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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第2章 欲望は底知れぬ】
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21.異端者には死の制裁を

 コイーバは足取り重く、メルビン達を地下層へ下りる階段がある柱まで案内する。

 街を歩く最中、ミルタはそっとシャダに耳打ちした。メルビンに聞こえないよう、細心の注意を払って。


「道具の補充をしようと思っていたんですが、出来なさそうですね」

「地下がこんなことになるとはな」


 彼らにとってこの街の通りは馴染みのものだった。地下層へ下りる階段のありかは知っているし、そこを実際に下りたことだって何回もある。

 地下には、人道に反する店がたくさん構えられている。その中には、死霊術師の仕事道具――つまり、死体を売っている店もあった。

 ミルタがトムセロ自治都市に向かうことを提案したのは、これが理由でもある。


「地下も広いですから。酷いところは酷かったんでしょうね」


 しかし、彼らは地下の全貌を知っているわけではない。人身売買が行われていることぐらいは知っていたが、それぐらいだ。基本的に、自分たちの用がある場所にしか足を向けなかった。

 だから、魔族のことに関しては、シャダにとっても初耳だった。

 柱の入り口の前にも、傭兵が一人いた。彼はコイーバを見て、口をすぼめる。


「さぼり?」

「自分を基準に考えないで、レモンハート」


 コイーバは疲れたように言った。

 メルビンが前に出てくる。


「そこを通させてもらおうか」

「え、駄目だよ。おれの仕事は、誰一人としてここを通さない、という――」


 レモンハートは言いながら、メルビンが持つ抜き身の剣を見た。続いて、彼が羽織るマントを。

 それから、レモンハートは目を泳がせた。


「あー、おれは今より仕事を放棄する」


 どうぞ、と手を添えてレモンハートはわきにどいた。

 命を守る行動としては間違っていないのだが、目の前でそんなことを言われてコイーバはしかめっ面をする。

 メルビンはすぐに中に入ろうとはしない。


「今、地下は閉鎖中なのだな?」


 レモンハートは頷いた。


「中にいるのは、元々地下にいた連中だけ」

「人身売買をしていたという話を聞いたが……?」

「ああ、奴隷なら保護したよ。闇商人たちは皆、捕縛して地下の広場に集められている。いやー、自警団って案外頼もしいもんだねえ」


 前払いもされていないのにこき使われた、とレモンハートは首を鳴らす。

 それから、メルビンがどんな情報を求めているのか、察しがついた彼はにやりと笑った。不敵な笑みを浮かべ、ずうずうしく言う。


「地下にいた魔族は全部殺しちゃったよ。当然だろ? 異端審問官様のお仕事は、集められた闇商人たちの抹殺、ぐらいかなあ」


 コイーバはわずかに動揺した。なにか言いたそうな彼に向って、レモンハートは人差し指を立てて唇に当てる。

 メルビンは与えられた情報の整理に夢中になっていて、傭兵達のやり取りを見ていなかった。彼らの行動に気付いたのは、ミルタただ一人だった。しかし、彼女はわざわざ報告するような真似はしない。これが、シャダに関わることだったなら、反応は違っただろうが。

 メルビンは礼も言わず、傭兵達の横を通りぬけて階段を下りていった。シャダとミルタがその後に続く。やはり、傭兵達に声をかけることはなかった。

 死霊術師達が横を通ると、レモンハートは異端審問官に気付いた時よりも、驚いた表情で彼らを振り返った。三人分の足音が消えていくのを、レモンハートは放心状態で聞いていた。


「レモンハート、余計なことを……」


 三人の足音が完全に聞こえなくなると、コイーバは苦々しく言った。


「え? あ、ああ、うん。でもさ、市長も多すぎて押し込める牢屋がない、って言ってたじゃない。いっそ地下を監獄に作り変えようか、とか言ってさ。だったら、異端審問官に処理させちゃった方が良いよ」

