味があるわけじゃなくて。むしろ、そっちには興味ない。性的には未熟みたいだし……。ミァン、君は人間だろう。なぜ、亜人に味方する? とても興味深いよ」


 ミァンは手を身体の横に下ろす。性的に未熟、と淫魔のお墨付きを頂いてしまった。

 実際にそうなのだろうが、女として魅力がない、と言われたような気分だ。しかも、相手が相手なだけに余計に悶々とする。

 彼女の沈黙を、彼は別の意味で受け取ったようだ。


「ふむ、初対面の相手には教えられない? なら、こうしよう。君達も何もせずに帰るわけにはいかないだろ。この館にしばらく泊まっていきなさい。そして、親睦を深めるんだ。その時また、僕の質問に答えてほしい」

「親睦を深める……って」


 ミァンは再び自身の身体を抱きしめる。そして、メェメェに助けを求めるように寄り添った。メェメェは角を低く構える。

 ライラックは本気で傷付いたような顔をした。


「なんなのさ。俺がインキュバスだから、そういう反応するのか?」

「お前さん、いちいち言葉に含みを持たせているみたいで……」

「僕は普通の言葉を喋っているよ!」


 形の良い眉を吊り上げ、ライラックは悔しそうに言う。

 サキュバス達がなぐさめるように、ライラックの身体に触れた。頭を撫でたり、髪に触れたり、腕をさすったり、と彼女達は好き勝手やる。それは、メェメェが言ったように一種のハーレムのようにも見えた。

 頭を撫でていたベラドンナが、ふと真顔で言った。


「まあ、たしかに。ライは言葉遣いがエロいな」


 ライラックの表情が固まる。

 ベラドンナに続くように、他のサキュバス達も次々に言う。


「……同意」

「これは褒め言葉だよっ」

「言葉の選び方だけではありませんね。声のトーンや言い方も影響しているものと思われます」


 ライラックはサキュバス達の手を振り払った。彼女達から逃れた後、彼は失望したように言った。


「君たちまで!」


 再び尻尾を現し、ライラックはいきり立つ。

 サキュバス達がライラックをなだめるのを見ながら、ミァンは考える。この館には、どのみち泊まることになるだろう。ライラックに下心がなくても、メェメェにはある。サキュバス達を堪能したい、とメェメェはミァンに宿泊を勧めてくるはずだ。勝手にやってろ、と言いたいところだが、彼だけを残して戻るわけにはいかない。

 ライラックが言った通りならば、ミァンはここでやらなければいけないことがあるのだから。


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