「だからって、指示されてないことを勝手に」


 コイーバは頭を抱える。隊長や市長になんと報告しようか、と頭を悩ませていた。

 レモンハートは気楽に言う。


「気にすんな。おれらよりクズな奴らの命だぜ」

「あ? ぼくはそんなこと考えてないんだよ。これで報酬が減らされたら、どうしようかと」


 コイーバの発言に、レモンハートは彼を引いて見る。

 ここで何かを言ったら、十倍になって跳ね返ってくることを、経験上知っていた。コイーバも、昔はここまで守銭奴ではなかった。周りがばかすかと散財する者ばかりなので、金にうるさくなったのだ。つまり、自分達のせいだと分かっているレモンハートは押し黙るしかない。

 唐突に、コイーバは親指を立てた。彼の頬が緩んでいた。


「でも、あれはナイスだ」

「だろ」


 レモンハートも親指を立て、彼と拳を突き合わせた。




 メルビンは地下の広場まで、脇目もふらずに歩いてきた。地下は異様にしんとしている。以前来たときとはまるで違う様子に、シャダ達は戸惑っていた。そのことをメルビンに悟られないよう、ミルタは無関心を装う。

 その広場が、数日前までは奴隷の競売場であったことなど、メルビンには知る由もない。一カ所に集められた人の数は、想像以上のものだった。メルビンは彼らに非情な目を向ける。

 闇商人達は拘束魔法をかけられているようだった。勝手に広場の外に出られないようになっているのだ。彼らは異端審問官のマントを見て震え上がった。自分達のやってきたことが、とても聖職者に顔向けできるようなものではないと自覚していた。


「……これより、異端者を排除する」


 それは死刑宣告だった。

 メルビンの爬虫類のような目が、闇商人達をまるで虫けらのように見ていた。


「お前達、手伝えるか」


 振り返らないまま、彼は聞いた。

 シャダはもとよりそのつもりだったようだ。言葉はなく、ゆるりと一礼する。

 ミルタはうっすらと笑った。


「手始めに数人、殺してくれる?」


 そうしたら手伝える、と彼女は言う。

 メルビンは広場へ足を踏み入れた。狭い中、闇商人達は審問官の手から逃れようと、互いを押し合う。運悪く一番前に押し出されてしまった男が、メルビンにより剣の裁きを下される。たった数分、彼は他の者より死を早めた。

 それからメルビンは矢継ぎ早に、異端者を切り捨てていく。手慣れた動作だった。

 死体が一定数できあがると、シャダとミルタがそれを動かした。ただでさえ、恐怖がさし迫っている状況下で、異端者達は恐慌する。

 起きあがった死体達は、自身の身体から血をだばだばと流しながら、近くにいる生者に抱きつく。道連れを見つけたように。武器を持っていない彼らは、己の歯を凶器とし、獲物の喉を食い破った。

 シャダは喜々としていた。口角を上げ、自身の操り人形と化した死体達を動かす。祖国の戦争が終結してから、この術を大々的に使うことはなかった。こんなに多くの死体を操るのは久しぶりだ。

 動く死体の多くは、シャダの手によるものだった。ミルタが動かすのはその半数にも満たない。彼女はちらちらと横目で、シャダのことを見ていた。彼に気が散って仕方ないらしい。


「……ああ、もう! 地下がこんなに暗くなければ、先生の勇姿をしっかり目に焼き付けることが出来るってのに!」


 彼女もまた、久しぶりに見る彼の大掛かりな術に興奮していた。

 時間にして十分にも満たないだろうか。その短時間で、メルビン達はすべての異端者を制裁した。一方的だったとはいえ、恐ろしい早さだ。

 シャダとミルタが気を抜くと、動いていた死体達は一斉に崩れ落ちた。闇商人だった者達の身体が山積みになる。

 メルビンは血の臭いに顔をしかめた。死霊術師の二人にとっては、慣れたものらしく平気な顔をしている。

 本当は異端者の死体を燃やしていきたいところなのだが、こんな地下で火をつけるわけにはいかない。メルビンは外にいた傭兵達に、処理を頼むことにした。


「このことを教皇様に報告しに行く」


 メルビンはシャダ達に向かって言った。


「一度、教国に戻る」


 今、自分が追っているものよりも、こちらの方が重大だと考えた彼は、そう判断した。


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